17
「さてと、始めるか」
近原くんは指をぽきぽき鳴らして、指定席に座った。
「恐らく、今日で最後になるわね」
本来ならわたし達は今日帰っている予定だった。でも橋が落ちたことでここに閉じ込められている。
今日戻ってこなかったのなら蝶ヶ崎さんお家の方が不審に思って明日にでもここに様子を見る来るはずだ、と言うのが智恵美の見立てだ。
明日のどれくらいになるかわからないが、とにかく明日以降は警察の介入が始まるだろう。
「だね、やれることはやっておきたいよね」
「そうですわね……、早速ですけれど、久住さんは、久住さんを狙って殺されたのか、それとももともと美貴子さんを殺す罠にかかったのかどちらなのでしょうか?」
「普通に考えると……蝶ヶ崎さんを殺すためのものだったんじゃないのかな? だって久住さんが飲むなんて考えられないと思うし」
わたしが言うと、「うーん」と友呂岐くんが腕を組んで唸った。
「そうとも言えないんじゃない? 久住ちゃんの性格を考えれば飲む可能性もあったんじゃないかな」
「久住の性格ね」
近原くんが呟き、桂川さんが「あの後、再度美貴子さんの鞄と久住さんの鞄を検めましたところ、栄養ドリンクの他、化粧水、乳液、美容液などがその……」
「盗まれてた」
言い難そうにしていた桂川さんの言葉尻を佐藤さんは奪い、はっきりと言い切った。
「微妙なんだよな、貴金属とかじゃないからさ。たいした罪になんないって判断じゃないかな」
佐藤さんの言葉にみんな「うーん」と考え込む。
「確かに微妙よね。誰かに見つかってもちょっと借りただけと言い張ることも出来るし」
「でもさ、それ姫が生きてたら絶対に借りることなんて出来ない物だよね? 死んだから借りるってのはさ」
「そうね、人間性が疑われるわね」
智恵美がバッサリと切り捨てる。
「だとしても、殺されていいわけじゃないわ」
「何か考えがあるのか?」
智恵美の言葉に何かを感じたのはわたしだけではなく、鈴白くんが視線を向ける。
すると智恵美は頷き返して、小さく息を吐いた。
「久住さんは殺されたと考えているわ」
「久住が、誰に、どうやって」
鈴白くんが真っすぐと智恵美を見つめ、彼女もそれを見つめ返す。まるでこの世界には二人しかいないような雰囲気にわたし達は戸惑う。
「久住さんが栄養ドリンクに仕掛けられた毒で死んだとは言いきれないんじゃないかしら?」
「そうだな。だが、彼女が直前に飲んでいたのは」
「他にもあるわよね、飲んでいたもの」
智恵美の視線がわたしに突き刺さる。
「お茶よ。淹れたのは、あなたよね? あおい」
「え……」
突然の名指しに反応が出来ずに、わたしはぼんやりと智恵美を見つめ返す。
「待ってください、お茶ならわたくしも飲みました」
桂川さんが言うと智恵美は首を振った。
「あの時あおいは、わざわざ私達三人の前にお茶を入れたコップを置いた。だからお茶がどうこうじゃなくて、コップに毒を仕掛けてそれを彼女の前に置けば良いの」
「夏目さんの配ったお茶で久住が死んだとは言い切れない」
「そうね、今はまだ、言い切れないわね。でも警察が調べればわかるわ」
智恵美は確信しているのか、鈴白くんの言葉にも揺らぐことがない。
「……なるほど、そういことか」
鈴白くんが忌々し気に智恵美を睨みつけている。智恵美は平然とそれを見返している。鈴白くんがこんな風に感情を表すのは珍しい。
「ま、待って、わたしはそんなことしてない」
遅ればせながら犯行を否定すると、智恵美はわたしを憐れむような眼で見て頭を振った。
「犯人はそういうわよね。でも、信じることは出来ない」
「……智恵美」
「蝶ヶ崎、あんた夏目と友達なんだろ?」
「えぇ、友達よ。だから彼女の間違いは私が正してあげなくては」
「智恵美さん……わたくしは夏目さんが犯人だとは思えませんわ。夏目さんが……犯人だと言うのならあなたがそういう風に考えた道筋を話していただけませんか」
桂川さんが厳しい顔つきで言うと、智恵美は微笑んだ。
「えぇ、もちろんよ。是非聞いていただきたいわ」
智恵美は言って、ペットボトルの水を口に含んだ。
「そうね、まず美貴子を殺害したのは利波くんで間違いないと思うわ。でも彼が殺したのにしてはあまりにも時間に余裕がないと感じたの。近原くんと佐藤さんが8時30分頃に美貴子が遊戯室に向かっているのを見ている。だから美貴子がその時まで生きていたとされているけれど、そこに疑問を持ったの。もし利波くんが犯人ならばもっと前に犯行に及んだんじゃないかって。そうゲーム開始早々。利波くんにはそこだとだっぷりと時間があったわ、美貴子を殺して、そしてその痕跡と始末する時間が。恐らく利波くんが生きていたらそう主張したと思うわ。あまりにも時間の余裕がないって。だからね、30分近原くんと佐藤さんが見た美貴子は偽物じゃないかと考えたのよ。二人は美貴子の顔を見たわけではないのよね?」
智恵美の問いに、「あぁ」と近原くんが良い、佐藤さんは黙って頷く。
「二人が見た美貴子は美貴子じゃなかった。美貴子のふりをした誰かだったってこと。何故そんなことをしたかは、明白よね。そうすることで美貴子がその時間まで生きていると錯覚させるため。実際、美貴子はもっと前に殺されていたの」
ここで一息をいれて、智恵美はペットボトルの水を飲んだ。
まるで出来の悪い生徒に言い含めるように。
「さて問題は利波くんの共犯者よね、美貴子のふりをした女性。これは女性で異論はないわよね? 男性だと背が高すぎるもの。8時30分頃に美貴子のふりを出来た人間は、私、久住さん、桂川さん、そしてあおいの4名。その中でその後美貴子のふりをするために使用した服などを始末できたのはと考えると、一人しか出来る人間がいないのよ。それがあおい」
智恵美がこちらを見る。
わたしは……。
「私はその時間、晴と一緒にいたわ、それは否定しないわよね?」
鈴白くんは頷き、それを見て智恵美は満足げに頷く。
「そして久住さんは利波くんとお風呂場に居た。それは二人の証言があったでしょ? 残るのは千歳さんとあおいの二人。でも千歳さんには美貴子のふりが出来たとしても服を始末することが出来ないのよ。その時間男風呂には利波くんと久住さんがいたから。利波くんだけなら共犯関係にあるのだから気にしなくても良かったかもしれないけれど久住さんが居ては男風呂の露天風呂からの証拠隠滅が出来ない。利波くんだけが男風呂に居る時は2階の廊下は近原くんと佐藤さんが居た。ね、千歳さんには無理でしょ?」
「それは夏目も同じ条件だろ?」
佐藤さんが言うと、智恵美は首を振った。
「いいえ、あおいには出来るのよ。あおいの行動を想像して話すわね。美貴子のふりをしたあおいは遊戯室に入った後、廊下に誰もいなくなったのを確認してゲームで指定されている自分がいなければいけない部屋に移動、そしてそこで急いで着替えてその服をまとめてエレベーターに放り込んでおいたのよ。もちろん利波くんはエレベーターを使用した後2階に戻しておいたわ。当然よね、、彼がそんなミスを犯すとは思えないもの。そしてあおいはまた部屋に戻りその後は指示書通りの行動を行った。そして美貴子の死体が発見されたとき、あおいはトイレから顔を出す、それを見た近原くんは当然、エレベーターに一番近いところにいたあおいに、1階に行くように指示するはずよ。もし近原くんが言わなかったらあおい自身が言ったでしょうね。別に彼女が立候補してもおかしくはないもの。彼女はエレベーターに一番近い場所に居たのだから。そしてあおいはエレベーターに乗り放り込んでいた服を回収、1階に行きそしてそのまま男風呂に向かったのよ。その時間、1階のグループはラウンジに集まっていたから誰にも見られず露天風呂から証拠隠滅を図れた。そしてあおいはラウンジにやって来て、美貴子の死を告げたという訳」
ふぅと息を吐いて智恵美は「ここまではいいかしら?」と見回す。
みんなは何も答えなかった。智恵美の話に厳しい顔をしてそれぞれなにかを考えているようだ。
わたしは、頭が真っ白だった。
「美貴子殺しについてはこんな感じかしら。あおいがしたことはほとんどないわね。問題は利波くん殺しよ。想像でしかないけれど、利波くんとあおいの間で何かあったのでしょうね。ナイフは利波くんが美貴子のところから持って来たんじゃないかしら、そこからわかること、利波くんはあおいを殺そうとしていたんでしょうね。あおいに罪をかぶせるつもりだったのかもしれないわ。あおいを男風呂に呼び出して殺そうとし、あおいの反撃にあって逆にナイフで刺されてしまったんじゃないかしら? あおいは正当防衛と言えるかもしれないわ。現にあおいの手は血で染まっていたのはみんなも見てるわよね? 晴があおいとほぼ同時に利波くんの死体を見つけたと証言していたけれどそれは虚偽ね。何故彼が虚偽の証言をしたかは後で話すわ。続いて久住さんの殺害は、まあ動機はわかると思うけど、昨晩急に久住さんがあおいを攻撃しだしたことだと思うわ。あれは唐突だったもの、おかしく思った人もいたんじゃない? 久住さんはもしかしたら何かを見たのかもしれないわね、もう彼女が死んでしまったからく聞くことは出来ないけれど。でもあおいの性格を考えれば久住さん殺害に至るのも納得できるわ」
「夏目の性格?」
近原くんの質問に智恵美は「えぇ」と頷く。
「あおいは臆病で心配性、利波くんを殺したのは彼女にとっては予想していなかったことでかなりストレスに感じていたに違いないわ。そんな彼女が久住さんの攻撃にさらされたことによって、さらにストレスにさらされ、彼女は正常な判断が出来なくなってしまった。そして久住さんを殺害するに至ったのよ。つまりストレスの原因そのもの、この場合は久住さんね、を消すことにしたの。殺害方法としてはお粗末よね、お茶に混入してしかもそれを自分で配るんですもの、明らかに美貴子殺しの用意周到さとは違うことから美貴子殺しの主体は利波くんだと改めて言えるわ。どうかしら、なにか異論はある?」
「夏目には蝶ヶ崎を殺す動機がないだろう……?」
近原くんが難しい顔で反論するが、声には力が無い。
智恵美の迫力に圧倒されているようだ。
「動機ね、あるわ」
「なんだよ、その動機ってやつは!?」
佐藤さんが声を荒げる。
わたしは、自分のことなのにまるで他人事のように思えていた。
動機、わたしが蝶ヶ崎さんを殺す動機、そんなもの……。
「話は少しさかのぼるけれど夏休みの頃だったかしら、あおいに相談されたの。初めてのデートの服装はこれでいいか? ってね」
「それとこれと何の関係が」
友呂岐くんの質問に智恵美は笑顔で「黙って聞いてね」と封じる。
「あおいはとても楽しみにしてたわ。そしてデートが終わったあと彼女にどうだったかと聞いたの。彼女の返事は芳しくなかったわ。あまり話したがらなくてでも言葉少なに話してくれたことから推察すると、相手は急な用事が出来なくて来なかったみたい。あおいは1時間待ち合わせ場所で待っていたらしいけど」
「……うわ、それは最低だな」
友呂岐くんが思わず零す。
「そうよね? 私もそう思うわ。本当、最低よね」
言いながら智恵美は鈴白くんの方を見た。
「ね、晴。あなたでしょ? その時の相手。あなたは美貴子に急に呼び出されてあおいへの連絡が遅れてしまったのよね」
わたし以外のみんなの視線が鈴白くんに集まる。
わたしは俯くことしか出来なかった。
「あおいが真実は知ったのは夏休み明け、美貴子らしい嫌らしい暴露だったわ。私とあおいが居るところに美貴子がやって来て晴を呼び出して突き合わせたという話をしてきたのよ。その時なぜ私に今更そんな話を? と疑問に思ったわ。そしてそれはいつも以上にくどかった、日にちや時間、その時の晴の様子を事細かに話して行って……美貴子が満足して行ってしまった後、あおいを見ると呆然として立ち尽くしていたわ……その時、気付いてしまっった」
智恵美はため息を吐いた。
「わかるでしょ? そのときあおいの絶望や悲しみ、そして美貴子への憎悪。それがあおいが利波くんに協力した動機よ。もちろん、利波くんが上手くあおいを煽った部分もあるでしょうけれど」
「……本当ですの? 鈴白さん」
桂川さんはあえてわたしではなく鈴白くんに確認を求めた。
「本当だ」
鈴白くんの答えは簡潔だった。その答えを聞いて誰かが「ほぅ」っと息を漏らしたのが聞こえた。
「美貴子は僕がその日夏目さんと映画を観に行く約束をしていたのを誰かから聞いたのだろう。わざわざ当日の約束の時間直前に僕の前に現れて契約を盾にして普段の彼女なら絶対に参加しないホームパーティのエスコートを強いられた。隙を見て夏目さんに連絡できたのは待ち合わせの時間から1時間以上過ぎたころだった」
わたしはなんとか顔を上げて鈴白くんを見た。
彼はこちらを真っすぐと見つめていた。
あの時は「急な用事が出来た」としか言っていなかった。
でも知ってしまった、その急な用事が、蝶ヶ崎さんと出かけたことだと。聞かされてしまった。
だから、わたしは鈴白くんと距離を置くことにしたのだ。
わたしはすごく楽しみにしていた、着ていく服とか、映画を見終わった後なに話そうとか、鈴白くんのことを色々知りたいと思って、早く寝なきゃと思っても眠れなくて、待ち合わせ時間の30分前に着いて、ワクワク、ドキドキしていた。
でも待ち合わせ時間に鈴白くんは現れなくて、5分経っても、15分経っても、1時間経っても、なにかあったんじゃないかって連絡しても返事もなくて。
待って、待って、待って、ようやく連絡が来て。
そして、だから、わたしは悲しくなった。
わたしが思うほどに鈴白くんは楽しみにしていなかったんだって。鈴白くんもわたしと同じくらいかそれ以下でもそれなりに楽しみにしてくれていると思っていた。
でも違った。
なにかが始まるのだと思っていた。初めての異性とのデート、きっとこれからわたし達2人、2人にしかわからないなにかが始まるのだと。
でもそんなものは無かった。わたしのすべて勘違い。
恥ずかしくて、恥ずかしくて、死んでしまいたかった。大げさだと思うかもしれない、だけどその瞬間、その時の嘘偽りのない気持ちだ。
その時の感情を思い出して思わず顔がゆがむ。そんな顔を鈴白くんに見せたくなくて顔を背けた。
「……これがあおいの動機よ、そして晴があおいをかばう理由」
罪悪感。
鈴白くんはわたしが蝶ヶ崎さんを殺す協力をしたと思っている?
わたしが利波くんを過って殺したと思っている?
だから?
だから? わたしに優しくしてくれるの? わたしが蝶ヶ崎さんを憎む理由を作った原因だと思って?
だけど、わたしは……。