10
「はあ、んじゃ取りあえず俺達は仮眠取らせてもらうわ」
みんながホテル前に戻ってきた。表情から察するに同じような感想を抱いたのだろう。
不審物、不審者はなく、どうやら犯人はこの中に居る、と言うことに。
近原くんは徹夜ハイが終わったのか、ひどく疲れたように見える。友呂岐くんもあくびを噛み殺している。鈴白くんは平常運転に見えるが、いつもよりぼんやりとしていた。
わたし達は3人を見送り、ホテル前で引き続きお昼休み兼夕食の準備を行うことにした。
今日の献立は焼きそば、おにぎり、そして豚汁だ。本来ならバーべーキューのはずだったがそんな雰囲気でもないので、友呂岐くんが急きょ献立を考えてくれた、ついでにレシピも作ってくれた。
わたしと佐藤さんは、焼きそばの為に野菜を切る係になった。少し離れた場所で智恵美と桂川さんと久住さんが豚汁の為の野菜を切り分けている。
利波くんはご飯を炊いている。
昨晩の佐藤さんと桂川さんは離れていた方がいいし、佐藤さんと久住さんも離しておいた方がいいのでこういうチーム分けになった。
ピューラでニンジンの皮をむいていく、ニンジンだけでなく自分の手の皮も剥いてしまいそうで怖い。想像したら背中がゾワゾワした。
わたしが慎重にでも危なっかしい手つきでやっている横で佐藤さんがピーマンの下手を切り落として、中から種を取り出している。
「ピーマンの種ってなんか嫌だよね」
最初は黙々とやっていたのだが、ちょっと余裕が出て来た。
「きれいに取れたと思ってもさ、どっかについたりしてるんだもの」
唇ととがらせつつ言う。
「あのさ、夏目、昨日はごめん、あとありがとう」
脈絡なく佐藤さんが言い出して「え?」と声が裏返ってしまう。
「今日も、このグループ分け気を使ってもらってんでしょ?」
「い、いやあ」
なんと言っていいかわからず、ごにょごにょと言葉を濁す。
「あたしもさ、わかってるんだよね、チカはあたしのモノになんないって」
「えぇっと」
佐藤さんの方を見るが、彼女はわたしを見ておらず一心にピーマンを見つめている。
だからわたしもニンジンを見つめることにした。
「そ、っか」
「うん、でもさ、ダメなんだよね。好きなんだよね」
「わかる」
頷く。
「そんな急に好きって気持ちを無いものに出来ないよね」
出来たらすごく楽なのだろうけれど。
振られたらすぐ好きじゃなくなって、何も思わなくて、一喜一憂することもなくて、そんなこと出来るなら、すごく楽なのに。
出来ないから、苦しい。
「だよね。もしかしたらって思っちゃう」
佐藤さんが自嘲気味に唇を歪めた。
「あぁ、近原くん、優しいよね。不愛想なのに」
「そのギャップがいいの」
佐藤さんが笑う。綺麗だけど寂し気だ。
「そっか……うん、わかる気がする」
わたしだけかな? とか思っちゃうよね。
思っちゃうんだよ。
「あぁ、でも止めにする! 本当止める!」
佐藤さんは両腕を突き上げる。
「無理しなくても……」
「うぅん、無理する。無理して諦める。ありがとね、夏目。話してなんかすっきりした」
佐藤さんの方を向くと彼女がさっぱりした笑顔でこちらを見ていた。
「役に立ってよかったよ」
笑い返す。
きっと笑顔程、心の中はさっぱりしていないはずだ。でも佐藤さんは諦めるとわたしに宣言することで自分を戒めることにしたのだ。
わたしの視線を気にすることで近原くんの思いを表に出さないように努めるのだろう。
その後わたし達はお互い手つき危なっかしく、具材を切り分けながらお喋りを楽しんだ。
野菜を切り終えたわたしと佐藤さんは次の工程に進むことにした。
そう! おにぎりの作成へ。三角に上手く握れるだろうか?
「どう? 利波」
佐藤さんが利波くんに声をかけると、利波くんが視線を横に向けた。
「炊けてる」
「うわあ、美味しそう」
「具材は何があんの?」
「梅とか鰹節、あと鮭フレークが保冷庫に入ってるはず」
ポータブル冷蔵庫って言うのがあるらしく、それがロビーに置いてある。もちろん蝶ヶ崎さんプレゼンツだ。そしてその中には本来本日使うはずのバーべーキュー用のお肉も鎮座している、はず。
「じゃ、あたし取ってくるわ」
「あ、わたしも行くよ」
「大丈夫、大丈夫」
ひらひらと手を振って佐藤さんは行ってしまった。
「佐藤さんもとに戻ったみたいだね……」
「あぁ、うん、良かったよね」
「……夏目さん、あとでちょっと話があるんだけどいい?」
「え、話ならここで」
言い終わる前に佐藤さんが戻って来て、利波くんは素早くメモをわたしに押し付けて顔を伏せた。
もう話す気はないと言う意思表示なのだろう。
話って何だろうと思いながら、いびつな形のおにぎりを量産していく。
夕食を何とか終えて、焼きそばの見事に繋がった具材やいびつな形のおにぎりを美味しいと食べてくれた。
切り方はあれだけど味は大丈夫だし。おそらく、たぶん。
時間は5時半、6時から昨日の続きを始めるところだ。
ラウンジは就寝場所と化しているので、ロビーで行うことになった。ロビーには昨夜のうちに円卓は運び込んでいるし、椅子も。
あとは飲み物とか必要かな、と電気ケトルや珈琲や紅茶そして紙コップなどを机の上に並べる。
あとお菓子も。
うん完璧と、腰に手を当てて自分の仕事っぷりを評価していると、後ろから声がした。
「緊張感ねぇな」
「あ、近原くん」
「ま、これくらいの方がいいか」
近原くんは首の後ろに手を当てて苦笑している。
「今朝、探索の時に友呂岐くんは今日の話し合いは蝶ヶ崎さんとの関係性が焦点になるって言ってて……」
「あぁ、んなこと昨日、鈴白と喋ってたな」
「鈴白くんと?」
「あぁ、なんで蝶ヶ崎がこの場所で殺されたか、ってこととか」
鈴白くんはこの中で一番頭が良い。そして冷静だし洞察力もある。だからなにか気づいているのかもしれない。
どうして蝶ヶ崎さんがこの場所で殺されたのか? うーん……思い浮かばない。
「今夜はどう転んでも暴露大会だろうな。せめて最初からは和気あいあいと行きたいもんだ」
残念ながら近原くんのその願いは叶うことはなかった。
今夜の話し合いは最初から殺伐としていたからだ。
原因は、利波くんが殺されたことだ。