第二章 第五十四話 騎士団撤退援護作戦、その10
攻勢の先陣を切るのはやはりアラカワである。
彼の機体の後ろにシュトルベルグ姉妹とフリーデの機体が続く。
「こちらレイヴン・リーダー、騎士団との合流に成功。これより敵艦隊に突撃する」
「了解だ、レイヴン・リーダー。無理はするな」
「善処する。オーバー」
レオハルトの通信を終えたタイミングでジョルジョがシンに無線で語りかける。
「イーグル・リーダーよりレイヴン隊。その喧嘩は俺も混ぜろ」
「好きにしろ。ただし死ぬのは許可しない」
「イィィハァ! 了解だぜ!」
その交信をきっかけにレイヴン・イーグル両チームの熾烈な攻撃が行われる。大艦隊の真っ只中を八機の英傑が駆け抜けた。
その常軌を逸する光景にツァーリン側もフランク連合側も唖然としていたことは通信記録にも残されていた。
レイヴン・1ことアラカワ機の暴れ方は目を見張るものであった。まず、敵艦船に取り憑いたかと思えば、突き刺すような銃撃の集中砲火を浴びせる。装甲に穴を開けたアラカワ機は内部から食い破るようにして敵艦船をめちゃくちゃに破壊してから外へと脱出する。アラカワのレイヴン・モンスターバードの砲撃とミサイルの弾着も凄まじいが内部での暴れ振りに至ってはそれ以上の暴虐さを発揮して艦船の内部を完全に機能不全にするほど食い破ってしまった。
アラカワはその過程を二分の間に三度繰り返し、三隻とも確実に葬り去っていた。
その後はレイヴン・モンスターバードに備え付けられていた対艦粒子加速砲の出番であった。通称『Gフォトン』と呼ばれるこの大出力の砲撃は直撃した艦船を特殊なエネルギーを纏った粒子によって風化したかのように破砕させるとんでもない破壊力が備わっていた。アラカワの正確無比な射撃により敵艦船三隻がボロボロと砂のように粉砕されていった。
「えっと、なんだあれ?」
「わからん。爆散するならともかく風化だと……カール・フォン・シュタウフェンベルグ少将はとんでもないものを生前に開発したわけだ!」
アラカワの持つ武装のとんでもない威力に驚嘆しながらも双子達は自分の仕事に大いに力を注いでいた。
双子達の暴れ振りも目を見張るもので、フリーデの援護も相まってとてつもない戦果を叩き出していた。
特に素晴らしいのはエリーゼの視点の広さである。クラーラが大暴れして注意を引くのに乗じてエリーゼの射撃は敵の連携の乱れを的確に突いていた。
「敵部隊の右翼側に乱れがあるぞ……クククク……どうやら、素人が多いようだな。後そこの部隊、足元がお留守だ」
「いい攻撃です。援護は必要ですか?」
「必要は……いや、これはナイスだな」
「ありがとうございます。では援護を」
エリーゼの攻撃は敵AFを撃墜するばかりかなんと艦船の自滅までも誘導せしめていた。軍艦の一隻がエリーゼとクラーラの攻撃から逃れようとして戦艦と真正面から激突してしまっていた。その混乱により敵の指揮系統に大きな乱れが生じる。
「お粗末だな……が、いただきだ!」
エリーゼは容赦無く攻撃の手を加え続ける。
粒子機銃に誘導弾の雨あられによって敵の撃墜数を大幅に増やしていた。
「ふはははは、呆気ないものだ! やれるぞ!」
狡猾なエリーゼの精密射撃とクラーラの熾烈で俊敏な攻撃のコンビネーションは敵艦隊に大いなる混乱と破壊をもたらす。彼女達はその隙を見逃すことはなく次々と軍艦を沈め自分たちのスコアにしてしまっていた。
当然逃げ出そうとする部隊もいるがそちらの追撃はフリーデが担当していた。
「逃しません。お覚悟を」
敵の制圧射撃を掻い潜りフリーデは敵艦船の急所に誘導弾を直撃させていた。そこは艦橋で敵艦は制御を失ったまま隕石に激突する末路を迎えた。
「……す、すげえ」
「これがSIA、アスガルド軍か。全員エースだってのか……」
フランク連合の友軍が完全に見惚れているタイミングで騎士団長ジル・ベフトンが檄を飛ばした。
「好機である! 王立騎士団の勇猛さと正義、いまこそ見せる時だ!」
ベフトンの檄と単騎突撃に反応した騎士団が完全に息を吹き返す。戦意高揚した騎士団のAF部隊が彼に合わせ突撃を敢行する。その勢いはさっきまでの劣勢を吹き飛ばす濁流が如き猛威が伴っていた。
「団長!?」
「団長が前に出るぞ!?」
「騎士団長に続け!」
「我らも突撃だ!」
「勝利を陛下と団長に!」
「おお、正義は我らにあり!」
無線越しでの奮起に呼応するようにしてフランク連合側全員が熾烈な反撃を見せた。一方で、数的優勢だったツァーリンは完全に恐慌状態に陥る。SIAのエースの出現でツァーリンは完全に狩られる側へと失墜していた。
騎士団とツァーリン軍に割って入ったレイヴン・イーグルの両部隊はいつの間にか激戦の中心に投げ出されていた。
そのタイミングでレオハルトから指示が飛ぶ。
「イーグル、レイヴンの両チームへ。絶対にその場に留まるな。中央突破せよ」
「レイヴン・リーダー。了解」
「イーグル・リーダー、了解だぜ」
それを合図にジョルジョの機体が縦横無尽に宇宙に飛び回る。
「この瞬間を待っていたんだぁッ!!!!」
ジョルジョの歓喜の雄叫びにポーカーフェイスの権化であるアラカワも流石に目を見開いていた。
アラカワの反応は当然のもので、ジョルジョの機動パターンは教本のそれとは逸脱したような凶暴で危険な飛び方で艦隊を縫うように飛ぶ。
そのすれ違いざまにジョルジョは艦隊に爆撃と銃撃を加えてゆく。
「イーグル1、FOX2。イーグル1、FOX3。イーグル1、ガンズガンズガンズ!」
自在に凶暴な飛び方をしながら軍艦に爆撃と機銃掃射を加える様はもはや悪魔か軍神が取り憑いたような凄まじい攻撃性を備えていた。
「俺のオンナはぁ……凶暴なんだぜぇ!!」
人が変わったかのように自分の乗機の自慢をしながら追加の誘導弾を敵に叩きつける。もちろん敵のAF部隊はジョルジョに向けて熾烈な反撃に打って出るが、誰一人として彼に追いつけるエースは存在しなかった。
質を問わず最低限の練度の人員を集め、人海戦術で敵を圧殺するツァーリンの伝統がかえって仇となる瞬間であった。
「機体、ありがとなぁ! ガンズガンズガンズ!」
満面の笑みでジョルジョは敵を殲滅し始める。機銃掃射の雨によってAF部隊はなすすべもなく蜂の巣にされる。彼の見事な機銃さばきによって敵は抵抗すら許されなかった。
その時点でもジョルジョの独壇場だったがその後の彼は阿修羅となっていた。もはや戦場の主役はジョルジョ・ジョアッキーノという空戦の絶対強者ただ一人であり、その舞台の上ではシン・アラカワという卓越した戦闘の名手ですら脇役のポジションしか与えられることはなかった。無論、脇役のポジションにつけるならば幸運と言っても過言ではない。しかし敵の、それも無力な部類の相手には死に役とかモブと表現するにふさわしい状況しか与えられることは許されず。空戦型AFという翼を得たジョルジョ・ジョアッキーノという一匹の猛禽類に与えられたポジションは主役という揺るがぬ玉座だけが存在していた。
「キングピン! 機体最高だぜ! 今の俺は籠から解放された大鷲だ!!」
キングピンとはこの作戦におけるレオハルトのコードであった。
ジョルジョという大鷹が絶対的な捕食者として敵艦や敵AFの命を容赦無くついばんでゆく。その凶暴な大暴れにツァーリン軍のAF達は我先にと逃げるしかなかったが、彼らはすぐに自分の祖国を恨むことになる。
督戦隊であった。
逃げ出したAFに誘導弾を打ち込むAF部隊が存在していた。
「督戦隊か!」
ジョルジョが仕掛けようとしたタイミングでレイヴンチームが前に出る。
「お前らは大物をやれ。俺たちがやる」
「いいのか?」
「任せろ」
「頼むぜ!」
「了解だ。レイヴン隊各機、十二時方向の督戦隊をやれ」
その指示とともにレイヴンチームが敵督戦隊のAF部隊を付け狙う。彼らの動きは見事だったが、SIA側の人員の技量はそれ以上だった。突出した天才である双子、若くして実践経験に優れ機体を熟知したフリーデ、そしてそれを束ねるアラカワの的確な判断と戦闘力は敵督戦隊の予測を大きく上回る大暴れへと繋がった。
督戦隊を破壊されたことでツァーリン軍全体の士気に大きな翳りが出る。
脱走する部隊が続出したことで失血を止められないツァーリン軍はとうとう全体が後退の動きを見せた。
もはや組織的な機能を喪失したことで各部隊の分断を強いられたツァーリン軍追撃艦隊は中枢の部隊を逃すためだけに多大な失血という対価を払い、狩るはずの騎士団から逆に逃げ出すという惨憺たる結果に終わった。
追撃艦隊側は巡洋艦五千隻、戦艦二千隻、空母二千隻、大型兵器六十機、AF部隊一万という戦力の大半を喪失した。
喪失した巡洋艦四五二三隻、戦艦一六二一隻、空母八九一隻、大型兵器は全機喪失、AF部隊の喪失は巡洋艦よりも悲惨で未帰還機の数は九六五二機にも及んだ
これはツァーリン連邦側にとっては比較的な小規模な艦隊に過ぎないが、この戦いによって艦隊司令官ルイコフ少将はこの戦いの責を問われ一週間後に鞭による拷問の後、銃殺刑に処されることとなった。
一方、騎士団側の損耗は少なくなかったがSIA傘下のAF部隊との合流による影響は大きく、犠牲が大きく減る結果となる。
残存していた巡洋艦五千隻、戦艦八百隻、空母千隻という戦力でSIA合流後の喪失は戦艦三隻、巡洋艦九百隻、空母十九隻に留まっていた。これは騎士団側が隕石を盾にした戦法で被害を減らしたことも大きかったが、SIA側が敵軍を撹乱したことも非常に被害軽減に貢献していた。
この戦いでイーグル・レイヴン両部隊の戦績は卓越したものとなった。
特にイーグル1ことジョルジョ・ジョアッキーノは軍艦五十五隻とAF一〇二機をスクラップにする大戦果であった。
その次に素晴らしいのはレイヴン1ことアラカワの戦果である。軍艦の撃沈数は二十五隻であるがAFは六十機も撃墜していた。
「レイヴン4、スコアは?」
「AFは一五機目も仕留めた。レイヴン3は?」
「クラブ2を三機目。そして軍艦を二十隻目だ」
「ヒュー、やるね!」
「上には上がいる」
「鷹と鴉の二つ頭だね」
「そういうことだ」
「レイヴン2、黙々とAFの戦果二〇機だっけ」
「イーグル隊も平均して一人二十二機前後。……つくづく、化け物揃いだな」
「だね。でも何よりすごいのは自軍の被撃墜ゼロ。すごいよ」
「ああ、私たちはまだまだやれる。油断せず生き残るぞ」
エリーゼとクラーラが無線でやりとりを行いながら母艦に戻る編隊へと合流した。そこで着艦を済ませた後、レオハルトのデブリーフィングへと双子は足早に向かった。
大戦果を叩き出し、銀河戦争は次の段階へ進展する
次回へ




