表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『「ガラクタ」と笑われた820万円 ~アンティークドールを破壊した従姉妹が、全てを失うまで~』  作者: 品川太朗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話:800万円の代償——すべてを失う人

借金返済プランが決定しました。

それは、真紀子が最も嫌がる「義両親との同居」と「強制労働」のセットプランです。


嫌がる彼女が最後にすがったのは実家でしたが……。

主人公は、そこまで甘くありません。





 示談の方針は決定した。


 義父は震える手で、私が用意した「示談合意書」に署名と捺印を行った。

 土地の売却には時間がかかるため、まずは義父の定期預金を解約し、足りない分は親戚中から一時的に借り入れて、一週間以内に私の口座へ全額を振り込むことが確約された。


「……これで、文句はないな」


 捺印を終えた義父は、十年は老け込んだように憔悴しょうすいしきっていた。

 私は合意書を確認し、丁寧に鞄にしまう。


「ええ、ありがとうございます。入金が確認でき次第、警察への被害届提出は見送らせていただきます」


「……うむ」


 義父は重々しく頷くと、ゆっくりと視線を横に向けた。

 そこには、抜け殻のように座り込んでいる真紀子と、青ざめた顔の健二がいる。


「さて。次は“身内”の話だ」


 義父の声色が、一段と低くなった。


「健二。お前たちのアパートは今月で引き払え」


「えっ? 父さん、どういう……」


「聞こえなかったか? 土地を売るんだぞ。先祖代々の大事な土地をな。その補填をするには、お前たちの家賃などという無駄金を垂れ流している余裕はない」


 義父は冷酷に言い渡した。


「実家に戻ってこい。同居だ」


「ど、同居ぉ!?」


 金切り声を上げたのは真紀子だった。

 彼女は涙で汚れた顔を上げ、必死に首を振った。


「嫌よ! 無理無理! お義母さんと同居なんて絶対無理! プライバシーがないじゃない!」


「黙らっしゃい!!」


 義母の怒声が飛んだ。

 普段は上品ぶっている義母が、鬼のような形相でテーブルを叩いている。


「お前の不始末で、私たちの老後資金と土地が消えるんだよ! どの口がプライバシーなどと言うんだ! お前にはね、人権なんてないんだよ!」


「ひっ……」


「朝は五時に起きて朝食作り。日中はパートに出て、帰ったら家事全般。給料は全額私が管理して、返済に充てさせてもらう。……私が死ぬまで、徹底的に“再教育”してやるから覚悟しな!」


 それは、事実上の「奴隷宣言」だった。

 自由気ままな専業主婦生活から、監視付きの強制労働生活への転落。


 真紀子は助けを求めて夫に縋り付いた。


「け、健二ぃ……なんか言ってよぉ! 私、そんなの耐えられない!」


 しかし、健二は真紀子の手を振り払った。


「……無理だよ。父さんたちの言う通りにするしかない」


「え?」


「俺だって、会社に知られたくないんだ。離婚されたくなければ、言うことを聞くしかないだろ」


「嘘……あんた、私を見捨てるの?」


 健二は目を逸らした。

 彼もまた、親の庇護ひごと世間体がなければ生きていけない弱い人間なのだ。

 800万円という借金を背負ってまで、妻を守る気概などあるはずがない。


「そんな……じゃあ、実家! うちの実家に帰る! お父さんとお母さんに頼んで……」


 真紀子がスマホを取り出そうとした時、私が口を挟んだ。


「あ、真紀子のご両親なら、もう知ってるわよ」


「……は?」


「さっき、トイレに行った隙に電話しておいたから。『娘さんが私のコレクションを破壊して、800万円の請求が発生している』って」


 真紀子が動きを止める。


「叔父さん、電話口で泣いてたわ。『なんて親不孝な娘だ』って。で、伝言を預かってるの」


 私は優しく、丁寧に、絶望の言葉を紡いだ。


「『勘当だ。二度と敷居をまたぐな。先方のご両親の指示に従って、一生罪を償え』……だそうよ」


 カラン、と真紀子の手からスマホが滑り落ちた。


 実の親からの絶縁宣言。

 これで彼女は、逃げ込む場所をすべて失った。


 義父、義母、夫。

 三方向からの冷たい視線に囲まれ、彼女は小さく震え始めた。


 ここにあるのは、彼女の味方が誰もいない、完全なアウェイの空間。

 これから始まる、出口のない同居生活。

 毎日毎日、800万円の重みを罵倒と共に突きつけられる日々。


「う……うわぁぁぁぁぁん!!」


 真紀子は顔を覆い、子供のように泣き叫び始めた。

 だが、誰も慰めない。翔太ですら、異様な空気を察して部屋の隅で縮こまっている。


 私はその泣き声をBGMに、冷え切ったお茶を一口飲んだ。

 美味い。

 最高に、美味い。


 私の大切なドールたちが味わった痛みに比べれば、これくらいの地獄は生温いくらいだ。

 けれど、彼女の人生が「詰んだ」音を聞くのは、悪くない気分だった。



チェックメイトです。


夫に見捨てられ、義実家には奴隷扱いされ、実家からは勘当。

四面楚歌とはまさにこのこと。

彼女の泣き声がBGMになるほど、お茶が美味しくなる回でした。


次話、主人公から彼女へ送る、最後の言葉です。

「愛される資格」について。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ