第39話 戸惑う悪役令息
翌朝――
朝日のよく差し込む広々としたダイニングルームで家族3人揃って朝食を取るために席についていた。
給仕のフットマンによって、次々と食事が並べられていく。
トーストにスクランブルエッグ、ボイルドウィンナーにカリカリベーコン、グリーンサラダにフルーツ盛り合わせ……。
どれもとても美味しそうだったけれども、内心僕はうんざりしていた。
ああ……和食が食べたい。
いくらこの世界でアドルフとして18年間生きていたとは言え、何故か今はつい最近思い出した前世の自分が圧倒的に勝っている。
日本人だった僕の朝食は和食だった。
炊きたてご飯にお味噌汁、焼き鮭に納豆にお新香……。勿論卵は生卵で醤油で溶いてツヤツヤ光るご飯に掛けて頂く。
うん、考えただけで涎が出そうになってくる。
せめて……せめて醤油ぐらい欲しい。この世界に醤油は存在しないのだろうか……?
「…ルフ。アドルフッ!」
不意に名前を呼ばれて我に返った。
「え?は、はい!」
慌てて見渡すと、父がこちらをじっと見つめている。
「あの、何でしょうか?」
「いや、先程から食事が進んでいないようだからな……何か考え事でもしていたのか?」
「フフフ……きっと昨夜のことでも考えていたのじゃないかしら?エディットと昨夜はデートだったのでしょう?」
「ええ、まぁ……」
確かにちょっとしたデート気分にはなれたと思う。
尤も肝心のエディットはどう感じてくれていたかは分からないけれど……。
「しかし、お前もようやく婚約者のことを大切にするようになったのだな。まぁ…それも当然か。2人が小さな子供だった頃は、あんなに仲が良かったのだからな」
「え?」
父のその話に固まった。
「僕と…エディットは小さい頃は仲が良かったのですか?」
いや、それよりも僕とエディットはいつから知り合いだったのだろう?
最近のアドルフの記憶さえ薄れかけているのだから、子供の頃の記憶なんて今の僕にはもはや皆無だった。
「何だ?お前……覚えていないのか?」
「あら?そうだったの?」
父と母が不審げな目で見つめてくる。
うっ……。
今の僕にはアドルフとしての記憶が殆どありません、なんて言えるはず無い
そんなことを言えば……病院送りになってしまうかもしれない!
「アハハハ…。そう言えば、そうだったかもしれませんね……。美味しそうな食事だ。さて、食べようかな?」
父と母にこれ以上何か突っ込まれる前にさっさと食事を済ませて学校に行ってしまおう。
けれど…今まで僕はどんなふうに登校していたのだろうか?
等と考えつつ……僕は完全洋食メニューを完食した――。
****
「へ〜……そう言えば、こんな制服だったかもしれないな……」
自室で制服に身を通した僕は改めて鏡の中自分をじっと見つめた。
濃紺のダブルのスーツにワインレッド色のネクタイに中心部分には校章?らしきデザインが描かれている。中に着用したベストは勿論スーツと同じ同系色だ。
漫画で見たのと同じ制服……なんだろうな。
まるでイギリス紳士が着るようなスーツだ。
これが学生服なんて……。
「うん……でもよく見ればアドルフは中々イケメンじゃないのか?背はスラリとして高いし、スタイルもいい。目つきは確かにあまり良くは無いけれども……鼻筋も通っているし、いけてるじゃないか?」
ブツブツ呟きながら鏡を覗き込む姿は、傍から見ればまるでナルシストだ。
それにしても……。
「困ったな……。僕は今までどうやって登校していたんだっけ?両親に尋ねるわけにもいかないしな……。」
こんな時、ブラッディが迎えに来てくれればいいのに……。
「あ、でも待てよ?馬に蹴られたショックで記憶が曖昧だってことは両親も知っているはずだ。だったら、直接尋ねればいいじゃないか」
1人納得し、両親の元へ行こうと扉の方を向いた時…。
「ア、アドルフ様っ!大変ですっ!」
僕専属のフットマンのジミーがノックもせずに飛び込んできた。
「う、うわっ!驚いた!な、何っ?!」
するとジミーは真っ青になって頭を下げてきた。
「も、も、申し訳ございませんっ!ノックもせずに勝手に扉を開けてしまいました!どうかクビだけはご勘弁を……!」
「大丈夫。クビになんかしないから、何があったのか教えて貰えないかな?」
「は、はい!実は……婚約者のエディット様がアドルフ様と登校される為にお迎えにいらっしゃいました!ただいま、エントランスでお待ちになっておりますっ!」
「ええっ?!何だって?!」
僕は急いでカバンを持つと、ジミーの案内でエントランスへ向かった。
****
エントランスへ行くと、ジミーの話していた通り、エディットがエントランスにいた。
しかも仲良さげに母と2人で話をしている。
「エディット!」
慌てて駆け寄り、声を掛けるとエディットは顔を上げて僕を見た。
「おはようございます、アドルフ様。あの……よろしければ本日、御一緒に登校しませんか…?」
そしてはにかんだ笑顔で僕を見た――。




