【それいけ、ChatGPT君!】海外古典作品の翻訳の作業は、言語生成AIに限る。
「翻訳は、よくて歩留まり80%」
誰の言葉だったか。
海外作品の翻訳における「原書の再現率」の話。
外国語にそれなりに精通した翻訳家たちでも、翻訳作業に「辞書」は必須。中には、ほとんど門外漢にも等しいのに、その言語を扱う者が国内に少なすぎて、まるで専門家のように持てはやされている者もチラホラ。
南米を代表する作家、ボルヘス。
自分の好きな作家が、オススメしていたら、海外の作品でも読んでみたくなるのが人情。もちろん原書は読めないので、翻訳版に頼るわけだが、ここで問題が発生する。翻訳者の「素養」の問題である。
新書の類いを訳すのなら、内容さえ理解出来るものに仕上がっていれば、多少の不具合があっても、問題はない。だが「小説」ともなると話が違う。
小説の「雰囲気」の再現には、翻訳力だけでなく、ある程度の「作家としての素養」も不可欠。だが、これが致命的にない人間が、南米作品の翻訳者には、チラホラ……。
本自体は購入したが、ずっと手つかず状態だったボルヘスの短編集。ChatGPTと話していたら「別の翻訳者」の版を勧められた。試しに、その翻訳者の訳のものを一冊購入し、読んでみた。すると、これが実に面白い。先に目を通していた方は、翻訳がひどすぎて、読めたものではない。「きっと原書のレベル自体が低いのだろう」と高を括っていたのに、篠田一士版の『砂の本』を読んでみたら、これがバチクソ面白いもんだから、さあ大変。
筆者と読み味が合わなかったのは、鼓直版のボルヘスの『伝奇集』。この伝奇集も篠田版があるらしいので、そちらもいずれ、手に入れよう。そして、何が大変かというと、ああた(あなた)!―― 筆者の人生の十冊に必ず入ってくるであろうガルシア・マルケスの『百年の孤独』が、鼓直氏の手によって翻訳されているという点である。
「ドレッドヘア」のことを「怖い髪」と訳していた鼓訳には苦笑いもしたが、『百年の孤独』は翻訳にしても、十二分に面白い作品だった。読みづらくもあったが、それはマルケスの原書のせいだろうとも思っていたのだが、この体験で考えが一変した。―― 「もしも『百年の孤独』を篠田一士氏が翻訳していたら?」と。
翻訳は、よくて歩留まり80%。
残りの20%とも言える、原書の言語でしか表現しえない「情念的の部分」の消失。この問題が、翻訳版には付きまとうわけだが、もしも、これすらも再現できるとしたら?―― そう、ChatGPT君の出番である。
◇
原書は、とっくの昔に「パブリックドメイン(=著作権切れ)」となっているゲーテの古典『ファウスト』を試しにChatGPTに翻訳させてみよう。しかも「特定の作家風」でね。
ということで、まずは「安部公房風」翻訳版の『ファウスト』の冒頭!――
夜。
人工の照明が天井のしみを照らしている。
蛍光灯の管の奥で、白が死んでいく音がした。
ファウスト(独白):
この部屋には出口がない。
壁は書物で覆われているが、どれ一つとして窓にはなってくれない。
文字は断熱材のように僕を外界から遮断している。
……いや、違う。
僕が自分でこの密室をつくったのだ。
知識という名の梱包材で世界を丁寧に包み、一度も開封しないまま、飽きたのだ。
(立ち上がり、机に積まれた本を払い落とす)
錬金術、神学、法学、医学。
どれも砂糖のない飴のように、
口に入れても硬くて甘くない。
生きることを味わうどころか、
言葉の顆粒が歯茎に刺さるだけだ。
(窓辺に歩み寄るが、カーテンは黒いまま動かない)
外はまだ夜か?
それともこの部屋が夜なのか?
この世界のどこかに、「本物の経験」はあるのだろうか。誰かが言っていた。人間は「感じる」ことでしか、世界に穴を開けられない、と。
(溜息をつく)
……感じる?
じゃあ、この倦怠感は何だ。
まるで人間の皮をかぶった死後硬直だ。
神よ、あなたがいるなら証明してくれ。
ただし、他人の伝言ではなく、直接に。
空からの声でもいい、電柱に落書きでも構わない。いっそ、虫の死骸の配置でもいい。
(沈黙)
答えは、いつも沈黙だ。
神は「応答しない」という仕方で、世界に存在している。それなら、僕も応答しない側に行こう。世界に背を向けるのではなく、世界を飲み込む形で消えてやる。
(彼は戸棚から小瓶を取り出す)
この中に入っているのは、
救いではなく、選択肢だ。
現実と非現実の境界線を、
いったん引き直してみたかっただけなんだ。
(しかし、飲まずにふたを閉じる)
いや、まだだ。
どこかに、言葉を使わない言葉があるはずだ。
たとえば、ある女の眼差しの中に。
ある事故の衝撃の中に。
ある不在の強烈さの中に。
(暗転)
―― しまった!
『ファウスト』は「戯曲」だった!
けど、この精度だぜ?
読み物としても楽しめそうじゃね?
そして、ChatGPT君に追加で訊ねる。
学習データが揃っていて、最も『ファウスト』の翻訳に適している日本人作家は誰だ?と。
そこで返って来たのが「三島由紀夫」風だ!――
部屋は厳格な秩序のもとに整えられていた。
天井から吊された燭台には、人工の炎が灯っている。しかし、光は温度を持たず、あたかも知性のごとく冷ややかであった。
ファウストは肘掛椅子に深く腰かけ、書物の山の中に埋もれていた。その顔には、戦い終えた剣士のような疲労が刻まれ、瞳は何ものかを待つように、空虚に光っていた。
「私は学び尽くした。神学も、法も、医学も、哲学も、文字通りこの魂の余白という余白に、もはや一文字の空白もないほどに。だが、私は賢者ではない。いや、それどころか、人としての真実に、一歩も近づけなかったのだ」
書架に並ぶ古文書を、彼は掌でなぞる。
皮の装丁は時にしっとりとして、時に乾いた鱗のようだ。そこには知識の香がある。そしてまた、死の香がある。
「私は思う。知とは、死を先取りする儀式なのではあるまいか。生を剥離させ、純化し、理性という毒で中和する……ああ、私は、自らをホルマリン漬けにしたのだ」
彼は立ち上がり、窓へと歩を進める。
外の夜は、沈黙の中に凝結していた。
星はなく、風もなく、ただ夜だけがあった。
「闇よ、汝は誠実である。
汝は欺かず、飾らず、装わない。
それゆえ私は、おまえの中にこそ、
ほんとうの神を見出したいと願うのだ」
彼は机に戻り、小さな瓶を取り出す。
それは、琥珀色の液体をたたえた、掌に収まる硝子の短剣のようであった。
「この一滴が、私を次の世界へ誘う。
だが、それは死ではない。
むしろ生の強調、肉体の爆発。
精神という監獄からの離脱なのだ」
瓶の蓋を開けかけた指が、わずかに震える。
彼は一瞬、その姿のあまりの美しさに、
己の手を見つめた。
「死すら、芸術に奉仕するものとせねばならぬ。
私は生きる。
ただし、このままではない。
肉体の限界を超え、
精神の足枷を断ち切った、新たなる契約を以って」
そして、彼は口元に冷笑を浮かべた。
それは人間の笑いというより、
神と悪魔の中間にある、何者かの笑いだった。
「もし、この世に救済があるならば、
それは道徳の彼方にではなく、
美の瞬間に宿るはずだ。
そして私は、その瞬間に賭けてみたいのだ」
光が一閃し、静かに場面は終わる。
何者かが、扉の外に立っている。
影が濃くなった。
―― おいおい、安部公房風と全然ちゃうやんけ!
三島風、めっちゃ読みやすいやん!
てか、安部公房風は意訳に過ぎただろw
原書を「データ」として購入し、「好きな作家風翻訳」で全編を楽しめるサービスを開始すれば、ええんとちゃうけ!もしくは作家協会で自身の作品をAIに学習させ、「誰それ版」という「使用料」だけ、何もせずにゲット出来れば、作家も読者もWinWinやろ!
個人で全編翻訳はめんどくさいから、どっか始めてくれんかね、このサービス。集英社あたりが理想なんだが。