16
3日目
「んあ」
体の節々が痛い。
「あ、おはよー夏目ちゃん」
「……おはよ……?」
寝ぼけながらも返事をする。多分友呂岐くんのはず。
「……わたし、昨日……」
「そ、缶チューハイ1杯で酔いつぶれて寝ちゃったんだよ。オレとチカとで寝袋に押し込んだけど、許してよね!」
「いやいや、こちらこそご迷惑を……、佐藤さんは?」
そうかわたしは今、寝袋にくるまれているのか。もぞもぞを動いて寝袋から這い出す。
友呂岐くんが昨日の残骸を片付けている。わたしも起き上がり、目をこすりながらも手伝う。
「佐藤は外でチカと鈴白と一緒に火を起こしてるよ」
「と言うことは、佐藤さんも徹夜?」
「うん、酔いつぶれたのは夏目ちゃんだけ」
「うぅ」
恥ずかしさに唸り声が出る。
「夏目ちゃんはあんまりお酒強くないよね」
「うん、そうなんだよね」
「気を付けた方がいいよ? みんながみんな善人じゃないからね」
「おっしゃる通りです」
返す言葉も見つからない。
「でもさすがに缶チューハイ1杯で酔いつぶれることはなかったんだけどなあ」
「色々あったからね。仕方がないよ」
友呂岐くんを手伝って、テントをたたんで、机や椅子を脇に寄せる。
「ん、こんなものかな。よしオレ達も外に行こう」
「うん……あ、その前に顔を洗ってくるよ」
「おっけ、じゃあ先に行ってるね」
バイバイと手を振って友呂岐くんはロビーに向かう。わたしはそれを見送ってトイレに向かった。
「おはよ、夏目」
「おはよう、佐藤さん」
火の前で佐藤さんが座っていた。
「ご飯炊いているの?」
「そ、今日の朝ごはんは炊き立てご飯とみそ汁だ」
「美味しそうだね」
わたしも佐藤さんのとなりに座ってジュワジュワ音を立てている飯盒を見つめた。
「……ほかになにか手伝った方がいいかな?」
「……いやあたしたちは戦力外通告を受けてるから」
「そっか」
味付けが大切なお味噌汁の担当はもちろん友呂岐くんだ。
鈴白くんと近原くんは昨日と同じように椅子に座って珈琲を飲んでいる。
「あ、佐藤さんも何か飲む? わたし作ってこようか?」
「いい、夏目に作ってもらうとミルクと砂糖をたっぷり入れられるって聞いてるし」
「誰も彼にもそんなことしないよ」
言いながら立ち上がると、佐藤さんもそれに続く。
「夏目は紅茶派?」
「うん、珈琲は苦手で、苦いでしょ?」
「その苦みがいいんじゃない。お酒飲んで貫徹したあとのにっがい珈琲はなんとも言えない味わいがあるのよね……」
佐藤さんが遠い目をする。
うーんわたしはいいかな。
ご飯が炊きあがり、友呂岐くん特製の具がたっぷりお味噌汁をいただく。
「美味しい!」
「はっはっはっ、たんとおあがりよ」
「友呂岐くんは本当お料理上手だね。見習わないとなあ」
「あたしは割り切って料理上手な男を捕まえることにする」
うーん、それもありかもしれない。
「おはようございます」
「あ、おはよう」
桂川さんがやってきた。
「友呂岐さん、今朝もありがとうございます。お手伝いもせずに……」
「平気平気、オレ料理するの好きだし」
友呂岐くんの言葉に桂川さんはほっとしたような笑みを浮かべた後に、ご飯とお味噌汁を受け取りわたしの隣に座った。
「はい、桂川さんお茶どうぞ」
「ありがとうございます。……あら、緑茶なのですね」
「うん、ご飯に合うでしょ? 珈琲の人も居るけど」
「ふふ、なんだかほっとしますわ」
「だよね」
しばらく二人でほわほわした空気を堪能する。
「おはよー」
「おはよう」
智恵美と久住さんがやってきた。桂川さんと同じように友呂岐くんからご飯とお味噌汁を受け取っており空いていた席に座る。
そして友呂岐くんも自分の分をよそって近原くんの隣に座った。
わたしは三人のお茶を淹れてそれぞれの前に置いた。
「さてと、今日はどうする?」
近原くんが見回しながら言った。
「そうね、近原くんと友呂岐くんは徹夜でしょ? 眠ったらどう? 私達は昨日と同じく昼食兼夕食の準備をするわ」
「あぁ、あたしも仮眠取らせてもらうわ。二人と同じ徹夜だったから」
佐藤さんが手を上げた。
「そうなの、わかったわ。晴は私達の警護をしてくれるのよね?」
「ああ」
鈴白くんは頷いたの見て智恵美は「お願いね」と微笑む。
二人を見て、わたしは昨日のことを思い出す。
智恵美は鈴白くんのことを好きなんだろうか?
確かに二人は仲がいいけど、智恵美の口からそのようなことを聞いたことは一度もない。
「夏目はどうする?」
「え?」
ぼんやりとしていて話を聞いていなかった、気付いたらみんなの視線がわたしに集まっていた。佐藤さんが呆れ顔で「夏目も徹夜みたいなもんじゃん、一緒に仮眠とるか? って聞いてんの」と教えてくれた。
「え、あ、そうだな……わたしは……ご飯づくり手伝ってから仮眠しようかな」
「おっけ、わかった」
佐藤さんが頷きみんなが立ち上がる。
その時、それは起った。
「ぐぅっ……っ……!」
「久住!?」
久住さんが喉を押さえて椅子から倒れ落ちた。
地面をのたうちまわり、地面を掻きむしっている。
「……え、え」
何が起きたかわからずにわたしは呆然と立ちつくことしかできなかった。
そんなわたしの眼前で、久住さんはやがて動きがだんだんおとなしくなり、そして止まり、そのまま永遠に動かなくなった。
「毒だな」
鈴白くんがいつものように冷静に告げる。
「毒?」
「あぁ、毒の種類はわからないが……。恐らく、久住が飲んでいた栄養ドリンクに仕掛けられていたものだろう」
「……そういえば久住さんは先ほど飲んでいましたわね」
桂川さんが机に視線を向けて、栄養ドリンクをまじまじと見つめて眉根を寄せた。
「これ……美貴子さんのものでは?」
「そうね、確かにこれは美貴子愛用のものだわ……、彼女盗ったのね」
「それはどこにあったんだ?」
「美貴子の鞄の中よ……昨日、寝る前に一応、中を検めたのよ」
「わたくしもその場にいました。……久住さんも」
桂川さんが目を伏せる。
「久住さんはこのドリンクに興味があったのは間違いないわ」
「そんなにすごいドリンクなの?」
友呂岐くんの問いかけに智恵美は軽く肩を竦める。
「すごいかどうかは知らないけれど、1本5千円するのよ、これ」
「1本5千円……そりゃあ庶民には手を出せないわ」
「なるほどね、久住は前から自慢されてたんじゃないの? だからチャンスとばかりに」
佐藤さんが嫌悪とも呆れとも言えない表情だ。
「盗んだ。それに毒が混入されているとは知らずに」
鈴白くんが立ち上がりながら言う。
視線はいまだに久住さんに向けている。
「……取り敢えず……久住を移動させないか?」
近原くんの言葉にわたし達は動き出す。
誰かに何かを命じられた方が今は都合がいいのだ、きっと。
深々と椅子に腰かけた近原くんの眉間には盛大に皺が寄っている。
久住さんは二階のラウンジに運び込んだ。そこには利波くんの死体もある。
これでこの廃ホテルには死体が3人。
1日一人のペースで人が死んでるこの状況はさすがに精神的にくる。いくら異常世代だと言われているわたし達でも。
「……よし、俺は今から仮眠取るわ」
言いながら近原くんは立ち上がる。
「え?」
本当に? この状況で? と言う疑問の声に近原くんは「このままじゃ頭が回らねぇから寝てスッキリしてくる」と言い残して1階のラウンジに向かう。
「えっと、じゃあオレもそうするね」
「あたしも」
友呂岐くんと佐藤さんが同じように浮かない顔のまま、ふらふらとその後に続く。
「わたくし達は……ご飯の支度をいたしましょうか?」
桂川さんの言葉に、わたしは動き出そうとして鈴白くんに制される。
「夏目さんも仮眠を取った方がいい、顔色が悪い」
「そ、うかな?」
ペタペタと顔を触ってみる。
「あぁ」
「そうですわね、そうした方がいいと思いますわ」
桂川さんにも言われてわたしは二人に背中を押される形でラウンジに向かうこととなった。
「あ、夏目も来たんだ」
「うん、顔色が悪いって言われて」
もそもそとマットレスに寝ころぶ。
「無理にでも寝た方がいいよ」
「……うん」
眠れるかな? と思ったけれど、案外早くそれは訪れて、そしてそこからの記憶はない。