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全員死ねばいいのに。

作者: 辻島慎一

 苦虫を噛み潰したような起床だった。


 寝ようと思い立ったのが23時16分。好きな女から電話がかかってきたのが23時22分。

 ちょっと考えて5コール目で着信ボタンを押した。


「もしもし」


「んんっ……もしもし」


 気まずい空気が流れるけど、互いに言葉は発さない。


 三日前、この布団で2人一緒に横になった。

 酒を飲んでた。ぐるぐる回る頭の中で「この女に抱きつきたい」だなんて俺は思った。

 だから口に出した。「抱きしめて良い?」「俺はお前を大切な人だと思ってるよ、友達として」

「いいよ」って言われて、彼女の小柄な体に手を回した。


 服の上から分かるほど温かくて、心は高揚していた。

 でもそこから進めようなんて、俺は微塵も思っていなかった。

 こんなクソ女に手を出すほど落ちぶれちゃいなかった。


「どうした?」


「ううん、なんでもない」


 電話越しの女はいつもと違う雰囲気で、声色がワントーン暗かった。


「今日ね、元彼に会ったの。うちに置きっぱだった荷物を返しにね?」


「そっか」


 脳裏によぎるあの写真の男。

 別にイケメンじゃない。別に頭がいいわけでもない。

 でもフリーだった彼女が手を出した男がそいつだっただけだ。


「はぁ……。っゔん……」


 啜り泣くような声が聞こえて、触れるかどうか迷った。


 でも俺は馬鹿だから、好きな女が泣いていたら声をかけてしまった。


「泣いてんの?」


「……うん。なんでか分かんないけどね」


 大体わかるよ。んなこと言っても。

 お前はまだあいつに依存してるんだろ? 好きなんだろ?


 メンヘラで、恋愛したいんじゃなくてその人に大切にされたいだけで、依存相手を失ったから孤独で泣いているだけ。


「……そっか。たくさん泣きなよ」


 失恋なんてしたことないから彼女の気持ちは微塵も分からん。

 どうみてもメンヘラだし、俺は嫌いだし。


「うん…………」


 電話越しの泣き声はヒートアップして、あんなに泣き声に同情できなかったのは初めてだった。


「日野路さんは重荷を背負すぎだよ。置けばいいのに」


 口から出た言葉はしょうもない、ゴミみたいな言葉だった。

 だって眠たいし。


「そうだね……ごめんね……」


 謝りながら彼女は泣き続ける。

 うるさい。可愛くないし。早く泣きやめよ本当に。


「……じゃあ、一つ荷物を置いていいかな」


「うん」


「友希くんとは友達でいたい……」


 本当にうるさい奴だった。

 俺はその気だったし、告った心当たりもなかった。

 勝手に勘違いして、重荷を増やして、それで耐えられなくて泣き始める。

 ゴミみたいな奴だ。

 自分にも他人にも迷惑をかけて、容姿がいいから許されてるだけなのに。


「……そっか。それでいいよ」


 一応場に乗って失恋ごっこに付き合ってあげる。

 別になんとも思ってないのに演技するのは大変なんだ。


「うん……ごめんね……」


 どうせ元彼が好きなのに泣き喚いて、でも手に入らないと知ってるから「友達」に電話をかけてくる。

 こんな奴なのに、俺は電話を切る気になれないのはなんでなのだろうか。眠いのに。


「俺のこと、嫌いだった?」


 なんとなく聞いて見る。


「……この電話かける前までは正直嫌いだった」


 そりゃそうだ。だって俺も嫌いだったもん。

 ハグして寝ただけなのに、一つ一つを重く受け止めやがって。

 振られる? なんで? なんもしてないじゃん。


「あの時ハグした時、『大切な友達だ』って思って、関係が崩れるのが怖かったの」


 掠れ声ながら話す女を見ているとむしゃくしゃしてくる。


 俺は微塵もお前のことを「大切な友達」だなんて思っていないのに。思ってるのはお前だけなのに。


「これも長く友達を続けてきた罪かー」なんて、その時は思った。

 出会って2年で一度も手を出さなかった惨めな俺の、背負った罪。


「ううう……。はぁ……なんでこんなに辛いんだろう」


 1人恋するお嬢様気分の女は言葉と啜り泣きを垂れ流し続ける。

 好きな女が泣いている。でも、俺は可哀想に思えなかった。


「日野路さんは……誰かの気持ちをずっと考えてる。でも、それは日野路さんには無理なことなんだよ。だから、自分の気持ちだけ考えればいい」


 俺はずっとそうしてるけどな。何も考えず後先無くして突っ込んで、それで得た友達も、失った後悔も、全部自分が背負い込んでる。


 傷つくことがかっこいいと思えない。けれども自分は違う。

 傷つくことが怖いんだ。

 傷つくくらいなら、別に1人でいいし、ゆっくりぬくぬく生活していければそれでいい。


「うう……涙止まんないよ……。彼に会いたい……」


 そりゃそうだ。会いたいだろうな。でも絶対に会えないだろうな。


 こいつのこと嫌いだ。分かりきってることで悩んでるし、泣くし、メンタル弱いし。

 ほんっとうに絵に描いたようなメンヘラって感じ。


 泣きやめば泣きやめばで急にテンションが高くなる。

 完全に躁鬱と一緒だ。


「友希くん……?」


 甘い声を出してきては、フェロモンを振り撒きやがる。


「うん……? なに?」


 眠いのに、体は眠いのに、心は寝たくないと言っている。


「友希くんにこんなこと言っていいのかな……」


 そこから始まる他の男との恋物語。

 主人公はいっつも俺じゃない。


「えへへ……話しすぎちゃった……。友希くんに言っちゃいけないことまで言ってる気がする」


「そうだなー」


 くっそぉ。めちゃくちゃタバコが吸いたい。


 今すぐ体にニコチンをぶち込んで、ヘロヘロしてきたところでこいつの話を聞いてやりたい。

 でも誰もいない賃貸のマンションに副流煙をつけるのは、退去の時を考えると絶対に出来ない。

 うざい。


「ねね、友希くん……?」


「なに?」


 話し始めてから気がつけば五時間が経っていた。

 窓の外はだんだん明るくなってきていて、めちゃくちゃうざい。


「こんなに長電話することももう2度とないかもだし、楽しいね」


「そうだね」


 いちいち余分なんだよこいつの言葉は。


 なんだ?「2度と」って。「大切な友達」はどこ消えたんだ?

 本当にこいつに振り回されてる。彼氏ができた時も、別れた時も、あの時も。

 なのに、なのにこいつのことを良いと思ってしまう俺も所詮メンヘラで最低な男だ。


「私って可愛い?」


「可愛いよ」


「へへへ。うれしーなー」


 躁のままに突き走る女の相手を眠いままするのは疲れる。

 でも、悪い気はしなかった。


「じゃ、そろそろ寝ようかなー」


「そうだね、眠いしね」


 おっそいんだよ。俺は5時間前から眠いの。

 なのに話聞いてあげてるじゃん。


 自分勝手でメンヘラで、可愛いところなんて一つもないとてつもない悪魔。

 こんな奴、死んでしまえばいいのに。


「じゃ、おやすみ」


「うん。おやすみ。日野路さんは可愛いよ」


「ははは……好感度狙ってる?」


「狙ってない」


「嘘だー」


 こいつに「可愛い」って言うことに深夜テンションを含めると抵抗はなかった。


 こいつと俺は相性がいい。それは重々わかっている。

 でもこいつは、俺には振り向かない。

 俺みたいな男よりも、自分を大切にしてくれない男に振り向いては傷付いてる。

 馬鹿な女だ。


「おやすみね?」


「はいはい、おやすみ」


 電話を切って、ひと抜きして、眠りにつく。


 今日やろうと考えていた計画はすべて、この時間の就寝によって台無しになった。


 それなのに、俺はこいつを嫌えない。


 目が覚めて、まず思ったのは「楽しかった」だった。

 レポートの締め切りも、課題の提出もすべてブッチしてるのに、昨日の夜が楽しかった記憶しかない。


「あー……くそ」


 目の前にある酒の缶に手を伸ばしそうで、精神だけで静止する。


 俺はこいつを好きなのに、こいつは俺のこと好きじゃない。

 好きじゃないやつの前で泣きじゃくって、朝まで通話して、それで悪びれることもなく多分俺のことを嫌っている。


 きっと、恥ずかしさやなんやらで今後数日間、彼女から電話をかけてくることもない。

 本当にゴミみたいな奴だ。


 でもこんなやつに「髪切った方がいいよ」と言われて、美容院に想いを馳せている俺も、よっぽどゴミみたいな人間だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 好きと嫌いが一文ごとに入れ替わるような、複雑な気持ちに塗れた作品で、目が離せませんでした。 冷静に考えれば好きにならない方がいいはずなのに、プラスよりマイナスの方が多いはずなのに、何故惹かれ…
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