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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第四十八話 騎士団撤退援護作戦、その4

四人と別れたアラカワが最初にやったことは情報収集であった。

そのために彼は奥へ奥へと慎重に進む。すると会議室で敵の将校二人がなにやら雑談をしながら離席していくのを彼は目撃する。そのうちの一人は勲章がいくつもある軍服を着ていた老人であった。テーブル上に彼のタブレット型端末が放置されるのをを見たシンは差し足で近づいてゆく。彼はそのコンピューターにユキからもらった送受信機とUSBを接続する。

「アラクネ、やれ」

無線でシンがそう呼びかけるとコンピューター内にユキが送りつけたプログラムが走る。コンピューター内部のすべてを侵食し終えたタイミングで彼女からの連絡が入った。

「当たり。とんでもないのが」

「ビンゴだな」

「なぜわかったの?」

「勲章だ。上級将校が触れていた。勲章をつけた年寄りだ」

「なるほど」

そう言ってシンは通信を切ろうとするがユキが呼び止める。

「待って……」

「どうした?」

「……問題発生。カルテルがあなたのいる基地へ襲撃を」

「……麻薬組織?」

「ええ、レイノサ・カルテルね。腕利きばかりよ。ツァーリン軍相手に一歩も怯まないわ。既に六十二人ほど始末してる。正規軍相手よ?」

「数は?」

「七人」

「理由は?」

「顧客含めた市民が逃げたことと販売部門の構成員が殺されたことね」

「リーダー格は?」

「ディエゴ・ミゲル・ラスカーノ・モラレス。驚いた……エル・エンペラドールね」

「なるほど。完璧だ、アラクネ」

「ありがと」

「本気ということだな」

その名前でシンは本気さを察していた。皇帝の名を冠する暗黒街の大物、老獪な戦闘の申し子と彼に連なる部下がいるということが状況の悪さを物語っていた。しかし悪化する前に情報を掴めたことはアラカワの幸運だった。

「問題は……カトリーナらだ」

二手に分かれ作戦は行われていた。単独で敵軍の情報を抜き取るアラカワと武器商人として敵軍の注意を引きつつ敵から情報を聞き出すカトリーナチームである。

カトリーナはツァーリン側に敵意があることに加えて制御不能で遊び好きなところを除けば非常に卓越した詐欺師にもなれることにレオハルトは目をつけていた。

アラカワの単独潜伏とカトリーナの詐欺。その両面から情報を探し当てることは非常に有効なやり方であったが、撤退にはリスクのある作戦であった。加えて、不測の事態が起きた以上アラカワは急いでその場を後にする必要があった。

チームであるカトリーナはともかく、単独であるアラカワは数的劣勢がある以上危険は極力避ける必要があった。

「……どうするか」

しばし考えた後、アラカワは自身の安全確保を優先することを決断した。

そこからの彼は迅速そのもので、敵の目や監視網を的確に掻い潜りながら途中まで逃げ仰せていた。

「ユキ」

「ランディングゾーンに味方のフロートがいる。急いで」

「助かる」

残り数十メートルで基地敷地内から出られるタイミングであった。

アラカワは物資などが積まれるコンテナの影から出口と敵影を確認しているとカルテルの戦闘員とツァーリン軍の生き残りが撃ち合っている場面に出くわす。

驚くべきはカルテル側戦闘員の戦闘力は卓越していた事である。粒子機関銃を持ったツァーリン兵ら一個小隊に七人程度で対等以上に張り合っていた。

「……SIAも大概だが……こいつらやるな。ゲスなのが残念だ」

その一人、特徴的な黒いタトゥーをした金髪の男が兵士の首をナイフで切断していた。彼は首なし死体を盾にして拳銃で三人の眉間を撃ち抜く。

「がぁ!」

「あぎぃ!」

「ぐごぉ!」

ツァーリン兵たちは装備で優れているにも関わらず、たった四人によって一方的に惨殺される結果となった。

後に残るは瀕死のツァーリン兵と捕虜であろうAGUの軍属であった。

若いヒットマンはタトゥーの殺し屋に命じられるまま瀕死のツァーリン兵に油をかけた後、躊躇なく焼き殺していた。兵士が悲鳴を上げながら燃えるのを見た軍属の男は怯えながら命乞いをする。彼の右頬や腕、足には無数の拷問の跡が痛々しく残っていた。

「た、たのむ……たすけ……て……」

タトゥーの男は部下に何か合図する。すると彼の部下は命乞いをしたAGUの捕虜を躊躇なく刺し殺した。

「がふ……ごぼ……」

「悪いねぇ……組織の命令は皆殺しだ……」

「い、嫌だ……だれか……こんな……一人で死にたく……」

シンは見てしまった。

胸と腹を刺された捕虜の目には涙と孤独に死ぬことへの恐怖があった。彼の思考は標的の滅殺を志向したものに切り替わっていた。その場に戦友がいれば彼の変化が明瞭に理解できるほど、殺気立った状態となっていた。

「…………」

目の色を完全に変えたシンはカルテルの戦闘員四人の方へと突撃する。

もはや肉塊同然の死体から抜き取ったナイフでまず一番若手である殺し屋を仕留める。

「がごぉッ!?」

若いヒットマンは何が起こったかを理解できずに首から血を吹き出して絶命する。

敵が距離を取る間にシンは胸や腹から大量出血した軍属を庇うようにして立ちつつ、瀕死の軍属に呼びかける。

「……だれ…………ゴホ、ゴホ……ゴボォ……」

虚ろな目で捕虜が口を動かす。言葉が出るたびに彼の口から血が溢れた。

「助けだ。助けるからしゃべるな」

「ゴホ……よかった……僕は……祖国から見捨てられては…………ありが……」

彼は泣きながら目をゆっくりと閉ざす。

「おい……ダメだ……ダメだ!!」

軍属は完全に意識を失った。呼吸も止まり、顔色から血の気が引き、目もどこか虚ろになっていたのをシンは認識した。大量に広がる血溜まりが否が応でもシンに冷厳な現実をシンに突きつける。

「…………そうか……」

捕虜の死。現実は誰が見ても明らかだった。

「……なぜだ?」

「命令でな。他国の捕虜だろうが消せってな。無情だねぇ泣けるねぇ」

「……そうか」

シンは短く呟いた。

殺し屋は軽薄な笑みを浮かべていた。一見すると隙だらけに見えるタトゥー男から油断や隙を感じることはシンにはできなかった。男は明らかに桁違いの強者であった。それは足捌きや呼吸の変化などからシンが明瞭に察せられる事実であった。

「……もう喋らなくていい」

だが、シンは氷河より冷たい声色でそう呟く。すると彼の目が大きく見開かれ鋭刃のような光が暗黒のような瞳孔に僅かに煌めく。

そして、彼の片腕は目にも留まらぬ速度で何かを引き抜いていた。

彼の手には拳銃があった。銃口から粒子の奔流が敵三人の急所を目指して飛来する。

「ゴッ!?」

「ケェッ!?」

二人分の短い悲鳴が響く。

タトゥー男の取り巻き二人は心臓を正確に射抜かれていた。タトゥー男にも銃弾が飛んだものの左肩を貫く程度であった。それでも機先を制されたことはタトゥー男にはひどく動揺を生んでいた。彼は目を見開いたまま部下の死を目撃していた。

「心配は不要だ。お前は……終わりだ」

シンの目は猛禽類を思わせる鋭い目に切り替わっていた。

「お、おお……無情だねぇ」

タトゥーの男はそう言ってナイフと拳銃を構える。二人は相対し互いの得物を向け合っていた。シンの手にもタトゥーの殺し屋の手にもナイフと拳銃があった。

その時、ツァーリン軍の部隊が二人に向けて銃撃を浴びせる。だが二人は申し合わせたように銃撃から身をかわす。

「……捕虜に拷問の跡……そして、カルテル…………全員地獄に落ちるといい」

追加の敵は一個小隊で二人に一斉に襲いかかる。

六十人。その上装甲車まで引き連れた歩兵部隊を相手取るには絶望的であると言えた。通常ならば。

しかし、そこにいるのは二名とも一騎当千の戦力である。しかも怒り狂ったアラカワにその数的劣勢は時間稼ぎ程度の意味しか存在しなかった。

アラカワは大股で敵の正面に接近する。対照的にタトゥー男は物陰に身を潜めてアラカワの戦い方を観察していた。

彼の挙動は敵からすると異様で愚かさすら感じさせるものだった。

「バカめ……両方撃ち殺せ!」

中隊長はそう攻撃を命じる。装甲車の機関銃に加えて五十五人分の銃撃が一斉にアラカワの方へと飛来した。

その瞬間にアラカワは物陰にゆらりと滑り込む。制圧射撃は圧倒的だが、アラカワは徐々に距離を詰めていた。

「な、なにしてるか!!」

「敵が……敵が迫って来ま━━」

その瞬間に兵士の一人が脳天を銃弾で貫かれた。報告の途中で脳を貫かれた兵士の体は頭部に穴を開けられてどうと仰向けに転倒する。

「ヒィィィィッ、早く殺せぇぇええ!」

指揮官がそう叫び、兵士が銃弾をばら撒く。だが、アラカワの肉体を撃ち抜くことは叶わなかった。そして、影のように兵士の一人を盾にしながらアラカワは奪った機関銃で乱射する。

「ガハッ!」

「がぎゃッ!」

「あぎぇッ!」

敵を肉盾にして、一人ずつ確実に蜂の巣にしてゆく。盾にされた敵兵は味方の銃撃によって血飛沫を上げる凄惨な末路となる。シンはその死体にぶら下がる手榴弾を敵側に投げつつ精密で冷酷な射撃を敵にお見舞いした。

爆炎、飛び散る鮮血、轟音や悲鳴。敵は無常にも十人にまで数を減らしていた。わずか三分の悪夢であった。

「装甲車ァァアア!」

指揮官の叫びに装甲車が前進する。だが、シンはその上を軽々と駆け上りハッチから手榴弾を投げ込んだ。当然、装甲車は内部から爆発し、誘爆しながら派手に爆散する。

「ば、ば、化け物……化け物……」

シン・アラカワを敵に回した敵指揮官の最後の言葉であった。彼はアラカワによって全身を滅多刺しにされてから首を切断された。

「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

最後に残った敵将校の首元にナイフで首の半分を切り込んだ後にアラカワはその首をブチブチと無理やり力任せに引き抜いた。鮮血が辺りを染め上げる。

敵の首を掴んだままアラカワはタトゥー男の姿を確認する。彼はその場から逃走していた。

「……逃げたか」

そう呟くアラカワの元に軍用車が詰め寄る。

シンは最初警戒したが、乗り手がマークだったのを見て構えを解く。

「ここにいたか……って、うぉ……マジか……」

マークはアラカワの夥しい返り血と手にある生首を見て顔面蒼白となる。

「けど情報!? ああぁぁ腐れカルテルがぁぁ!」

助手席のカトリーナが絶叫するが、シンがUSBを見せてから発言する。

「ん、お?」

「情報なら回収した」

「う、うぉ……マジか、なら撤収だぁぁぁぁい!」

カトリーナはそう言って車両にシンを乗せる。車両は金網を弾き飛ばすようにしてその場から走り去っていった。後に残ったのは燃える装甲車の残骸とツァーリン兵らの死体だけであった。

恐怖のアラカワ無双……!!


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