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「結論から言えば、智恵美の計画は夏目さんを僕が納得するしかない理由で自殺に見せかけて殺すことだ」
「えっ……わたし?」
鈴白くんは大きく頷く。
「いや、なんでだよ? 夏目を殺したいなら普通に殺せばいいだろ?」
普通に殺すってなんだよ、とすぐに突っ込みながらも近原くんが問うと鈴白くんは静かに首を振った。
「それは駄目だ。もし夏目さんが殺されたのならば僕はどんな手段を使用してもその犯人を探し出すし、その動機も徹底的に暴く」
「じゃあ、普通に自殺に見せかけて殺せばよくない?」
普通に自殺に見せかけてってなんだろ? と同じく自らに突っ込みながら友呂岐くん。
「それも駄目だ。僕が納得せざるを得ない理由がない自殺の場合、同じく徹底的に調べつくすからだ」
「面倒くさすぎない?」
佐藤さんが呆れ顔でいい、友呂岐くんが同意とばかりに何度も大きく頷く。
「そうだな。夏目さんに関してはかなり面倒臭い自覚はある」
なんでもないことのように認める鈴白くんに、わたしは照れてしまい頬が熱くなる。
「つまりそういう訳だから、智恵美は僕が納得せざるを得ない理由を作り上げて夏目さんを自殺に見せかける理由があった。その為に、美貴子は殺され、利波は死に、久住も殺された」
「つまりその、智恵美さんは……夏目さんが自殺する理由を作るために美貴子さんを殺害する計画を立てたと言うことですの?」
信じられないと表情が物語っている。
「そうだ。美貴子の殺害理由はそういう意味ではかなり軽い。とは言っても他の二人の死の理由も同じくらい軽い」
「えっと、ごめん、オレ、ついていけてないんだけど……つまり……夏目ちゃんが自殺理由を作る為の計画なわけだから、別に殺すのはこの3人じゃなくても良かったってこと?」
頭を抱えながら友呂岐くんが尋ねると鈴白くんは頷く。
「あぁ、そういう意味では美貴子でなくても、利波でなくても、久住でなくても、誰でも良かったと言えるだろう。ただ、智恵美はもともと美貴子をいつか殺すつもりだったし、美貴子と夏目さんの間に僕が原因で因縁が出来てしまったから、美貴子を殺すことを軸にこの計画を立てたと考えられる」
「さらっと言うな」
佐藤さんが理解不可能と天を仰ぐ。
「智恵美さんが美貴子さんを殺そうとしていた?」
「あぁ、2人の関係がどういうものか、桂川も知っているだろう。蝶ヶ崎グループは智恵美が継ぐことに決まっていたが、それに大人しく従う美貴子ではない。これから先ずっと美貴子が死ぬまで彼女に煩わされることを考えれば智恵美が殺害を考えてもおかしくはない。ただ美貴子を殺害するにしても智恵美は完全なるアリバイを用意し、自分に万が一でも容疑が降りかからないようにするつもりだった」
「けれど今回の状況を見れば、智恵美さんは美貴子さん殺害を疑われてもおかしくない状況でしたわ。美貴子さんを殺したのは利波さんでしたけど……」
「そうだな。本来であるならば智恵美がこんな閉鎖された空間、限られた人数しかいない状況で美貴子を殺す計画を立てるはずはない。けれど彼女は計画を立てざるを得なかった。例え自分が容疑者圏内に入ったとしても、夏目さんを自殺に見せかけて殺すことを優先したんだ」
「それはどうしてですの?」
「それは僕がこの旅行中に夏目さんに告白をする予定だったからだろう」
智恵美を除く全員の頭の上に疑問符が踊る。
「え?」
「自分で言うのもあれだが……智恵美は僕のことが好き……違うな、僕を自分の半身だとと思っている。そんな僕が自分以外の女性のものになるのが許せなかったんだろう」
「いやいやいやいや、告白したとして、鈴白が振られる場合もあるだろ? 初デートでドタキャンとか無いし、むしろそっちの方が確率的に高いと思うけど?」
佐藤さんが「あたしなら絶対ごめんだし」と続けると、鈴白くんはわずかに表情を歪める。
「……僕が振られるかどうかは問題じゃない。僕が夏目さんに告白すると言うのが問題なんだ。それは智恵美にとって許すことの出来ない所業だった。自分の半身たる僕が完全に彼女から決別することを意味し、それを第三者にも知られる事だからだ」
「んん……えーと、つまり鈴白が夏目ちゃんに告白することで、夏目ちゃんは鈴白が自分のことを好きだって知って、それを智恵美ちゃんは知られたくなかったってこと?」
意味が分からないんだけど、と続けて友呂岐くんが言う。
わたしも全くの同感だ。
「そうだ。智恵美は僕のことを自分の半身だと考えていた。その僕が夏目さんを慕ったことは彼女の理解の範囲外の出来事だったんだ。だが、その事実を誰も、そうだなそういう意味では美貴子を殺す理由がここにあるな、彼女は僕が夏目さんを好きなのを知っていた。それを理由に彼女との契約を破棄したからな。とにかく、誰にも知られてなければそれは無いものと同じことだ」
「あー、なんか言わんとすることはふんわりとわかるけど、誰にも鈴白の夏目への想いが知られてないからと言って、鈴白の中の想いは変わらないわけだろ? だったら同じじゃない?」
佐藤さんが腕を組みつつ首を傾げる。
「そうですわよね……何より鈴白さん本人が一番夏目さんを好きだと言うことを知っていますもの。他人に知られてどうこうという問題ではない気がしますが……」
「蝶ヶ崎は鈴白の夏目の想いを、勘違いもしくは無かったことにするつもりだったんだろう」
近原くんが苦い顔しながらして言う。
「近原の言う通りだ。それで智恵美は自分の中の帳尻を合わせようとしたんだろう」
「狂ってる」
佐藤さんが思わずと言った風に呟く。
「そうだな、そうかもしれない。だが僕にはおぼろげながらわかる。智恵美が僕のことを半身だと思っていたように、かつては僕も智恵美が僕の半身だと思っていたこともあった」
「それは、恋愛的な意味?」
友呂岐くんの問いに鈴白くんは静かに首を振った。
「僕と智恵美は考え方が似ていた。いや、同一だったと言った方が正しい。僕と智恵美は常に同じ結論に辿り着き、そしてその過程も一緒だった。だから僕は智恵美が何も言わなくとも彼女の考えていることを100%理解できたし、その逆も同じだった。もう一人の自分がそこにいる、そんな感じだ」
「けど、鈴白は夏目に恋をした、か?」
「あぁ、そうだ。僕が夏目さんに恋をしたことによって、僕は変化した」
「……結局……智恵美は、鈴白くんが変化したことが許せなかったんだね」
難しいことはわからないけれど、自分の半身だと思っていた人が、変わっていく、自分の理解の及ばない行動をする、思考をする、それが智恵美には許せなかった。
半身が半身ではなかったと理解したくなかった、そういうことなのかもしれない。
鈴白くんはわたしの言葉に小さく頷いた。
「恐らくは……。だからその原因となった夏目さんを消そうとしたんだ」
「なんていうか、めちゃくちゃ遠回しに言ったけど、恋敵が邪魔だから殺せってことだろ?」
佐藤さんが端的にまとめた。そういうと身もふたもない。
「なるほど、わかったようなわかならないような……。うん、わからないわ」
友呂岐くんがお手上げと言わんばかりに大きく万歳をする。同感と近原くんが頷き、桂川さんは眉根を悲し気に寄せて智恵美を見つめている。
「夏目さんを殺したとしても、鈴白さんが、智恵美さんの望む以前の鈴白さんに戻るわけでもありませんのに……。それを智恵美さんほどの方が思い至らなかったというのが酷く残念ですわ」
「それもだけど、考え方が似てるって言うなら、鈴白が蝶ヶ崎の企みに気付くこともあったんじゃねぇってことにも考えが及ばなかったわけ? 現にこういう風になってるわけだし」
「確かに智恵美は僕にこれが全て智恵美の立てた計画だと気づかれる可能性も考えただろう。だけれど、別にそれでもよかったと考えたんだろう。夏目さんの犯行を覆す証拠はない、そして夏目さん自身の心が折れてしまえば彼女の計画は成功したと言える。むしろ僕にある程度は気付いて欲しかったはずだ」
「なんで?」
「罰だ」
「ばつ?」
佐藤さんが胡散臭そうな顔をしながら言葉を繰り返した。
「夏目さんと美貴子の間に因縁をつくり、夏目さんが利波に協力をし、利波を過って殺し、久住も殺し、そして彼女は全てを懺悔して自ら命を絶った、その全ての元となったのが僕の変化、夏目さんへの恋心なのだと、考え至らせることある意味それがこの計画の最終的な到達地点なのかもしれない」
「はあ? 馬鹿じゃない? 鈴白が誰を好きになろうと鈴白の勝手でそれを罰するとか……何様なわけ?」
佐藤さんの激高に誰も答える人はいなかった。