モジャモジャール
「沙耶がテニス部入るなら私も入るよ」
宮澤瑠璃はコンパクトミラーで前髪を確認しながら、
うっすらピンク色のリップを引いた口元でささやいた
私と瑠璃は中学校は違ったが、同じテニススクールに通っていた関係で仲良くなった。
私は週1回遊びでやっていたが瑠璃は育成クラスのトップジュニアだった。
瑠璃はなぜか中二の終わりにテニスをパタリとやめてしまったが、私と瑠璃は週末に一緒にカラオケしたり、マックで話したりしていた。
「起立!」
ジャージをきた先生の掛け声で立ち上がり、大平高校の入学式が始まった。
校長先生の話を聞き流しながら辺りを見回すと沢山の視線を感じた、私は慣れっこだった、フランス人の母をもつ私はただでさえ目立つのに最近また背が伸びて175cmは超えていた。
恥ずかしくて背中を曲げると瑠璃が横腹をつねってくる。
「沙耶めっちゃ可愛いんだからちゃんとして!」
瑠璃は私が小さくなる度に怒ってくれた。
その度に私は背中をシャキッて伸ばすことができた。瑠璃に言われると何故か納得するから不思議だ。
入学式が終わりさっそくテニスコートを見に行くと先輩達が楽しそうにラリーしているのをフェンスかじりついて見ていると、後ろから声が聞こえた。
「君達もテニスで遊ぶかい?」
振り返る瑠璃が珍しく小さく悲鳴を上げた。
そこに立っていたのは2メーターはありそうなパンパンの風船を思わせる体型の海外の男で、肩まで伸びた天パと首を隠すほどの髭が鼻より下を覆っていた。
「私はコーチのモルトジャール、良かったら仲間を紹介するよ!おーい絵里!」
コートにいた部員は駆け寄ってきた。
「モ、モジャモジャール?」
瑠璃が緊張で顔を強ばらせながら放った言い間違えに集まってきたテニス部員は呼吸を忘れるほどに笑い崩れ、瑠璃はテニス部を完璧に掴んだ瞬間だった。
後に瑠璃が高校3年で全日本選手権を優勝するまで
モルトジャールは「モジャモジャール」と呼ばれていた。ウイニングスピーチで瑠璃が彼をこう呼ぶまで
「The coach」