思い出
昨晩騒ぎすぎたからか、皆は全体的に眠そうだ。
かくいう私も目を擦って朝食の場にいた。
「おはようございます、槇村くん、甲本くん」
「おはよう・・ございます・・」
「よお、風間。眠そうだな」
「おはようございます。僕らもまだ少し眠いですね」
「ぅぅう・・あんたたち、遅くなかったの?」
桜良はあまり朝に強くない。いつもは、醜態をさらさないようにと、必要以上に早起きして目を覚ましているのだが、昨日の晩は遅かったので、起きられなかったのだろう。
「ん? そこまででもねぇな。テッペン越える前には寝たぞ」
「合宿にしては早いですね。何かあったんですか?」
「教師の監視だ」
見ると、トレーを持った御影くんが、テーブルのそばに立っている。
珍しいことに、私たちと一緒に朝食をとろうとしているらしい。
「よう、御影。珍しいな、1人で飯食わねぇなんて」
「たまたま席が空いていなかった。入れてくれるか?」
「んぁ、いいわよ?」
「ええ、いいですよ」
「いい・・ですよ」
「・・どうぞ」
甲本くんだけ若干不満げなのが気になるが、和やかな朝食が始まった。
「あー、で監視ってなんなのよ?」
ようやく目が覚めてきたらしい桜良がそう切り出すと、男子皆で説明してくれた。
「実は、僕と源の主催で枕投げ大会をしていたんです。途中まではいろいろ気遣っていたんですが、皆熱くなってしまいまして」
「さすがに、選手に送る声援が大きすぎた」
「まぁそーいうわけで、先生に見つかっちまって、寝るまで監視されてたってわけよ」
呆れるべきなのか、災難というべきなのか分からないが、甲本くんも運営に携わっていたのが以外だった。
「・・だから、私たちが話してても・・先生が来なかったんですね」
「バカどもが騒いでくれたお陰ってことね。ありがとう?」
実にイラっとする流し目で、桜良が感謝を告げる。というか、セリフは感謝でも、心が感謝していないのは誰の目にも明らかだ。
そして、目を覚ました彼女がいつも通りなように、
「誰がバカだ、誰が」
「べっつにぃ? あんたのことを言った訳じゃないしぃ?」
それに食って掛かる槇村くんもいつも通りだ。
理子ちゃんはあわあわし、御影くんは我関せずと、黙々とご飯を食べている。
唯一甲本くんは、盛大にため息をつき、二人をとめた。
「朝食くらい静かに食べたらどうなんですか?」
「チッ、勇太に免じて許してやんよ」
「まあ、勇太が言うなら仕方ないわね」
甲本くんも苦労しているのだろう。頭を抱えて、やれやれといった風貌だ。
「苦労しますね」
「いいんですよ、これが僕の役目なんで」
「おう、勇太がいねぇとこのアマ、うるさくってしゃあねぇ」
「勇太がいないと脳筋が暑苦しいからね」
「あ゛?」
「ケンカ売ってるのかしら?」
「だ か ら そういうところなんですよ、静かにできないんですか?」
「むぅ、分かったわよ・・」
「ケッ」
相変わらず仲がいい2人だが、さすがにずっとこれというのも疲れる。よくもまあ、耐えられているものだ、彼も。
「この2人に付き合えるなんて、忍耐力すごいんですね」
「まあ・・慣れてますから。それに、家族みたいな2人と、こんな平和な日々を送れるのは、幸せなことですから」
そう言って食事に意識を戻した彼の目には、悔しさや寂しさといった感情が浮かんでいるように見えた。
ーーーーー
「お世話になりました!」
「「「ありがとうございました!!」」」
朝食を食べ終えた私たちは、自然の家のスタッフの方々に挨拶をする。
長いようで短かったオリエンテーション合宿ももう終わり。あとはバスで帰るだけだ。
「これで合宿は終わりな訳だけれど、帰るまで気を抜かないように! 油断してると事故るわよ!」
桜良の注意を聞けている人は少ない。皆眠気と疲れでへとへとだからだろう。
一部の生徒はゾンビの行進のように、バスに乗る。私は、肉体的にはそれほどでもないが、女の子たちを捌くのに精神的に疲れた面はある。
帰りの席も行きと同じなので、私は理子ちゃんの隣に座った。
彼女は席に座るや否や、寝息をたて始める。
元々体力がある方ではないらしいので、疲れが出ているのだろう。
私はなにをするでもなく、外の景色を眺めたり、理子ちゃんの寝顔をみたりして時間を潰した。
ふと、合宿後半様子がおかしかった彼のことが気になって、話しかけてみた。
「甲本くん、少し、話しませんか?」
「・・いいですよ」
「なにから話しましょうか・・そうだ、妹さんのことを聞かせてくれませんか?」
彼には、妹がいるらしい。桜良からも聞いたことがある。『あの事件』の前は、よく遊んでいたという。
「妹ですか・・前にも言った通り、留学している、くらいしか話せることもないと思うんですが・・」
「いえ、他愛もない思い出話なんかでもいいですよ」
「うーん、そうですか。じゃあ少し、昔の話をしますね」
そう言って彼は、妹との思い出を語り出す。
そこに私は、違和感を覚えた。
彼女は中学生らしい。ならば、思い出話は小学校の頃のものが多いはずだ。記憶にも新しいし、それだけ期間も長いのだから。
しかし、聞いた話の多くは、彼女が小学校に入学する前のものばかりだったのだ。
2つ年下、つまり14歳であろう妹さんとの思い出が、小学校入学前のものばかりというのは異常だ。
関心がなかったわけではない。彼女のことを話す甲本くんの表情は、とても柔らかい。
ならば、何故。
「8年前、両親が交通事故に合って亡くなってからは、2人で支えあって・・もちろん、源やケンさんのお陰というのもありますけれど、なんとか生きてこられたんです。彼女は僕の、大切な家族なんですよ」
そう言って、彼は思い出話を締めくくる。
ただの1度も、8年前から今までの話をせずに。
『あの日』の記憶を、話すこともなく。
なんだか徐々に長く書けるようになってきて・・嬉しい。




