18
わたしは顔を上げた。
「あくまで夏目さんが犯人だと言うんだな?」
鈴白くんが冷たい声と視線で智恵美を刺す。
「えぇ、警察が調べればお茶に毒が入っていたことがわかるはずよ」
「……そうか」
小さく呟いて、鈴白くんは目を瞑った。それはなにかを諦めたかのようにも見えた。
「わたしは」
「僕は夏目さんを盗聴していた」
「は?」
近原くんの視線が鈴白くんに向く。近原くんだけじゃなく他のみんな、もちろんわたしもだ。
「何を言っているの?」
智恵美が心配するかのように憐れむかのように鈴白くんを見ると、鈴白くんは息を大きく吐いて背筋を伸ばした。
「美貴子が殺害された後、僕は夏目さんのスマホに盗聴器を仕掛けた。そしてそれを録音している」
「いや、なんで盗聴なんか」
友呂岐くんが困り顔で問うと、鈴白くんは当然とばかりに答える。
「美貴子を殺した犯人が居る、そんな中で夏目さんを守るにはそれしか方法がないだろ?」
「えぇ……ほかに方法あると思う」
戸惑いを多分に含んだ友呂岐くん。わたしもそう思う。
「つーかなんで当たり前のように盗聴器とか持ってんだよ?」
佐藤さんの指摘に鈴白くんはまたも当然とばかりに答えた。
「好きな人のことを全て知りたいと思うのは普通の事だろ? けれど倫理的にそれをしてはならないと言うのも理解している。だから持ってはいても使用してはいなかった。今回は緊急だから使用に至った」
好きな人……?
わたしは鈴白くんの顔を見ると彼と視線が合った。彼は小さく頷く、まるで「大丈夫」たと言わんばかりに。
「僕は彼女を好いてはいるが偽証はしていない。それは録音されたこれを聞いてもらえばわかる。智恵美の主張では利波と夏目さんが争って夏目さんが利波を過って殺したと言うことだったがこの録音にはそんな音は一切入っていない、ただ夏目さんが利波の死体を発見してうろたえている様子が聞こえるだけだ」
言って鈴白くんはスマホを取り出し、該当の音源を再生してみんなに聞かせた。
確かにそこにはわたしが男風呂に入って利波くんの名前を呼ぶ以外、争っているような音は一切聞こえてこなかった。
そしてしばらく後、鈴白くんの声が聞こえ、そこで鈴白くんは停止した。
「君の主張になぞらえるのならば、利波が無言でも問題はないが襲われているはずの夏目さんが声を荒げないのはおかしいだろ? つまり夏目さんは利波を殺していない。だから久住を殺す理由もない。美貴子のふりをしていたのが夏目さんだと君は言うが、もう一人それを出来る人物がいるだろう?」
鈴白くんは真っすぐと智恵美を見た。
「……誰の事?」
「久住だ」
智恵美を「ふふ」と笑う。
「久住さんにはアリバイがあるわ、その時間」
「利波と久住は共犯関係だった。そう考えれば説明がつく。美貴子のふりをしたのは久住。そして利波はその時のアリバイ証言」
智恵美の言葉を遮り鈴白くんは言う。
「証拠がないわ」
「そうだな。証拠がないついでに言うが、それを裏で操っていたのは君だ、智恵美」
鈴白くんが不敵に笑う。
二人はしばらくの間にらみ合っていた。
その間がわたし達はただただ困惑していた。鈴白くんの言うことが本当であるのならば、この事件の黒幕は智恵美ということになる。
そして幸か不幸か、智恵美にはそれを出来る能力を有しており、利波くんと久住さんを操っている姿が簡単に想像出来てしまうのだ。
「あなたの妄想ね」
「そうだな。だが一定の説得力はあったみたいだ。君に対する皆の視線がそれを物語っている。僕には今はそれで十分だ。夏目さんに嫌疑が向かないのであればそれ以上は望まない」
鈴白くんは今まで見たことが無い程にすがすがしい笑みを浮かべた。それは場違い過ぎて逆に怖さを感じる。
智恵美はわたし達を見回し、自分に対する不審を感じたのだろう、表情か一切の感情を消した。
「……一つ質問していいかしら?」
「あぁ」
「その子のどこが良かったの?」
その子、わたしを真っすぐと見つめて智恵美は問うた。その視線にはどこまでも冷え切っていて、友情の温かみは一切感じない。
「蝶ヶ崎、てめぇ、夏目はお前の友達だろ!?」
佐藤さんが声を荒げると、智恵美は鼻で笑った。
「友達? いやだわ、友達って対等の者同士でなければなれないものよ。私とその子が対等な訳ないじゃない?」
吐き捨てる。
そこにいるのは、誰にでも分け隔てなく優しい女神さまはではなかった。
「それで晴、教えて、その子のどこが良いの?」
「全てだ」
「それは答えになっていないわ」
「そうか? 笑った顔が好きだ、お茶を飲んだ後にほっと一息を吐く表情が好きだ、僕の話を楽しそうに聞いてくれる姿が好きだ、お人好しのところが好きだ、鈍感なところが好きだ、酒に弱くてすぐに顔が赤くなるところが好きだ、僕の名前を呼ぶその声が好きだ、何もないところで躓いてあと恥ずかしそうに周囲を見回しているのが好きだ、老朽化した橋を渡るのが怖くて僕に引っ張られて渡る姿が好きだ、料理が下手なのを気にしているのが好きだ、
珈琲に」
「もういいわ」
智恵美が憎々し気に手を振って遮る。
「あなたは変わってしまった」
「それが許せなかったんだな」
「そうね、許せなかった」
「だから君はこの計画を立てた」
智恵美は微笑んだ。
とても美しく、艶やかに。
「ちょっと待て、二人で完結するな、説明しろ」
近原くんがこめかみのあたりを揉みながら苛立たし気に言う。
「そうですわ、訳がわかりませんもの。鈴白さんが変わってしまったのが何だと言うのです?」
「その前に、鈴白の発言を認めるのか? 蝶ヶ崎が利波と久住を」
近原くんの問に智恵美は唇をゆがめて笑う。
「さあ、どうかしら? でも、皆に話してあげて、晴、あなたの妄想を」
さあ、と言わんばかりに、智恵美は鈴白くんに向かって手を差し伸べた。
鈴白くんは向けられた手を一瞥して口を開く。