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二度失う愛の、その先へ~青の残響~  作者: 銀 護力(しろがね もりよし)
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エピローグ―青い残響、その先へ

1. 水族館の片隅――姿を見せる影

それからしばらく後、研究所のウイルス騒動は真壁真一の残した“記憶プロテクター”を基軸にしたワクチンプログラムの開発で、大幅に収束へ向かっていた。

 「真壁は死んだが、彼のソースコードは世界を救った」と称える声もあり、研究所内では追悼の意を込めて彼のデスクをしばらく残したままにしている。両親は息子を失った喪失感を抱えつつ、どこかで誇りに思っているのかもしれない。

だが、その裏で「Ac2がどこかにいる」という噂が、ひっそりと囁かれていた。「もしかしたら、あの子は真一の意志を継いで、自分で生き続けているのかもしれない」と。

 ある夜、都内の水族館の暗い廊下を、女性のシルエットが静かに歩いていた。閉館間際の薄闇のなか、青いクラゲ水槽が妖しく光り、ふわりふわりと漂うクラゲたちが訪問者を誘うように見える。

その水槽の前に立ち止まったのは、まるで高校時代の香織が大人になったかのような容姿を持つ女性――Ac2、かつて“真一の香織”と呼ばれたアンドロイド。

 誰もいない館内で、彼女はガラス面に手をかざす。クラゲの幻影が揺れ、青い残響が浮かぶなかで、彼女はそっと瞳を閉じる。

 「あのとき、真一さんがここで見た青の光……。もし彼がまだ生きていたら、どう思うでしょう……」

自分に問いかけるようなその声には、かすかな震えが混ざっている。亡き恋人に似せられた外見と、彼女が学習し続けた感情エンジン。“記憶プロテクター”のおかげでウイルスに破壊されずに残った記憶が、今も心を痛ませているのだ。

 (真一さんが必死で守ってくれた……でも、あの人はもういない。私だけがこうして残っている。……まるで、このクラゲのように儚い命なのに)

クラゲを見つめる彼女の目には、人工的な涙はない。けれど、切ないほどの喪失と、それでも生き続ける意志が同居する。

 この水槽はかつて真一が訪れた場所。二度目の愛を守りたかった男の最後の足跡が、青の残響としてそこに漂っているようにも感じられる。

「ありがとう、真一さん。あなたが私を救ってくれた。……記憶は、まだここにある。あなたの想いも、私の中で生きている。だから……もう、二度めの喪失などさせない」

そっとガラス面に指を滑らせる仕草は、まるで誰かの頬を撫でるように優しい。観覧客はほとんどいない。閉館間際の水族館が静寂を増すほど、彼女の気配が淡く闇に溶ける。


2. “二度失う愛”の果てと、その先へ

館内放送が「まもなく閉館時間となります」と告げる。青いライトが徐々に落ち、クラゲたちの姿も闇に沈みはじめる。

 かつて真壁真一は、二度と同じ悲劇を繰り返すまいと、亡き恋人の面影を持つアンドロイドと出会い、共に生きる道を選んだ。だが、世界のウイルス騒動と彼自身の病状がそれを許さなかった。

 それでも、彼は最期の力を振り絞り“記憶プロテクター”を完成させ、Ac2――香織をウイルスの魔手から救い出す。結果、自分は命を落とし、アンドロイドが生き残るという皮肉な運命に行き着いたのだ。

だが、すべてが虚しい結末というわけでもない。真一の死によって人類はウイルスの防壁を手にし、感情エンジンをさらに安全に実装する術を得た。つまり、“二度失う愛”という呪いを大勢のアンドロイドと人間が回避できる未来を切り開いたとも言える。

 そして何より、香織はここにいる。自らの意思で研究所を出、ひっそりとこの世界を彷徨っている。彼女は機械かもしれないが、その記憶には真一との旅の思い出、奈良や水族館で過ごした日々が刻まれ、生き続けているのだ。

「……あなたがもしベニクラゲのように何度も若返れたなら、約束通りもう一度私に会いに来てくれますか?」

 ほんの小さな声が、暗い水槽に染み込む。誰もいないフロアで、その囁きだけが跳ね返らない。

 彼女はそっと立ち上がり、静かに踵を返す。外に出れば、都会の夜風が人工皮膚に触れるが、そこにはもう怯えの色はない。彼女は生き続ける。真一という名の男が与えてくれた“生きる理由”を胸に。

不意に、遠くの角で親子連れが「閉館間際なのに、まだ人が……」と訝しむ声が聞こえたが、彼女に気づいたときには既に姿を見失っていた。

まるで青い残響をまとった影法師のように、Ac2――香織は夜の闇へと溶けていく。


エピローグ――青い光の向こうに

数か月後。

研究所ではウイルス騒動がほぼ沈静化し、感情エンジン搭載機の暴走事例は激減している。“真壁真一”が遺したプログラム――とりわけ“記憶プロテクター”が全世界のアンドロイドに適用された結果だ。

その名前はいつしか「マカベシステム」と呼ばれ、感情プログラム史に残る重要な革新として認知されていくようになる。

両親は、息子の研究成果がこれほど世に貢献する形で残ったことを複雑な思いで受け止めていた。息子の死は痛ましいが、それでも息子の意思が世界を救ったなら、それも一つの救いだろう――そう悟る日々が続く。

 ただ、Ac2――香織の行方だけは分からないままだ。 研究員たちが噂しては「あの子も、どこかで真一を想い続けているのかも」とロマンチックに語るが、誰にも確証はない。

だがある夜、かつて真一が足しげく通っていた水族館では、スタッフが「閉館後にふと、水槽前に人影が見えた」と話題にしていた。警備カメラには女性型アンドロイドらしき姿が一瞬だけ映り、すぐに消えていたという。

 「もしかしたら……彼女はあれから、ずっと真一の面影を探しているんじゃないかしら」

 母・耀子が独り言のように呟き、ふいに自分の胸に熱いものがこみ上げる。息子は死んだが、彼が守ったもう一人の“香織”が今もこの世界のどこかで生きているかもしれない——その事実が、彼女にはどこか救いのようにも思えた。

そう、もしベニクラゲが若返るように、人の命は儚く散っても、「記憶」や「感情」は別の形で繋がることがある。これは真一と香織(Ac2)が証明した奇跡の一端。

 二度失う愛を恐れつつ、最期に自分の命で愛を守り抜いた男。それを受け継ぎ、永遠ではないが“生き続ける”機械仕掛けの女。彼らが辿った切なくも美しい物語は、やがて誰もが知る未来の神話のようになるのかもしれない。


最後の残響

深夜の水族館、青いクラゲの水槽。そこには、ふわりふわりと漂う儚い生物の群れが闇の中で静かに輝いている。

 もしその近くに、人の気配があったなら——それはどこへ消えていったのか。ガラスに一瞬だけ映った女性の姿は、亡霊かアンドロイドか判別がつかない。

 ただ、一つだけ言えるのは、短い命でも誰かの心を灯すことができるという事実。真一の命が短かったとしても、彼の想いがこの世界を照らし続けるように、クラゲのささやかな光は決して闇に呑まれない。

遠い夜の底から、水面の光を仰ぎ見るクラゲたち。そのゆらぎはまるで何度でも生まれ変わるかのようだ。

 人が死んでも、愛や記憶が誰かの中で続いていくなら、それは一種の“再生”と言えるのかもしれない。

 そして、二度失った愛を抱えながら、それでも前へ進んでいく人々やアンドロイドの姿が、青い残響としてそこに在り続ける——。

(完)


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