Air Dominance Fighter‐シリア領空2020‐
遥彼方さま主催:「夏祭りと君」企画参加作品
英語の会話文が出てきますが、そのまま読んでください。
補足説明
方位:真北を起点とした時計回りでの360度表記
1ft=0.3048m
1kt=1.852km/h
1nm=1.852km
1Lb=0.454kg
その日、少年は心の底から憧れを抱けるものと出会った。ゆえに、乾燥した空気と夏のジリジリと焼け付くような日差しに直接さらされつつも野球キャップを右手で押さえながら空を見上げ、どこまでも純粋な瞳で力強く飛翔する“鳥たち”の雄姿を眺めていた。
「どうだ、すごい迫力だろう?」
そんな少年に、傍らに立つ父親が満足そうな表情で見下ろして声を掛ける。だが、少年の方は轟音と共に空を飛翔する“鳥たち”を追いかけるのに夢中で、父親の声など聞こえていないようだった。しかし、父親の方も気にしていないらしく、すぐに息子と同じように空を見上げた。
そして、そんな親子の周囲には同じように空を見上げる人々が数多く集まっている。もちろん、彼らのお目当ても同じものだ。
そう、春から秋にかけて全米各地で開催されるエアショーを迫力あるフライトで彩るアメリカ空軍の様々な航空機である。しかも、この年はちょうどアメリカ空軍創設50周年の節目という事で、各地のエアショーも例年以上に力が入っていた。
そんな訳で、『F-15Cイーグル』戦闘機や『F-16Cファイティングファルコン』戦闘機は高い推力重力比と操縦性を活かした力強い機動飛行を披露し、低空・低速での飛行が得意な『A-10AサンダーボルトⅡ』攻撃機は対地攻撃デモを披露して観客を楽しませる。
また、『B-52Hストラトフォートレス』戦略爆撃機や『C-5Bギャラクシー』輸送機といった大型機は戦闘機のような機動飛行こそ出来ないものの、大型機同士で編隊を組んで会場上空に進入すると重量感のあるフライパスを実施した。
さらに、マッハ3以上の飛行速度を発揮可能な『SR-71Aブラックバード』戦略偵察機が観客達の見ている前で控えめながらも超音速飛行を行い、機体の通過後にターボジェットエンジンの爆音が轟くという現象で音速突破を実感させた。
そして、エアショーの最後にデモフライトを実施するのがアメリカ空軍のアクロバットチーム、“サンダーバーズ”の『F-16C』戦闘機である。
星条旗をイメージしたスペシャルカラーに彩られた機体を操る彼らのフライトは、編隊飛行と少数機での機動飛行というオーソドックスな組み合わせなのだが、まるで自分の手足のように戦闘機を操縦してみせる姿が観客達の視線を釘づけにしていた。
「うわぁ……」
だから、少年も無意識の内に感嘆の声を漏らしていた。なお、少年が特に気に入ったのはソロや2機で行う機動飛行らしく、サンダーバーズ仕様の機体に追加されたスモーク発生装置から白いスモークを吐き出して青空にラインを描く動きに熱い視線を送っていた。
だとすれば、いつもと違う夏の思い出になるものをと考えた父親が片道3時間以上は掛かる道のりを車で飛ばし、息子を連れてきたのは正解だったと言える。
もっとも、この時の父親に1つだけ誤算があったとすれば、すっかり空を飛ぶ戦闘機の雄姿に魅了された息子が以降は夏が近付くと、決まってエアショーに連れて行ってくれとせがむようになった事だろう。しかし、そんな息子の小さな頼みを父親が断る理由など何処にも無かった。
こうして少年は夏になると必ずエアショーを観に行き、まるで恋でもしているみたいに憧れの戦闘機が飛ぶ姿を飽きる事無く眺めていたそうだ。やがて少年の憧れは将来の夢へと変わり、幾つもの努力を積み重ねて高校卒業後は戦闘機パイロットを目指して空軍に入隊する。
ただし、空軍に入隊できたからと言って戦闘機パイロットは簡単になれるものでもなく、以後もライセンス取得に向けた厳しい訓練が少なくとも4~5年は続く。
しかし、彼にとって幸運だったのは絶妙なタイミングで高等訓練課程を修了したばかりの新人パイロットでも当時の最新鋭ステルス戦闘機、『F-22Aラプター』の機種転換訓練へ直に進めるようになった事だろう。
なにせ、それまでは機種転換訓練を受ける条件に“実戦部隊で充分な経験を積んだパイロット”というものがあった所為で、新人パイロットには参加資格すら無かったのだから。
もっとも、機種転換訓練に参加できても本人に適正や能力がないと判断されれば容赦なく落とされ、操縦する機種ごとに必要となるライセンスは得られない。それが現実だった。
だが、どんな時でも決して驕る事なく努力を続けた彼は教官達から適正と能力を認められ、ベテランパイロットに混じって『F-22A』戦闘機のライセンスを取得し、アラスカ州のエルメンドルフ空軍基地所属の飛行隊への配属が決定した。
◆
北アフリカのチュニジアで始まり、後に『アラブの春』と呼ばれる事となる民主化運動が飛び火した中東のシリアでは、2020年を迎えても内戦状態が続いていた。
主な国内勢力だけでも政権軍・反政権派組織・過激派武装集団・クルド人組織とある上に、各勢力と利害が一致したり対立したりする国外の国家や組織までもが介入してきているからだ。
そして、建国時の経緯や国境地帯にあるゴラン高原の帰属問題などでシリアと対立しているイスラエルも内戦に介入する勢力の1つで、自国の安全保障上の脅威を排除するという名目で何かあるたびに越境爆撃を繰り返していた。
「Jet15 bombs away」
だから、この夜も高度30000ftを水平飛行している機体のコクピットでパイロットがHUD(正面を向いたままでも飛行に必要な情報を確認できる装置)上の爆撃照準用シンボルとターゲットマーカーが重なるのを確認すると、爆弾投下を意味するコールを行い、右手親指でサイドスティック式操縦桿に付いている兵装発射ボタンを2回押した。
すると、『F-16C Barak2020』戦闘機の左右の主翼下パイロン(兵装を機体に搭載するのに必要な装備品)に1発ずつ搭載されていた『GBU-38』JDAM(500Lb級)が小さな衝撃と共に機体から切り離され、そのまま重力に従って落下していく。
そして、爆弾はGPS/INS(慣性航法装置)誘導によって事前に入力された座標へ向かうよう弾体尾部のフィンを動かして落下軌道を自力で修正し、投下から約30秒で2発とも目標座標から10m以内に着弾する。
これだと誘導爆弾なのに直撃していないので外したように感じるかもしれないが、重要なのは直撃したかどうかよりも対象を破壊できたかどうかで、この時も標的の倉庫を全壊に近い状態にしていた。また、倉庫の中や近くにいた戦闘員も3人が巻き添えを受けて死亡している。
ちなみに、今回の爆撃任務はシリアの首都ダマスカス近郊にある2カ所の書類上は民間所有になっている施設を標的としたもので、イスラエル側の主張によると政権軍を支援するヒズボラ(レバノンのイスラム教シーア派組織)の拠点になるらしい。
その為、イスラエル航空宇宙軍所属の2機の『F-16C Barak2020』戦闘機が1機ずつ目標上空へ侵入して2発の爆弾を投下して離脱するという戦術が採用され、先程のが2カ所目の標的に対する2機目の爆弾投下だった。
「Jet15 and 16 to Dakota21.Mission accomplishment.Return to base」
「Dakota21 to Jet15 and 16.Permit it.Go to heading150」
「Jet15 wilco」
「16 wilco」
爆撃完了後、リーダー機のパイロットが『G550 CAEW』AEW&C(早期警戒機)のオペレーターに任務完了と基地への帰投許可を無線で求め、それが受理されると帰還ルート上にある最初のWP(通過点)へ向かう為の針路を指示される。
だから、2機のパイロットは編隊を維持したままオペレーターに指示された方位150へ機首が向くよう操縦桿に右方向の力を加え、まずは機体を右へ90度ロール(進行方向に対し、機体の中心線を軸とした左右への回転)させた。
次に操縦桿に加えていた力を一旦抜き、後方へ倒す感覚で改めて力を加えて15度程度のピッチ(機体の水平面に対する上下角)アップでHUD上の方位表示が150を示すよう旋回し、所定の方位に機首が向いたところでピッチアップを止め、最後に左ロールで機体を水平に戻して水平飛行へと移行した。
さらに、旋回機動の影響で高度や速度が下がりすぎていないかどうかもHUD上の表示を見て確認すると巡航速度で飛行する為、左手でスロットルを操作してエンジン推力を95%にする。それから、僅か数分後の事だった。
いきなり爆発音がして衝撃波がリーダー機にも届いたのに驚き、咄嗟に何が起きたのかを直に確かめようとハーネスで身体をシートに固定された状態にも関わらず、パイロットは出来る範囲で顔を動かして音がした右後方を振り向く。
すると、NVG(暗視装置)特有の緑色の濃淡で表されるキャノピー(風防)越しの視界の中、自機を追従していた筈のウイングマン(僚機)が白く輝きながら墜落していくのが見えた。つまり、ウイングマンが激しく炎上していたのだ。
「なっ……!?」
さすがに今の状況は想定外だったらしく、酸素マスクの下の口からは驚きの声がヘブライ語で零れる。だが、彼は直ぐに意識を切り替えるとAEW&Cのオペレーターに無線で状況を報告しつつ、RWR(レーダー警戒受信機)の表示画面と外の景色を交互に見て警戒を始めた。
「Mayday mayday! This is Jet15! Jet16 crashed!」
ここは敵対関係にある国の領空なので撃墜された可能性を考慮に入れた行動なのだが、撃墜されたとするには幾つか疑問が残る。なぜなら、彼らが飛行していたのは高度30000ft以上の高高度でAAA(対空火器)や低高度用SAM(地対空ミサイル)は届かないからだ。
なので、攻撃できるとしたら同じ戦闘機か高高度用SAMになるのだが、AEW&Cの索敵範囲内に敵機の存在は確認されておらず、SAMの発射に欠かせない捜索や射撃管制用のレーダーが作動していた形跡もない。
そうなると、残るはIRST(赤外線探知追尾装置)を搭載したステルス戦闘機による迎撃だが、シリア空軍はステルス戦闘機を運用していなかった。
「Dakota21 to Jet15.Go to heading190 now.This is order」
「Jet15 wilco」
ウイングマンが墜落した原因は不明だが、いま優先すべきは残された機体を帰還させる事だったので、オペレーターは最短ルートでリーダー機をイスラエル領空へ誘導しようとした。だが、その直後に彼が見つめていたディスプレイからリーダー機を示す光点が消失する。
「What happened,Jet15? Answer if you hear my voice!」
それを見て慌てたオペレーターが無線で呼びかけるが、リーダー機からの返答は無かった。結局、彼の機体との通信が回復する事は無く、ベイルアウト(緊急脱出)した際は自動的に発信される救難信号も確認できなかった事から最終的に司令部はMIA(戦闘中行方不明)と認定した。
そして後日、シリア政府から『墜落死した2人のパイロットの遺体を引き渡す。ただし、機体の残骸は領空侵犯の証拠なので返還しない』との声明が出され、イスラエル政府も公式にKIA(戦死)は認める事になる。
もっとも、イスラエル政府は2機が何者かに撃墜された可能性を排除しておらず、公式・非公式を問わずに調査を続行していた。
◆
ある日の深夜、アラビア半島のペルシャ湾に面した国、カタールのアル・ウデイド空軍基地にアメリカ空軍の『F-22A』戦闘機がアラスカ州のエルメンドルフ・リチャードソン統合基地(旧名称エルメンドルフ空軍基地)より6機飛来した。
その出来事自体も珍しい部類に入るのだが、HMDS(ヘルメット装着照準表示装置)が必要だったので、同じ基地に所属する90thFS(第90戦闘飛行隊)の機体を525thFSの人員が運用するという変則体制をとっていた。
ただ、この6機は事前に現地入りしていた525thFSの整備員達によって着陸すると早々にアメリカ軍管理下のハンガー(格納庫)へと運ばれ、まるで何事もなかったかのように基地は普段通りの姿を取り戻したのである。
当然、これには理由があった。実は、NRO(アメリカ国家偵察局)の画像偵察衛星がシリアにあるロシア航空宇宙軍のフメイミム空軍基地を撮影した際、そこに2機の『Su-57』ステルス戦闘機が映っている事に気付いたからだ。
しかも、撮影された時期はシリアでの爆撃任務中に2機のイスラエル戦闘機が墜落した翌日で、追跡調査を行ったCIA(アメリカ中央情報局)やDIA(アメリカ国防情報局)はロシア機による撃墜の可能性が高いと判断していた。
一応、ロシアは2018年に短期間だけ同機をシリアに派遣して反政権派組織の施設に対地ミサイルを発射した事を公式に認めているが、実際にシリアに展開しているのをアメリカ側が確認したのは今回が初めてだった。
ちなみに、そう結論づけた背景にはモサド(イスラエルの諜報機関)の関与もあったのだが、その事実を知る者は極めて限られている。ただし、イスラエル寄りの政策をとるアメリカの現政権にとっては充分すぎる情報で、最終的に『Su-57』戦闘機を排除する極秘作戦の実施に繋がった。
「他に質問はないな? なら、作戦の説明は以上だ。諸君の健闘を祈る。解散!」
さらに数日後、アル・ウデイド空軍基地のアメリカ軍管理区域内にあるブリーフィングルームでは、今回の作戦に参加する要員を集めてのブリーフィング(事前説明)が行われていた。それによると、作戦開始は今から約1時間後の午前0時となっている。
しかし、彼らの間には普段の作戦開始前の時よりも重苦しい雰囲気が漂っていた。勿論、史上初となる実戦での対ステルス戦闘というのもあるが、ロシア機は撃墜しても全面衝突は避けたい政府の意向もあってロシア軍基地から離れた場所で撃墜する事を要求されているからだ。
つまり、目標が地上の基地にいる時に原潜からの巡航ミサイルやステルス機からの誘導爆弾などで破壊するという最も簡単な戦術は、ロシア領への事実上の直接攻撃になるので使えない。
そうなると飛行中に撃墜するしかないのだが、レーダーで捕捉する事さえ困難な相手を撃墜する難しさはステルス機を世界のどこよりも長く運用してきたアメリカ軍が1番よく知っていた。だが、いかなる懸念を彼らが抱こうとも作戦開始時刻は訪れる。
「少将、時間です」
「オペレーション“ゴースト・ストライク”、発動!」
作戦司令室の壁に掛かる時計の針が真上をさした瞬間、今回の作戦の指揮を執るアメリカ空軍少将がはっきりとした声で作戦発動を告げる。
それを受け、フライトスーツと耐Gスーツ(圧縮空気で下半身を締め付け、G:重力加速度による負荷を軽減する装備)を着用したパイロット達がヘルメットを手に待機室を駆け足で飛び出していく。
当然、彼らが向かう先は万全の状態に整備した上でハンガーからエプロン(駐機場)地区へと移動してある『F-22A』戦闘機の所だ。ただ、飛来したのは6機でも実際に出撃するのは2機なので、出撃準備の規模としては大きくない。
そして、梯子を上ってコクピット内にヘルメットを置いた後で機体の周囲を反時計回りに歩き、機体各部にある動翼やアクセスパネル周りを中心にパイロット自身の目と手で確認していくプリフライトチェックを実施し、問題が無い事を確かめてから改めて梯子を上ってコクピットに乗り込む。
そこでクルーチーフ(機体ごとに担当の決まっている整備員達のリーダー)の助けも借りてヘルメットを被り、身体をハーネスでシートに固定したところでクルーチーフが離れ、梯子も機体から外されて離陸に向けた準備が本格化していく。
まずは、APU(補助動力装置)を起動させて機体に最低限の電力・油圧・圧縮空気といったものを供給してコンソール(計器盤)のデジタル式表示装置を見ながらシステムのチェックを行い、異常がない事を確認してからクルーチーフを始めとする整備員達と連携して作業に取り掛かる。
最初に始動するのは右エンジンで、始動スイッチを入れてタービンの回転数が規定値を超えたところで左手で握るスロットルをアイドリング位置まで押し込むと、ターボファンエンジン特有の甲高い音が響いて機体も微かに振動し始めた。
そこで正面コンソールにあるMFD(多機能ディスプレイ)の1つに目を落とし、右エンジンがアイドリング状態を意味する推力60%で温度・油圧・回転数・燃料流入量などの数値に異常がないのを確かめ、右エンジンは正常に始動したと判断する。
次は左エンジンの始動なのだが、こちらも先程と同様に1つ1つの手順を丁寧かつ確実に行って異常がないかを確認し、2基のエンジンが正常に作動している事をインターコム(機体と有線で繋がる通信回線)でクルーチーフに伝え、APUを停止して次の段階へと進む。
続いて行うのは機載コンピューターの設定なのだが、これはコンソールの専用スロットに必要なデータの入ったデバイスを装着すれば後は自動で行われ、パイロットはデータが正確に読み込まれたかどうかを確かめるだけだ。これが終われば、理論上は全行程のほとんどを自動で遂行できる。
次に航法の起点となる現在位置の確認を行い、キャノピーを閉じてNVG機能を作動させるとクルーチーフとインターコムやハンドシグナルで連絡を取り合いながら機体各部の動翼を実際に動かし、パイロットの操作に正確に反応しているかを確かめた。
また、この段階でランディングギア(降着装置)のブレーキや各種センサー、衝突警戒灯などのライト類に問題がない事も確認しておく。それと同時に、電波を発する電子機器の電源が全て“OFF”になっているのを確認する。
その後、誤作動防止の為に機体各所に挿してあった識別用のタグ付き安全ピンを整備員が全て引き抜いてクルーチーフに手渡し、代表して彼が機体正面で頭上に掲げて抜き忘れの無い事を示した。
これで離陸準備は完了したのでパイロットが腕時計で時刻を確認すると、既にタキシング(自力での地上走行)開始予定時刻まで1分を切っていた。なので、少し早いとは思いつつも衝突警戒灯を作動させてタキシングの準備が完了している事をコントロール(管制塔)に伝える。
すると、すぐにコントロールから緑色の発光信号でタキシングを許可する旨が伝えられた。ちなみに、発光信号でやり取りをするのは、いくらレーダーに捕捉され難いステルス機であっても自身がレーダーや通信機器を使用すれば相手に逆探知される恐れがあるからだ。
「Remove the chocks.I start taxiing」
「I sir」
パイロットがクルーチーフにインターコムで車輪止めの取り外しを頼み、タキシングを開始する事を告げてタキシーライトを点灯させ、ブレーキをしっかりと踏みこむ。
それにクルーチーフは即座に応じ、インターコムのジャックを機体から引き抜いてコードを手早く巻き取って回収すると駆け足でメインギア(主脚:胴体を支える降着装置)の車輪止めを外しに向かい、外し終わった車輪止めは確認の意味でもパイロットに見せた上で安全な場所へ移動させた。
そして、黄色に光るライトスティック(車両や航空機の誘導に使う棒状の道具)を左右の手に1本ずつ持ち、機体正面に立って誘導を開始する。パイロットは左手でスロットルを僅かに奥へと押し込み、続いてブレーキを解除して機体をゆっくりと前進させ始めた。
この際、ブレーキの利き具合やステアリング機構に問題がない事を確かめ、機体に負荷をかけないようにしながら誘導に従って右へ90度針路を変え、タキシーウェイ(誘導路)に向かって進んでいく。なお、ここから先の行程に誘導は無く、ウイングマンを従えてはいるものの単独行動に近かった。
そうして誘導路灯だけを頼りにタキシーウェイを進み、ランウェイエンド(滑走路端)に辿り着いて機首を離陸する方角に向けたところでスロットルをアイドリング位置に戻し、ブレーキも踏んで機体を停止させると、タキシーライトを消して離陸前の最後の確認を行う。
離陸後は操縦に集中しなければいけないので、ハーネスの状態に始まって酸素マスクや耐Gスーツに圧縮空気を送るホースの接続、今は使わない無線のコードの接続状況など身の回りの事柄は全て確認し、最後に射出座席の安全ピンを解除して飛行に備えた。
次は機体の方の最終確認で、エンジン関連・航法システム関連・電子装備関連・兵装システム関連と幾つもの項目において警告灯が一切点灯していない事を順番に確かめていく。
それらが終わった頃には離陸予定時刻になっていたらしく、ランウェイからは少し離れていてもパイロットの視線の先にあるコントロールには離陸許可を意味する緑色の信号灯が点灯していた。
その離陸許可に対してパイロットはタキシーライトの数秒間の点灯で応じ、ブレーキを解除してスロットルを少しだけ押し込んでランウェイ(滑走路)へと進入する。
だが、今度は停止する事なくスロットルを奥へと押し込んでミリタリー推力(通常状態での最大推力)まで一気に引き上げると、エンジン音を周囲に響かせながら離陸速度を目指して加速していった。
この『F-22A』戦闘機に搭載されている『F119-PW-100』ターボファンエンジンは通常時でも115.7kN(11.8t)の最大推力を誇り、それを2基搭載する同機はA/B(アフターバーナー:推力増強装置)を使用せずとも500m未満の滑走で離陸できた。
ゆえに、短時間で離陸可能な速力150ktに達し、HMD(従来のHUDに表示される情報をヘルメットのバイザーに直接投影する装備)で速度を確認したパイロットがサイドスティック式操縦桿を手前に引くように力を加えると、ノーズギア(前脚:機首部分の降着装置)が地面から離れて機首が持ち上がる。
さらに、メインギアも続けて地面から離れて機体が完全に浮き上がった。こうなるとランディングギアは空気抵抗にしかならないので、スロットルから瞬間的に左手を放して正面コンソール左下の操作パネルにあるレバーを引き上げて早々に格納する。
また、デジタル式フライ・バイ・ワイヤ操縦システムを採用している同機ではパイロットの操作に対して操縦桿はほとんど動かず、加わった力をセンサーが感知して電気信号に変換した上で機体各部の動翼へと伝えていた。
こうして離陸した機体はピッチ角15度で高度35000ftを目指して上昇を続け、基地の管制空域の外に出た時点で衝突警戒灯も消灯し、ステルス戦闘機らしく電波的にも光学的にも極めて目立たない状態での飛行に突入した。
その後、作戦計画に従って2機の『F-22A』戦闘機が編隊こそ組んでいるものの、互いに無線で交信する事もなく(近距離用の秘匿通信機は装備しているが、緊急時以外は使わないようにしている)幾つかのWPを経由して飛行を続けていると、前方やや上方に航法灯と衝突警戒灯を視認する。
それに気付いたリーダー機のパイロットが衝突警戒灯を作動させ、少しだけ速力も落として接近するような動きを見せた。さらに、ウイングマンもほぼ同じタイミングで衝突警戒灯を作動させ、リーダー機の動きに追従する形で接近していく。
なぜなら、この空域で『KC-10Aエクステンダー』空中給油機から給油を受けるからだ。一応、高精度のGPS装備が一般化した事で合流こそ容易になったが、EMCON(無線封止)状態での空中給油は双方の意思疎通に制限があるので難易度が高い。
事実、今回も夜間に衝突警戒灯だけを頼りに彼我の距離を詰め、給油機の機体後方下部にあるライトの見え方だけで正確に位置を合わせ、フライングブーム接続後は給油が終わるまで一定の速力・高度・方位で飛行し続ける必要があった。
それだけにコクピットでは、パイロットがヘルメットの下で真剣な表情を浮かべながら方位・高度・相対速度に細心の注意を払いつつ操縦桿・スロットル・ラダーペダルを操作して給油機に近付き、視認してから5分以上が経過したところで機体を所定の位置に就けた。
そして、左のサイドコンソールにある小さなレバーを指先で摘むように引いて機体の胴体中央背面にある受油口のカバーを開け、給油機の装備するフライングブームが接続されるのに備える。
一方、『KC-10A』空中給油機の後部胴体内にある給油オペレーター席では、オペレーターが赤外線カメラの捉えた画像を正面のディスプレイで見ながら右手でジョイスティックを操作してフライ・バイ・ワイヤ方式で繋がった動翼を動かし、機体後方下部から伸びるフライングブームの先端が戦闘機の受油口に収まるよう奮闘していた。
やがてフライングブームが受油機と繋がり、しっかりと固定されると4.8kL/minの速度でジェット燃料の『JP-8』が給油機の貨物室内に設置された専用タンクから送り出され、ここまでの飛行で消費した分を補給していく。
「Rigel26,shift to phase2 by the operation」
「Rigel26 wilco」
実は、フライングブーム内には燃料を送る配管の他に通信用の配線もしてあり、空中給油の為に接続している時に限ってEMCON状況下でも通信を行えた。ただ、現時点では遅延もなく作戦計画通りに進行しているので、作戦を第2段階に移行させるよう伝えられただけだった。
「Rigel26 disconnect.Good luck!」
「Thanks!」
その後、必要な量の給油が行われたのをディスプレイで確認したオペレーターが接続解除を宣言し、燃料供給を止めてからフライングブームの接続を解除する。
こうして給油を終えた『F-22A』戦闘機は受油口のカバーを閉じると、僅かに高度と速力を落として給油機との距離を取り、左へのブレイクターン(急旋回で針路を左右どちらかへ90度変える機動)で離脱していった。
次はウイングマンが空中給油を受ける番で、リーダー機と入れ替わるみたいに後方から給油機へと慎重に接近し、フライングブームを接続して燃料給油を行っていく。この間、リーダー機は給油中の2機の近くを並走する形で飛行しており、自身が給油中にウイングマンがしていたように緊急事態に備えていた。
「Rigel28 disconnect.Good luck!」
「Thanks!」
暫くするとウイングマンの給油も終わり、左へのブレイクターンで離脱してリーダー機の右後方へ就いて編隊を組んだ。それを目視で確認したリーダー機のパイロットが衝突警戒灯の消灯で次のWPへ向かう事を伝え、ウイングマンも衝突警戒灯の消灯で了承の意思を示した。
そうして2機の戦闘機はシリア領空を目指して闇夜に溶けるように飛び去り、給油機はイラク領内の駐留アメリカ軍基地へと帰投していった。
◆
この日の深夜、シリアでは先の撃墜事件以来となるイスラエル軍機による領空侵犯が確認された。より正確に表現するならば、イスラエル方面から飛来した航空機による領空侵犯で、その飛行ルートはイスラエルが使用するものの1つだった事からの推測である。
そこでシリア政府は前回と同様に後ろ盾であるロシアに支援を要請し、それに応じたロシアは侵入してきたイスラエル軍機を秘密裏に排除すべく、駐留する同国のフメイミム空軍基地から2機の『Su-57』ステルス戦闘機をスクランブル(緊急出撃)させた。
そして、空へと上がった2機の『Su-57』戦闘機はシリア軍に代わって広範囲の夜間監視活動を担っている『A-50U』AWACS(早期警戒管制機)から対象のデータ提供を受け、高度35000ftを速力780ktのスーパークルーズ(超音速巡航)で迎撃へと向かう。
そうして2機の『Su-57』戦闘機が飛行を続けていると、機体中心線から僅かに右寄りの機首上面に装備された『101KS-V』IRSTの探知圏内に目標が入ったらしく、IRSTの捉えた情報を表示するよう設定してあった正面コンソールのMFD上に光点が現れる。
なので、パイロットは操縦桿を適宜動かして目標を真正面から迎え撃てる針路を維持し続け、『K-74M2』AAM(空対空ミサイル)の有効射程内に目標が入るのを待った。
これは、戦闘機が索敵や攻撃に使用するレーダーの有効範囲が自機の正面を頂点とした錐体状に広がっているのに対し、ステルス機は正面から照射されるレーダー波を最も効率よく逸らす機体形状をしている事でレーダー探知やレーダー誘導ミサイルに対して有利になるのを利用した戦術だった。
また、最新の赤外線誘導ミサイルは目標を赤外線画像で捉える画像赤外線シーカー(捕捉用センサー)を採用しているので目標の捕捉に強い熱源は必要なく、互いに正面から接近する状態は有効射程の延長と回避不能領域の拡大をもたらす。
こういった条件が揃っているからこそ、ステルス機が最後まで存在を悟られずに攻撃する際はEMCON状態でIIR(画像赤外線)誘導ミサイルを使用するのが最も効果的であった。
だから、前にイスラエル戦闘機を撃墜した時と同様にIRSTで目標を『K-74M2』AAMの有効射程内に捉えたのを知ると同時に操縦桿に付いている兵装発射ボタンを押し、右主翼前縁付け根延長部下側のウエポンベイ(兵装の機内収納スペース)からミサイルを発射する。
ただ、現時点では目標をロックオンしている訳ではないので、このままだとミサイルは命中しない。そこでパイロットは、ミサイル発射後も針路を変えずに飛行を続けてHMDと照準装置が組み込まれたヘルメットのバイザー越しに目標の方を向いてロックオンを行ってから離脱機動に入った。
これも最新のAAMで導入されるようになったLOAL(発射後ロックオン)モードで、たとえミサイル本体のシーカーが目標を捉えていなくても発射母機のセンサーが捉えていればシーカーの探知圏内まではINSで飛翔し、そこから先は従来のミサイルと同様にロックオンを行って追尾していくのだ。
このLOALモードを使えば、ロックオンが完了するまでミサイルのシーカー部分をウエポンベイから機外に出してステルス性を損なうような運用をする必要性も無くなり、それはステルス状態を少しでも完璧に維持したいステルス機にとっては最適だった。
しかも、相互データリンクによってミサイル本体と機体の間で目標に対する情報をリアルタイムで共有できるようになっており、今回のように発射後にロックオンを行って指示を明確にしたり、別の機体がロックオンした目標に発射したミサイルを誘導したりする事も可能になっている。
さらに、非ステルス機相手の先制奇襲攻撃だと恩恵は少ないが、初期型からシーカー感度の向上と捕捉範囲拡大・IRCCM(対赤外線対抗手段)能力の向上・推力偏向ノズルによる機動性向上・射程延伸などの改良を進め、運用時の柔軟性と命中精度も飛躍的に高まっていた。
それだけにウエポンベイから落下するように飛び出した『K-74M2』AAMは、空中でロケットモーター(推進装置)を作動させて燃料を一気に使い果たして最高速まで加速すると、以後の行程は惰性で目標へと突き進む。
こうして発射されたミサイルには発射母機の速力も上乗せされる為、スーパークルーズによって加速されたミサイルは目標に反応する暇さえ与えず、短時間で目標へ到達すると直撃して破壊する。だが、その結末をすれ違いざまに目撃した『Su-57』戦闘機のパイロットは我が目を疑った。
「――!?」
なぜなら、彼が撃墜したのはイスラエル軍戦闘機などではなかったからだ。つまり、今まで彼らが航空機だと思っていた代物は『ADM-141C』ITALD(改良型戦術空中発射デコイ)の名称でアメリカ海軍が運用する“偽物”だった。
この『ADM-141C』ITALDは高速での低空飛行や飛行速度の増減、さらには機動飛行まで再現可能という実際の航空機に近い動きのできる囮で、紅海に展開するアメリカ海軍の空母から発艦した『F/A-18Eスーパーホーネット』戦闘攻撃機が事前に発射していた。
そして、搭載したGPSとINSを使ってイスラエル軍機が頻繁に使用するルートの1つ(ここでもモサドが秘密裏に情報を提供した)をなぞるように飛行し、獲物である『Su-57』戦闘機が騙されて食い付くのを待っていたのだ。
その事からも分かるように、アメリカ軍の作戦は空軍が単独で行うものではなく、海軍とも緊密な連携をとった共同作戦である。
また、自分達が騙されていたのだと知った2機の『Su-57』戦闘機のパイロットは警戒感を強め、目視で周囲を見張りつつRWRの反応にも最大限の注意を払っていた。なにせ、囮がいる以上はハンターもいる可能性が極めて高いからだ。
それだけに緊急事態として『A-50U』AWACSの支援を仰ぐべく通信を行う事も考えたが、もし相手が無線の電波を逆探知して位置を探ろうと画策していた場合、せっかく隠れ潜んでいたのに自分から合図を出して報せる事になる。
そんな考えがパイロットの脳裏をよぎり、ほんの僅かな時間だが決断を遅らせてしまう。だが、こうした僅かな決断の遅れさえも致命傷になるのが戦闘機同士の空中戦だった。
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こちらの放った囮を対象が撃墜した。その様子を『E-3Gセントリー』AWACSから送られてきたデータを正面コンソールにあるMFDの1つに表示し、現在の状況を把握した2機の『F-22A』戦闘機のパイロットは慣れた手つきで素早く交戦準備を整えていく。
さらに、彼らが狙う2機の『Su-57』戦闘機を示す光点も同じMFDに表示されていた。だが、『F-22A』戦闘機にIRSTは装備されていないし、現時点ではEMCON状態を続けているので自機のレーダーも作動させていない。
だが、MFDにはレーダーで探知され難い筈のステルス機が映っている。当然、そこにはアメリカ軍の考えた対ステルス戦術が存在した。
そもそも、現在のステルス機は索敵や照準に多用される周波数帯の電波が自機の正面から照射された時に最大の効果を発揮するよう設計されている。つまり、そのイメージとは裏腹に限定されたステルス性しか持っていないのが現実だった。
なので、理論上は明後日の方向に逸らされたレーダー波を検知するか、電波の周波数帯を大きく変えれば既存のステルス機は探知可能だ。しかし、それを実現するには技術やコスト、運用面で様々な問題を抱えているので普及しなかった。
ところが、IT技術の発達で膨大な量のデータの高速処理とリアルタイム送受信が可能になり、戦場に展開する複数の自軍部隊をネットワークで繋いで1つの巨大なシステムとして統合し、運用できるようになった事で状況が変わった。
それを今回の作戦参加部隊に当てはめると、海軍からは『E-2Dアドバンスドホークアイ』AEW(早期警戒機)と『EA-18Gグラウラー』電子戦機が1機ずつ紅海の空母から発艦し、地中海には『AN/SPY-1D(V)』フェイズドアレイレーダー搭載のアーレイバーク級フライトⅡAイージス駆逐艦が展開している。
また、空軍からは前述の『E-3G』AWACSに加え、3機の『RQ-4Bグローバルホーク』無人偵察機が対空監視用レーダーを搭載する緊急の改造を施した上で飛行していた。
そして、これらの航空機や艦船に搭載されたレーダーからもたらされた情報は最終的に『E-3G』AWACSへと集約され、同機の機載コンピューターで整理・分析して必要なものだけを抽出した後に『F-22A』戦闘機へ送信されていた。
さらに、今まではレーダーが捉えた航空機よりも明らかに反応の小さな物体は人間の見るディスプレイには表示しない(画面が光点だらけになるから)よう設定されていたのだが、ソフトウェアを書き換えて“高速で飛行する物体は例外的に表示する”ようにもなっている。
こういった一部は実証試験段階の技術まで前倒しで投入して対策を講じた結果、アメリカ軍は作戦行動中の『Su-57』ステルス戦闘機を捕捉する事に成功したのだ。
ゆえに、2機の『F-22A』戦闘機はIRSTの探知から逃れる為に『Su-57』戦闘機の動きに合わせる形で迂回して後方へ回り込み、やや上方の理想的な攻撃位置に就いたところでリーダー機のパイロットが操縦桿にある兵装発射ボタンを2回押して2発の『AIM-9X blockⅡ』AAMを胴体側面の左右にあるウエポンベイから1発ずつ発射する。
この『AIM-9X blockⅡ』AAMもLOALモードで発射可能なのだが、今回は相手が最新鋭のステルス戦闘機という事で以後はミサイル本体に完全に任せると決め、パイロットは直ちに離脱して反撃に備える態勢をとった。
その為、発射直前になってウエポンベイの扉が開いて機外へと姿を現したミサイルは立て続けに空中へ押し出されるとロケットモーターを作動させ、初期加速で最高速に達すると以降は惰性で目標がいると推定される空域に向かって飛翔していく。
やがて、ミサイル本体の先端に装備された画像赤外線シーカーが目標と思しき航空機の姿を捉え、その場で目標だと認識して追尾を開始する。一方、攻撃を許した『Su-57』戦闘機のコクピットでは後方警戒レーダーが接近するミサイル本体を探知した事で激しい警告音を鳴らしていた。
それを耳にした『Su-57』戦闘機のパイロットは、即座に赤外線誘導ミサイルの攻撃を受けていると判断して対抗策を講じた。まずは、横に並んだ2基のエンジンの間に搭載されたレーザーを使用する赤外線妨害装置を作動させ、続いてフレア(ミサイルのシーカーに対応した囮の熱源)を連続で放出する。
その直後、おおよその飛来方向が分かっている後方のミサイルの針路に対し、自機の針路が直角になるよう右にブレイクターンを行ってシーカーの探知範囲からの離脱を試みた。
すると、1発目のミサイルは目標を見失ったのか明後日の方角に飛び去ると、次第に運動エネルギーを失って速度と高度が下がり始め、最後は不発弾として地上に落下するのを防ぐ為に組み込まれた自爆装置によって空中で爆発した。
だが、2発目のミサイルはシーカーの広い探知範囲と感度、推力偏向ノズルによる機動性を駆使して赤外線妨害装置やフレアにも惑わされる事なくブレイクターンを行った機体を追尾し続け、左エンジンがある付近に着弾して起爆する。
しかも、その際に飛び散った破片が燃料の配管を切断したらしく、弾頭の起爆で生じた火災に漏れ出た燃料が引火して機体が爆発すると同時に炎に包まれた。当然、この機体にも緊急脱出用の射出座席が装備されていたのだが、それを作動させる前にパイロットごとコクピットが吹き飛ばされたのだ。
これでは助かる筈もなく、爆発時の衝撃で即死したパイロットは機体と一緒に火達磨になって地上へと墜落していった。
「こちら、ヴァローナ44! 攻撃を受けた! 至急、援護の戦闘機を……!」
ウイングマンを撃墜され、ステルス状態が崩されている事を悟ったリーダー機のパイロットは使用を躊躇っていた無線のスイッチを急いで入れ、援護の要請をしようと『A-50U』AWACSのオペレーターにロシア語で呼び掛けた。しかし、その途中で異変に気付いて口ごもってしまう。
なぜなら、普段は直ぐに反応のある相手からの声が全く聞こえず、代わりにザーという耳障りなノイズしか聞こえてこなかったからだ。次の瞬間、彼の脳裏には“通信妨害”の単語が浮かぶ。そして、その推測は当たっていた。
事実、『F-22A』戦闘機が攻撃するのに合わせる形で『EA-18G』電子戦機は主翼下と胴体下に計3基搭載する『ALQ-249』NGJ(次世代妨害装置)を使い、『A-50U』AWACSの無線通信用の周波数帯に電子攻撃による妨害を仕掛けていた。
そこで『Su-57』戦闘機のパイロットは無線の周波数を切り替えてフメイミム空軍基地と直接交信しようとしたが、突如としてコクピット内にRWRからの警告音が鳴り響き、そちらへの対処を優先せざるを得ない状況になる。
その原因を作ったのは2機の『F-22A』戦闘機で、WVR(視程内距離)での戦闘に突入した事でEMCONを続ける意味が無くなり、捜索や火器管制を担う『AN/APG-77(V)1』AESAレーダーを作動させたからだ。
「Rigel26 engage!」
「Rigel28 engage!」
そして、無線で交戦開始を宣言する。それと同時に2機の『F-22A』戦闘機のパイロットは、左手でスロットルを最奥まで押し込んでA/B(アフターバーナー:推力増強装置)を作動させて加速しながら追撃を開始するが、『Su-57』戦闘機も同じようにA/Bを作動させて加速しながら逃げていく。
これはエンジンノズルから排出される高温のジェット排気に追加で燃料を直に吹き付け、さらなる推力を得る為の装置で、空戦時の激しい機動の連続で瞬く間に速度が落ちて失速するのを避けるなど最大限の推力が必要な際に作動させる。ただし、余分に燃料を消費するので多用はできない。
だが、それを見据えて両機種とも非戦闘時のA/B使用率を下げるような機体設計が成されており、それまでの機体よりは長時間の使用が可能だった。ゆえに、全機が夜空に機体後方のエンジンノズルからA/Bの炎の尾を引きつつ爆音を轟かせ、互いに相手の背後を取って攻撃しようと飛び回る。
まずは、既に後方を取られている『Su-57』戦闘機が右へのブレイクターンで射線から逃れるのと同時にオーバーシュート(追撃側が追い越す事)を狙ってきた。
しかも、『Su-57』戦闘機は全方位にエンジンノズルの向きを変えられる3次元推力偏向ノズルを装備しているので、本当に航空機が直角に曲がって針路を変えたような機動をする。
だが、『F-22A』戦闘機も上下方向に動く2次元推力偏向ノズルを装備しているので、同じような鋭い角度の右ブレイクターンを行ってオーバーシュートを避けた。すると、すかさず『Su-57』戦闘機が左ブレイクターンを行い、それを見た『F-22A』戦闘機も左ブレイクターンで応じる。
いわゆるシザーズと呼ばれる状態で、お互いに攻撃が出来ない手詰まり状態の中で速度や高度も下がる一方になるのだが、先に音を上げたのは『Su-57』戦闘機の方だった。その理由は、もう1機の『F-22A』戦闘機に背後を取られるリスクがあったからだ。
それを避ける為、『Su-57』戦闘機はブレイクターンをすると見せかけて直線飛行に切り替え、さらにロー・ヨーヨーの考えも応用して高度を落とし、位置エネルギーを運動エネルギーに変換する事でシザーズで失った速度の回復も図った。
これに対応できなかったのは『F-22A』戦闘機の方で、まだ『AIM-9X blockⅡ』AAMを2発とも残しているウイングマンに攻撃させようとしていたのが完全に裏目に出てしまう。相手が離脱したのに気付いて慌てて追撃に移るものの、その差は一向に縮まらなかった。
しかし、『Su-57』戦闘機は単純に逃走した訳では無い。離脱に気付いた『F-22A』戦闘機が追撃に移ったのを確認すると、操縦桿を左へ倒して機体を45度ロールさせると一旦中央に戻し、すぐさま操縦桿を手前に大きく引いて上昇旋回を始める。
これは位置を大きく変えずに針路を変えるシャンデルという機動で、似たような目的の機動のインメルマンターンに比べて速度低下を抑えられるメリットがあった。それを見た2機の『F-22A』戦闘機もシャンデルを開始し、相手の背後を取っている今の態勢を維持しようとしていた。
だが、それこそが『Su-57』戦闘機のパイロットの狙いで、水平飛行に移った直後に再び操縦桿を左に倒して機体を45度ロールさせると一旦中央に戻した後で手前に引き、ちょうど逆の機動になるスライスターンという下降旋回で元の針路に戻す。
すると、『Su-57』戦闘機の前方にはシャンデルを開始する直前の『F-22A』戦闘機が存在しており、見事に攻守が入れ替わった。当然、このチャンスを逃す筈が無く、ほとんど反射的に操縦桿に付いている兵装発射ボタンを押して1発だけ残っていた『K-74M2』AAMを発射する。
それに気付いた『F-22A』戦闘機は咄嗟の判断で回避機動に切り替え、フレアを放出しながら右ブレイクターンを行ったが、まだミサイルは追尾していた。その為、もう1度フレアを放出しながら今度は左ブレイクターンで振り切ろうとする。
この左右への連続ブレイクターンにミサイルは対応できず、明後日の方角へ飛び去って自爆したが、その代償として『F-22A』戦闘機は運動エネルギーを失って速力が低下していた。そこを『Su-57』戦闘機のパイロットが狙い、今度は『GSh-31』30mm機関砲の射撃で撃墜を試みる。
それによって夜空を切り裂くように曳光弾混じりの30mm弾が1800発/minの発射速度で『F-22A』戦闘機を掠め、被弾こそしなかったもののパイロットの肝を冷やした。
「Take cover,Rigel26!」
「I go now!」
思わぬ形で追い詰められたウイングマンは、すぐさまリーダー機に無線で援護を要請した。もっとも、リーダー機は要請されるより前に行動を開始しており、スライスターンからのロー・ヨーヨーで加速しながら仲間を攻撃している『Su-57』戦闘機の背後へと迫っていく。
だが、リーダー機の『F-22A』戦闘機に『AIM-9X blockⅡ』AAMは残っておらず、取れる手段は限られていた。その事実は、背後を取りながらもミサイルを撃ってこない事で『Su-57』戦闘機のパイロットにも見抜かれているらしく、追撃を諦める様子も無い。
ゆえに、追撃を受けているウイングマンはジンキング(相手に狙いを定めさせないランダムな機動。悪足掻き)で辛うじて撃墜を免れている状態だった。その時、リーダー機のパイロットは現状を打破できるかもしれない作戦を思い付く。しかし、それは一種の賭けだった。
もっとも、他に名案がある訳でもなく、迷っている時間もない。なら、後は実行するだけだ。そう結論づけると、HMDに表示される機関砲の照準マーカーに『Su-57』戦闘機を捉え、充分に距離が縮まったところで右手人差し指で操縦桿に付いているトリガーを弾くように引いた。
すると、『F-22A』戦闘機の胴体右側上面にあるカバーが開いて『M61A2』20mmガトリングガンの砲口が姿を現し、高速回転する6本の銃身から6000発/minの発射速度で20mm弾が『Su-57』戦闘機に向かってばら撒かれる。
しかし、発射された20mm弾は2~3発が相手の機体に命中して小さな傷をつけただけで、撃墜するまでには至らなかった。ただ、攻撃を受けた事で注意が逸れ、追撃の手が僅かに緩んだ。
「Speed brake and barrel roll,now!」
「Yah!」
その瞬間を見逃さず、リーダー機のパイロットがウイングマンに指示を出す。ウイングマンは指示通りにスロットルに付いたボタンを押してスピードブレーキを作動させ、さらに操縦桿を手前に引いた状態で右方向へ小さく倒す感じで圧力を掛けた。
すると、機体の方は2枚ある垂直尾翼のラダー(方向舵:動翼部分)が互いに最大まで内側へと傾いて大きな空気抵抗を生み出し、同時にバレル(樽)の周囲を回るようなロール機動を描く。
これによって『F-22A』戦闘機の機体は射線から逃れつつも急減速し、この動きに対応できなかった『Su-57』戦闘機がオーバーシュートによって前方へ飛び出し、パイロットの心理状態としても無防備な状態を晒してしまう。
その結果、『F-22A』戦闘機のリーダー機から『M61A2』20mmガトリングガンによる追撃を受けて更に数発を被弾し、正面コンソールにある警告灯の幾つかが点灯する。
「Execute,Rigel28」
「Rigel28 wilco」
そして、スピードブレーキを解除してバレルロールから通常飛行へと復帰したウイングマンに対し、止めを刺すよう命令した。
そこで彼は、HMDSの機能によって顔を向けるだけで『Su-57』戦闘機を捉えてロックオンが完了したのを表示の変化と電子音で確認すると、発射のコールと同時に兵装発射ボタンを2回押して胴体側面のウエポンベイより『AIM-9X blockⅡ』AAMを1発ずつ発射する。
「Rigel28 FOX2」
ロケットモーターを作動させて加速したミサイルが迫る中、『Su-57』戦闘機はフレアを放出して必死に回避を試みようとしたものの、先程の被弾でエンジンか操縦系統にダメージを負ったらしく、これまで見せてきたような鋭い機動は最後まで行わなかった。
その所為か発射したミサイルは2発とも同機に直撃して吹き飛ばし、空中分解を起こして無数の残骸が激しく炎上しながら落下していくという末路を辿った。当然、パイロットの脱出は確認されておらず、爆発時に即死したと思われる。
こうしてイスラエルとの国境から50nmにも満たないシリア領空で行われたアメリカとロシアの代理戦闘かつ史上初のステルス戦闘機同士の空戦は、2機の『F-22A』戦闘機が2機の『Su-57』戦闘機を撃墜するというアメリカ側の完全勝利で幕を閉じた。
しかし、ロシア側は自国の軍事的優位が揺らぐとの懸念から撃墜の事実を伏せ、アメリカ側も政治的な判断からロシアとの交戦を公にしたくなかった為、双方とも関係者全員に箝口令を敷いて戦闘そのものを無かった事として扱った。
最後までお読みくださり、どうもありがとうございます。
「夏祭りと君」要素がほとんどなく、終始ミリタリー描写しかしておりませんが、少なくてもOKという事でやっちゃいましたw
一応、エアショーが夏祭りで、君が戦闘機という、かな~り無理のある設定です。むしろ、こじつけ?
本音を言うと、前からステルス戦闘機同士の空戦を書きたかったので、今回の企画に合わせて強引にねじ込んでみました(おいw)
ではでは、企画を主催してくれた遥彼方さまと読者の皆様に感謝を!