殺されて転生
薄れてゆく意識の中、竹田景虎は36年の人生を振り返っていた。
特に起伏のない人生だった。
会社員の父とパート従業員の母に間に生まれ、中の上くらいの成績で地方の国立大学に進学。教員免許は取得したが教師にはならず上場の企業に就職。自分に営業職が向いているとは思わなかったが、可もなく不可もなく過ごした。高校の友人とは大学進学の際に離れ、大学ではあまり親しい友人はできなかった。コンビニでバイトをしているうちに彼女が出来たが、就職してからすれ違いが続き振られた。さほどショックには感じなかった。
親にはまめに電話をしたし給料も順調に増えて役職にもついた。そこそこの貯金もできた。趣味という趣味は無い。しいて言えば読書が好きで、休日は一日部屋にこもって小説を読み耽ることも多々あった。
そしてある日、出勤中に通り魔にあって殺された。あっけなく。
駅から職場へ歩いている時に後ろが騒がしくて振り返ったら、ナイフをもった髭面の中年男性がすぐ近くにいた。とっさに手に持っていたカバンでナイフをはたこうとしたが、はずれて腹を刺された。意味不明の唸り声を上げながらナイフを捻りいれられて、焼けるような熱さが体中に広がった。息が酒臭いな、そう思った時には倒れていた。流れ出る血と共に自分の命が流れていく気がして、人生を思った。
ああ、つまらない人生だったなぁ。
二度目の人生に父親はいなかった。母親はアル中だった。幼い頃は祖父母の元で育てられた。物心ついて前世の記憶がある事に気づいたのは3歳の時だった。頭の中がクリアになって竹田景虎の記憶が一気に蘇ってきた。そして思った。
今度は真面目に生きるのはやめよう、と。
転生先は異世界だったが、元の世界に似ていた。剣も魔法もなく科学文明があった。リバーシもマヨネーズも存在したし、ステータスウィンドウもアイテムボックスもなかった。ただし異なる点もあった。竹田影虎はラギン=ソドという名前だったし、人間以外の種族もいた。エルフにドワーフに獣人。通り魔に殺された後にテンプレの神様は出てこなかったので、加護や転生ボーナスがもらえているのかはわからない。身体能力は人並のように思えた。
「ラギンや、お前の親はろくでなしだ。でも父親譲りの緑の髪と母親と同じ青い瞳は、とても奇麗だよ。」
祖母は優しかった。寝物語に祖父が語ってくれる昔話は、どれも前世では聞いた事が無い物で楽しかった。昔はモンスターがいて勇者と呼ばれる存在もいたらしく、英雄譚には胸が躍った。
だがそんな日々も長くは続かなかった。ラギンが5歳になる頃、流行病で祖父母が続けて他界した。ラギンは再び母親と暮らす事になったが、幸い祖父母は家と遺産を残してくれていた。それも母親ではなくラギンに。
「あなたみたいな子供に遺産なんて必要ないわ。」
母親はそう言って銀行通帳も家の登記簿も取り上げようとした。
「お母さん、この家に一緒に住むのは構わない。また一緒に暮らそう、ただし、お金の管理は僕がするよ。家の権利もお母さんに移したりはしない。おじいちゃんとおばあちゃんは、僕に遺してくれたんだ。」
年齢以上にしっかりと喋るラギンに母親は戸惑っていた。年に1度か2度、気まぐれにしか顔を見なかった息子は、こんなに大人びた話し方をしていただろうか。思い返しても、酔った頭では記憶は全て霧がかってはっきりとはしなかった。
「まずお母さんには施設に入ってもらう。もう入金も済ませてある。もうすぐ迎えが来る。勝手に決めて申し訳ないとは思うけど、こうするしかないんだ、一緒に暮らすのなら。僕もこまめに顔を出すようにするし、必要な物は施設の人に言ってくれたら届くように手配してある。もし今彼氏がいるのなら、その彼氏には連絡先を言っちゃあだめだ。頼むよ。」
まるで保護司のように話を進める息子を驚きをもって見つめる母親に怒りは無かった。依存心が強く男にも酒にも流されやすい女は、はっきりと自分より息子の方が上位にいる事を悟っていた。
(この子は賢い。この子の言う事を聞いていれば、どん底の人生がうまく行く気がする。それにラギンと一緒にいないと遺産が使えないわ。ああ、お酒が飲みたい。)
そうして母親はアルコール依存症更生の施設に入り、ラギンは5歳にして祖父母のいない家で一人暮らしを始める事になった。