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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第四十五話 騎士団撤退援護作戦、その1

レオハルトたちがまず準備したのは船舶の選出と変装の準備であった。

潜入する以上怪しまれない外観や演出は必須である。次に準備したことは正体がバレたことを考慮した装備に加え、敵陣での爆破工作の準備であった。

「こんなに爆発物を?」

「爆発オチは基本だろ?」

スペンサーの質問にカトリーナはそう答えただけだった。

そして彼女はにっと微笑む。レオハルトとシンは彼女の人となりを多くは知らない、知っていることといえば奇想天外で自由とユーモアを重んじる破天荒な宇宙の義賊であることだけだった。

しかしシンとレオハルトは気がついた。カトリーナの笑顔がどこかぎこちないものであった。

「……カトリーナ」

「おう、なんだ。夕飯なら肉野菜炒めでいいぜ。カレーは金曜じゃないだろ?」

シンの呼びかけにカトリーナは露骨にはぐらかす様子だった。

「違う。あれのことだが……」

その瞬間、思わぬ人物が乱入する。それはセントセーヌの市民の一人、避難民の男が会話に割り込んできた。

「青がなぁぁぁぁああい!!」

老人はレオハルトには見覚えのある人物であった。

オーギュスト・リモージュ。よりにもよって銀河でも有数の名画家がこの船に乗り込んでいたことにレオハルトやスペンサーや双子のエリーゼ、リーゼロッテなどの上流階級出身者や絵画の教養がある人物を唖然とさせた。

アンジェラやキャリー、エドウィン、スパダ、ユリコなど知識のある人物は気まずく顔色が青くなってゆく様子を見せたが、絵画の知識がない大半の人物は首を傾げるばかりである。

「な、なんなんですのぉぉ!?」

特にリーゼの驚きようは絵画の著名人をよく知らぬ者をギョッと驚愕させるほどの大音声であった。彼女は両頬を手で押さえるように絶叫していた。

「え、この『青爺さん』と知り合い?」

「青お爺さんって有名なんだねー」

「へー、……この人誰?」

サイトウとセリア、ライムの三人は呑気な様子で老年の画家を指差す。マークが呆れつつ答える。

「……オーギュスト・リモージュ。『生きる悲しみ』をテーマとした暗色と青色の傑作を次々と世に送り出した名画家だ。お前らだって流石に『闇夜と星と乙女』ぐらいは知ってるだろう?」

『闇夜と星と乙女』とはオーギュスト・リモージュが若者だった頃に描いた傑作の一つで若年期リモージュの最高傑作と名高い名画である。黒と青の色彩、星空の美麗な表現、そして乙女の哀しげでミステリアスな表情は芸術の枠を超えて多くの人に影響と考察を与えてきたとされる。それは小学校の教科書にも載るような基礎教養と呼べる作品であり、リモージュを知らなくともこの絵画はあまりに有名であった。

そのため、代表作の名前を聞いた段階でとうとう絵画の教養が欠けていた側の人物たちですら半狂乱の叫びを上げだした。

「あ、あれ……教科書で……あれぇぇッ!?」

「ど、通りで青にこだわるわけだぁッ!?」

「流石に俺でも知ってるぞ、嘘ぉッ!?」

無教養なサイトウですら目を見開く始末で、寡黙でポーカーフェイスの人斬りアルバートやイェーガーの二人ですら困惑で目が泳いでいた。

「こら、リモージュ爺ちゃん! 仕事の邪魔しないの!」

マリアが銀河的画家の背後から厳しく呼びかける。

「マリアちゃあん! 青がないんじゃぁ!」

「絵の具なら私が用意しておくから、こっち来なさいな!」

「早く頼むぞぉ!」

「ごめんレオハルト、後で!」

嵐のように現れた画家に対して一番冷静だったのは後から来たマリアであった。

「……ありゃ……誰だ?」

「……僕の婚約者です」

レオハルトの方をカトリーナは露骨に二度見していた。






「ほんっとごめん!」

格納庫内でマリアとレオハルトは一度落ち合って話する。マリアは両手を合わせて謝罪の言葉を述べた。

「いやもう、どうしてこうなったの?」

レオハルトは困惑したまま、質問を投げかけた。

「だってみんな個性的で……」

しばらく沈黙があった。レオハルトは目を白黒させる。

「…………………………え、みんな?」

彼の質問にマリアが堰を切ったように話し始める。

「そうなの! リモージュお爺ちゃんって絵の具のこだわりが強い上にコーヒーがどことかアレが食べたいとか結構ワガママなところあるから一番大変なんだよね。しかもお爺ちゃんだけじゃなくって、酒好きの酒販業者さんとか竜山連合のカンフー使いとか色んな人いたからもう大変! うっかりレオハルトらの仕事の邪魔にならないように頑張っていたんだけどあのお爺ちゃんよりにもよってレオハルトのところにいたなんてもうびっくり!」

「落ち着いて、マリア。一個ずつ解決しよう」

「あ、ごめん」

「かまわないさ。それより個性的な面々なら僕のところも負けないけどどんなかんじなんだい?」

スッと深呼吸してからマリアは説明を始めた。

「えっとね……まず、ワンマンアーミーな雰囲気のある文学少女と老小説家がいてね」

「いきなり濃いな。アラカワ曹長みたいだ」

「実際シンさんに似た雰囲気あるわ。この二人も大概だけど他も個性的過ぎるの」

「他は?」

「……やたら死にかけている新聞記者さん」

「え?」

「驚くわよね。彼何度も死にかけるけど生還したみたい。お腹に縫った痕があったの見せてくれたわ」

「……もしかして、アンデッド・ジェシー?」

「え、知り合い?」

「……やはりか」

「知り合いなのね」

「……あの男は帰還者だの不死者だの言われているが本質的には普通の会社員に過ぎない。彼にとって不幸なことは保守的な性分をしているにも関わらず危険やスリルに縁がある人生ことだよ。危険な伝染病や風土病は一通り、交通事故や航空機事故に限らず星間シャトルの事故でも生還したって有名だよ」

「ふーん、シャトルの……え、シャトル!?」

「そう。うっかり格安航行会社のシャトルに乗ってな。当時のパイロットがいわゆるジャンキーな上に泥酔までしててな。隕石にシャトルが大破した事故だよ」

「それって、……ずっと前にニュースでやってたやつ?」

「それだよ」

「…………ジェシーさんなんで生きてるの?」

「……僕が聞きたい」

マリアもレオハルトも互いに見合わせては信じられないものを見聞きしたかのように血の気が引いた顔をしていた。レオハルトは比較的冷静だったが間近でジェイムズ・ジェンキンスを知るマリアは混乱していた。

「だ、だって……どっからどう見ても普通のサラリーマンみたいな人だったよ!?」

「僕もそう聞いている。信じられないよ」

「いやだって、噂の不死身のって、嘘ぉ!?」

マリアは目を白黒させていた。混乱で興奮するマリアをなだめるべくレオハルトはゆっくり語りかける。

「こっち見て。そう。普段通り呼吸だ。……そう、僕も信じられない。でも動揺することはない。いいね?」

レオハルトの落ち着いた語りかけにマリアも冷静さを取り戻す。

「あ……ごめん。けど」

「分かっている。とんでもない人だよね」

「そうね。わかってくれてよかった」

マリアが冷静さを取り戻してくれたことにレオハルトは安堵しながら別の話を切り出した。

「他にどんな人がいる?」

「あ……そうだ。他に……アズマ人で金貸しやってるお兄さんに、モンベリアル家のお嬢さん、拳法大好きなレイさんに、ファッションデザイナーでキャリーと仲良しのお姉さんに、あ、ロック大好きで正義感の強いサンドマンさんもいたわね」

「あははは、確かにだな。僕のところの面々と負けて無いね!」

「ええ。レオハルトの部下も面白いよね」

「そうだな。こないだジョルジョがSIAで誰が可愛いかを話し始めたら女性陣が対抗意識燃やしちゃって……収拾に苦労したっけ」

「あっははは、みんな可愛いからねぇ」

マリアがケラケラと大笑いする。

「なんでかね。僕としては気骨があって任務遂行能力があって判断と知識と得意な分野への自信があればいいとすらおもっているけど」

「あれ、レオハルト。知らない?」

「なにが?」

「自信は女の子を美しくするの」

「そうなの?」

「少なくとも私が無条件で可愛いとか綺麗ってなった人ってみんな自分に自信があるの。あ、ナルシストって意味じゃ無いよ。スレスレの人もいるけどそう言う人はどこか謙虚でストイックなの」

「そうなんだ」

マリアの話を聞いてレオハルトが思案する様子を見せる。

「んん……どうするかな」

「……ん、なんのこと」

レオハルトの様子を見てマリアが怪訝そうにする。

「大事な作戦がある。訓練はどうするかなと」

「みんな強そうね。どう鍛えるの?」

マリアが無垢で朗らかな笑みを浮かべる。レオハルトも心底楽しそうにこう答えた。

「そうだね……あんなに辛いことあったのにリーゼもセリアもだいぶ短期間で強くなってる。少し戦術を仕込んでやろうかなって」

「戦術……おお……」

「元々搦手が得意な二人だし、やり方変えればマーク君をびっくりさせられると思うな。ふふ……楽しみだよ」

「やはり教える時のレオハルト見るのいいわね」

「ああ、教えるのは良い。才能を花開かせるのは心が躍る」

「うふふ……」

レオハルトとマリアは格納庫での作業を見届けてからSIAの面々の訓練へと出向いた。

「オラァッ!」

「フンッ!」

サイトウとアルバートは自由組手の方式でどつきあっていた。二人の苛烈な殴り合いは実戦さながらのド迫力だったが他も負けてなかった。特にライムがセリアとリーゼ、エリザに戦い方も異質な苛烈さが伴っていた。

「違う! そこはもっと踏み込め! 拳銃出されたらどうする!」

「はい! すみません!」

「ここはもっとぶつかれ! 目、腹だ!」

ライムの顔から普段の朗らかさが消え、冷徹な戦闘者としての厳格さだけがあった。

「みんな頑張っている。いい傾向だ」

「……でも不安があるわ」

「え?」

「ルードヴィヒ。彼だけみんなよりレベルが低過ぎるわ」

マリアの目が一人だけ疲労困憊で弱音が出る男の方を心配げに見た。

「む、無理だよぉぉ。拳銃も当たらないのにぃぃッ!」

「集中してください! 至近距離に敵が来たらどうするんですッ!?」

ルードヴィヒはグレイスの指導に四苦八苦する。そこにアラカワが来て指導を代わる。彼はルードヴィヒの髪を掴んで睨みつけた。

「おい、土壇場じゃ階級は関係ねえ。てめぇは孤独と絶望に泣く市民が後ろにいて逃げんのかッ。……あ?」

「ひぃぃ……」

シン曹長の迫力にルードヴィヒが失禁すらしてしまう。その様子を見てグレイスがギョッとするが、アラカワは冷徹さを崩すことはなかった。

「大丈夫。任せてほしい」

しかし、レオハルトはあくまで落ち着いた様子でそう答える。なにか秘策があるためかレオハルトの表情には自信すら感じさせるものがあった。

ルードヴィヒへの秘策とは、そして騎士団の救助は成るか……?


次回、潜伏開始

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