15
「夏目、シャワー行こうぜ」
「あ、佐藤さん……うん」
「元気ないな。久住のこと気にしてんの? あんなの気にすることないよ」
佐藤さんと連れ立って女風呂へと向かう。
多分智恵美や桂川さん久住さんはもう済ませたのだろう。
「いや、そうは言っても」
「ま、確かに突然だったけどな。あたしの桂川への攻撃とは違って久住は別に夏目に含みがあったわけじゃなさそうだし」
佐藤さんは少し考えてから「それとも実はなにかあるの?」と聞いて来た。
「えぇ……ないと思うけど……そもそも久住さんとはあんまり喋った事なかったし。今回がほぼ初って感じだし」
久住さんは蝶ヶ崎さんの取り巻きで、わたしは蝶ヶ崎さんにあまり近づかなかったし。
だから星を見る会の集まりで会う時は挨拶ぐらいはしたけど、突っ込んで喋ったことはない。
「……そういえば、智恵美と鈴白くん以外はわたしそんなに喋ったことなかったかも」
「あぁ、確かに。グループが違うってやつだよな」
「うん、そう。みんな目立つからわたしの方は一方的に知ってはいるけど」
佐藤さんは苦笑する。
「あたしのは悪目立ちだね」
「えーと」
はい、その通りですとは言えずに言葉を濁す。そんなわたしの態度に佐藤さんは気にした風もない。
近原くんが絡まなければさっぱりした人なのかもしれない。
「蝶ヶ崎とはどういう経緯で仲良くなったわけ?」
「えっと、智恵美は……そう、始まりは」
新歓コンパというものはとてつもなく緊張する。わたしの様な人間にとっては。
頑張って話すぞ! と思うものの、なにを話せばいいかわからないという思いもある。
結果、わたしは話しかけられたらそれに返す、がその返しは面白いとは言えず平凡、普通を極めていた。
特別に可愛いわけでも美人でも、スタイルが良いわけでもないわたしはトークで掴みを取らなければならないのだけが、はっきり言って今のところ失敗し続けている。
ウーロン茶をちびちびやりながら、盛り上がってるテーブルを眺める。
もっと社交的にならないと、けど、でも、だって、と続く。
小さく息を吐く。
「楽しくないのか?」
隣の人、確か自己紹介の時に、鈴白と名乗っていた、が気を使って話しかけてくれた。
この鈴白くんは顔がとても整っている為、先ほどまで女子に囲まれて質問攻めにあっていたが、全て塩対応、とりつく島もないほどにけんもほろろな状態であった為、もう誰も近づく者はいないというありさまだった。
もったいない。
「いや、うぅん、そうじゃなくて……えっとちょっと疲れた感じかな」
「そうか」
「うん」
はい会話終了!
わたしのトーク力が酷すぎる。
頭を抱えたくなった。
「夏目さんは星が好きなの?」
「え」
まさか会話が続くとは!
「えっと、そうかな、そう詳しくはないんだけど! 見ちゃうよね、星」
酷い。
これは酷い。
あぁ―――‼ と叫びだしたくなる。もっと会話が広がるようなこと言えないかな?
あ、そうだ。
「鈴白くんは、星好きなの?」
「いや、別に」
「そ、そうなんだ」
わたしはウーロン茶をすする。
まあ、鈴白くんみたいな人はどこにでも引っ張りだこだよね。ここにも無理やり引っ張られて来られたのかもね。
「星座占いとか……女子は好きだよね」
まさかの会話が続いた!
「あ、だよね! 女子は占いが好きだよ。星座占いとか血液型占いとか、あとタロット占いとかそういうの雑誌でついチェックしちゃう」
「夏目さんは何座?」
「わたしは蟹座、鈴白くんは」
「みずかめ座」
「へー」
と言っても、そんなに知識もないんだよね。
「蟹座はヘラクレスにつぶされた蟹、カルキノスがモデルとだと言われている」
「蟹に名前あったんだ……というかつぶされたんだ……蟹」
なんかショック。
「カルキノスはヘラクレスと戦っていた友人のヒュドラに危機に加勢したことでヘラクレスにつぶされたんだ。……友人思いだと言える」
「そっか……ん? でもそれって多勢に無勢じゃ……?」
1対2ってだめだよね? 卑怯じゃない?
「そうとも言える」
鈴白くんは表情一つ変えず言う。
えぇ、掌返しがすごい。
「んん、いや、でもヘラクレス強いもんね。1対2くらいでちょうどいい……いや踏みつぶされたからちょうどよくもなかったのか」
「蟹座のほぼ中央にあるプレセペ星団が有名だな」
「ぷれせぺせいだん!」
「あぁ、散開星団で肉眼でもぼんやり見ることが出来る」
「へぇ、お恥ずかしながらわたし星座はオリオン座とカシオペア座しか見分けがつかないんだよね」
本当に恥ずかしい。
けれど鈴白くんはそんなわたしの告白に嘲笑うことなく、頷いた。
「確かにわかりにくいかもな」
言いながらコップについた水滴を指につけて机に図形を描く。
「ふたご座のボルックスとしし座のレグルスの間にある、この形が蟹座だ。四角形の中心に」先ほどいったプレセペ星団がある。だからきっと一度わかればその後も見つけられるようになる」
「そっか、その為にはふたご座としし座を見つけられるようにならないと」
「あぁそれなら」
「晴」
鈴白くんが再び机に何かを描こうとしたとき、とびきりの美人がやってきた。
あちらの盛り上がっていたテーブルの中心にいた人だ。
「智恵美」
お互いを名前で呼ぶ美男美女の二人。
わたしは居住まいを正す。
「楽しそうね。でも駄目よ? 一方的に知識をぶつけては、夏目さんが困ってるわ」
蝶ヶ崎さん、自己紹介でそう名乗っていた、はわたしに向かって「ね?」と微笑んだ。
「えっと、鈴白くんは物知りで、その聞くの楽しいです」
「あら、そう良かった。私、夏目さんが困ってるんじゃないかって思ったのだけれど、お邪魔だったかしら」
「いや、いえ、全然、そんなこと!」
蝶ヶ崎さんが悲し気に眉を寄せるので、わたしは全力で大丈夫ですアピールをする。
「良かったわ」
「蝶ヶ崎さんと鈴白くんは、その……」
彼氏彼女なんですか? と尋ねたかったがいきなりそんな風に尋ねるのも無粋かと、なにかいい言葉がないかと逡巡する。
「僕と智恵美は高校が一緒だったんだ」
鈴白くんが察してくれたのか教えてくれる。
「そうなんだ」
「晴はこんな風だから、ついお節介を焼いてしまうの」
微笑む蝶ヶ崎さん。
なんだかお姉さんみたいだな。と思いながら鈴白くんを見ると憮然としている弟のように見えた。
「そうなんだ」
もう一度同じ言葉を繰り返してウーロン茶を飲んだ。
「という訳なの」
シャワーを浴びながらの昔話が終わると佐藤さんは何とも言えない顔をした。
「どうかした?」
「いや、それって……めちゃくちゃ牽制されてない?」
「え、牽制?」
佐藤さんは濡れた髪をガシガシと拭いている。
「夏目と鈴白がいい雰囲気だったから蝶ヶ崎が割り込んできたって感じするけど?」
「いや、わたしと鈴白くんはいい雰囲気じゃなかったよ」
「いい雰囲気だと思うけど? そもそもあの鈴白がまともに会話すんの夏目と蝶ヶ崎だけじゃん」
まともに会話してるのは智恵美だけだと思う。わたしと鈴白くんの場合は、いろいろ教えてもらってるって感じだし。
「まあ、鈴白くんには友人だと思われているような気はする、かな」
タオルで髪の水分を丁寧にふき取りながら言うと、佐藤さんはタオルを首にかけて呆れた顔をしてこちらを見ている。
「いや友人以上でしょ?」
「それはない」
思っていたよりも大きな声が出てしまった。佐藤さんは驚いた顔をしている。
「えっと、そんなんじゃないよ。鈴白くんはわたしのことそんな風に思ってないよ」
「告白でもして振られたとか?」
「いや、してないけど……でも、なんていうかそういのってわかるじゃない?」
佐藤さんは少しだけ考えてから「わかる、ね」と頷いた。
「友情か……」
「鈴白くんは冷たくてとっつきにくそうに見えるけど優しい人なんだよ」
「……あたしには全く優しくないけどな」
「それは、友情を深めてないからだと思う」
「鈴白と友情ねぇ」
ハッと鼻で笑って佐藤さんは立ち上がる。
「さ、明日もあるんだし、寝ようぜ」
「あ、待って」
わたしは使用済みタオルを持ってきていた袋に入れる。忘れ物がないかを点検し、佐藤さんの後ろに続いた。
ラウンジに向かうと、昨晩と同じく近原くんと友呂岐くんがテントを張っていてその前に同じく机と椅子を並べてくつろいでいた。
「今日も?」
「そ、一応ね」
友呂岐くんがビールの缶を掲げる。
「酔っぱらってたら意味なくない?」
佐藤さんの呆れ顔に、彼はチッチッと顔の前で指を振る。
「いや、オレ酔わないから」
「カズは確かに酒に強いな」
そういう近原くんの前にも開けられたビールが鎮座している。
「まあいいけど、ほどほどにしなよ? 利波まで殺されたんだから……」
「うーんそれね」
友呂岐くんは眉のあたりを掻きながら意味ありげに唇をゆがめた。
「なんかあるわけ?」
「いやあ、利波ね、うん、利波。まあ座りなよ」
わたしと佐藤さんは顔を見合わせ、座ることにした。
「正直さ、オレはチカと桂川さんは違うと思ってる。あと夏目ちゃんと佐藤ちゃんも」
「それはありがとう」
佐藤さんがそっけなく言って、中央にあった開いていないビール缶の一つを引き寄せて開ける。
あ、飲むんだ。
「ほら、夏目はチューハイだろ」
近原くんがアイスボックスから缶チューハイを出してくれる。
うーん。
逡巡は一瞬で、わたしは缶チューハイに口を付けた。
うんシャワーの後に最高ののど越し……!
「そうなると、犯人候補は限られるじゃん」
「そ、鈴白、智恵美ちゃん、久住ちゃんの三人」
「で、その鈴白は?」
「利波の代り。俺らが仮眠中に護衛が必要だろ? だから」
言いながら首でラウンジをくいっと指し示す。
「ラウンジ内に桂川が居るけど、その3人が犯人候補なら危なくない?」
「それは大丈夫でしょ」
「なんで?」
友呂岐くんと佐藤さんは会話しながらビールをあおっている。
わたしと近原くんはそれを、おつまみを食べながら眺めると言う状況だ。
「あの3人に桂川さんを殺す動機がないから、っていうか、桂川さんは大事な大事な人だから」
「あぁ? どういうこと?」
佐藤さんが顔を盛大に顰める。
「姫君の代りだよ。桂川さんのお家は名家だからね、古くから続く茶道の家元で色々なところとパイプがある。あの3人には魅力的だよね」
「そういう……」
嫌そうに吐き捨てて彼女はビールを飲み干して、新たな缶に手を伸ばす。
「そ、だから大事に大事にしてるでしょ?」
「確かに蝶ヶ崎と久住はくっついてるけど、鈴白はそうでもなくない?」
「そうだよ、鈴白くんは別にそんな感じじゃないと思う」
わたしも微力ながら擁護に回る。
「鈴白はね……読めないんだよね。なに考えているかさっぱり」
肩を竦めて大きなため息を吐く。
「昨晩も色々探り入れたんだけど……何か意図がある様に感じるんだけど、その意図が見えないんだよね……」
「おそらく俺らより色々な事に気付いてるんだろうが……」
近原くんが言うと友呂岐くんが頷く。
「ふーん、友呂岐が言うなんてよっぽどじゃん。なに話したの?」
佐藤さんが美味しそうにビールをあおる。
「えぇ、何って……デートスポットとか?」
「は?」
佐藤さんが顔を顰めると友呂岐くんは苦笑で返す。
「いやわかるよ、その気持ち。さっきまで真剣に姫殺害について話してたのに急に話題のデートスポットの話になったり、女性が褒められた嬉しいところとかの話になるんだから」
訳がわかんなによね、と言って降参とばかりに手を上げる。
「鈴白の中では繋がってる、ってこと?」
「そうじゃないの? オレの中では何が何やらだけど!」
「うーん、無理やり想像すると……」
ビールで喉を潤わせてから佐藤さんは口を開く。
「蝶ヶ崎が死んだことによって解放されて鈴白は、誰か女を口説こう! としているってこと? つまりは、蝶ヶ崎から解放されるために鈴白が殺した、ってことか」
「……うーん、まあ無理やりだけど、そうも考えられるかなって」
「鈴白くんは人を殺すような人じゃないよ」
思わず声が出てしまう。
「そこは見解の相違というか、オレの中では鈴白はその必要があるならやタイプなんだよね。でもその必要があったのか、っていうね」
友呂岐くんは首を傾げる。
「その好きな女との交際を蝶ヶ崎に反対されたとか」
「姫に反対する権利ある?」
「んー、なんか二人契約関係にあったんじゃなかったっけ?」
「そういえばそんな話が出てたな。全く動揺してなかったけど」
近原くんが言うと佐藤さんが「それそれ」と頷く。
「どういう内容だったんだろ? ……そっちの方もあったのか」
佐藤さんが言い難そうに言葉を濁す。
「体の関係があったかどうかってこと?」
「うんまあそう」
早口で言ってビールを飲む。
「カズは蝶ヶ崎と関係あったんだろ? 鈴白についてなんか話をしたことなかったのか?」
話し合いの時は動揺していた近原くんだけど、あの後二人で話し合ったのか今では平然と口に出している。
「うーん、鈴白にパーティとかのエスコートをさせてたのは聞いたことあるかな。顔が良いからアクセサリーとしては最高とか言ってたかな」
「最低」
佐藤さんが吐き捨てる。
「あとは嫌がらせって言ってたかな」
「嫌がらせ? 誰に対する?」
近原くんの問いに友呂岐くんは首を傾げる。
「いやそこまでは……。ただそう言った彼女の顔はめちゃくちゃブスだった」
「ブスって」
「いや、オレ女の子はみんな可愛いって思ってるけど、あれはダメだったな」
しみじみと友呂岐くんが言う。
「ふぅん……ってことは、蝶ヶ崎は鈴白を契約で縛ることは誰かにとっての嫌がらせでもあった……てわけか」
「となるとさ、その誰かは鈴白のことが好きだってことだよね? それを蝶ヶ崎が知っていて嫌がらせしてる、とそういう事だよね?」
「そうだな」
近原くんは頷くと、佐藤さんは黙り込んだ。
「だけどそんな嫌がらせしてなにになるんだろ?」
わたしの問いに友呂岐くんは「うーん」と唸る。
「まあ、うん、そういう人間もいるよ。他人の幸せが許せないって人。夏目ちゃんは想像つかないかもしれないけどさ。オレはそういう女性それなりに見て来てるけど……姫はそういうタイプだったな」
ホストクラブで様々な女性を見ているからね、と付け加えて友呂岐くんは言葉の内容とはそぐわない爽やかな笑顔を浮かべた。
「……あのさ、話を戻すけど、鈴白の事を好きな女がいて、そいつは蝶ヶ崎に嫌がらせをされてたんだよね? となると、犯人候補が狭まらない?」
「そいつが蝶ヶ崎を殺したんなら、犯人は女ってことになるわな」
「それさ、蝶ヶ崎じゃない? 智恵美の方」
「え? 智恵美が、なんで?」
「さっき夏目が新歓コンパの話してくれたじゃない? であの時夏目は否定したけど、あたしにはどう見ても蝶ヶ崎のマウンティングにしか思えなかったんだよね」
近原くんと友呂岐くんが新歓コンパの話? と言う顔をしていたので、手短にその話を二人にもする。
「そんなことあったんだな」
「はーん、確かにそれはマウント取って来てるよね」
友呂岐くんの同意に佐藤さんは「だろ?」と勢いづく。
「だから蝶ヶ崎智恵美は鈴白の事好きなんじゃないかなぁ、となれば美貴子の嫌がらせもなんか納得できない?」
「……まあ……あの二人の関係も歪ではあったな」
近原くんが苦虫を噛み潰したような顔をしながらビールを飲む。
わたしも智恵美と蝶ヶ崎さんの関係は少し変だと思っていた。
いとこ同士なのに、まるで主従関係のような……。友呂岐くんは蝶ヶ崎さんのことを「姫」と呼ぶけれど、智恵美と蝶ヶ崎さんの関係は「姫」と「侍女」のようにも見えた。
蝶ヶ崎さんの理不尽とも言える我儘を智恵美はいつも「仕方がないわね」と微笑んで対応していた。
彼女の本心はどうだったんだろ。