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恋とゲームと殺人と  作者: 内海 京
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6


 わたし達、生存している9名は1階にある一番大きい部屋、ラウンジに集まっていた。

 中央に大きな円卓があるのが特徴で、その周りに一人用の机だとか椅子、もしくは四人用の机だとか椅子、ソファなどが並べられている。

 ホテルが営業していた時はここで食事をしたりしていたのだろう。

「桂川さん本当にもう大丈夫なの?」

「えぇ、ご心配ありがとうございます」

 力なくにこりと笑うけれど、青白い顔で大丈夫そうには見えない。わたしはたっぷりとミルクと砂糖が入った元コーヒーのカフェオレを桂川さんの前に置いた。

「とびきり甘いけど、こういう時は多分糖分摂るといいと思うから」

「ありがとう、わたくし甘いカフェオレ大好き」

 カップを包み込むようにして桂川さんは微笑んだ。

 自分用に同じようにミルクと砂糖をこれでもか、と投入する。

 他の人たちは、わたしにミルクと砂糖をぶち込まれまいとするかのように、そそくさと黒くて苦そうなコーヒーを自ら用意していた。

 円卓を囲んで座る。

 12時の位置から時計周りに、近原くん、桂川さん、智恵美、わたし、佐藤さん、利波くん、久住さん、鈴白くん、友呂岐くんという座席だ。

 何となくそういう座席順になった。佐藤さんは近原くんの隣に行きたそうな顔をしている。でもすでに埋まっていたので、対角線上に座ることで妥協したようだ。


 しばし皆、無言でコーヒーをすする。

 ほっと一息。

 吐く間もなく、近原くんが口火を切った。

「で、どうする?」

 本来であれば今頃、この円卓を囲んでマーダーミステリーを興じていたはずが、ゲームではない本物のマーダーについて話すことになろうとは、数分前のわたしに教えてあげたい。

 教えられてもなぁ、と突っ込む自分が想像できた。


「どうって、蝶ヶ崎は本当に死んでたんだろ? そして作り物でもない」

 そうだよな? と言うように佐藤さんは鈴白くんを見る。

「あぁ。後頭部をかなり強く殴打されていた。恐らく陥没している。それから胸にもナイフで刺された痕があった。どちらが死因かは判断つかない」

 淡々としたその言葉に桂川さんが小さくうめく。

 わたしの脳裏にもうっすらと倒れて頭から血を流している蝶ヶ崎さんの姿が映し出された。

 それを振り払うように小さく頭を振った。

「かなりの念の要れようよね?」

 智恵美が頬に手を当てながら誰ともなく問う。

「確かに……わざわざナイフで胸を刺してるわけだし……」

 利波くんが上目遣いでぼそぼそと呟く。

「わざわざ殴ったのかもしれないよ?」

 久住さんが小首を傾げつつ「どちらが先かわかんないんだよね? 鈴白クン?」と尋ねる。

「そうだな。あえてどちらかと言えば……殴打の方だろうな」

「あ、そうなんだ。殴って刺したんだ。殴るだけじゃ安心できなかったのかな?」

 髪を人差し指でくるくる巻きながら言う。

「絶対殺す! っていう意思を感じるよねー」

 ニッコリ、そう表現できる笑みを浮かべてわたし達を見回す。

 とてつもなく場違いであるけれど、何となくつられて笑みを返してしまう。つられて笑ってしまったのはわたし以外では友呂岐くんだけだった。でも彼の場合は元々笑顔っぽく見える表情なのでつられたかどうかはわからない。

 なので実質笑ったのはわたし一人。すぐに表情を引き締める。

そうよね、人が死んでるんだから。不謹慎よね。

 脳内で自分の頬をパンパンと両手で叩く。

「まあ、でも仕方ないか! おじょーさまみんなから嫌われてたもんね」

 続けての爆弾発言である。

 曖昧な笑みを浮かべたくなるが我慢する。笑ってごまかそうとするのは良くないよね、良くないけどどんな表情をしたらいいかわからない。

 鈴白くんは相変わらずのポーカーファイスだし、佐藤さんは憮然としている、智恵美は眉根を寄せて悲し気だ、利波くんは俯いている。

「つまり、この中に蝶ヶ崎を殺した犯人がいるって言いたいのか?」

 そして近原くんは落ち着いているように見える。

「だって、どう考えてもワタシ達のなかに居るよね? 犯人」

「可能性として、外部犯も考えるべきだろうな」

 鈴白くんが淡々と答える。

「……その可能性はありますの?」

 口元をハンカチで押さえながら桂川さんが尋ねる。鈴白くんはわずかに考えて静かに首を振る。

 確かに今この廃ホテルに居るのはわたしたち『星を見る会』のメンバーだけだ。不審者がいるようには思えない。

「外部犯は、ないだろうな」

 肩を竦めて近原くんが言う。

「うん、一応、周囲を見回ったしね」

「けど、見落としとかあるんじゃないの?」

「それは……あるかもねえ。でもいない確率の方が高くない?」

 友呂岐くんは佐藤さんの問いかけにあっけらかんと答える。

「そうね、友呂岐くんの言う通りだと思うわ。変質者が居たとしたら、誰かしら痕跡を見つけているはずですもの。ゲーム中に殺されたのなら尚更」

 智恵美の言葉に、佐藤さんは不機嫌そうに腕を組んで椅子にだらしなくもたれ掛かって座る。

「だよね! 智恵美ちゃん。ホテル内も皆で見回ったしね、で結果…」

 智恵美に向かってウインクを一つ投げかけて友呂岐くんは話をすすめる。

「なーんにも見つからなかった」

 芝居がかった仕草で両肩を上げる。

 廃ホテルだから隠れる場所がたくさんありそうだと思いきや、安全の為か、防火シャッターがあちこちで降りていてその実、入れる部屋や行ける場所には限りがある。つまりは隠れる場所にも限りがあるということで……。

 わたし達は蝶ヶ崎さんの死後、手分けしてホテル内行ける場所をくまなく探したが、不審者やその痕跡を見つけることが出来なかったわけで……。

「えっと……じゃあ……」

 言いにくい事を言わなきゃダメなのは本当につらい。

 わたしがもごもごしていると鈴白くんはスパッと切れ味鋭く事もなげに告げる。


「犯人は僕たちの中に居る、って事だ」


 沈黙が降りた。

 とてつもなく思い沈黙。

 みんな、さりげなく周囲を見回している。

 この中に蝶ヶ崎さんをあんな酷い目に合わせた犯人がいる。


 結論は結局そうなるのか、と言う気持ちとやっぱりな、と言う気持ちがごちゃごちゃになって頭が真っ白になった。



 ごくりと唾を飲み込んで、改めてみんなを見回す

 鈴白くんの発言に動揺を示した人はいなかった。恐らくみんな感づいていたからだろう。

 だとしてもこの中に蝶ヶ崎さんを殺害した犯人がいるとは思えない。

 人を殺した後で、こんなに普通に、通常と変わらないふりが出来るものなのだろうか?

 わたしだったら……いや、わたしは人を殺したことが無いから自分がどうなるのか全く不明だ。もしかしたら案外平静を装えるかもしれない。


 そしてなによりもわたし達が異常であることは国が証明しているのだ。

 昔は異常な殺人は稀だったらしい、けれど近年そういった事件は増え、犯罪率も軽犯罪は下がっているのに異常犯罪は増えている、と言う統計が出ている。

 国民の50人に一人は今や通常ではない死体を目撃しているしく、わたしも本日その50人なかの一人になったわけだ。

 そんな世の中だから、昔はこういった犯罪に巻き込まれてトラウマになった人たちもいたそうだが、今やほとんどいないらしい。

 嘘だ、と思っていたが、今の自分の状態を省みてみると本当だったのだなと頷くしかない。

 だってわたしは蝶ヶ崎さんの尋常でない死に方を見ても平然としているのだから。

 もちろんある程度の動揺はある。あるけれどそれは蝶ヶ崎さんが死んだことでのものではなく、自分が本当に異常者であったことの動揺の様な気がする。

 知らない自分の一面を知ってしまった、そんな感じだ。


「さてと、どうするわけ?」

 佐藤さんが口を開いた。

「橋は落ちて、スマホも圏外、最低2日後まではここに閉じ込められて出られない、この中に異常者がいる、笑うしかなくない?」

 はっと鼻で笑いながら、その実、目は全く笑っていない。

「取りあえずはここでそれぞれを見張り合うしかねぇだろ」

 頭をかきながら近原くんが言い、椅子に深く腰掛けつつ足を組む。

「朝まで? この面子で?」

 主に桂川さんを見ながら言う。恋敵とは同じ部屋に居たくないってことらしい。

 桂川さんは押し黙っているが、机の上で揃えられた両手は小刻みに震えていた。

 こんな状況では佐藤さんが攻撃的になるものわからないでもないが、桂川さんをなぶるのは違うと思う、ので「えと、じゃあ何か話でもして気を紛らわせる?」と言うと佐藤さんが冷ややかな目つきでこちらを向いて言った。

「この面子で?」

 わたしは視線を彷徨わせる。

 いやそう言われてもこの場にはこのメンバーしかいないから仕方ないじゃない?

「こういう場合、創作の世界だと1人で部屋に閉じこもると大体次の犠牲者になるわよね」

 智恵美が思案にふける表情を浮かべる。

「……それは、そうだけど」

 佐藤さんは気まずそうに視線を逸らす。自分が駄々っ子のようなことを言っていたのに気付いたのだろう。

「この面子でも共通の話題があるだろう?」

 鈴白くんが言って、彼に視線が集まる。

「あー、それって」

「あぁ、それだ」

 近原くんが目を覆い、そしてぐっと前のめりに座りなおす。

「蝶ヶ崎の死について、だな」

「あぁ。マーダーミステリーの最中に殺されたのであればマーダーミステリーの犯人が蝶ヶ崎を殺した可能性は否めないだろう」

 蝶ヶ崎さんはゲームマスター兼被害者を担っていた。

 だから最初、倒れている蝶ヶ崎さんを見た時本当に死んでいるとは思わなかった、思えなかったのだ。

 蝶ヶ崎さん迫真の演技だな、としか。

「じゃあ、犯人役の人誰?」

 佐藤さんの問いに誰も答えようとしない。

「まあ、そうだろうな」

 近原くんが挑戦的に笑う。

「この話の展開で、自分が犯人役でーすって言うやつはいねぇわな」

「でも、おれが配ったカードに書いてあるから見たらわかるよ」

 利波くんの言葉にポケットにねじ込んでいたくしゃくしゃになった、ゲーム前に渡された設定カードを取り出す。

 そしておずおずとみんなの前に出した。

「わたしは……犯人ではない……と思う。うん、犯人じゃない、書いてないし」

 智恵美がカードを一瞥して「そうね、書いてない」と太鼓判を押してくれる。そしてそのカードを机の真ん中に置いた。

「あたしも、犯人じゃない」

「俺もだな」

「わたくしも……」

 3人も同じようにカードを置き、みんなが覗き込む。言葉通りどのカードにも「犯人役」と示すような言葉は書かれていなかった。

「はぁー、そうは簡単にはいかないか」

 がっくりと友呂岐くんは肩を落とす。

「でもこれではっきりしたんじゃない? 犯人が計画的だって」

 智恵美の言葉に本日何度目かの沈黙が降りた。

 その沈黙を破るかのように近原くんが大きなため息を吐き、言った。

「……仕方ねぇ、どうせ当分この状態なんだからマーダーミステリーの続きをやるか。友呂岐、進行頼むわ」

「オレ?」

「お前、こういうの得意だろ? それに2階組とは違う奴が仕切った方がいいだろ、客観的何とか的に」

「蝶ヶ崎の死に1階グループは関係していないとは言い切れないんじゃないか?」

 鈴白くんが言うと、近原くんは頷いて「そりゃそうだろ。けど一気にやっても混乱するだけだ。まずは蝶ヶ崎がいた2階グループの行動を検証するべきだろ、もちろんその後1階グループする」と言うと鈴白くんは納得したように頷いた。

「オッケー! じゃあオレが仕切らせてもらうね。えっと……」

「最初から一通り流すか」

 近原くんが言うと、友呂岐くんは頷く。

 意外な近原くんのリーダーシップだ。普段は不愛想で口数多くないのに。

 佐藤さんが目をキラキラさせて近原くんを見ている、これは「かっこいい」とか考えてるな。さっきまで不機嫌モードだったのに変わりようが凄い。

 桂川さんは相変わらず俯いている。友人が殺されたんだから当然と言えば当然か。

「じゃあ、オレ達と別れて2階に上がった後の行動をそれぞれ話してもらおうかな。まずはチカから」

「俺は――」

 

 こうしてわたし達はそれぞれの行動について話すこととなった。

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