第二章 第四十六話 騎士団撤退援護作戦、その2
ツァーリン連合第五方面艦隊所属第一〇三遠征打撃群が残存するフランク連合の正規部隊を叩きながら補給のために前線基地へと進路をとっていた。
「そうか。フランク連合の大部隊は退いたようだな」
「はい。残るはとるに足らない残存戦力ばかりです」
「だが油断するな。敵の士気は決して低くない。補給が済み次第本格的に叩く必要がある。……ガリーナの第三特別揚陸遊撃隊に引けと取らぬ戦果を出す必要があるのだ」
「は、承知しました」
大柄な部下にそう告げた後、老いたゲラシモフ提督は苛立った表情を浮かべていた。
「あの……傷顔の女狐にだけは遅れを取れぬのだ……」
葉巻に火をつけながら提督は苛立った様子を露わにしていた。その理由は明確に二つあった。
一つはシンプルにガリーナが彼の強大な政敵であったこと。
もう一つはガリーナがゲラシモフの息子を惨殺した可能性があったこと。
この二つの理由がゲラシモフに深い苛立ちを強いていたのだった。
「……女狐め」
ゲラシモフは葉巻の火を灰皿ですり潰すように消しながら苦々しくそう呟く。
「暗殺部隊の用意はできています」
部下がそう言って小型の無線を取り出し始めたがゲラシモフはゆっくりと部下を制止した。
「まだ尚早だ。……それに切り札はここぞまで取っておくべきだ。敵はガリーナだけではない。フランクの騎士どもにAGUの拝金主義者ども、そして……」
「……アスガルドですね」
「……ああ、あの国は厄介だ。あの国は女神への信仰を口にしながら牙を剥く狂人がいる。我が国の歴史書にも非常に多く記載がある」
「女神……確か国歌にも『蒼穹の女神』って言葉がありますな」
「そうだ。あの国はいつの時代も才気ある奇人変人に精強な狂人がいる。……さて何人来るだろうな?」
老いた提督はげんなりした様子でそう呟く。それを聞いた部下は非常に複雑な表情を浮かべていた。アスガルドは『血の一週間』を経験しそれを記録した日から覚悟を決めた狂人を手を組むことに定評があった。その証拠にツァーリン連邦とアスガルドとの間の歴史には幾多の戦争が存在したが、ツァーリン側を苦しめる要因にいつも信念を持った奇人変人狂人の英雄が戦力にいたからであった。
部屋に老いた提督の吐息が響いていた。
アラカワ含めた潜伏部隊はセントセーヌ郊外にある前線基地へとトラックを進めていた。
「IDを提示」
詰所にいた兵士の一人がそう言って机の書類を黙々と書いていたが、すぐに動かなくなった。
シンの持っていた減光消音器付きの粒子ピストルによって彼は永遠に仕事から解放されていた。
「一人片付けた」
シンは無線越しに告げるとフードを被ったリーゼがトラックから降りて詰所に突入する。
「んん……新しい女か……ぐぎぃ!?」
「な、なんだぁ……げぎゃ!?」
「ひぃぃ……ぎぎぎゃ!?」
リーゼから伸びた触腕が敵兵三人を一気に絞め殺す。触腕によって敵兵の首は七六〇度回転していた。当然、敵兵の命脈は完全に断たれていた。
「オールクリア」
リーゼはそう言って敵兵の遺体をロッカー室のロッカーへと放り込む。彼女が敵を始末している間にシンは詰所にあった監視設備を無力化していた。システム全体の一部に過ぎないが、襲撃を悟られない時間を稼ぐには十分すぎる成果である。
同時にシンはツァーリン軍の使うコンピューターにユキの指示されたデバイスを接続する。すると偽のIDカードが潜入部隊の人数分印字された。それを確保したタイミングでシンはリーゼに短く指示を飛ばした。
「戻れ」
「了解」
短いやりとりと共に二人はトラックへと戻る。
トラックは基地内を進み倉庫内へ入り込む。そこは幸いにも無人で監視カメラのようなものを存在しなかったのでアラカワたち潜入部隊は虎視眈々と準備を進める場所と時間を確保できた。
まずカトリーナとセリアが爆発物と武器を準備する。爆発物の用意はカトリーナが銃器などの武器はセリアが組み立てを行った。
その間マークとアラカワが周囲を伺う。リーゼはカトリーナたちのそばで周辺を調べていた。
「むっふふふ……ケイティちゃんのビックリドッキリメカ、用意いいぜ」
「まさか昔の旧友と爆発物や武器の用意するなんて想像つかなかったわ」
「おいおい、そりゃアタシもだ。なにせセリアが覆面フライヤー二十一号をデビューするなんて思わなかったぜ」
「おお……ヒーロー……覆面フライヤーって何?」
「さてなー」
カトリーナの素っ頓狂な冗談にセリアが首を傾げる。横で聞いていたリーゼが二人に注意を促した。
「あなた達……集中しなさいな。バレたら冗談抜きで嬲り殺しでしょ!?」
「えー、アイゼン・ジョーダンとの格闘対決にはまだ早いぜぇ?」
「アイゼンさんって誰ですのそれは! ふざけてないで集中しなさいな!」
三人はコントじみたやりとりと共に複数の『仕掛け』を完成させる。その後の彼らは潜伏に適した服装へと着替えた。
「……さてやるか。ケイティちゃん劇場だぜ」
カトリーナの自信溢れる発言に違わず潜入部隊は武器商人の一団に完璧に変装した。見た目の上では身なりのいい黒服とスーツを着こなしたゴージャスな成金の見た目となる。成金になり切っていたカトリーナは底抜けに明るい様子で基地の中に歩みを進める。当然、兵士たちは怪訝そうな顔をする。
「……IDを」
「ほい、いいぜ」
カトリーナは流暢なツァーリン語でそう答えながら偽IDを見せる。
「お前は外国人だな……ツァーリン語はどこで習った?」
「おっほほほ、家庭教師がそちらのご出身でしてよぉ、そうそう竜山連合の友人のリーさんが」
「……わかった。通っていい」
兵士の疑いにカトリーナは煙を巻いた発言で回避する。カトリーナは銀髪で紫の目をしていたために非常に目立つ見た目であったが偽のIDカードがバレていないことに加え、カトリーナ自身ののらりくらりとした変幻自在の言動によって兵士たちは怪しむよりも厄介な武器商人が来たぐらいにしか思われていなかった。
「ありがとなー」
そう言って兵士に通された後、目的の場所まで潜入部隊が向かう。その過程でアラカワが目でカトリーナに合図する。彼女がそれに頷くとシンは掻き消えたようにしてその場から姿を消した。カトリーナはこっそりとメタアクトをほんの一瞬だけ発動していた。それを利用しアラカワは敵監視網の中枢に入り込む。異次元空間を用いたメタアクトを賢く使った二人の連携である。だがやることはそれだけではなかった。
カトリーナらが第五方面艦隊所属第一〇三遠征打撃群のゲラシモフ提督の執務室へと通されると緊張した空気が彼女らの周囲に蔓延する。
「取引と言ってもな……武器なら間に合っている」
開口一番、提督はそう邪険にする。
だが、カトリーナがにっと不敵な笑みを浮かべた。
「果たしてそうでしょうか」
「間に合っていると」
「それがガリーナも狙っている武器だとしても?」
「……なに?」
突如、カトリーナが鋭利な営業センスを発揮し始める。旧知のセリアを除く二人は目を見合わせるばかりであった。
「まさか社長……その……商品というのは……」
マークは咄嗟にアドリブを利かせる。それを聞いてカトリーナの不敵な笑みがより深まっていた。
「クククク。その通りだマクシミリアン。君に用意させた武器と書類、あれは厳重にしておけと言ったのはこの日のためだ。無論、時が来るまで……分かるね?」
「しょ、承知しました」
マークは敢えて緊張した素ぶりを演技する。
「おおっと、君も気をつけたまえよ。ローザ君?」
「は、承知しました」
「結構。マクシミリアン君も彼女の冷静さと忠誠心を見習うといい」
そう言ってカトリーナとリーゼは完成された主従関係を演出してみせた。側から見れば彼女らは社長とその秘書、日の浅い若手幹部にしか見えない。それを見て提督が態度を軟化させる。
「その辺にしたまえ、わかったわかった、話くらいは聞いてやる」
そう言いながらも老いた提督は興味津々の目をしていた。カトリーナらは誰一人なくその真理を鋭敏に見抜いていた。その証拠に全員が示し合わせたように目を合わせて頷く。
「そうです。ガリーナとその部下は残念ながら強い。いくつか装備を見せてもらいましたがあの装備ではガリーナに比肩する戦果を出すことは不可能でしょう」
「ならどうするのだ」
そう言ってきたタイミングでカトリーナがマークに目配せする。するとマークは用意していた偽の資料を見せながらこう発言した。
「我々にはアスガルド製のAFや銃器を手にいれるコネクションがあります。あの国は良くも悪くも自由主義の国なので個人の利益で動けるのが魅力なのです。そしてあの国はアズマ国と比肩するほど信頼関係を重視する社会でもあります。高品質の製品である以上高価であることはやむなしだと思われがちです。しかし我々ならば比較的安価に、しかも安全に調達するルートを確保してあります」
「ほぅ……随分と魅力的だが、流石に政府に睨まれるリスクはあるのだろう?」
「無論です。ですが我々も秘密裏とはいえ商売としてやらせていただいております。ノルマもあるのです。なるべく多くの製品を売れることは我々としてはメリットでしかないのです。それに戦争はずっと起きているようなものではなく売れる時に売ることが鉄則なのです。それが武器の販売を生業とするということです。我々の宿業と言えるでしょう。我々としては利益しかないのです」
マークは不敵に笑いながら一流営業マンのような営業トークを並べ立てた。利益をあくまで求める姿勢を示しつつ相互利益の理想図を目の前の老人に示してみせた。
「ふむ……」
「そちらとしても万々歳でしょう。我々としてもノルマを消化し会社として利益を上げ製品の価値を銀河中に知らしめることができる。ありがたいことです」
そう言ってマークが書類とペンを差し出す。
「ふむ……だがな……」
老提督が渋い顔をしたタイミングで警報音が鳴り、通路の赤色灯が点灯する。
「敵襲、敵襲! 基地内部に所属不明の敵武装集団の侵入が確認された。総員、第一種戦闘配置に着け! 繰り返す……」
基地にツァーリン語の音声が響く。緊急放送では思わぬ来訪者の存在が潜入部隊にも告げられていた。当然SIA側にすら予想外であった。各国の軍での攻撃は可能性として限りなく少なく、特にアスガルド軍は基地を爆撃しないよう徹底して情報共有がされていた。
「……誰が?」
マークは不可解な状況に首を傾げていた。
その時、銃声と共に兵士の一人の眉間から血が吹き出した。
「……軍隊だからって調子づいてんじゃねえ」
その言葉と共に提督の脳天に銃弾が飛ぶ。彼の頭部を射抜いた者の方をカトリーナらが見る。マークとカトリーナはその人物に驚愕していた。ツァーリン軍を襲撃したのはなんと国の軍隊ではなく麻薬組織であった。
まさかの襲撃者……潜入部隊はどうなる!?
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