ー第3話葉桜
デンタルミュージックで半年が過ぎた。
朝方、ライブの打ち上げの連中を叩き出し、ぐちゃぐちゃのホールを掃除し、仮眠する。
ひる12時に、咲子が用意した食事を母親の香澄さんと済ませる。その後、今夜のステージのセッティングを済ませる。今夜はドラムスが居るので、ドラムの標準チューニングして、ピックアップマイクのセッティングもする。あそこのライブハウスは腕の良いテックが居ると評判で出演者は途切れない。その後、洗い物を済ませた咲子さんと買い物に出る。
上横町商店街の端から登って行けば、ほとんどの物は揃う。母親香澄の聖地なので、平日でも世界各地から観光客が溢れ、シャッターが閉まっている店はない。
通販で買ったカゴカートは、盛り上がっていっぱいだ。緩い坂道を新乃助が押して行く。
デンタルミュージックの前を通り過ぎ、公園まで登って行く。
夕陽が咲姫新乃丞桜に掛かって綺麗だ。
「ねぇ。新乃助さんはいつまで居るの?」
「僕はね。歯医者だったんだけど。行きたい場所が無かった。ある日。YouTubeで、Grandmenuってバンドのライブ映像を見た。思ったよ、ここが僕の行きたい場所だって」
「そのボーカル、私のお父さん」
「それ知ってます。三上慧の事調べました。お父さん立派な最期でした」
「………………」
「お母さんの香澄さんの事も調べました。咲子さんの事も」
「全部知ってるんだ」
「三上さんが、オムツ替えてた事も」
「やめて」
「伝説のマネがね。愛されてたんですね?」
「生きてて欲しかった」
新乃助はブランコから立ち上がって、咲子にバンダナを渡した。
桜に近づいて行って見上げた。花は無い。葉桜が揺れて、夕陽がキラキラする。
「僕は知りました。香澄お母さんと咲子さんが居る場所が、僕の行きたい場所だって」
「うれしいです」
新乃助は振り返った。
「でも。お父さんは許してくれますかね?絶対駄目だって言うと思いません?」
咲子は思わず言ってしまった。
「その時は。母と私で説得します」