第二章 第五十話 騎士団撤退援護作戦、その6
タカオの船艇を回収後、避難民を乗せた船団とSIAの軍艦は共和国本国の惑星ロードまで退避することに成功した。
タカオを含めたSIA一行は大都市ローザエンゼルのレストランでの食事を共にし、再会の喜びを分かち合う。
「出世したじゃないか。レオハルト」
タカオがレオハルトに右手を差し出す。レオハルトも喜びの言葉を口にしながら握手に応じた。
「君こそ。活躍は伺っているよ。単独で一個艦隊を殲滅したとか」
そうレオハルトは喜ぶ。タカオがレオハルトの部下をじっと見つめてから質問する。
「部下が増えたようだが、随分個性的だな」
タカオ率直な意見にレオハルトは笑いながら答えた。
「あっははは、みんな優秀だ。見込みはある」
「スチェイとサイトウとジョルジョのトリオよりもか? あの三人の活躍はこっちでも話題だぞ?」
「そうだね。もともと軍人であるスパダ少佐やノーズ中尉、フォーゲル中尉は実戦ですぐ戦力になれるけど、リーゼやカレナ、シュトルベルグ姉妹だってこれから大きく化けると考えてるよ」
「大きく出たな。素質あり?」
「そうだね」
「ほぅ、楽しみだな。お前才能伸ばすのは得意技だろ」
「ありがとう。親友にそう言われるのは嬉しいね」
「現金だな、お前は」
「褒められるのは嬉しいものだ。だから人を褒めるようにしているし」
「甘やかしすぎるなよ?」
「君こそ厳しくし過ぎないようにな」
「敵わん」
「そう言わないでって」
和やかな会話の横でこの場にいないシンを除くSIAの面々は珍しくガタガタに緊張していた。
特にサイトウ、エリザ、ライム、カレナは真顔なまま借りてきた猫のように小さく座っていた。
「……どしたのみんな?」
「どしたのじゃないって」
レオハルトの問いにサイトウがげんなりしたような様子で反発する。その表情は不意に虫をかみつぶししてしまったかのように苦々しいものだった。
「い、いえ……その……」
エリザは言葉が続かずしどろもどろとなる。
「むしろ、どういう人間関係……名家怖いよぉ……」
ライムはレオハルトの人脈の広さに敬意通り越して恐怖していた。
「……レ、レオハルト友達……、猛獣以上強い……」
カレナに至っては遠慮も容赦もない意見である。
残りの面々もタカオのもつ氷河が如き圧倒的な雰囲気に気圧されて油が切れた人形のように首をぎこちなくレオハルトの方に向けていた。表情からは引き攣ったような表情と恐怖心だけが存在していた。
「やはりみんな凄いな。タカオの強さを感じ取れているよ」
レオハルトが笑顔でそう答えるとアンジェリカ・スパダ少佐が叫び声を上げる。
「あのさぁ! 冗談抜きで身の危険なんだけど!?」
「でも感じ取れない人もいるよ。こないだのタカオはチンピラ七人に絡まれてたし」
「……ギャングあるあるね」
スパダの引き気味の様子となる。そこにスペンサーが補足説明を加える。
「……みんながお前らのように力の差、格の違いを感じ取れるなら良い。身の程知らずの愚か者どもに襲われたのは本当だ……聞くか?」
SIAの大半の面々がブンブンと首を横に振る。だがタカオが構わず自身の経験を語り始める。
「だろうな。俺もこないだも大変だった。アズマの裏社会はギャングですら陰湿だからな。……心配ない。建物ごとマフィアを破壊してきた」
「……すまないね。タカオも大変だったみたいだ」
レオハルトは皆を気遣った。
「どうしてそうなる」
「肩ぶつかったぐらいで刺そうとしたからな。腹で刃物が折れて通行人に刺さりそうだったから、刃物男は両腕両足を粉々にしといた。そうしたらマフィアの仲間が街中で機関銃を撃ってきたからな。アズマ人なら逮捕で済ますところだが、ツァーリン人のグループだから全員潰してきた」
「どうしてそうなる」
スペンサーがそう言って溜息をつく。その経験談は何人かのSIA側の幹部すらも引き攣った表情に変える威力があった。
「相変わらずだなぁ。少しは外国人にも丸くなってほしいが……」
対して、レオハルトは大いに笑いながら部下の素晴らしいところや長所を力説していた。
「……ん?」
そのタイミングであった。シンが遅ればせながら到着したのは。
「遅くなりました……む……兄貴……」
「よぉ、生きてるな」
「ああ……お陰様で」
そう言ってタカオとシンは久しぶりの再会をする。
「まだ外国人を憎んでるのか?」
「全員じゃない。バカばかりのワンチョウ人と秩序を知らないツァーリン人とガーマ人過激派ぐらいだ」
「それこそ全員じゃない。アズマの外に出てまで十把一絡げなこと言うな。ここにはワンチョウ系ハーフやガーマ人の味方だっているんだ」
「……まあ、そうじゃない人もいる」
「誰だ?」
「リィ・ヨンって女の学者。純粋なワンチョウ人にしては賢い」
「そうか……兄貴にしては珍しいな」
「そういう奴は確かにいるが平均はバカばかりだ。それは歴史が……」
「そういうところ兄貴。そういうところ」
タカオのワンチョウ嫌いに対してシンはひどくげんなりした様子を見せる。外国籍のワンチョウ系アスガルド人も軍にいなくはないのでシンは周りを見渡しながら珍しく気まずそうな表情を浮かべていた。幸いそういう知り合いはいないが実兄のそういう発言に彼は酷く目を泳がせていた。
「え、ええっと……アラカワ曹長って……兄と仲良しなんだね……あはは……」
ライムもタカオの剣呑な雰囲気を誤魔化したいのか話題を逸らすべく舌を動かしていた。
これはライムが考えた以上に効果的であった。彼女の発言によってタカオの雰囲気に軟化が見られ始める。
「そうだ。シンとは幼い頃から仲が良かった。昔のアイツは泣き虫でな死んだ母によくぐずっていたのを思い出すよ。今は……立派になった」
「へぇ……」
「そこの君。ウーズ人か?」
「……え、わかるんだ?」
「生物学はプロだからな。見抜き方はわかる。髪は誤魔化せない」
「プロだなぁ……」
ライムはそう言って自分の髪を撫でる。髪の色は藍色で黒色や金色でないことは変身の達人であるライムですらネックの部分であった。大半の人は染めていると思い込めるのがせめてもの救いである。
「それより。軍では我が弟はどうだ? 問題を起こしていないか?」
ライムがしばし考えた後、口を開く。
「めちゃくちゃ優秀だよ。能力者が多いウチの環境で主戦力やってる」
タカオの問いかけにライムは端的に答えた。
「ほう……普段は?」
それを皮切りに話題は『シンと仲間の任務や訓練の話題』へとシフトする。
「え……えっと……もうちょっと手加減してほしいなぁ……はは……」
ライムが曖昧に笑みを浮かべる。
「ライム強いはずなんだけどなぁ。なぜかシンだと全敗する」
「ウチで一番の卑怯王だからな。もっとも最近はライムも頭の回転が良くなって善戦するようになったがな。……負けるんだが」
「女の子相手だぞ。アイツは遠慮がねえからなぁ。まあ、そのおかげでライムさらに強くなったよな?」
ライムとアラカワの戦闘訓練の過酷さに対してサイトウ、スチェイ、ジョルジョの順に感想が出てくる。彼への言葉が増える度にライムの顔が青ざめていた。
「ライムは単純すぎるのです。得意な土俵以外での立ち振る舞いを覚えなさい。弱点は減ったようですが、射撃はまだまだ改善の余地ありです。ただ、射撃の才能自体はきちんとあるから頑張りなさい」
「…………うう、ピストルと友達にならなきゃなぁ……」
火の玉ストレートの本音が、ユリコから出る。それにライムがげっそりとする。
「おお、おっかねぇ。ラスボス系女子だけにラスボス系男子の気持ちはわかるってことか」
「サイトウ。冗談はともかく。アラカワの訓練はやたら雰囲気があるわね。こないだだってソニアが感嘆の声をあげていたわ」
「凄い勉強家だと感じましたね。古今東西の要人警護の事例や人質救助作戦に警察の特殊部隊ですら手を焼いた犯罪者の事件を想定して訓練していたようで。ただよくわからない訓練もしているので謎は深まりますわね……もっと訓練を共にしたいですね」
「ソニアがこんな褒めるのは珍しいです。たしかに情報を生業としている側としてはシン・アラカワ曹長らの情報収集能力は素晴らしいです。戦場はいつも情報が重要ですが、わかっている人は将官でも少ないと感じますね。残念ですが……でも、アラカワ曹長はユキさんを相棒としているあたりわかっている人です。本人もいろんな事例を入れてますし、訓練の気合いも凄いです」
「うぐぐ……ランドルフも褒めるか。悔しいけどトップクラスだからなぁ」
悔しがるライムにスペンサーが言葉をかける。
「そうだ。この中ではダルトンの次に場数を踏んでいる。そう言う人間は強い」
「だけどさぁ」
「それにあいつ、地獄を知りすぎている。参考にならない部分だってある」
「そっか……」
「お前はお前のペースで強くなればいい」
「だよねぇ……あ、休みの時のシンは何してたっけ?」
そうして話題は完全にアラカワの話題に切り替わる。
「鍛えているよね。それか戦術の研究」
「あ、勉強してたの見た。超真面目、引くレベル」
キャリーとレイチェルの発言にアンジェラも乗る。
「うんうん。趣味のゲームやってるの、怪我した時とか完全に休息する時ぐらい」
それを聞いてシンを除く全員の視線がアンジェラに向く。
「…………あれ、どした?」
「し、趣味って……!?」
スペンサーが露骨に驚愕しているの見てアンジェラが更に意外な発言をする。
「あれ、シンってゲーム大好きなの知らない? あれ?」
「な、なん……だと……!?」
「嘘でしょ?」
「マァジィでぇ!?」
「意外だそれ」
「わぁお」
「ええ?」
「びっくり」
「そうなのね……」
「ソフトはなんだ。トプコンか? ダークエイジか?」
「意外にマルコブラザーズとかワイクエとかだったりじゃね?」
ざわつく周囲とは対照的にシンは淡々としていた。
「……俺がゲームやるのは意外か?」
「意外、だって流行りとか快楽とかに軽蔑してそう」
「セリア、それは中身次第だ」
「そりゃそうだけどさ……それより何が好きなの?」
「何がとは?」
「ゲームのジャンル」
全員の視線がシンに向く。
「シューティングとエロゲ意外はなんでもだな。ワイクエは全部やったな。兄貴が好きなのもある。そこからマルコブラザーズも星の子カービンもやったし、スターフォイルもメタロイドも手を出した。それだけじゃ飽き足らず最近はグランドシーフホイールやレッドガンズリデプションや、コールオブミッションのようなアズマ国系以外のゲームにも手を出した……」
「雑食!!」
「ゲーオタだった!」
「カオス……名前が」
「なんでもやるんだ……」
全員の驚愕する状況にシンは訳もわからず困惑する様子を見せていた。それからゲームの話題や他愛ない日常の話題で全員が盛り上がることでタカオとシンがSIAの面々と交流を深める時間を全員が共有していた。
戦いの合間に親交が深まる……。
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