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無言のハイタッチ

「この1球は絶対無二の1球なり!」


テニス界で伝わる古い格言の1つだが、

今の私にピッタリの言葉だった。


対戦相手は地元期待のジュニアで主催者推薦枠での出場だ。

彼女が1ポイントとる度に会場いっぱいに歓声が響き渡った。

ノンプレッシャーのジュニアは右に左に力いっぱいボールを引っぱたき、

私を振り回し続けた。


「カモーン!」


彼女の声と共にまた大きな歓声が湧く。

ロックスターのライブみたいだ。


私もボールに必死に食らいついた、

自分のテニスや見た目なんてかなぐり捨てて恥も外聞もなく相手のコートに返しつづけた。


負けたくなかった。


まだモントリオールにいたかった。

動機は不純かも知れないが、

お世話になっている鈴木さん達に良い所見せたいし、ジュリア・メンデスともせっかく仲良くなった。


今日は完全アウェーだが地元の人にも良くしてもらっている。


そして何よりコートサイドの端の方で良い子に座っているレイラともっと遊びたいし散歩したかった。


ジュリアや普段練習している本戦選手が応援してくれた。


コーチや鈴木さんの応援も嬉しいが一緒にツアーを回っている選手の応援は別格に力になる。


だか振り回し続けられた私の身体が悲鳴をあげる。


太ももの内側はパンパンで膝もガクガクいっている。


それでもファイナルセットまでやって来た。


ファイナルセットは10ポイント先取のタイブレーク。


カウントは


8-6


2ポイント差はすぐひっくり返る、

むしろリードした方がプレッシャーを感じるカウントだが、このポイントを取れば9-6。


マッチポイントで更に私のサービスだ。


相手の力いっぱいのサービスを何とか返したが少し浮いたボールになってしまう。

相手はフォアハンドを私のバック側に叩き込んできた。

私は負けない様に膝を曲げ体重を乗せてクロスコートに返した。


「苦しい時こそコートの対角線、クロスコートに返しなさい」モルトジャールの言葉が身体に染み付いている。


どんなに振り回されてもクロスコートにかえした。


ラリーがしばらく続く中、球が少し浅くなるのが相手が打つ前にわかった。


「今だ!」


私はボールを打つタイミングをわざと早くしてストレートに流し打ってネット前に詰め寄る。

プレッシャーを感じた相手は大きくアウトした。

相手は悔しくて何か叫んでいるが、気にもならなかった。


9-6


私はガッツポーズも出さずにラケットのストリングを直しながらステップを踏み、

相手が構えるのを待った。


相手が構えるのを確認して、私は「フーッ」と右手の手のひらに息を吹きかけラケットを持ち直す。

ボールを3回つきながらイメージを固める。


1度重心を後ろに移動しながらボールをあげる、ボールに飛びつく感覚で、上がりながらヒッティングモーション。



相手のリターンが僅かながらコートの外に出たのを確認して小さくガッツポーズした。

沢山の拍手と声援の中試合の幕が閉じた。


私はコートサイドに出ると、ラケットバックを地面に置き、コーチの身体に顔を埋めて大声で泣いた。

嬉しさより、恐怖、安堵、自分の不甲斐なさに近い感情が一気に私を支配した。


「みんなが待ってるよ、手をあげて!」


コーチの声に顔を上げると、選手仲間が列を作って待っていた。


先頭のジュリアが無言で私の手を叩く


パチーン!


そのまま走り去る、


パチーン!


シドニーで練習したアンナも、、

沢山の選手が無言の笑顔で叩いてくれた。


対戦相手が地元のジュニアの手前、大騒ぎすればイメージが悪い。無言のハイタッチが私に対する最大の祝福だった。


列の最後には私の愛するゴールデンレトリバーのレイラが並んでいた。


「レイラ、良い子ちゃんだったねー!」


私が顔をわしゃわしゃしたら、

レイラはお腹を出してバタバタした。

皆の笑い声がコートサイドに響き渡った。


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