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第6話 ほら

 新学期の独特な緊張感の中でも月日は平等に進んでいくようで、気が付けば初めての週末を迎えた。今日は部活の練習もなく、こんな日は自堕落に過ごすに限る。

 時刻は8時を少し過ぎたというところ。平日ならば既に遅刻確定の時間だが、今日は休日だ。普段ならお昼くらいまで寝ているはずであるが...


「なんでこうなった..」

「あら、何か不満なの?」


 腰に手を当て、不満げな表情を作っている凛音の前で深く溜息をつく。

 電話でデートの監視、もとい見守りを要求された俺は、当然快諾...しなかった。それはそうである。独り身の涼太にとってそれを見せつけられるのは拷問と言ってもよいだろう。

 「1人で見守るのはしんどいぞ」と抗議し逃げようとしたものの、「それなら凛音さんも連れてきていいから!」と押し切られた。そういう問題ではない気がするけど


「それにしても、慎太郎くんはマゾヒストなのかしら?普通ならデートの場面を進んでみてもらいたいとは考えないと思うけど?」

「そう言ってやるなよ。というか凛音は俺と同じ考えで安心したわ。やっぱりデートなら普通は見られたくないよな」


 相談された時は慎太郎の勢い激しさから俺がおかしいのかと思ったが、多数派に属しているようで安心する。

 とはいえ、待ち合わせ場所の近くまで来てしまった以上は成功を祈って見守ってやるしかない。



「それで、そこで慎太郎君たちは待ち合わせるの?」

「うん、そうらしいけど...あんまりここからはよく見えないね。あ、あの木の下にいるのが慎太郎じゃない?」


 待ち合わせから少し距離のある階段の一角でターゲットを捕捉することに成功する。ターゲットはいつから待機していたのか、頭には桜の花びらが積もっている。


「あら、星野さんも来たわ」


 少し照れくさそうに合流する2人を見て、思わず呪言を唱えかける。


「くそう。慎太郎はデートしてるのに、俺達はいつも通りの週末だな...」

「そうかしら?私たちも考えようによっては、今デートしているとも言えるんじゃないの?」


 そう自信満々に聞いてくる凛音の顔も、もう見慣れたものである。贔屓目抜きで見ても可愛い凛音とのデートは普通のクラスメイトなら嬉しいし心躍るに違いない。

 しかし、こちとら10年来の付き合いなのである。一緒にお風呂も入ったことがある(記憶なし)のに、今更一緒に出掛けるくらいで感動はしない。


「凛音と出掛けるのは別に毎週のことだし特別感ないなあ。それに凛音と2人で出かけるのがデートになるなら、間違いなく初デートは砂場とかになっちゃうだろ」


 初デートはもっとロマンチックなことをするために取ってあるんだ、と続けようとした次の瞬間、目にも留まらぬ速度で飛んできた凛音のキックが脛にクリーンヒットする。


「いってぇぇぇぇ!」


 あまりの威力にのたうち回っていたが、「慎太郎くん達行っちゃう!」と言い残して凛音は先に進み出す。追いついて文句を言おうとしても、プルプル震えている凛音は目も合わせようとしない。


「で、この映画館で映画を見るわけね」

「露骨に話を逸らされた!けどそうだよ。でも、映画館の中なら監視のしようもないけ気がするけどな」

「私達も見ればいいじゃない。こんな早い時間だし、当日の席もまだあるでしょう」

「えー、いや、やめた方がいいんじゃない?ほら見つかっちゃうかもしれないし」

「後ろの席にすれば見られることもないでしょう?涼太じゃないけど、何もせずに待っているというのは癪だわ」


 なぜか珍しく引き下がらない凛音を説得するために、何とか誤魔化そうとしたが効果はないようだ。仕方なく、慎太郎たちが見ようとしている映画を教える。


「実は、慎太郎達が見ようとしているのはホラー要素がある映画なんだよ。凛音は昔から苦手だったし、俺もあんまり好きではないから気が引けるんだよね、実は」

「私ももうすぐ成人の年よ。ホラー映画くらい、見られるに決まっているじゃない」


 以前凛音の家に泊まりに行ってホラー映画を見た時のことを思い出し、彼女を諌めるもとまらない。

しかし凛音はどうしてそんなに映画が見たいのか、諦めずに挑戦的な、それでいて真っ赤な顔をしながらも俺に尋ねる。


「もしかしてあなた、怖いんでしょう?それで私を理由に避けようとしているんだわ」


 そこまで言われたら俺も引くわけにはいかない。パネルを操作しその映画の席を手に入れた。幸いにも最後列の席が余っていて、ここなら少なくとも見つかることはないだろう。

 確かに以前一緒に見た時は小学生であるので、凛音も耐性がついているのかもしれない。何よりここで引き下がっては凛音に1週間はからかわれ続けることになるだろう。


 デートの監視とは全く関係ないところで、チケットを握りしめた俺と凛音の仁義なき戦いが始まろうとしていた……













「おい慎太郎、お前のデートの監視作戦で1人のスパイが殉職したぞ」

「え、大丈夫?怪我した?」 

「お前達の見ていたホラー映画で精神的にな」

「別に見なくていいって言ったのに」



 映画が終わり、星野さんがお手洗いに向かった隙に慎太郎にメッセージを送る。

 凛音が結局ホラー映画は苦手だった、というよりもあまりにも怖すぎる映画のせいで彼女は精神が破壊されたようで、今も上の空である。映画の途中からずっと俺の腕を握り潰す勢いで掴んでいたのは可愛かったが、それを言うと怒られるのが目に見えているので黙っておく。  


「おーい、凛音大丈夫かー」


 顔の前で手を振っても、反応が返ってくる気配はない。試しに顔をつついてみると、ようやく魂が身体に戻ってきたようだ。


「はっ、私いつの間に寝てたんだろう。というかいつの間に映画館に着いてたっけ、早く映画を見にいかないと」

「恐怖のあまり記憶が抜け落ちている…!もう映画終わったから大丈夫だよ。慎太郎達もそろそろ次行くと思うから準備しようぜ」

「あれ、そうだったかしら?楽しみにしていたのに全然記憶がないわ」


 不思議そうに記憶を辿る凛音の顔は、真剣そのものである。つい数分前までこちらにしがみついていた魂が抜けたような顔を思い出し、そのギャップに思わず吹き出してしまう。


 「なに笑ってるのよ」と不満げに聞いてくるが、思い出させるのも可哀想なので内緒にしておく。あの顔は、心のアルバムに閉まっておこう。


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