第二章 第五十一話 騎士団撤退援護作戦、その7
タカオがSIAの面々と交流を深めた後、一度近況を整理する。
「分析待ち、だいぶヤバそうだよね」
「探してはいる。位置が掴めなければどうしようもない。出鱈目に探しに行って遭難する、あるいは敵の大部隊と鉢合わせして損害を被る、あらゆるリスクがある」
「そっかぁ」
スペンサーとライムがそんなやりとりをした後、タカオが提案をする。
「待つ間、訓練しないか?」
「いいね。どういう感じでやる?」
そう言ってレオハルトがタカオに問いかけるとタカオが木刀をレオハルトに差し出す。
「一対一、三本勝負だ」
「いいね」
レオハルトとタカオは互いに闘志に満ちた眼差しを向ける。
するとどこから来たのかマリアが横から声をかける。
「おーい、手加減してよ?」
「マ、マリア」
「げっ、マリア」
二人がギョッと視線を背後に向けると仁王立ちするマリアがじっと二人を見ていた。
「タカオ、『げっ』じゃない。私の夫に無理させないでよ。後、レオハルトは仕事があるから無理しない。わかった?」
「……はい」
「……はい」
お説教モードのマリアが絶対強者である二人を尻に敷いていた。
残りの面々が困惑気味に事態を見守る。
「……私、審判した方がいいよね」
「それはいい」
「それはいい」
マリアの唐突な言葉に二人がツッコミを入れる。
「ブー、レオとタカオのけちんぼ」
「だってただの訓練だから」
「そうだよ。なんでこうなる」
三人の混沌としたやりとりにスペンサーがとうとう加わる。
「あの……訓練の詳細を」
「失礼。ではみんなで組み手をやってもらう……まず、シンはサイトウとエドウィンとライムと組み手」
「……ゲゲェ!?」
レオハルトはライムにそう告げた後、全員に訓練の内容と一日の流れを伝えた。
レオハルトの指示が終わった後、とうとうライムが悲鳴に似た驚愕の声をあげる。
「なんでよりにもよってぇ!?」
「ライムは素晴らしい成長をしている。今のライムならいいところ行くはずだ」
「期待が重いよぉ!」
かくして、この日の訓練はライムら三人とシン・アラカワの組み手から開始された。
「誰からでもいい。かかってこい」
「直接殴る蹴るはありか?」
「有り。やりすぎない範囲で」
「いつものだな」
三人をシンとじっくり対峙する。まずエドウィンがにっと笑みを浮かべてからシンに向かって突進する。手にはゴム製のナイフが握られていた。
「僕からやろうか!!」
インセク人のエドウィンが下顎を軽快に鳴らしながら果敢にシンに向かった。そしてエドウィンはどこからか取り出した訓練用のパラライザーから暴徒鎮圧用麻痺粒子弾を放った。だが全ての弾丸をアラカワ曹長は回避した。
その次、エドウィンのゴム製ナイフをシンに向けて素早く突き出す。
「……フン」
幼稚園児の投げた低速のボールを回避するかの様にシンは余裕の回避を見せる。
「僕相手に余裕が続くかな!?」
エドウィンの流れるような攻撃は見事であった。
だが、シンはナイフでの迎撃ではなく上体と足捌きを使った回避を選択していた。その動きは武術の大師範を想起させる軽快で俊敏な体捌きである。
右肩、脇腹、心臓。
そこを突く様にして繰り出される三段の目にも留まらぬ突きをシンは安易と回避する。
だがエドウィンの蹴りが飛ぶ。
「……」
だがそれもシンは後ろに飛び退く様にして回避した。だがエドウィンの本命はここからであった。
エドウィンの顔に僅かな笑みが現れる。
「!」
背後からライムとサイトウが襲撃してくるのをシンは瞬時に感じ取った。
「悪ぃもらった!」
「今度こそ!」
数的優勢の状況を巧みに使いシンを的確に追い詰める。だが、シンはその状況を見てなお余裕の笑みを示した。
まずシンは振り向きざまにライムに掌底の一撃を喰らわせる。鉄槌が如きその打撃をライムは的確に防御したものの体勢が大きく崩される。
「わ、わわ!?」
瞬時に三対一から二対一の状況に作り変えたシンはまたも後ろ飛びの要領でサイトウとエドウィンを迎え撃つ。
「やる!」
「センスぱねえ!」
二人の顔から焦りが出るのをシンは見逃さなかった。そこからは二対一の殴り合いになったがシンの軽快な体捌きは打撃の直撃による損耗をほぼゼロにする。その一方でサイトウとエドウィンの二人はシンが繰り出す反撃を避けきれずに追い詰められていた。
「ちくしょう!」
「やる、やるな!」
エドウィンの悔しそうな様子とは対照的にサイトウがニヤリと笑みを浮かべていた。それは戦闘狂がする悦楽の笑みとは違う策士の笑みだとシンは悟っていた。
「来るか」
「俺は臆病なんでな。消耗したところを狙おうとしたんだが……結局殴り合いか。あーあ、気が乗らないな」
「その割に『順調』と考えてそうだな?」
「そうかねぇ?」
サイトウの怖さは戦場のど真ん中であっても飄々と振る舞えるほどの冷静さと視座の広さにあった。普段は三枚目で感情豊かな彼は戦場では驚くほどの冷徹さを見せる慎重な策士でもあった。
生き残るためになんでもできる、なんでもやれるというのがサイトウの最大の強みである。
訓練は既に決闘に様変わりをしていた。
いつの間にか血の気が逸るライムが満面の笑みでシンへと迫っていた。
そう、ライムは笑顔でシンへと迫っていた。
「あーそーぼぉぉぉ!」
スイッチの入ったライムの笑みは追いかけっこを友達にせがむ子供の様な無邪気そのものであったが、同時に目の奥には人喰い鮫のような獰猛な攻撃性すら感じさせるギラギラとした鋭利な煌めきが宿っていた。
「成長したな。いいだろう」
シンはそう言って一段階手加減を捨てた。
最初にシンはライムの方へと片手だけを突き出す様な構えを取る。
笑いながら突進するライムに対してシンは静かに息を吐くだけだった。
「恨むなよ?」
そう言ってシンはライムが繰り出す打撃を全て、いなしてみせた。
最初はシンプルな掴みかかりだった。だがこれを払う様に回避する。
次に強烈な拳による三段の目にも留まらぬ突き。これも払う。
そこからライムは粘液質の体に変貌した後、パラライザーを乱射する。これに関してはシンは回避する。精度の高い見事な奇襲だがシンはその一つ一つを器用に回避する。
さらにライムは自分を粘液状態に変えてからの鞭の様なうなる蹴りを加えてくる。これもシンは回避したが、この一撃はフェイントを交えた難解な攻撃方法であった。
その全てを攻略した後、シンは一度だけ反撃を加える。
「成長したが……一つ欠点がある」
シンはライムの『核』に向かって両手を突き出した。ウーズ人の急所である。
「う、うぷ……ご、ほ……」
ウーズ人本来の丸く青い粘液の姿となったライムが苦しそうに床にのたうちまわった。どうにか人の姿を取り繕ったライムは吐きそうな腹と口を押さえながらどうにかシンに顔を向ける。
「いつも言ってることだがライム、攻撃は防御腕ありながら最大の隙だ。だから攻め一辺倒はこのリスクがある。常に騙すことを考えろ。覚えておけ」
「げぇ……さっき食べた肉……吐きそう……」
ライムを一撃で撃沈させたシンはサイトウとエドウィンの同時攻撃を迎え撃つ。
シンの足捌きはもはや幽霊を思わせる様な変幻自在さを発揮した。その動きはエドウィンの方へ向かう。
「ま……」
まずいと言いかけたエドウィンに向かってシンは看破する。
「いい狙いだ。サイトウの動きに合わせて俺を消耗させた後、じっくりと遠距離から仕留める算段か」
エドウィンの顔と目に動揺の色が走る。
「ここからどうする?」
「そうとは限らないな……正々堂々やろうか!!」
そう言ってエドウィンがシンに向かって攻めかかる。
だがそのタイミングでエドウィンが腰に手を回した。
「かかったな!!」
そう言ったタイミングでシンは背後にまわっていた。
「惜しいな」
「なぁ!?」
シンはエドウィンの首元に両腕を回した。
「ぐぅ、ぐぎ……ぎ、ぐえ……」
「惜しい。早撃ちでいつもの癖が出た。騙す時は二重、三重にやれ。あと、今回は間合いを狂わす技をやった。あとで教えるからしばらくそこで休むといい」
「ぐぅ、ぎぎぎぃ……」
エドウィンを制圧しマリアに担がせて下がらせた後、シンはサイトウと向かい合う。
「……距離をとったか。しかも距離が『逃げ』ではない、迎撃を想定した距離間だ。さすがサイトウだな」
「おいおい……俺の脳みそでも覗いてんのかよ……?」
言葉とは裏腹にサイトウはにっと笑みを浮かべる。そしてシンとサイトウは互いに打撃の応酬を交えながら問答を交わす。
「ほぉ……俺を前に笑顔か……素晴らしい。戦いにおいて致命的なのは狙いを見抜かれることだ。それは逆に狙いを見抜きさえすればほとんどのケースには勝てる。だがほとんどでは不十分だ。確実に勝つでやっとスタートだからな」
「確かにな。世の中には『予測可能回避不能』ってあるからな」
「そうだ。そのケースに持ち込まれることは常に恐れておけ」
「メタアクターだとそういうケース多いしな。ユリコさんはその典型だな。わかっていても首がズバッだからな」
「そうだ。ユリコの戦法は本当に見事だ。皆が参考にすべきと思っている」
「だろうな。敵の足元をいつの間にか制圧して最後の最後で敵の動きを止める。そしてゆっくりと薙刀で処刑ってエグいぜ」
「それくらいやらないと生き残れなかったという証拠だ。彼女の体験はそれほどのものだ」
「だろうな。もっともそれを一から十まで見抜けるアラカワ曹長殿もどうかしてるぜ」
「ありがとう。『砂塵の阿修羅』殿に褒められるのは光栄だ」
「いやー……おっかねえわお前。どんな死線潜ってんだ」
「機密情報もある。墓に持っていく類の胸糞悪い話もだ」
「俺だってそうだ。元は少年兵だ」
「俺もだな」
「なら話せる範囲で」
「同感だ。一度酒でも持っていく」
「俺のマゾヒズムの美学も聞いてけよ?」
「どうだかな。俺は官能の話題については詳しくない」
そんな軽口と雑談のやりとりと同時に、両者は黙って苛烈な応酬を繰り返した。勝負の天秤は拮抗していた。だがある瞬間からシンの方に傾く。
「どうした。調子悪そうだ?」
「あ、くっそ。一手ミスった!」
「勝負はそういうものだ。勉強になったな」
「クッソぉぉ、またアラカワの勝ちかよぉぉ」
そしてシンはサイトウの腹に右ストレートを喰らわす。
「ごほ……ごほ……」
鳩尾に一撃を喰らった斎藤はしばらく話せる様になるまで寝そべって敗北の味を噛み締めていた。
「惜しかったな。ミスっても不利になってもリカバリーのやり方はある。あとで教えるよコウジ」
「悪ぃ……あそこはフェイントにしておくべきだった」
「それがわかれば大したものだ。あそこは誰もが攻めすぎる。まあ誘導はしたがな」
「くっそ……読めねえな……」
かくしてシンと三人のSIAの武闘派メンバーの組み手はなんとシンの圧勝で幕を閉じる結果となった。SIAは軍の教官レベルに匹敵するほどの凄腕が揃う。だがその彼らが呆然とするほどシンとサイトウの組み手はあまりにもハイレベルな駆け引きであった。
アラカワの立つ境地は遥か先……。SIAは次の戦いに備える
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