12
「うーん、謎だよね」
友呂岐くんが腕を組んで唸る。
「利波くんの胸に刺さっていたナイフは美貴子の部屋にあったものが持ち出されて使われたのよね?」
「あぁ、確認しに行ったら部屋から無かったから間違いねぇよ」
近原くんが頷いて智恵美は首を傾げる。
「よくわからないわね。どうしてわざわざ2階に行く危険を冒してそんなことをする必要があるのかしら?」
「その前に、2階に行ける可能性があったのは誰とか考えた方がいいんじゃないの?」
「あぁ、そっちか……2階に行ける人間か……。えっと4時には夕食で集まってたしその前? 後? どちらでもあり得そうだけど……」
友呂岐くんが首をひねる。
「前でも後でも夏目には無理かな。前だと、夕食の下ごしらえ後夏目はロビーのソファで昼寝してたし、あたしもその傍で音楽聞きながら雑誌読んでたから間違いないよ。あたしも含めてトイレに行く奴はいたけど、夏目だけは4時まで熟睡でそれ以降も常に誰かと一緒に居たでしょ」
佐藤さんの言葉に内心で感謝する。そう、昨晩わたしはちょっと夜更かししてしまったので仮眠をとらせてもらっていたのだ。
だからアリバイがないと思っていたのだけれど……佐藤さんに感謝だ。
「ラウンジに居た俺達も寝てたけど……行こうと思えば行けたからな2階」
「そうね私や千歳さん、久住さんは外でお茶をしていたけれど何度かトイレには行ったから……その時に2階に行けるチャンスはあったわ」
「利波は何をしていたんだ?」
鈴白くんの問いかけにわたし以外の女子は首を傾げた。
「そう、ですわね……。さすがに女性だけでしたので居心地が悪かったのでしょうね、あちらこちらを……探索されてましたわね」
「利波なら、ホテル内でも見かけたよ」
桂川さんと佐藤さんの証言にみんなが「うーん」と呻く。
「やっぱり、利波がナイフを取りに行ったのかな?」
同じようにみんなは呻く。
「仮に利波がナイフを取りに行ったとして何の為だ?」
近原くんの問いかけにしばらく考えた後、佐藤さんが口を開いた。
「人を殺すため、じゃない? やっぱり」
「人を殺すって……脅すためかもしれないわ」
智恵美の言葉に佐藤さんが眉根を寄せた。
「この環境下で、ナイフで脅して何かがどうにかなると思ってる奴は頭おかしいでしょ? ここで問題になるのは、利波が誰を殺そうと、もしくは脅そうとしたか? ってことじゃないの?」
「えー、佐藤サンは誰だと思ってるわけ?」
久住さんの問いかけに、そちらをちらりと見てから佐藤さんは腕を組みながら息を吐いた。
「だから、さっきから言ってるじゃない。夏目でしょ。利波は夏目を殺そうとしてた」
「何の為に?」
智恵美の問いかけに佐藤さんは首を振った。
「それはわからない。もともと夏目も殺す予定だったのかも」
「待って! もともとっておじょーさまも利波クンの仕業だって言いたいわけ?」
「この閉鎖された空間に、殺人者が二人いるって考えるよりかは幾分かまともだと思うけど?」
佐藤さんと久住さんの間でピリピリとした空気が流れる。
この二人は昨日の事があるから危険だと思ったのはわたしだけではなかったのだろう友呂岐くんは口を挟んだ。
「いや、もともと夏目ちゃんを殺す予定だったのならナイフを2階に置いたままにしないんじゃない? どこかに隠しておいた方が取り行くのを見られるリスクを減らせるしさ」
「まあ、そうかも、だけど……」
佐藤さんは友呂岐くんの言葉にトーンダウンする。
「うん、だから夏目ちゃんを殺すことにしたのは計画外の出来事だったんじゃないかな?」
先ほどから利波くんがわたしを殺すはずだった言わんばかりに話が進んでいるけど、わたしなにか殺されるようなことしたっけ?
してないよね?
してないと思う。
たぶん……。
「わたくしもそう思いますわ。わざわざ人目の付かない男風呂に呼び出すのもおかしいですもの」
「でもさ、メモには別に誰にも言うなとか書いてないし、夏目サンが利波クンに呼び出されてるから、って言う可能性もあったんじゃないの? もし本当に殺す気だったら他言無用とか書くと思うけどなあ」
久住さんの言葉に静かに桂川さんは首を振った。
「いいえ。こんなメモ用紙を渡されたら普通は告白か何かだと思いますわ。そして夏目さんの性格を考えれば、それを人に言いふらすような真似はしない、と判断したのだと思います」
「利波クンが好きなのは智恵美サンだよ?」
「それを知ってんのはあんただけでしょ? 夏目は知らなかったんだから告白だと考えたら言わないでしょ」
「うーん、夏目サンはこれもらって告白だと思ったの?」
「え? えーと……」
なにこの辱め。
わたしは若干目を逸らしながら「そういう可能性もあるかな……って思いはした」と小さい声で答えた。
「つまり利波は夏目の性格を利用して誰にも言わないであろうと言うことを見越して風呂場に呼んだってことでいいか?」
「うーん、取りあえずはそれで話を進めるしかないみたいだね」
久住さんは完全に納得はしてないけど、と言う態度だ。
にしても、まさかわたしが議論の中心になるとは思ってもいなかった。
「となると、利波が夏目を殺そうとした理由が問題になるな。夏目は何か心当たり無いのか?」
「うーん、考えてはいるんだけれど……」
「恐らくそれは美貴子殺しに関係することだ」
鈴白くんの言葉にさらに目をぎゅっと瞑って考え込む。
うーん、うーん。
蝶ヶ崎さん殺しについて、利波くん、なにか、蝶ヶ崎さん……。
「あっ!」
みんなの視線が集まって、恐縮してしまう。
だってそんな大したことを思い出したわけじゃないからだ。
「えぇっと、そんな期待に満ちた目をみられるとあれなんだけど……わたし、近原くんに言われて1階のみんなを呼びにいったじゃない?」
「あぁ、夏目が一番エレベーターに近いところにいたから頼んだな」
近原くんが頷く。
「うん、その時ね、エレベーターが開くのを待ったな、って思って」
「え? 待つもんでしょ?」
久住さんが「だから?」と言わんばかりに首を傾げる。
「いや、その後みんなと1階から乗ったときはすぐ開いたから……」
「そういことか」
鈴白くんが納得したかのように拳を唇にあてて考え込み始める。
「え? え? どういうこと?」
久住さんがきょろきょろと周囲を見回すと、佐藤さんが「さあ?」とばかりに肩を竦めている。
「晴、自分だけ納得していないでちゃんと説明してくれる?」
智恵美の言葉に鈴白くんはこちらに目を向ける。
「夏目が2階からエレベーターを呼んだとき、かごは1階にあったんだ」
「かごって……あの人を乗せる箱のことだよね?」
「あぁ」
「1階に……それは、おかしいわね……」
智恵美が眉根を寄せた。
「あぁ、かごは2階に無ければおかしい。夏目たちが2階に上がった後に誰かが1階に下ろさない限り」
「わざわざ2階の人間が1階に下ろす理由ってなんだよ?」
「普通に考えれば1階の誰かが2階に行くためにエレベーターを呼んで、2階に行き、何か用事を済ませてから1階に戻った、ってことになるわね」
「……それってつまりはさ、利波が2階にお姫様を殺しに行って、その後1階に戻ってきたってこと?」
友呂岐くんの問いに誰も答えない。
そうかもしれないし、違うかもしれない。
「でも……そう考えると利波が夏目を狙う理由もわかったんじゃないの? 利波は夏目がいつエレベーターについて指摘するか気が気でなかった」
佐藤さんが決まりだと言わんばかりに言い切る。
「だけどさ、エレベーターが1階にあったからと言ってそれが即犯人、利波クンの指摘に繋がるとは言えないんじゃないのかな?」
「犯人の心理から考えれば……そうとも言えないんじゃないかしら。少なくとも1階にエレベーターがあったことで1階の人間の犯行の可能性が示唆されるわけだから」
「まあ、犯人は出来るだけ容疑者圏外にいたいもんだよね」
うんうんと友呂岐くんが頷く。
「えぇ、そしてエレベーターが1階に止まっていたのを知っているのはあおいだけだった。それならば、あおいがそのことを発言する前に殺そうとするのもわかる気がするわ」
「夏目さんを殺せばその事実は永遠と闇に葬られるわけですものね」
「ってことは……利波が蝶ヶ崎を殺したってことでいいのか?」
近原くんがみんなを見回して尋ねる。
「決定的な証拠はないけどさ、今のオレ達にそんな証拠手に入れることも出来ないし、取り敢えずその方向で進むしかないんじゃない?」
「決定汀な証拠か、つまりこれはそういうことか」
言いながら鈴白くんが円卓の上にくしゃくしゃになったカードを置いた。
みんながそれを覗き込む。
そこには「犯人」と書かれてあり、行動の指示が記されていた。
「おい……」
近原くんが鈴白くんを見上げる。
「利波のポケットに入っていた」
「利波のポケットに?」
「これってワタシの持っている犯人カードとは内容が違う……ってことは……」
「ってことは、2階のゲームの犯人は利波だった」
「そうなるな」
鈴白くんは静かに頷く。
「問題は……これを昨夜利波さんが提出しなかったことですわ。彼は明らかに隠していたと言うことでしょう?」
「変に誤解されるのが嫌だから隠していた可能性もあるんじゃないかしら?」
智恵美の言葉にみんなほんの少しだけ考える。
「変に誤解か……まあ確かにそういう事もあるかもだけど……夏目ちゃんを呼び出した事を含めると黒じゃない?」
友呂岐くんが言い、佐藤さんが大きく頷いた。
「だな。蝶ヶ崎を殺しの犯人は利波で決定でいいんじゃない? さすがに反論できないだろ?」
久住さんの方を見ながら言う。
「まあ、こんなもんが出て来たんじゃーね……」
渋々と言った風に久住さんも認める。
どうやらわたしは利波くんに本気で殺されかけていたらしい。
「1階の利波くんが2階のゲームの犯人だった……」
智恵美は誰に言うでもなく呟く。
「みたいだね、でもこれで智恵美ちゃんの昨日の疑問も解決したじゃん」
「私達は2種の異なる内容のゲームをしていたのではなく、1種の同じ内容のゲームをしていた、と言うことになるわね。推理ゲームとしてフェアかアンフェアかは置いておいて」
「アンフェアだろ」
佐藤さんが吐き捨てる。
確かに、わたし達は当然2階のゲームの犯人は、2階のメンバー内にいると信じて疑っていなかった。だから昨日あんなことが起こらず普通ゲームを続けていても犯人の指摘に至らなかっただろう。
「蝶ヶ崎らしいな」
近原くんがため息交じりで言う。本当に蝶ヶ崎さんらしい、見当違いの推理をしているわたし達を笑って見ている彼女が楽に想像できる。
わたしもため息を吐く。
「利波さんが犯人だと言うことは……橋を落としたのも彼だと言うことでしょうか?」
「そう、なるね。うんでも利波が犯人だとしっくりくるとこ結構あるなぁ」
友呂岐くんが思い浮かべるように言うので「例えば?」と尋ねてみる。
「マーダーミステリーの発注を行ったのは利波じゃないないかな?」
「だと思うわ、美貴子が自ら何かをするってことは無いだろうから、利波くんに命じたのでしょうね。……であるならば、彼の意図をゲームに紛れ込ませることは容易かったと思うわ」
智恵美が頷きながら、頬にかかった髪を後ろに払う。
「利波はマーダーミステリーを作る命令を受けたのを幸いに自分の都合のいい内容にしたってことか」
「だろうね、でついでにグループ分けのアプリ、あれにはなんか細工があったんじゃないかなって思ってる」
友呂岐くんは続ける。
スマホを差し出されてタップしたことを思い出す。
「利波のスマホだしな、あいつの思い通りにすることは可能だろう」
近原くんが頷いて、反論が出ることもない。
みんな利波くんが蝶ヶ崎さんを殺害した、と信じつつあるようだ。
もちろんわたしも。
でもそうなると、いったい誰が利波くんを殺したのだろう?
その疑問を持ったのはわたしだけではなかったらしい。
「それでは利波さんを殺害したのは誰なのでしょうか?」
桂川さんの問いかけに答えを出せる人間は今のところ誰もいなかった。
「利波を殺害した奴の動機か……普通に考えれば蝶ヶ崎を殺害したことだろうな」
「美貴子の敵討ちと言うこと?」
「そうなるな」
「となると……美貴子が死んで困る人間と言うことになるわね」
智恵美の言葉に思わず昨晩のことを思い出して、久住さんを見てしまう。
蝶ヶ崎グループの会社にコネ入社する為に、ゴマを擦っていた久住さん。蝶ヶ崎さんが殺されたことで今までの努力が全てパーとなってしまった。
「は? やめてよ、ワタシじゃないわよ?」
「今ンところあんたが一番動機あるでしょ? 昨晩、あたしにご高説垂れてくれた内容がそのまんま動機でしょ?」
佐藤さんが昨晩のお返しとばかりに片眉を器用に上げて言う。
「はあぁ!? 敵討ちとは限らないでしょ? 利波クンがおじょーさま殺したんだったらそれは当然智恵美サンの為よね? それを理由に利波クンが智恵美サンに関係を迫ったってこともあり得るんじゃないの? それが煩わしくて殺したとか」
「私? そんなこと……したりしないわ」
智恵美が驚きに目を瞠って、眉根を寄せた。久住さんの言葉に心底戸惑っているように見える。
「あー、ごめん智恵美ちゃん」
友呂岐くんが手を上げて済まなさそうに顔を歪めて「オレもそれについては久住ちゃんの意見に賛成かな」と言った。
「むしろ積極的に利波に殺させたんじゃないかって疑ってる」
友呂岐くんの爆弾発言に思わずわたしは彼をまじまじと見てしまう。わたしの知っている彼はこんな風に個人攻撃をする人ではなかったからだ。
「……酷い事言うのね」
「ごめんね、でもあり得るなって思ったから」
友呂岐くんは悪びれることなく言う。
そんな彼に智恵美は息を一つ吐いて真っすぐと視線を交わす。
「それなら友呂岐くんあなたにも利波くんを殺す理由があるわよね。あなたホストクラブでアルバイトしているそうね。美貴子は上客だった……そうでしょ?」
「……」
友呂岐くんはうっすらと笑みを浮かべたまま黙っている。
「体の関係もあった……って美貴子から聞いているわ。美貴子が殺されたことで上客を無くすことになった……あなたの様な立場の人にとってそれは大きな痛手では?」
「オレのような立場って?」
「自分で学費を稼いでいる方って言う意味よ」
ニッコリと智恵美が微笑む。
その前に、友呂岐くんと蝶ヶ崎さんの関係がそんなに深いものだったことに驚く。
近原くんも初耳だったらしく険しい表情だ。
「……」
「チカそんな顔しないでよ。別に金で買われてってわけじゃないから」
「けど」
「まあなんか酔った勢いってやつだよ。……なーんで言っちゃうかな?」
「隠していたの? 近原くんにはなんでも話していると思っていたわ」
殺伐とした空気が漂う。
そこにさらに燃料が投下される。
「なんかさ、自分は関係ないって顔してるけど鈴白クンだって友呂岐クンと同じような立場だよね」
久住さんの言葉に鈴白くんが視線だけを向ける。
「研究費用を出してもらう代わりにお嬢様のエスコート役やらされてたんだよね? それ以上のこともあったりね?」
十分すぎるほど含みのある言い方に絶句する。
鈴白くんを問いかけるように見つめてしまうけど、彼がこちらを見ることは無かったし、動揺することもなかった。
「僕と美貴子の契約はパーティのエスコート役だけでそれ以上のことは無い」
「けいやく、ふぅん? 何とでも言えるよね? ともあれ、おじょーさま死んじゃったし研究費用の話もなくなっちゃうよね?」
「契約はもう終了している」
鈴白くんの冷たい眼差しを受けても平然としている久住さんはすごい。
わたしだったらそんな煽り方出来ない。
「おい待てよ、お前ら……」
近原くんが頭を抱えている。
それはそうだ、次から次へと出てくる暴露話。そして悪くなっていく空気。
「近原さん……」
労わる様に桂川さんが名前を呼ぶ。それに気づいて近原くんは顔を上げてわずかに笑みを浮かべる。
「悪い、動揺した。桂川は、知ってたのか?」
「友呂岐さんの勤めるホストクラブに通っていることは聞いたことがあります。鈴白さんの事も何度かパーティで見かけたことがありますから……」
「ってことは、二人にも動機はあるってことか」
はあとため息を吐いて頭をガシガシを掻く。
次々と出てくる関係の暴露に、思考と感情が追い付いていかない。
「えぇっと……あの! ……ちょっと頭が追い付かないから、休憩を挟みませんか?」
わたしの提案に、近原くんが同意してくれていったん小休止を挟むことになった。
なんか昨日もこんなことあったな、とぼんやりと思った。