宇宙人襲来編その3
「しかしこれは宇宙人とは言えねぇよな。宇宙虫だよな」
グリルの言葉に一同が頷いた時、空が紺碧に輝きそれが姿を表した。巨大な鋼鉄の円盤。
「うわ、UFOじゃん」
誰しもがそう思う姿。無機質で無骨で少年心をくすぐるデザイン。
「あ、開いた」
下部が開いてスルスルと道が伸びてくる。光の中きら現れる、人型に虫の頭。
「やっぱり虫かよ!」
いかにもな宇宙服を着ている身体は人のようだが、頭部はバラバラだ。中心にいる小柄な宇宙人の頭は恐らくハチである。向かって右には、黒くて平なツヤツヤの頭。
「ゲンゴロウ?かな?」
ラギンにもわからない。
「左のやつはバッタ?イナゴかな?改造失敗人間みたいだな」
中央のハチ頭が片手を掲げて、言葉を発した。
「アプティーヤプロンツェルパッパピリピリ」
「???」
当然だが理解できるものはいなかった。一縷の望みをかけてラギンの方を見たが、悲しげに首を振るのみだった。
「どうする?会話できないぞ」
「殴るか?敵だろ?」
不良たちの間でなされた物騒な会話を聞いたわけではないだろうが、ゲンゴロウ頭が機械を取り出してスイッチを入れた。
「あー、うん、言葉、わかる?」
「喋った!ってか、言葉がわかるぞ」
「これ自動翻訳機だからね。良かった使えて。さ、アンナ喋って良いよ」
「え、マジで私が言うの?本気のやつ?」
やけにノリが軽いのは、翻訳機のせいとは思えない。ハチ頭が体をクネクネさせながら、ゲンゴロウ頭とイナゴ頭と話す様がまるで女子高生のようだからだ。
「なんか違うな」
「うん、全く違う」
「こんなの、宇宙人じゃねぇ!!」
地球人の感想は皆一緒だった。未知との遭遇に期待していたイメージと異なり過ぎて、残念過ぎて力が抜けていた。
「とりあえず名乗るか。おい、真ん中のハチ頭。俺はラギンだ。一応こいつらの代表だ」
「ハチ頭って私?」
ハチ頭が隣の2人に聞くと、うんうんと頷きで返された。
「私は、私は、メリテリーヌ=ル=ビーよ」
やけに自慢げに名乗る。
「メリテリーヌ?長いな。メリーちゃんね」
「は?いやいや、由緒正しきル=ビー家なのよ。もっと敬いなさいよ。ほら、靴舐めてもいいわよ」
ごつい宇宙服の靴をラギンの前に突き出してくる。
「誰が舐めるかよ。それよりお前ら、どこの星から来たんだ。地球を占領するつもりか?」
声に軽く殺気を滲ませる。
「はい?占領?そんなのしないわよ。私たちは故郷のガダルマンドリラ星から宇宙の絶滅危惧種を保護して回ってるボランティア団体よ」
「ボランティア?お前らが?」
ラギワン一同の声が揃う。自慢げに宇宙服の胸をそらせるメリテリーヌの表情に嘘はなさそうだ。
「あの昆虫どもは、絶滅危惧種なのか?地球人をエサにして、生き延びさせるってことか」
ラギンは不快な気持ちを隠せないでいた。善行のつもりで人を傷つける奴を信用なんてできない。悪意で傷つける奴よりタチが悪いとすら思っていた。小さな親切余計なお世話どころではない、あなたの為よが相手を殺す。
「メリー、俺らはこのまま虫の餌になるつもりは無い。虫どもを連れて帰れ。さもなくばお前らを潰してエサにしてやる」
ラギンの意思が伝わったのだろう。それか同じ気持ちだったのか。仲間たちは武器を構えて目の前の宇宙人に攻撃態勢に入った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!なんでそうなるわけ!?自然の生き物の話でしょ!?」
「そう、食うか食われるかの話だ。俺達は食われる気はないがな」
「ちょっとマリーナ、説明してあげてよ!この人たちわかってないから!」
マリーナというのはゲンゴロウ頭の事らしい。気怠そうに一歩進み出てきた。
「多分、考え方の違いだと思いますよ。この星の方は種族意識が強いのでしょう。自分が生き延びても、同種族が殺傷されるのを好まない思考回路の生き物は多いですから」
「仲間意識じゃなくて?」
「はい。仲間以外の同種族にも仲間に近い共感をするのです」
「関係ないじゃない、仲間以外は。無駄に疲労してロスが多い」
「そういうものなのです」
しばらく黙って2人の会話を聞いていたが、耐えかねてペンタが抗議した。
「おい!仲間とか仲間じゃねぇとかじゃなくてよ、同じ人間が襲われてたら助けるだろ!無駄とか知るかよ。何言ってんだお前ら」
仲間たちが頷く。
「とにかくだ、お前たちが放った虫に人間を襲わせるのをやめろ」
虫の頭部をした3人は、顔を見合わせた後、おもむろに頭に手をかけた。ハチとゲンゴロウとイナゴの頭をつかんで、そのまま引き上げて脱いでいく。
「え、それマスクだったの?」
虫の頭の下から人間の頭部が現れて皆が驚く。
「しかも、女子かよ」
ハチ頭の下からは、ピンクの髪の毛をツインテールに結んだ瞳の大きな美少女が。ゲンゴロウ頭を外すと、黒髪おかっぱでクールな光を赤茶色の瞳に宿した知的な美少女が。イナゴ頭は緑のショートカットが健康的な、活発そうな美少女だった。
「やべぇ、可愛い」
タイプの違う美少女3人。女子に免疫のない男子たちには眩しい存在。しかもモコモコの宇宙服を脱ぐと、下にはタイトに身体の線を表したボディスーツを着ていた。ハチ頭を脱いだピンクツインテールは華奢な体に胸だけ大きく存在を主張している。長身の元イナゴ頭は、スポーツ選手のような引き締まったスタイルでそのままモデルで通用しそうである。マリーナと呼ばれた元ゲンゴロウは、クールな顔に似合わぬ豊満な肉体で胸もお尻も太股もムッチリと肉付きが良くぽっちゃり好きならヨダレが止まらない身体をしていた。
「こ、これはヤバいな。」
誰かの呟きに、ラギンも心から同意した。これは勝てない、男の本能がそう言っていた。
美少女3人の話を、ラギンたちは鼻の下を伸ばしながら聞いた。どういうわけか巨大昆虫たちもおとなしくなっているようだ。
「つまり、地球人を襲う気はないと?」
「当たり前でしょ。先住民族には敬意を払うのが基本よ」
「の、わりには虫どもに殺されまくってるけど?」
「そのへんは自然に任せるわ。関与しないの」
「いやいやいや、めちゃめちゃ関与してるだろ!?思いっきり有害な外来種を持ち込んでくれてんじゃん」
「有害かどうかなんて誰にも決められないわ。突然変異も異種交配も外来種だって、全部運命だと思えば不自然なことなんて何もないのだから」
一見暴論とも思えるが、どこまでが自然でどこからが人口なのか、人間も宇宙人も自然に生きるものなら、綿毛が海を越えるのと外来種が海を越えるのと何が違うのか。答えなどないような気がした。
「なんか考えてもわかんねぇな。もういいや」
その発言が誰のものだったのか定かではないが、全員が同じ気持ちだった。
「でも、このまま人間が襲われるのを放っておくわけにもいかない。協力してもらうぞ」
ラギンの強い口調と視線に射抜かれて、メリテリーヌは体をすくませた。
「何を、したら、いいの?」
「虫どもをコントロールはできるのか?」
「捕獲するときに作った全種に有効なフェロモンがあるから、それを船から流して集めることはできるわ。ただ…」
「ただ、なんだ」
「移送船の中で一部の気の強い子らが争って、蠱が誕生したみたいなの」
「蠱?蠱毒のことか?」
ラギンの前世の記憶では、蠱毒は中国発祥の呪術の一種だ。百種の生き物、蛇やトカゲやカエルや昆虫、特に毒を持ったものなどを集めて共喰いさせ、最後に残った1匹が蠱毒になる。呪いや毒として使われる。
「あら?知ってるの?専門に研究してる学者くらいしか知らないはずなのに」
メリテリーヌが不思議そうに首を傾げる。隣にいるマリーナの目が光った。
「この星に蠱を知ってる人間いるわけない。お前、何者だ」
マリーナが黒髪を揺らして一歩近寄る。警戒したのか緑髪の女が身構えてマリーナとラギンの間に割って入った。
「おいおい、そんな攻撃的になるなよ。昔本で読んだんだよ。この星にだって本くらいはある」
まだ警戒している2人に、メリテリーヌが声をかける。
「おやめなさい、2人とも。リンも殺気を放つのをやめて」
武闘派らしき長身緑髪の美少女は、リンというらしい。これで3人ともの名前が判明した。ピンクツインテール巨乳がリーダーのメリテリーヌことメリー。黒髪おかっぱのぽっちゃり爆乳が頭脳担当のマリーナ。緑髪のリンは護衛役だろうか、常にラギンたち警戒して身構えている。身のこなしからして何らかの格闘技を身につけているに違いない。
「ありがとう、メリー」
ラギンが満面の笑顔で礼を言うと、メリテリーヌが頬を染めた。わかりやすいほどに照れている。
「そ、そんな、あなたにお礼を言われる筋合いないんだから!」
斜め上を見て石を蹴飛ばす姿は、誰がどう見ても恋するツンデレであった。
「ラギンの兄貴は知ってるみたいですけど、その蠱ってのは何っすか?特殊な虫ですかい?」
ラギンはペンタに自分が知ってる蠱毒について説明した。時折マリーナが説明を挟み、いまこの国にいる蠱は巨大なムカデである事がわかった。
「ムカデってのがどんなかよくわかりやせんが、足が百本あって大きなアゴで毒もあると。ちょっとやばそうな奴ですね」
「だが、そいつさえ倒せば後は言うことを聞くんだな、マリーナ?」
「そうだ。元々は我々もこの星の生態系に配慮した形で保護虫たちを放つつもりだった。だが蠱が誕生した事でフェロモンによるコントロールが失われ、攻撃欲と食欲のみが協調されてしまったのだ。蠱が死ねば、元に戻る」
「蠱はどうやって他の虫を暴れさせてるんだ?」
「脳波だ。蠱はまさに呪いとも言うべき強い脳波を持つ。他の虫たちはその脳波に引きずられて暴れているに過ぎない」
「つまり、ボス蠱を倒せば平和が戻るってことね」
グリルの呟きが全員の総意となった。
ボス蠱と名付けられた巨大なムカデを倒すため、共同で準備が進められた。