第一章 九話 夜空の誓い
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください。
狙撃手と教師志望『だった』男が奇妙な出会いを経験し、そして語り合っていた。
レオハルトは全てを語った。
どうして『能力』を得たか。能力を得る過程で何を知り、何を失ったかを全て狙撃手の男に話した。
イェーガーはただ聞いていた。
レオハルトの話を。惨劇の証言を。記録の記憶を。
イェーガーはそれを全て聞き終えた後、静かに語り始めていた。
「……カールも人の子だったってことか。……目の前の理想主義者がカールの息子だったことは今日まで正直信じられなかった。だが、今日になってようやく分かった。カールもまた毒沼のような現実の闇の中で足掻いていたことをな。俺?俺は『仕事』をしているだけに過ぎない。……もちろん、胸糞悪い思いをすることは珍しくないがな。……さて、何から話したものか?そうだ。まず俺がカールの元で狙撃手をやっている理由から話そう。そうすれば、カールが何を守り、何を失ったかが分かるはずだ……だが、覚悟は良いか?」
「……何の覚悟だ」
「真実を知る覚悟だ。……世界がひっくり返る真実を知ることになるぞ?」
「どんな真実だ?」
「……得体の知れない異星人に、やつらと組んで甘い蜜をすすろうとする腐った連中に、そして三二〇年前の暗黒の歴史。……聞いただけで世界が変わるぞ。……正直聞かない方が良いかもな」
「……そうか」
「で、どうする?」
「……聞かせてくれ」
「分かった。なら食事を済ませてからだ」
「なぜ?」
「正直食事をしながらする話じゃないからな。最悪、吐くぜ?」
「……お気遣いに感謝する」
「やめたくなったら早く言えよ?ミスター?」
「心配無用だ。狩人さん」
「言うね。分かったならさっさと食べろ。冷めちまうぞ」
「ああ。いただく」
美味しい食事に戻った二人の間にはしばしの静寂だけがあった。
食事の後、イェーガーが向かった場所は高いビルの上であった。そこはアスガルド共和国の中でも高い建造物の一つだ。軌道エレベーターを除けば、その屋上はかなりの高度に位置することには間違いはなかった。
「……ここはお気に入りでな」
「なるほど、人もいないしな」
「……覚悟、出来ているみたいだな?」
「ああ」
「……わかったよ。全て話してやる」
「……ああ」
「俺の上官であるカール・シュタウフェンベルグは全てを知った。三二七年前。アスガルド共和国の暦が変わる時のことだ。カールの目撃した人類史の暗黒面は間違いなくカールや俺の心に大きな影を落とした。その証拠に俺は人を狩る狙撃手として運命づけられている。……まあ、狙撃手として生きているのはそれだけではないがな…………『抜き取るもの』っているだろう?」
「……エレメンタリースクールの教育課程において、上級生の授業では必ず厳格に教えられることがある……白い小動物を模した端末との接触は危険であると……彼らとの取引は……国家反逆罪に匹敵する犯罪であると……」
「そうだ。だが、これが第二次銀河大戦の頃……キャプテン・クラウスことクラウス大尉が活躍したあの英雄の時代。目の前にいるお人好しのおばあさんでカールの母であったマリー大佐が辛酸をなめた時代のことでもある。それより前はファンタジー扱いされていたことは知っているな?」
「ええ。僕もいくらか歴史の教養があるもので、その手の話は大学の授業で聞いていました。例えば、ルドルフ教授の再興歴黎明期の開拓時代の授業では当時流行していた違法なドラッグに溺れた中毒者の幻覚とか……」
「わかっているなら、これ以上は何も言うまい。そうだ。再興歴は荒んだ時代だからな。当時の人間は悪夢から逃避した人間の見た幻であると考えていた。災害を物の怪の仕業にしたり、異常気象を神の仕業に例えることが古代の時代にあったように……だが、それが仕組まれたものだとしたら?」
「……え?」
「……抜き取るもの……ヤツらの人類史を巻き込んだ因縁は三二〇年前とかそんな生易しいものではなかったんだよ」
「……君は知っているんだね。再興歴以前の歴史を」
「……そうだ。まあ、専門家ではないから、詳しい教養は知らんが……」
「……この国の歴史は分からないことが多すぎると思っていたんだ。……どの程度歴史を……?」
「再興歴以前には二千年以上の歴史があったとされていた。だが、ある時期を境に母星が崩壊したのさ」
「……母星……崩壊……?」
「これは……ある種とんでもない話だ。……我々のルーツの星は……住めたものじゃない。恐ろしい汚染によって生きた地獄となっているんだ。今も」
「……汚染って……どんな?」
「……グリーフフォースだ」
「!?」
レオハルトが驚愕のあまり目を見開いているのをよそにイェーガーは更なる言葉を続けた。
「……もちろん、お前の親友のタカオの使役するエネルギーとは別だ。濁ったグリーフとも称される。生物に有害なタイプのノイズが含まれた種類だ」
「知ってたのか。俺の親友のことも」
「……カールの情報を調べたことがある。その縁でな。それに……それに近い人間がいる。……弟だ」
「……弟」
「シン・アラカワ。カールの私兵の中でも一二を争う武闘派だ。彼の過去を調べて、行き着いた情報だ」
「……お前とシンにどんな繋がりが?」
「……あえて言うなら『戦友』だ」
「……戦友か」
「アラカワとシュタウフェンベルグ。その糸を辿っていくことである『巨悪』にたどり着いた」
「それが『抜き取るもの』か」
「……正直信じられなかったよ……俺自身の不幸も三百年前から仕組まれていたなんてな……だから……お前には恩があるんだ」
「恩……?」
「前に俺が怪我をした時に……『少しでも力になりたい』って言ってたな」
「ああ、確かに」
「……敵の狙撃手と戦った後、俺が『現実を見ろ』と言った時の返事」
「……『現実を見た上で、理想を語るよ』だったね」
「正直、頭おかしいんじゃないかと思った」
「ひどいな」
「だが、嬉しかった」
「どうして?」
「俺の人生は現実という名目の『ただの拷問』を突きつけられることばかりだった」
「そうか。僕も似たようなものだ」
「……まだ甘い。俺は狙撃以外のことは全て裏目に出る星の下にいる」
「どうして、そう思うの?」
「……俺は独りだった」
「……おじさんがいたはずでしょ?」
「……ああ、育ての親がな……だが、彼に出会うまでは……ただ苦しかった」
「……」
「幼いころ、俺の両親は『事故』で命を落とした。……実際は違っていたが、そこから運命が狂った。学校でのいじめ、路上での生活、犯罪の片棒、俺の少年時代は最悪だ。イェーガーのおじさんに引き取られるまで生きた心地がしなかった」
「事故なのに……事故じゃない?」
「……コールドヒルを震撼させた事件があったろ」
「……マフィアの抗争!」
「そうだ。正確には『魔装使いのグループ』と『地元のマフィア』の抗争だ。そういえば、この事件もカールが言い出したんだよな……『魔装使い』絡みの案件だって」
「どうして抗争が事故と間違えられた?」
「魔獣化だ」
「……何?」
「魔装使いとなった女の因果律や生体エネルギーを無理に燃料に変えるんだ。願い事と戦闘能力。それを得ることで魔装使いにはとんでもない反作用が付きまとうのさ」
「……つまり、『ヤツら』の採掘手段は人道に反するリスクをはらんでいると?」
「ご名答。人道に反するなんてレベルを大幅に逸脱している。そうだ。ありったけのエネルギーを完全に抜き取られると、魔装使いは『残りカス』の存在となる。それが『魔獣』だ」
「女の子が……バケモノに……」
「勘がいいな。それが俺の運命を狂わせた事件の真相だ。……まあ正直魔装使いたちだけの責任ではないがな。マフィアに当時の自治体の対応、そして社会……すべてが俺を狂わせたのさ」
「……なんてことだ。なぜ、みんな今まで気がつかなかった?」
「彼らを可視化する手段が限定されていた。それが原因だ」
「可視化!?でも今の研究じゃ……あ!!」
「そうだ。いまから、百年前、シュタウフェンベルグ家主導の研究チームが初めに見つけたろ?どんなバカでもそのことは歴史の授業で習う。都市光学迷彩を使う知的な小動物を……」
「……そんな……でもなんで……」
「ヤツらは進歩がない連中のくせに、とことん狡猾でな。意思伝達も特殊な通信手段を利用してとことん証拠を残さないようにしていたのさ」
「……ヤツらは……宇宙のためって……そんなひどい手段でヴァネッサは……」
「そして、そいつらのもっと質の悪い所は、驚異的な文明を持ちながらその実体がない。完全な管理の元で動く秘密結社兼国家と言うことだ。まるで亡霊だな」
「…………父は……ヤツらを……」
「ずっと追っていた。歴史の闇で暗躍するヤツらを裁くために」
「……裁くだと?」
「そうだ。ヤツらは秩序や自由の外側から俺たちを傷つけていた。ずっと前からだ……俺たちの負の歴史の遠因の一つは間違いなくヤツらだ。『血の一週間事件』もヤツらが起こした」
「……母星。俺たちの元いた星が……滅んだ理由って……」
「ヤツらがとんでもないものを目覚めさせた。……そのしわ寄せだ」
「……なんと……」
「ヤツらは『結果』しか見ていない……俺たちを宇宙に進出させたのは自分たちだと言っている」
「抜き取るものは……殺しただけだ……大勢の命を」
「人間の歴史を作ったのは自分たちだとこれからも主張続けるだろうな?大勢の命を踏み台にして……」
「…………」
「ヤツらの常套句はな、何だと思う?」
「?」
「ヤツらはいつもこう言う。人間は何かを犠牲にして発展してきた。僕たちはそのお手伝いをしただけだってな」
「…………そんな戯言をずっと相手してたのか」
「ああ、たまに思い出すのさ。ヤツらの言葉を体現する人間のクズどものことを……だから、お前に出会えたことが嬉しかった」
「僕……僕は何も」
「違う。お前は俺やカールたちを助けようとした。ずっと前から、自分と他人が幸せになる理想のために、お前は現実と戦っていることを知っていた。カールからもそのことを聞いていたし、正直……羨ましかった」
「だけど、僕は……君と違って戦えない。父親やヴァネッサを救うことすら出来ない。そんな役立たずだ」
「違う。俺はカールからこう言われたんだ。……世の中にはあんなバカもいるから戦う甲斐があるって……」
「…………そう……だったのか」
摩天楼を見ながらレオハルトの目から一雫の人間性が流れていった。
「馬鹿親父……そういうことは死ぬ前に言ってくれ……」
「……だから、俺は……このアルベルト・イェーガーは……お前の騎士になりたい……ライフル銃をもつ騎士としてお前に仕えたいんだ……お前の『他者を思う理想』は誰にも壊させはしない……」
「……ああ。……そうすればいいさ、イェーガー。僕も戦うよ。『真実』のために戦うよ」
「…………ありがとう。……主様」
イェーガーは今まで見たことのない微笑みと共にレオハルトの泣き顔を見ていた。イェーガーの顔は穏やかだった。微笑みと共に『ライフルの騎士』は救われた気持ちでレオハルトの顔を見ていた。
アルベルトとレオハルトそのルーツを描いた場面となりました。レオハルトは本当にヒロイックなキャラだと思います。この時点ではまだ戦い方もままならないでしょうが、これから、大きく理想にむかって飛翔していくとことでしょう。次回もよろしくお願いします。