第54話 ヒロインに心配される悪役令息
翌朝――
「う、痛たたたた……」
激痛に耐えながら僕は鏡の前で朝の支度をしていた。
うう……こんなことなら昨日の内にちゃんと医者の診察を受けていれば良かった。
昨日、エディットに応急処置をしてもらったお陰で夜にはかなり痛みが引いていた。
だから油断してしまった。
まさか、こんなに痛みが酷くなっているなんて……。
「う‥‥痛みでネクタイがうまく結べない…」
ここで根っからの貴族であれば人を呼んでネクタイの一つ位、結ばせるのだろうけれども悲しい?ことに僕の身体には日本人としての生活が染みついている。
たかが打ち身の怪我くらいで誰かに着替えを手伝って貰おうなんて、とんでもないことだった。
「よ、よし‥‥何とかうまく結べたぞ‥‥」
悪戦苦闘しつつ、ようやくネクタイを結び終えたものの‥‥果たしてこんなに激痛でまともに授業を受けられるのだろうか?
朝食の席ではフォークとナイフを持つのも辛かったのに、授業を受けていられるのか‥‥はっきり言って自信が無かった。
「まぁペンを握らなければ何とかなりそうだし、ブラッドリーに後でノートを写させて貰えばいいかな‥‥?」
本音を言えば今日は休んで1日横になっていたかった。
けれどエディットが迎えに来てくれることになっているし、どうしても今日は彼女に尋ねたいことがあった。
疑問を抱えたまま、1日過ごす方が精神衛生上最も身体に悪い。
そこで自分に鞭打って?登校することに決めたのだから。
「よし、後は腕時計をはめて……」
コンコン
クローゼットの上に置いた腕時計に手を伸ばした時、部屋の扉がノックされた。
「はーい、どうぞ?」
扉に向かって声を掛けると「失礼致します」と言いながらフットマンのジミーが部屋の中に入って来た。
「あ、あの…エディット様が…アドルフ様のお迎えにいらっしゃいましたが‥‥」
そしてビクビクオドオドしながら上目遣いに僕を見る。
「うん、教えてくれてありがとう。それじゃすぐに出るよ」
よし、腕時計は馬車の中ではめよう。
ポケットの中に腕時計を入れると、机の上に置かれたカバンを手に取り…。
「うっ!」
痛みに呻いた。
全く何てことだろう。カバンを持つのにもこんなに激痛が走るなんて。
一応自分で軟膏を塗ってはみたものの、これでは不十分だったかもしれない。
「大丈夫ですか?アドルフ様。おカバン…お持ち致しましょうか?」
ジミーが心配そうに声を掛けてくれた。
「うん‥‥そうしてもらえると助かるな。エントランスまで持って貰ってもいいかな?」
そしてカバンを差し出した。
本当はエディットにカバンを持って貰う姿は見られたくは無かったけど、待たせる方が問題だしな。
「い、いえ。とんでもございません」
ジミーは恐縮しながら僕のカバンを受け取ってくれた――。
****
エントランスの扉をジミーが開けると、馬車の前でエディットが待っていた。
そして僕の姿を見ると嬉しそうに挨拶してきた。
「おはようございます、アドルフ様」
「おはよう。エディット、待たせてごめんね。中で入って待っていてくれれば良かったのに」
「いえ、外はお天気で気持ちが良いですから私がこちらで待たせてくださいと言ったのです」
「そうなんだ?確かに今日も良い天気だよね」
見上げた空は雲一つない快晴だった。
「アドルフ様。おカバンをどうぞ」
「うん、ありがとう」
痛みを我慢してジミーからカバンを受け取ると、エディットが怪訝そうな表情を浮かべた。
「アドルフ様、もしかしてまだお怪我が……?」
「だ、大丈夫だよ。それより馬車に乗ろう」
「はい」
僕たちは馬車に乗り込み、ジミーに見送られながら学校へ向かった――。
****
「アドルフ様、傷が痛むのではないですか?」
馬車が走り出した途端、エディットが尋ねて来た。
「そんなことは無いよ」
エディットに気を遣わせたくは無かったので、つい嘘をつく。
「あの後、怪我の治療はしましたか?」
「う~ん。軟膏なら塗ったかな?あ、そうだ」
腕時計をまだはめていなかった。
ポケットに手を突っ込み、腕時計を取り出してはめようと左袖をまくった時‥‥。
「アドルフ様っ!その怪我…!」
エディットが声を上げた。
「え?何?」
彼女の視線を追うと、僕の左腕を見ていることが分かった。その腕は手首部分に大きな青痣が出来ている。
「あ…これは、昨日の怪我だよ。大丈夫、見た目と違ってそれほど痛みは無いから」
けれど……。
「嘘つかないで下さい、アドルフ様。腕‥‥痛むのですよね?だからあの人にカバンをもってもらったのではありませんか?」
「あ…ま、まぁ多少は?」
「多少のはずないじゃありませんか…。学校に到着したら一緒に医務室へ行きましょう?」
「大丈夫だよ、医務室位1人で行けるから。エディットは馬車を降りたら自分の教室に行けばいいよ」
言いながら考えた。
本当は一緒に馬車に乗って登校すること自体、問題なのではないだろうかと。
「ですが‥‥アドルフ様が心配です。私も一緒に医務室へ参ります」
「本当に大丈夫だから。それより、どうしてもエディットに確認しておきたいことが
あるのだけど…正直に答えてくれるかい?」
エディットの瞳をじっと見つめながら尋ねた。
「は、はい…何でしょうか?」
「エディット。僕と一緒にいることで何か困ったことが起きていないかい?」
すると‥‥。
「あ…」
エディットの顔がこわばるのを僕は見逃さなかった――。




