第二章 第五十三話 騎士団撤退援護作戦、その9
作戦開始時刻が迫ると格納庫にある緊張した空気がより強まる。
イーグル隊の各部隊員が『ホーネット級』の起動シークエンスに移った段階で双子とフリーデ、シンの四人も搭乗を済ませる。シンとジョルジョ、シーシャ以外のメンバーはホーネット級が配備されていた。
「各員、機体のチェックを始めろ」
シンが無線でそう指示したタイミングでヘルメットに返答の声が響く。
「レイヴン2、スタンバイ」
「レイヴン3、スタンバイ」
「レイブン4、スタンバイ」
その返答が来た数秒後に起動シークエンスの指示が管制室から下された。シンの愛機『レイヴン・モンスターバード』にも伝達される。
「レイヴン隊各機、起動シークエンスに入れ」
そのタイミングでシンは愛機のバッテリースイッチを切り替えた。
画面に診断プログラムのステータスが表示されるのを確認しながらシンは認証と動作等の各種チェックを手早く行った。
パーソナルデータ認証…………認証完了。
生体認証開始……………………認証完了。
三式太陽炉起動中…………正常値にて稼働。
火器管制動作、自己診断プログラム作動……正常な動作を確認。
各種マニピュレーター、チェック…………正常な稼働を確認。
エナジー装甲、稼働率………………正常値にて稼働を確認。
予備動力、リミッター解除開始………………完了。
AF起動シークエンス正常に完了。システム全て正常に稼働。
シンの確認の声と共に画面にそう表示された後、シンはカタパルトへと機体を向ける。
「管制室、管制室。こちらレイヴンリーダー、各種チェック完了。発艦許可求む」
シンがそう告げると無線からサブロウタの音声が発せられる。
「レイヴン・リーダーへ。先にイーグル隊を発艦させる。しばし待機せよ」
「了解。待機する」
シンがそれを聞いた後、シンは僚機にそれを伝達する。
「レイヴン・リーダーより各機、イーグル隊が先に発艦する。しばし待機せよ」
「レイヴン2、ラジャー」
「レイヴン3、ラジャー。待機する」
「レイヴン4、ラジャー。経験多い方が先ってこと?」
「そういうことだ。レイヴン3、イーグル隊は隊長が空戦に強いからな」
「レイヴン3、4。無駄口は後にしろ」
「レイヴン3、了解」
「レイヴン4、了解」
そんなやりとりの最中、イーグル隊が発艦する。
「イーグル・リーダー、タキシングを許可する。直ちに発艦せよ」
「待ってたぜ。イーグル・リーダー、発艦する」
カタパルトから無音と暗黒の宇宙空間に向けてジョルジョの『ハイパーイーグル級』が発艦する。彼の銀色の機体が暗黒空間で鮮やかな白のきらめきを放ちながら自在に闇へと飛び立って行った。それに合わせて僚機のホーネット級も飛び立つ。
「えっと、イーグル4。出ますです!」
シーシャの機体がアポロ機とロビー機に合わせるようにして飛び立つ。
彼の機体は真っ黒なカラーをした見慣れぬ機体であるが、実戦に耐えうる機体であることは疑いようがなかった。
バロールと称される射撃戦に優れたこの機体は搭乗者のメタアクト能力が反映されやすいような設計が施されていたことをSIAの何人かは知っていた。
その一人がシン・アラカワであった。
「……なるほど、バロールか」
彼は納得した様子で頷く。それを見てエリーゼが質問を投げかける。
「知っている機体か? あれは見たことないな」
「軍で研究している機体だ。おそらくコックピットもイーグル4のような特殊なパイロットに向いた機体なのだろう」
「ありうるな。あれはホーネットじゃない。それだけに未知数だ」
シンとエリーゼがそう受け答えするとシンの無線に音声が発せられる。
「レイヴン・リーダー。離陸許可が降りた。直ちに発艦せよ」
「レイヴン・リーダー。ウィルコ」
シンはそう言って機体をカタパルトの方へと進めた。
シンの『レイヴン・モンスターバード』は死んだカール・フォン・シュタウフェンベルグの忘形見の一つでありアスガルドの軍事技術の粋を集めて作った高水準の少数生産モデルのAFであった。この真っ黒な機体は非常に高性能であるがその代償に操縦者に高い技量を求める根本的な問題が存在していた。にもかかわらずその機体はシンの手で自在に操られる。それは元々彼の拡張された手足であるかのように細やかに操舵がされていた。
「カタパルト、レディ……レイヴン1、エンジンランナップ」
機体の足にカタパルトが組まれ、バックパックのバーナーから炎のように眩い閃光が宿る。
そして二秒後に黒い人型の機体が勢いよく宇宙空間に向けて射出される。
「レイヴン1、発艦」
無音の暗黒空間に投げ出された怪鳥の内部には無線の音声と電子音、そしてアラカワ自身の呼吸音だけが響く。
「レイヴン1、発艦を確認した幸運を」
「感謝する。アウト」
呼吸音と共に母艦へ音声が送られる。
そこから三機のAFも間隔を置いて射出される。それに合わせるようにして星々の光と暗黒の空間を四機のAFが飛び立つ。その前方にイーグル隊の三機も飛行形態に変形しながら宇宙を突き進んでいた。シーシャのバロールは飛行形態にならない代わりにバックパック部に補助、ブースターが装着されていた。合計八機のAFが作戦領域を目指して暗黒を飛ぶ。
領域が近くなってきたタイミングで母艦からの通信が入る。レオハルトの音声であった。
「各機、感明送れ」
「イーグル1、感明良し」
「イーグル2、感明よし!!」
「イーグル3、感明良し」
「イーグル4、感明、大丈夫です」
「レイヴン1、感明良し」
「レイヴン2、感明、良好」
「レイヴン3、感明良好だ」
「レイヴン4、感明良好だよ」
全員の無線がきちんとしているうちに指示が伝達される。シンとジョルジョにレオハルトの簡潔な命令が下った。
「ここからはイーグル、レイヴンのリーダーに任せるよ。状況は予想通り。そしてお膳立ては万全だから好きに暴れてくれ」
その言葉にジョルジョが歓喜の声を上げる。
「しゃあ! イーグル・リーダー、ゴーゲート!」
その言葉と共にジョルジョのハイパーイーグルが閃光と爆発が飛び交う戦地へと飛び込んだ。
「レイヴンリーダー、ウィルコ。3と4の大暴れするから2を向かわせる」
「君は?」
「艦船をだ」
それを聞いたレオハルトが安堵の笑みを浮かべる。
「それを聞きたかった。武運を祈る」
「楽しみにしてくれ」
シンのその言葉を皮切りにレイヴンチーム四機も砲撃の花火の中に突入した。
イーグル2、3の大暴れも凄まじいものであったが、後に続くレイヴン3、4の大暴れも見事なものであった。
ロビーはアポロの雨のような銃撃に合わせて敵の群れに突進する。
「この『ビアードマン』の武勇、地獄の鬼にも聞かせるがいい!!!!」
ロバート・アーサー・チェンがTACネームで勇猛な名乗りを無線に響かせる。
「無線は味方だけですよ、兄弟!!」
「がはは、確かにな、イーグル3!!」
アポロの制圧射撃は敵の銃撃を上回る壮絶なものであるが、ロビーの突進と破壊の暴虐的な戦い方は敵の数的優勢を覆すほどの力が存在していた。それはホーネット級という傑作機の性能や拡張性の高さも大きかったが、なにより使い手の戦いの練度がそのポテンシャルを存分に発揮していた。機動性によって発揮されたコンビネーションと攻撃性は敵の機体を存分に破壊と蹂躙の味を教えていた。
だが、エリーゼとクラーラの二人はロビーとアポロの見事な連携を上回るものを見せていた。
「レイヴン4、あいつからやるぞ」
「オッケーだよ。レイヴン3」
まずエリーゼとクラーラは大物を狩り始める。それは敵の大型兵器であった。
ツァーリン連邦の兵器は常にシンプルな構造を追い求める傾向があった。銃やAFならば頑丈で単純な機構、星間船ならば大艦巨砲主義を重視している。
人員を多人数使うことを常に想定した国家方針であるがために大量生産を前提とし、なおかつ単純な構造の兵器であることが多いツァーリンの兵器で必然的に注意すべきは人海戦術と巨大な艦船や大型兵器クラブ2であった。
「シンプルだが!」
双子の攻撃に出し惜しみはなかった。彼女らの機体から誘導弾と銃弾が放たれ、敵に抵抗の隙を一切与えない。むろん頑強な敵対艦兵器は蟹を思わせるハサミや機関砲で双子に対抗するが機動性に物を言わせたヒットアンドアウェイ戦法と綿密な連携によって被弾させることは叶わなかった。逆に双子は敵に対し被弾と損傷の数を増やしてゆく。すでに勝負がついていたがクラブ2は死に物狂いで突撃するばかりであった。
「乗っているのは素人だね」
「引き際を知らんとはな。逃げないなら是非もない」
そう言って双子は息のあったトドメの一撃をお見舞いする。
機体中央を双子の砲弾が貫通するとクラブ2は爆炎と閃光の中へと消えていった。
「クラブ2、スプラッシュ」
「撃墜か。上場の成果……なに!?」
「どうしたの?」
「……レイヴン・リーダーの撃墜スコアが」
「え……な、なに……!?」
双子の戦果は素晴らしい物で、たった二機でクラブ2を沈めたことは驚嘆すべき戦果である。クラブ2は船外作業用の大型重機を対艦兵器へと転用した非常に凶悪な兵器である。事実、クラブ2は3機揃えば戦術次第で小規模な一個艦隊を始末できる事例は少なくなかった。無論、短期でも驚異的でベテラン揃いのAFの一個小隊でもクラブ2は非常に手に余る存在である。
だが、アラカワの暴れ振りは双子の比ではなかった。
まだ一分も経っていない段階でAF五機と軍艦一隻を単騎で始末していた。クラブ2に至ってはすでに二機仕留めていた。ジョルジョも同様で軍艦四隻とAF十二機を始末していた。
二人が仕留めた軍艦が炎と煙を吹き出しながら断末魔の閃光と爆炎を放ち続けていた。
「レイヴン・リーダー、スプラッシュ2、クラブ2を二機始末した」
「……嘘でしょ」
「さ、流石だな……」
アラカワの戦果の大きさに
「呆けてる暇はないぞ。レイヴン3、4。機体のケツに飛べ。飛び方を教えてやる」
「了解。学びがあるな」
「了解。やることは多そうだ」
「その通りだ。参考にするといい」
そう言ってレイヴン隊、イーグル隊はとうとう奮闘を続けていた騎士団の部隊、艦隊と合流する。そのタイミングで騎士団のAFと艦船の攻勢に打って出る。SIAという心強い援軍と合流できたことが彼らに対し希望をもたらしたことは明らかであった。それとは対照的にツァーリン軍は数的に優勢であるにも関わらず既に後退を始めていた。
この戦いにおける攻守が完全に入れ替わっていた。
宇宙、AFと艦隊の熾烈な激突。SIAの快進撃が始まる!!
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