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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第四十三話 大海賊カトリーナ、その二

色黒の肌をした女戦士が最初に行った攻撃はアラカワの首や腹を狙った巧みな刺突の数々であった。

「倒す、あなた、目、危険……!」

彼女はぎろりと敵意の宿る目をアラカワに向ける。

「……悪いが人に命がかかっている」

シンはあくまでも落ち着いた様子で特殊警棒で女戦士の狩猟用ナイフを迎撃する。

一手。

また一手。

そして止まる。

あるタイミングで両者が睨み合うようにして互いの出方を伺った。

そして激しい応酬が始まる。最初に女戦士がやぁっと声を張り上げながらシンに切り掛かるべく前に進み出る。シンはその動きを完璧に見切りながらすれ違いざまに警棒を突き出すが、対する女戦士は恵まれた身体能力と柔軟な動きで縦横無尽に回避を行った。

「なるほど……」

女戦士は数多の刺突や斬撃の合間にフェイントを加えてくる。それに加え、女戦士は小石や骨でできた小刀などを投げつけてくる。その一連の攻撃は本当に見事なもので場慣れした武術家や軍隊経験のある強者でも大いに手を焼くような戦い方をしていた。

「読みようはある」

シンはそう言って全ての攻撃を見切っていた。相手の足捌きや手の僅かな動きから次の攻撃の予測を済ませていた。それに加えてシンは相手の戦い方から相手の素性をある程度予測していた。

「……ネイティブ・ヴィクトリアンの部族アレナ族の伝統的戦法だな」

「!?」

アラカワの言葉を聞いて女戦士の表情が変わる。

「知り合いのネイティブ・ヴィクトリアンからいろんな話を聞いてな。実際に見るのは初めてだが」

「なぜ、分かりました?」

アレナ族の女の問いにシンが返答する。

「……骨の小刀と小石に特徴的な紋様が描かれていた。血の神の汚れから身を守る呪いだな。それと一連の動き、ネイティブ・ヴィクトリアンの戦い方は部族ごとに多種多様だが、お前のは典型的な狩猟一族の戦法だ。首元や心臓を狙う反面、腸などがある下腹部に対しては一才攻撃がない。それでいて恵まれた身体能力や周囲の環境を柔軟に用いた戦い方は器用で狩猟に長けたアレナ族ならではの戦い方だ」

「……見事。流石アラカワの者です」

「流暢に話せるじゃないか」

「落ち着けば。あなたはどうやら戦士として太陽に愛されているようです」

「……珍しい例え方をするな。それに俺のことを知っているようだな」

「あなたのことは噂に聞いていますので。ワタリカラスの」

「それだけでか?」

「ええ、ワタリカラスは太陽の鳥で世界を寒さと闇から救った救い手。リンキト族の神話で特に重要なトリックスターです。リンキト族の戦士でもレイヴンを名乗るほどの戦士は少ない。まして他所の血が流れててなおそれを名乗る本物の戦士は一人だけです」

落ち着き払った女戦士は片言の話し方から流暢な話し方へと変わっていた。

「あなた相手に……油断は禁物。敵なのが残念です」

「こちらのセリフだ。高潔なアレナ族の戦士がなぜこんな海賊の用心棒を……」

「恩人。侮辱、許せない」

アレナ族の女はきっと敵意と怒りの宿った目を向ける。片言になった言葉一つ一つから殺気が溢れるのをシンも感じていた。だがシンは怯むことは一切ない。

「失礼……戦えばわかることか。手合わせ願おう」

そして再び両者が向かい合う。

最初に女戦士が突撃する。

「やぁ!」

アレナ族の女は目まぐるしく無数の突きをシンに加える。それは一つ一つが洗練された動きで速度とフェイントを交えた動きのリズムに目を見張るものが存在していた。そこらのチンピラや通常訓練を受けただけの兵士なら十数回は刺殺されているほどの次元にあった。

だが、シンはあまりにも凄まじい技量を有していた。

「……」

シンは意識と感覚を相手の動きに集中する。

まず、一撃を避ける。

フェイントを交えた殺人的な二段突きにも未来が見えるかのように動いていた。彼にメタアクトの類は一切ないが、彼はすべての攻撃に対応してみせた。

突き。

突き。

また突き。

どれも殺人的な疾風迅雷の熟練技である。が、アラカワはその全てを易々と回避していた。

そのやりとりは二分程度に過ぎなかったが、アラカワの体捌きは人類の軍事史においても類のないような洗練性を有していた。そしてアレナの女もまた並々ならぬ戦闘者である。この戦いだけ見ても彼女は素晴らしい技量を有していた。だが、勝負の天秤はアラカワの圧倒的な優勢に傾いていた。勝機はまだ女戦士にも残されていたがシンが軍略・戦術にも通じていることも考慮すれば勝負はほぼアラカワの勝利として見て間違いはなかった。

「はぁ……やる……」

息を切らしながら女戦士がなお戦意を態度と姿勢で示していた。

「見事、最後に名前を聞いておこうか」

「カレナ。カレナ・アレナ」

「シン。シン・アラカワだ」

「決着、着ける。私勝つ!」

興奮気味になったカレナにシンは終始冷静なまま応える。

「望むところだ。いくぞ」

そうして両者は構え、互いの動きを再び探り始めた。

ここからの両者は長く沈黙していた。

最初に仕掛けたのはカレナだった。

だが、シンが迎撃から一気に勝負に出る。

「終わりだ」

そう言ったのはシンではなかった。

シンの手に鎖がいつのまにか巻きついていた。

「……あー終わり終わり。忘れてない? ここアタシの領域」

シンの首元にカレナの短剣が急速に迫る。本来なら勝負はアラカワの勝ちだったが状況が悪過ぎた。だが、カトリーナはカレナとの間に割ってはいる。

「お前、やはり危険だな」

そう言ってシンの首に彼女は鎖を巻きつけた。

「……ぐぅ」

「お前デンジャラスすぎるだろ。心ん中猛獣専門の動物園あんのか? え?」

「ぐぅ、ぐぐぐ……」

シンの首に巻き付いた鎖に女海賊は力を加える。

「よせ! アラカワを殺すな!」

「ストップ、ストーップ、お願いやめて!」

レオハルトとセリアが叫ぶ。するとカトリーナがキョトンとあっけに取られたように彼らの方を向く。

「え……お前……え……?」

「頼むからよして。大勢人を救ってきたんだ」

「……うそぉ、だってよぉ、こいつの目さ……」

戸惑うような仕草を見せてから奇天烈なカトリーナの口から意外なほど正直で異質な内容の言葉が発せられた。レオハルトがその反応の意味を計りかねたタイミングでカトリーナがアラカワに対する危険性を奇妙な語彙と例えの数々で説明する。

「……暗ぇんだよ。こいつの目。奴隷剣闘士とか脱獄したての復讐者とかそういう連中が変態仮装行列に出る時の目してんだよ。深夜一時のクレパスみたいにさあ」

「どう言う意味かな?」

「……今のでわからねぇ?」

セリアは首を傾げるが、そのタイミングでレオハルトがフォローに入った。

「アラカワは英雄だ。僕からも解放を頼む」

「だろーな。だけどよぉ、トラウマスイッチ入った時は保証しねーぞ。憎悪の塊をビックバーガー四個分ぐらいの大きさのまま鍋にタールぶちこんで煮詰めたみたいな目してるからな」

「……つ、つまり?」

困惑するレオハルトにカトリーナが真面目な口調で囁く。

「あいつは『冷徹すぎる』ってことだ。……取り憑かれてんのさ」

「取り憑かれてる?」

スピリチュアルな物言いにレオハルトの困惑が深まる。だがその一方で『冷徹すぎる』というシンに対する人物評は的を射たものであった。シンはある種の倫理観や厳格な信条を有している一方で敵に対する苛烈さで傲慢な部分を見せることは少なくないからである。

レオハルトの困惑するのをよそにカトリーナは首の鎖に力を込めようとした。

「頼む、放してくれ」

「私もお願い。だって義賊でしょ?」

二人が再度懇願するとカトリーナはしばし考える様子を見せた。

「あいよー」

そして、カトリーナはあっさりとアラカワの首から手を離す。

「じゃーさー、頼みあんだけどさー」

カトリーナはそう言ってアラカワに触れる。

「こいつ下がらせてくんね? さっきからヤバめのイメージがガンガン頭はいってくんだよ。なー、後生だからよぉ?」

カトリーナは一見おちゃらけた態度をしていた。しかし、レオハルトだけが奇妙な違和感に気がついていた。カトリーナの目である。

それはわずかな変化に過ぎなかったが『後生』と言った時の彼女の目の瞳孔がわずかに大きく開いていた。そして顔全体もわずかな強張りを見せていた。

目だけなら興奮とも取れるが顔の筋肉のわずかな動きと合わせて考えれば『恐怖』と考える方が自然なものであった。

見落としかねないほど一瞬の表情の変化にそれは過ぎなかった。だが、レオハルトは彼女に対して次のように発言する。

「……わかった。彼は下げる」

「中佐?」

「すまないが」

「……わかった。指示に従う」

それを聞いたカトリーナは態度を変えた。

「おっしゃ。あんがと、命の恩人だわ……」

露骨に安堵したような彼女の物言いにSIA側の大半は首を傾げるばかりだったが、レオハルトは一つの事実を確信していた。カトリーナは明らかにアラカワに恐怖心を感じていた。彼女の奇天烈な言動と狡猾かつ高水準のアドリブ能力によってレオハルト以外で気がついている人物はほとんどいなかったが警察出身者のミリアと人との駆け引きに長けたサイトウの二人だけがカトリーナの変化に気がついていた。無論、シンの相棒であるユキも同様であった。

「……」

「……」

サイトウとミリアの二人はカトリーナの微妙な変化を見逃さなかった。

ミリアのアイコンタクトにサイトウが頷く。サイトウはおちゃらけつつ気の利いた一言を発した。

「俺としてもなー、俺が美女に蹴り飛ばされたり殴られたりするのは興奮するけど、健康褐色美女が傷物になるのは精神衛生に悪いからよぉ……ここらで矛納めて話合わないか?」

「いいぜー、おもしれー奴だな?」

「サイトウだ。知ってんだろ?」

「おー。砂漠惑星出身のマゾヒズムチャンピオン兼筋肉系ワンマンアーミーの変態だろぉ?」

「おうよ。美女に殴られて勇気百倍よ」

「何言ってんだてめぇら」

サイトウとカトリーナの混沌としたやりとりにスチェイが思わずツッコミを入れる。

不意に全員の視界がホワイトアウトしたかと思うとその場にいた全員を取り巻く景色が変わる。砂浜は元の艦橋へと変貌し、カトリーナは両手を上げて降伏の姿勢を示した。

「じゃーよ、トークしねぇ? 平和的な航海トークとして宇宙串焼き肉対策会議のAからEまでの未来予測をよぉ?」

「なんだよ、宇宙串焼き肉って」

カトリーナは陽気な笑みを浮かべて奇天烈な語彙を並べていた。スチェイがそこにいちいちツッコミを入れる。

「随分と……おもしろそうね」

カトリーナの背後に怒気を発しながら笑みを浮かべるユリコが立っていた。カトリーナ一派の海賊たちだけでなくSIAにすら怯えた声が発せられる。

「…………ん?」

カトリーナが背後のユリコに恐怖する未来は数秒足らずで訪れることとなった。

また、戦闘中ほとんど活躍のなかったルードヴィヒは南国気分から抜けず南国風のシャツ姿とカオスな言動で周囲を一時混沌とさせた。そんな彼もユリコの手でカトリーナ共々厳しい折檻と恐怖を味わう結果となった。

奇天烈な大海賊と友となる。セリアと彼女のつながりとは?


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