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恋とゲームと殺人と  作者: 内海 京
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「あのさ、思うんだけど、夏目サンが怪しいと思うのよね、やっぱり」

 再開した話し合い早々に爆弾が落とされた。

 対わたし用の爆弾だ。

 久住さんは髪を人差し指で巻き付けてなんでもない事のように言う。

「え?」

 突然のことに間の抜けた声がこぼれ出た。

「わ、わたし?」

 指をさして、わたしのことか? と確認してみると、久住さんは腹が立つほど嫌らしく笑いながら大きく頷いた。

「そ、あなた。だって怪しいじゃない? 利波クン殺害の第一発見者だし。ほらよく言うじゃない? 第一発見者が怪しいって」

「僕と夏目さんはほぼ同時に利波の死体を発見した」

 鈴白くんが目を眇めて久住さんを見た。

 けれど彼女は肩を軽く竦め、芝居がかった風に頭を振った。

「それだけじゃないのよ、ワタシが夏目サンを疑う理由」

「他に何が?」

「エレベーターの話、怪しくない? えっと、2階にあるはずのカゴが1階にあったからって話。利波クンが死んでから出て来たじゃない、それ? 普通もっと早く気づかない?」

「あおいは鈍感だから」

 智恵美がフォローをいれてくれる。なんだかちょっと悲しくなるフォローだったけれども。

「別におかしくはないと思うけど? あんな場面だし、気が動転するの普通だろ」

 佐藤さんが「普通」のところを強調する。

「そうかな? 昨日あれだけおじょーさま殺害のことを話し合ってたのに話さなかったことに違和感だけどなあ。あとこれって夏目サンしか証人がいないのよね。だからそれを鵜呑みにするのはどうかなって思うけど?」

「夏目ちゃんは別にエレベーターが1階にあったとは断言してないよね。ただ2階で開くのを待ったって言っただけであの状況だったら体感としていつもより待ち時間を長く感じてもおかしくないと思うけど? 結局さ、久住ちゃんは何が言いたいわけ?」

 友呂岐くんは笑いながら言っているけど、いつもの笑みを違ってぴりぴりとしていた。

「なにが言いたいって、夏目サンが利波クンを殺したんじゃないか、って言いたいの」

 心臓がきゅっとなった。

 わたしが、利波くんを殺した。

 誰かがそう考えていると言う事実が重くのしかかってくる。

 わたしってそういう人間だと思われているのか。と言う失望感と言うか、絶望感と言うか。

「夏目さんが利波を殺す動機は?」

 鈴白くんが尋ねると久住さんは「うーん」と虚空を数秒見つめてニヤッと笑う。

「痴情のもつれ?」

 鈴白くんは鼻で笑って「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てる。

「久住さん、さっきあなた利波くんは私のことを慕っていたって言ってなかった?」

「言ったけど、動機なんて考えても仕方なくない? 本人しかわからないあれこれあるだろうし、他人があーだこーだ言っても仕方ないじゃない?」

「先ほども言ったが、僕と夏目さんはほぼ同時に利波の死体を発見している。だから夏目さんが利波を殺害する時間は無かった。だからこんな議論は無意味だ。彼女は犯人では無い」

 今まで腕を組んで黙って聞いたいた近原くんが「そうだな」と同意してくれたことでこの話はここで終わりになった。

 わたしは、ほっとして、そして怖かった。

 わたしは利波くんを殺していない。それはわたしが一番よく分かっている。

 でもわたしがどんなに説明しても納得してくれない場合もあるのだ。

 今回は、鈴白くんや智恵美、佐藤さんに友呂岐くん達が久住さんの意見に賛同しなかったことで事なきを得たけれど……。

 もし、もしも、賛同者がいたらどうなっていたのだろう。

 上手く自分の無実を説明できる気がしない。わたしはそっと唇を噛んだ。



 あの後、ぼんやりとしている間に今日の話し合いは終了してしまった。

 久住さんには近づきたくなくて、時間をずらすためにお茶を飲むふりをしてしばらく座ったままでいる。

 悪意、だったのかな?

 わたしのことが嫌い、気に食わない。だから? 違うかも、ただそう単純にわたしを怪しいと思った。

 怪しい? わたしが?

「はあ」

 思わずため息が零れ出た。

「夏目さん」

「あ、鈴白くん」

「気にすることはない。君の潔白は僕が一番よく知っているから」

「うん、……ありがとう」

 元気に笑ったつもりだったけれど、やはり顔に元気が無かったのだろう。鈴白くんは眉根を少し寄せてから、わたしの隣に座った。

「久住があんなことを言い出すのは予想外だった」

「そうだね、でもわたしが怪しかったのかもしれない」

「君が?」

 どこが? と言わんばかりに問い返されてわたしはまごつく。

「挙動が不審だったり?」

「こんな状況であれば不審になるのも仕方がない。そもそも夏目さんはいつもおかしい」

「……そ、そう……」

 わたしの心証風景を漫画風に表現するならまっ黒の背景にでかでかと白字で「がーん」と描かれていることだろう。

「怪しい人間は他にもいる」

「え」

「僕としてはそちらの方が気になる」

「鈴白くんは誰が怪しいと思ってるの?」

 鈴白くんは頭が良いし、もう犯人とかわかってるのかも? 名探偵ばりに。

「……」

 わたしの問いに鈴白くんは珍しく黙り込んだ。

 彼は博識で常日ごろからわたしのくだらない疑問に面倒くさがらす答えてくれる。色々なわたしの知らない話をしてくれて、彼に出会って、会話して、わたしの世界は広がり、そして色鮮やかになった。

「夏目さんは誰が怪しいと思う?」

 逆に問い返されて、考え込む。

 怪しい人物。蝶ヶ崎さんを殺して、利波くんを殺した犯人。

「うーん……怪しい人か……うん、わたしは、蝶ヶ崎さんが怪しいと思う、かな」

「美貴子が?」

 頷く。

「うん、だって……この旅行の主催者でしょ? マーダーミステリーも言い出したのは蝶ヶ崎さんだし、用意したのも利波くんにお願いしたとしても元は彼女だし、このホテルを手配したのも蝶ヶ崎さんだし、彼女ならば事前に色々用意出来るなって思って」

「なるほど」

 鈴白くんが頷いてくれたので、気をよくして更に続ける。

「あと……、どうしてわたしをこの旅行に誘ったのか、とか」

「君を誘った理由?」

 鈴白くんが固まる。

 あれ? なにか変なことを言ったのかな?

「智恵美つながりかな? って思ったけど蝶ヶ崎さんはわたしが智恵美の友達だからって一緒に、ってタイプじゃないでしょ? この旅行の参加者はみんなそれなりに蝶ヶ崎さんに関係あるなって……」

「関係」

 蝶ヶ崎さんと鈴白くんの関係を遠巻きに揶揄したように聞こえたのかもしれない、鈴白くんは突然立ち上がる。

「あ、え、っと」

 ごめん、と謝るのも変だし、とわたしも立ち上がってみたものの言葉が出てこない。

 あたふたとしているわたしをじっと見つめ鈴白くんは一言「そうか」と呟く。

「鈴白くん?」

「大丈夫」

 そう言って鈴白くんは歩き去る。

 なにが大丈夫なんだろう? 一人残され頭の中に大きな「?」マークを浮かべてしばらくの間彼の背中を見つめ佇んだ。

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