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恋とゲームと殺人と  作者: 内海 京
3/20

3


「この、つり橋を、本当に渡るの?」

 当たり前のことを聞いてしまった。

 当然このつり橋を渡るしかむこう側に行く方法はない。

 だけど、目の前にあるこのつり橋は……安全性に問題がいささかあると思うのだけど?

 これから先は徒歩だと言うことで車を降りて5分ほど歩いた後につり橋が現れた。

 はっきりと言えば、ボロボロ。

 橋はしっかりとワイヤーで固定されてはいるようだけど、足の踏み場が……木で出来ていてしかもそれがところどころ小さな穴が空いているのだ。

 手すり替わりのロープもなんか心元ないし……。

 え、渡るの? と言う気持ちでわたしは近くにいた智恵美を見た。

「そうね、渡った先にあるのが、私達が宿泊する予定の廃ホテルよ」

 智恵美が「ほら見えるでしょ」と指をさす。

 建物の頭が木々の上からぽっこりと見える。

「見えるけど……え、大丈夫なの? この橋」

「こんな風に見えるけれど大丈夫なはずよ」

 両手でぐっと拳を作って大丈夫アピールを智恵美がしてくるけど、大丈夫には見えない。

 わたしが葛藤している間に智恵美は「大丈夫よ」と微笑みながら渡ってしまう。

 ギシギシ言ってるけど?

 なかなか一歩が踏み出せないわたしを残してみんなはさっさと渡って行ってしまう。

 怖くないの? え、怖くないの?

 うっかり穴に足がはまったりするかもしれないのに?

「え、ちょ、待って……」

 わたし以外の最後の一人が一歩を踏み出そうとするのを、腕を掴んで止める。

 掴まれた鈴白くんはわたしを見下ろす。そこに何の感情も見えない。

 ともすれば冷たげにも見える、が。

「手、貸そうか?」

 鈴白くんが尋ねた。

わたしは、鈴白くんとボロボロの端を何度か交互に見てから「お願いします」と頭を下げた。


 足をガクガクさせ手を引かれて何とか橋を渡り切る。みんなは橋のたもとに待っていてくれていた。申し訳ない。

「大丈夫?」

 智恵美の言葉に無理やり笑顔を作る。これ以上醜態をさらすわけにはいかない。

 わたしは「大丈夫」と親指を立てて見せた。


 そこからまた5分ほど木々に囲まれた小道を歩くと廃ホテルに到着した。


 第一印象は、ボロいな、である。廃ホテルなのだから当然だけれど。

 そして思っていたよりも大きい。こんな秘境と言っても過言ではないところ、何せこのホテルに来るにはあんな安全性に疑問が残るつり橋を渡る必要があるのだから、に建てられたホテルの割には。

 どれくらいの集客を見込んでいたのだろ?

 廃ホテルは2階建てで多分100人くらいは泊まれるのでは?

 でもこんな場所に来るのはせいぜい多くて10人じゃないの? と思う。


 どれくらいの間、放置されていたのか壁は苔やら泥やらで汚れているし、屋根はところどころ穴が開いている。

 ガラスも割れていたりひびが入っていたり。

 まさに廃墟! と言う感じだ。

 ここに泊まれるの? と疑問が湧き、視線を彷徨わせる。智恵美と目が合った。

 彼女はわたしの心の問いかけを察したようだ。

「外側はこんな感じだけれど、中は大丈夫なはずよ。美貴子が言って一部分の修復と清掃をさせたようだから」

「え、今回の為だけに?」

「為だけに」

 はー、お金持ちはスケールが違うな、と言う感想しかない。


 朝10時に大学最寄りの駅から出発し、途中パーキングエリアで何度か休憩を挟んだりもしたけれど、それにしたって、今現在夕方の5時である。

 つり橋前まで車で来れたのが奇跡みたいなものだ。

 もしかしたら蝶ヶ崎さんが歩くのが嫌で際まで道を整備させたのかもしれない。

 ……あり得ない話ではない、気がする。

 でもそれなら橋ももっと頑丈なものにしておいて欲しかった!

 

 廃ホテルの中に入る前に、わたし達はホテル前で夕食をとることにした。

 飯盒炊飯、もしくはキャンプ飯というやつだ。

 もう5時だし、さすが山奥、暗くなるもの早い。そしてお腹も空いている。となれば作るしかない、食べるしかない。

 皆、蝶ヶ崎さんを除く、は手分けしてカレー作りに取りかかった。

 蝶ヶ崎さんはシェフの作ったカレーを食べるそうだ。わたし達が作ったご飯なんて食中毒が怖くて食べれない、そうだ。

 美味しいのにカレー。わたしは2杯おかわりした。美味しい!


 

「マーダーミステリーをやりましょ」

 蝶ヶ崎さんが言ったのは、屋外で食べると美味しさ2割増し、いや5割増し! なカレーを完食しみんなまったりとし始めていた時だった。

 時刻は7時頃。

 頭上に輝く落ちんばかりの星を一通り眺め、「うわ、綺麗」だとか「掴めそう」だとかそういうありきたりな感想を一通りわたしが吐いた後、これからどうする、と言う話になり蝶ヶ崎さんが満を持して宣言したのだ。

 彼女がそう言ったらノーと言える人間は数少ない。それに特に何かしたいと積極的な計画を持ち合わせていなかったわたし達は誰も異を唱えることなく蝶ヶ崎さんの周りに集まった。

「マーダーミステリー?」

 桂川さんが小首を傾げると、蝶ヶ崎さんは人差し指を振りながら説明し始める。

 わたしも知らないので一緒になって聞くことにする。

 桂川さんはちょくちょくこういう風にもしかしたら知っているかもしれない事を知らないふりをして蝶ヶ崎さんに尋ねてくれる。

 桂川さんだから丁寧に機嫌よく答えてくれるが、彼女意外とけんもほろろに「そんなことも知らないの?」と言われて終了なのが常だ。あとは仕方がないから自分で調べなければならない。何でも人に聞くのは良くない事だよね、自分で調べる癖をつけないとね、と思いつつも教えてくれてもよくない? と言う気持ちもある。

 でもそんなこと蝶ヶ崎さんに面と向かって言えないから、大体の人はわかってるふりをするか、へらへら笑うかの二択を採ることになる。

 ちなみにわたしの場合は違う人に尋ねる、である。


「マーダーミステリーって言うのはね、推理ゲームの事よ。しかもね、ただの推理ゲームではなくそれぞれ登場人物になりきって行うのよ」

「ロールプレイングゲームのリアル版だよ」

 友呂岐くんが人好きのする笑顔で付け加える。

「ろーるぷれいんぐげーむ?」

 桂川さんが首を傾げる。

「んなことも知らねぇのかよ」

 呆れながら近原くんが肩を竦める。

「まあ千歳が知らないのは無理もないわ。彼らの言うゲームは低俗で庶民が暇つぶしの為に行うものですもの」

「あ?」

「なにか文句でも?」

 蝶ヶ崎さんと近原くんが一触即発の雰囲気になるがすぐに友呂岐くんは割り込む。

 蝶ヶ崎さんと近原くんは仲が良くない。

 桂川さんから好意を寄せられている近原くんを面白く思っていないようだ。なんというか嫉妬? 桂川さんを取られると思っているのかも知れない。

 それでもこうやって近原くんを旅行に誘っているあたり、蝶ヶ崎さんの複雑な心境が伺いしれる。

 近原くんは憎い、桂川さんにはよく思われたい、これも女心と言うのか、乙女心と言うのか。


「ま、ま、低俗かどうかは置いといて、ゲームにさ、そういうジャンルがあるのよ。RPGって言ってさ、ゲーム内の自分ではない誰かを演じて世界とか救っちゃうわけよ」

「そうなんですのね。面白そう、是非やってみたいですわ!」

「お、じゃあおすすめのゲーム教えるよ……って、ここ圏外だったね」

 スマホを出しかけて友呂岐くんはポケットに押し込む。

「じゃあ、地上に戻ってから……と言うことで、あ、夏目ちゃんもね?」

 言いながらバチンとウインクをする。

 桂川さんの隣に居たのでばっちり被弾した。友呂岐くんはこういうことが嫌味なくできて似合うのでなんかすごい。

 わたしはこくこくと頷く。イケメンのウインク攻撃すさまじい。

 ぐふっと吐血する。頭の中のわたしが。

「えぇと、つまり推理小説の登場人物をそれぞれ演じる、みたいなことかしら?」

「さすが千歳ね! そういうこと」

 蝶ヶ崎さんが笑顔で頷いて、桂川さんの腕に自分の腕を絡める。

「面白そうね」

 黙って私たちのやり取りを見ていた智恵美が微笑むと、同じように他のメンバーたちも頷き合う。『星を見る会』なのに星を見なくていいのか、という野暮な突っ込みは誰もしない。この場にはそんなコアな星好きはいないのだ。

 と言うか『星を見る会』自体そのものにいない。みんなふわふわしている。だから居心地がいい。

「全員でやりますの?」

「半分に別れましょ。都合よく、このホテルも1階と2階とに宿泊場所が分かれていることだし」

「1階グループと2階グループに分かれてそれぞれマーダーミステリーを行うのね」

「智恵美はやったことある?」

「えぇ、何度か。利波くんに誘われて」

 ね、と智恵美は利波くんの方を見る。利波くんは「あ、あぁ……蝶ヶ崎さん興味があるって言ってたから……」ともごもごと言った。

「へえ……じゃあ、他に経験者っているのかな」

 わたしが皆を見回しながら尋ねると、友呂岐くんは元気よく手を上げた。

「オレはやったことあるよ! 姫もやったことあるよね?」

 姫とは蝶ヶ崎さんの事である。

 友呂岐くんがそう呼ぶと「やめてくれる?」と言いながらも満更ではない顔しているのが常である。

「えぇ、もちろん。千歳はやった事ないのでしょう? 私が教えてあげるわ。だから千歳と私は同じグループね。他は適当に分かれるといいわ」

 言って蝶ヶ崎さんは桂川さんに話しかけている。

 もうわたし達の存在は眼中にない様だ。

 仕方がないので、残されたわたし達は集まってどうする? と視線を交わす。

「くじ引きでもしましょうか?」

 智恵美がそう言うと、利波くんがスマホを取り出す。

「ちょうどいい、アプリがある……」

「へえ、そんなアプリがあるのね」

 智恵美は利波くんが操作しているスマホを覗きながら感心したような声を上げる。

「出来た……。簡易だけど、順番に中央をタップしてくれる?」

 言って利波くんはスマホの画面をわたし達に差し出す。

「あ、わたしから? えい」

 ポンと押すと画面がグルグル回ってしばらくの後「2」と数字が表れた。

 なんだかよくわからないが、「おぉ」という感嘆の声がみんなの口から漏れる。

「夏目さんは2階グループ」

 利波くんは言うと次の人にスマホの画面を差し出した。


 厳正なるくじの結果、2階グループはわたしと近原くんと佐藤さん、そして1階グループは智恵美、久住さん、友呂岐くん、利波くん、鈴白くんとなった。


「遅いわよ、さ、移動しましょ」

 グループ分けの感想をきゃきゃと言う暇もなく、蝶ヶ崎さんが歩き出す。

 遅れまいと荷物をひっつかみ後に続く。

 蝶ヶ崎さんの荷物は、当たり前のように利波くんと久住さんが持っていた。

 この二人は蝶ヶ崎さんの取り巻きだから驚くにはあたらない。あたらないが驚く。わたしは自分の荷物は自分で持ちたい派だから。


 ホテル内に入ると、わたしの想像よりか幾分かは綺麗だった。

蝶ヶ崎さんの為だけに、整備されたのか、すごい。お金持ちすごい。

 廃ホテルであとは取り壊されるだけだったのに、蝶ヶ崎さんのわがまま「野宿なんて出来る訳ないでしょ?」のお言葉で、この廃ホテルはわたし達が滞在する3日日間は電気も水道も通っているし、宿泊する客室は補修、清掃されたのだ。

 お金持ちすごい、お嬢様すごい。

 こういうのを見せつけられると、蝶ヶ崎さんをちやほやする先輩たちや同期生の気持ちもわかるというものだ。

 まあでもわたしは蝶ヶ崎さんの言うところの「野宿」、テントを張って寝袋で寝る、のも非日常感があって好きなのだけれど。


 わたし達は蝶ヶ崎さんに続いてホテル内を進む。

 中は外ほどボロボロではなかった。確かにところどころ壁紙が破れていたりはするけれど、天井は穴開いていないし、雨漏りのあともない。

 ロビーらしきものを横切ると赤い絨毯が敷かれた廊下がありそれを挟んで左右に空間がある。そして更に進むとエレベーターがあり、その前で蝶ヶ崎さんが立ち止まった。

「1階と2階を行き来できるのはこのエレベーターだけなの。見てのとおり老朽化が進んでいるものだから立ち入り禁止区域には防火シャッターが閉じて入れないようにしてあるわ。階段もね、そこに行くまでの道がダメらしいわ」

 へーと自分が歩いて来た道を見下ろす。見た感じは大丈夫そうだけど、これも頑張って修復したのかな?

 防火シャッターらしきものはわたし達が来た方向と反対側、ロビーの向う側のフロアにちらりと見えた、あれだろう。

「1階グループはそこに客室があるわ、利波、あれを配って」

 蝶ヶ崎さんがそう言うと、利波くんが皆に封筒を配り始める。

「封筒の中身にグループと役割が書かれているわ。役割は他の人に見られないようにしてね。その役割に即して演じてもらうわ」

 マーダーミステリーの設定と言うやつらしい。ここに来るまでに智恵美に聞いた説明によるとこの設定に沿って役割を演じるらしい。

 絶対にしなければいけない事とか、人間関係とか、誰をかばうとか、責めるとかが書いてあるらしい。

 ワクワクしながら封筒を受け取りみんなに背中を向けながら中身を改める。

 わたしの役割は幸運なことに犯人ではなかった!

 それ以外にも色々、指示が書かれてあって覚えきれるか若干の不安を持つ。

 他の人たちはどうかと伺い見ると、皆難しい顔をして内容を改めていた。

 まあ多少間違っても、お遊びだから叱られはしないだろう、と思いたい。同じグループに蝶ヶ崎さんがいるのが不安でしかないけれど。

 

「さ、行きましょ」

蝶ヶ崎さんがエレベーターの開閉ボタンを押すと扉が左右に開いた。

 わたしは最後に乗り込み、「じゃあね」と1階グループに手を振る。

「またあとでね」

 智恵美が振りかえしてくれる。

 そしてゴゴと音を立てながらエレベーターは上に向かった。


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