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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第四十七話 騎士団撤退援護作戦、その3

銃口を向けてきたのは老紳士であった。

白髪と眉間に冷厳さを宿したような肌のシワが生きてきた歴史を感じる一方で、顔立ちや足捌きから戦闘や殺人を経験していることが明らかであった。しかも、正規の訓練を受けた軍人を殺せるほどの戦闘力を持ち、基地の中枢まで紳士服を着たまま生きて到達したということが彼の卓越した技量を立証していた。

「……む、貴様」

老紳士は銃口をカトリーナの方へと向ける。

「へぇ、殺さないでくださいましぃぃ、あっしはしがない武器商人でしてえ……」

銃弾がカトリーナの頬を掠める。カトリーナは銃口と指の動きを読み切って回避していた。

「とぼけるなよ……カトリーナ・A・ドレイク?」

「そういう貴方は……『ディエゴ・ミゲル・ラスカーノ・モラレス』でなくて?」

老紳士がにやりと微笑む。その笑みは強者であるマークですら恐怖心を感じるような不敵さが横たわっていた。だがマークらが真に恐怖したのはディエゴに対してではなかった。

「御名答。我こそが犯罪の皇帝。エル・エンペラドールだ」

「……肥溜めの皇帝とは実に滑稽でしてよ」

カトリーナは珍しく物静かで礼儀正しかった。だがその礼儀正しさはどこか尊大さの宿った態度であった。

カトリーナは、激怒していた。

目の前の人物に対して血走った目を向けていた。口調こそ普段のリーゼロッテを思わせるような気品溢れるものであったが、彼女の声色は凍土より冷たく攻撃的な響きが宿っていた。

誰かに対しておふざけなしに明確な殺意をぶつけるカトリーナの姿にマークら三人は困惑と言いしれぬ恐怖心を抑えきれずにいた。

「カトリーナ……?」

特にセリアに至っては見たことない様子のカトリーナにただ困惑するばかりであった。セリアにとってカトリーナとは陽気さと道化のようなユーモアと溢れる教養で満ちた愉快な庶民派義賊であった。それは実際正しい評価だったが、この時ばかりは例外と言わざるを得なかった。

カトリーナの目は怒りの炎が宿っていた。それを無理やり押さえつけるようにカトリーナが目を伏せる。

「汚らしい薬を市民に売りつける外道さん……調子に乗ってるのはどいつです?」

「心外だな。わしの製品は最高品質だと評判なのだが……ツァーリン軍のせいで売り手がたくさん逃げて利益率が大幅に下がったのだ。これを調子に乗っている言わずしてなんというのだ」

「自業自得でしてぇ?」

むくと顔を起こしたカトリーナが不気味な笑みを浮かべる。それは敵意と殺意を同率でブレンドし冷笑と形だけの礼節で取り繕ったような恐ろしい微笑であった。

「礼儀を知らんな……相変わらず」

ディエゴも苛立った様子で殺気だった目を向ける。それはよく鍛えられた刀剣を思わせる鋭い視線であった。

もはや両者との間には剣呑とした雰囲気と殺意だけが横たわっていた。

「……おい、マーク。プラン変更だ」

「はぁ、何を言ってるんだ!?」

「目の前のこいつだけは絶対にぶち殺さないといけねえ。構えろ」

「何を勝手な……」

マークがカトリーナの言動に酷く苛立った様子を見せた。その瞬間、カトリーナは烈火の如く憤激の咆哮を響かせた。

「こいつは国の区別なく麻薬をばら撒く腐れ外道だ! 放っておけばどこもかしこも中毒者だらけになって地獄が生まれるぞ! こいつは裏社会でも屈指の腐臭を放つ巨悪なんだよ! さっさと潰さないとアスガルドもテスココみたいになるぞッ!!」

カトリーナはもはや任務をかなぐり捨てて目の前の敵の邪悪さを怒鳴るように明言していた。彼女の口調は普段のカトリーナらしからぬ明晰で整然とした口調であった。

あまりの剣幕と目の前の状況にマークは従うしかない。

「了解。さっさと潰して情報を引き抜く」

マークはそう言って拳銃を引き抜く。

「あいよ」

いつのまにかカトリーナの手には海賊を思わせる古風なサーベルが握られていた。それに合わせるようにセリアとリーゼも拳銃を構える。

「……今日は残念だ。因縁の相手と美男美女の命日とはな」

そう言ってディエゴが拳銃の引き金を引いた。

「やってやらぁぁ!!」

そう言ってカトリーナがメタアクトを発動させる。

すると基地だった風景が瞬時に砂浜と海へと変貌した。ディエゴは亜空間に引き摺り込まれながら拳銃を放つ。だが拳銃はサラサラとした砂へと変貌していた。

「この空間内のアタシは自由の女神さぁ! ケイティちゃん劇場の真髄、みせてやんよぉぉッ!」

そう言ってカトリーナがサーベルを手に突進する。

「愚かな……武器がなければ戦えぬとでも?」

そう言ってディエゴは斬りかかってきたカトリーナの勢いを利用して投げ飛ばす。だがカトリーナも巧みで投げ飛ばされた勢いを利用して相手から距離を取った。

「ちなみに……武器は隠してある」

そう言ってディエゴはカトリーナに何かを投擲した。それはペン型の手榴弾であった。

「よっと!」

投擲物の飛来から飛び退くようにしてカトリーナは俊敏に回避していた。ペン型の物体は彼女が元いた砂浜の位置へと突き刺さっていた。そしてそれは点灯を繰り返した後、カトリーナのすぐそばで閃光を発した。

轟音。

砂と共に空気が揺れる。衝撃と共にその空間には死の破壊力が横たわっていた。本来ならカトリーナの位置は非常に悪かった。だが、そもそも彼らの戦場はカトリーナの亜空間である。

「お知らせがございまーす。ノーダメージだゴラァ!」

舌を出すようにしてカトリーナが変顔を遮蔽物から見せる。カトリーナはいつの間にか鉄板を自身のそばに出現させていた。鉄板は衝撃で曲がっているものの、カトリーナを発言通り無傷にさせていた。

「ふん!」

「おおっと!」

ディエゴは石礫を即座に投擲するがカトリーナはそこから回避する。

だがディエゴは狡猾だった。礫の群れの中に手榴弾を忍ばせていた。

カトリーナのそばで爆炎が上がるがカトリーナはいつのまにか姿を消していた。

「ほぉーほほほぉッ!」

「……なんでさっきからお嬢様口調ですの?」

カトリーナは爆発するタイミングで岩と自分の位置を取り替えていた。空間系メタアクトならではの基本的な回避方法である。ヤシの木のそばで高笑いしながら服装まで変えているカトリーナの奇行をリーゼは目を白黒させて見るばかりであった。

「だろうと思ったよ」

カトリーナに瞬時に肉薄したディエゴはナイフを数度急所に向けて突き出す。だがこれもカトリーナの卓越した剣捌きによって全てが叩き落とされる。

「ほぉっれほれほれ、外道にこの高尚な剣捌きはきつそうですわねぇぇ」

「うざったい女狐め。その余裕がいつまで続くかな?」

ディエゴのナイフ捌きは完成度の高く戦闘者として一つの極致にあると言っても過言ではなかった。暴風のようなナイフの軌道は非常に狡猾かつ技巧的で、緩急を交えながらカトリーナの急所へと的確に飛び込んできていた。

だがカトリーヌもただ黙って斬られるわけがなく、その全てを冷静に見極めながら受けや回避を行っていた。カトリーナもまた戦場を理解し相手の意表を突くようにして攻撃の全てからその身を守っていた。

カトリーナのサーベルがディエゴの腕の一部を掠る。彼の服の一部と薄皮が切れ、わずかに血が飛び散っていた。機先を制したのはカトリーナであった。

「ざまあないですわあ……おい、てめえみたいな麻薬売りの腐れ外道なんかに負けるかよ。今度こそ存分に苦しめてから、ぶっ殺してやる」

「それはこちらのセリフだ。貴様のような身の程知らずは地獄に落とす以外に何がある?」

「は、私と違っておめーは地獄の方が手招きしてるぜ。随分と人望に欠けるくせに地獄には愛されているな?」

「当然だ。わしは暴力こそが人生の全てだからな」

「その暴力で身を滅ぼすってんならざまぁねえよ。とっとと……くたばれ!」

カトリーナは古風な火薬式銃をどこからか出現させてディエゴに放つ。火線がディエゴのすぐそばを過ぎるが、致命傷に程遠い銃撃であった。それは彼の頬を掠めるだけで終わっていた。そこに追撃の銃撃が加わるが命中したのは最初だけである。その弾丸をディエゴが回避していた。

「……なるほど考えたな」

回避したにも関わらず彼は苦い顔を浮かべる。

彼の足首を何かが掴んでいた。それはリーゼの触手であった。

「だが甘い」

そう言ってディエゴはリーゼの触手をナイフで切断する。刀剣のような鋭い一閃はなんと分厚いリーゼの触手の簡単に両断する。

「ああああああああッ!痛い痛い痛いぃぃッ!」

リーゼは涙目になって切断された触手の根元を抑える。切断面から赤い血飛沫が飛び散った。彼女の戦意は途切れていない。だが傷が再生するとはいえ彼女は痛みのあまりわずかに隙を出してしまっていた。

「では楽に……」

彼がそう言ったタイミングでセリアが背後から声を発した。

「ラァァァァアアアアアア!!」

セリアの大きく見開かれた口から歌のように透き通るような大音声が発せられる。普段とは違うソプラノを思わせる高く響く声と共に超音波が周囲に散布されていた。

それに合わせるようにリーゼを庇うようにして他のメンバーが彼女と同時に後退する。その間、セリアが四方八方から弾丸のように飛び回る。

セリアの腕は既に蝙蝠を思わせる翼へと変異していた。彼女のわずかに指の残った手の部分には軍用ナイフが握られていた。

「むぅぅ…………これは……」

「くたばれ、麻薬売りの親玉ぁッ!」

そう言ってセリアが首元にナイフを突き出す。

「軌道が読めるわぁ」

ねっとりと湿度がこもったような口調でセリアの渾身のナイフを受け止める。その返礼といわんばかりに彼女の横っ腹を蹴り飛ばすと腕時計を見て苦々しく老人はつぶやいた。

「時間だ。……意外に苦戦したか」

カルテルの男はそう呟くと何か丸いものを転がしてその場から飛び退く。丸い物体は白い煙を放ち周囲の姿を包み隠してゆく。煙が晴れると男の姿は消えていた。

「…………逃したか」

「よせ、深追いは危険だ。それよりアラカワ曹長が心配だ」

「……おう、そうだな」

そう言って四人は大急ぎでその場から逃げ出す。当然、仕掛けを使えるよう小型の遠隔装置にマークは手にかけつつ足を進める。セリアが無線で呼びかけるが応答はなかった。

なにか嫌な予感がした四人はなるべく全体が見渡せる場所を探す。しばらくして、無人の見張り台をセリアが発見した。そこにカトリーナが亜空間から取り出した鎖でセリアと共に五メートルはある台へと昇る。セリアも両腕の翼で上へと飛んだ。

二人は台へと登った段階で驚くべきものを目にしていた。

「な、なにあれ……」

「……へえ、派手にやるじゃないか」

カトリーナら二人が見たものは見張り台の上で目にしたのは、アラカワがたった一人で装甲車と歩兵の群れを蹴散らす局面であった。

まさかのアラカワ戦闘中!?


その真相は……次回へ

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