第二章 第三十九話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その23
レオハルトの作戦はシンプルではあるが綿密な計算で成り立っていた。
囮となる少数の戦力と膨大な爆薬や燃料を積んだ遠隔操作の軍艦で敵陣の注意を引きつつ、大勢の民間人や王族などを乗せた避難用船舶と護衛部隊などを反対側から逃すことを目的としたものであった。
だがこの作戦には二つのリスクがあった。
囮であることが露呈すること。
そして、当然、囮部隊として残す戦力の大半が死傷すること。
特に一つ目のリスクが致命的であった。囮役を行うは全力で負け戦を演じつつ、適切なタイミングで離脱し、敵が集まって軍艦を包囲したタイミングで発破する。
二つ目は避けられないとしても一つ目の課題を解決しなければ民間人と大勢の戦力を逃すという戦略目標そのものが破綻する可能性があった。
「……」
レオハルトは誰を危険に晒さすべきかに悩み、口を閉ざしていた。
「レオハルト中佐」
彼に声をかけたのはシン・アラカワ曹長であった。
「曹長?」
「……こちらへ。スペンサー大尉、スパダ少佐、マイルズ少佐も」
そう言ってシンは指定した士官を呼び出す。リッテンハイムだけは例外であった。
四人は大勢がいる場所を避けて、倉庫での対談を試みていた。そこは作業用の機械すらなく、物資や工具などの入った容器で面積の大半を支配するような薄暗い場所であった。
「坊ちゃんは呼び出さないんだね?」
「感情的すぎますので」
「いい判断だ」
レオハルトの説明にマイルズ少佐が微笑む。
「アラカワ曹長、話とは?」
スパダ少佐の質疑にアラカワはどこかへの目配せで答える。
そこにはサイトウ、ジョルジョ、スチェイ、エドウィン、ダルトンが真剣な面持ちでレオハルトらの前に現れる。レオハルトらが困惑した表情を見せたタイミングでアラカワが口をひらく。
「君たち……?」
「単刀直入にいいます。別働隊が必要でしょう?」
「……」
「勝算があります。我々にやらせてください」
「……はっきり言う。危険だ。集中砲火され、逃げ場はほとんどない。僕は反対だ」
「承知の上です」
「でも君らを失うわけにはいかない」
「我々も死ぬつもりはありません。高機動型AFの操縦に熟達し、戦術眼や状況判断に特に優れたメンバーだけで集まりました。他には黙ってます」
「そういう問題じゃない」
「この面々ならば十分に任務を果たせます」
「僕が問題視しているのは、部下を失うことだ。才気も将来性もある君らを失うのは大きな損失だ」
「身に余るお言葉です。しかし自分は取り柄の少ない男です」
「謙遜がすぎるぞ。君も大事な部下だ」
「失礼しました」
「それより、僕は君らを失うつもりはない。他の方法を……」
そこまでレオハルトが言ったタイミングでジョルジョが口を開いた。
「中佐、俺に関しては心配ないですぜ。どれだけやばい状況だとしても飛べさえすればいけますが?」
「俺もジョルジョと同じです。俺の場合は誰より死線潜り抜けてますので」
「親友として、そこのアホ二人の手綱を握ってきました。僕に関しても……問題ないとはいいませんが死にはしません」
「アホってなんだよぉ」
「毒舌ぅぅ」
苦い顔をするジョルジョに合わせるようにサイトウはおどけた口調を返した。
「うるさい」
SIAきっての三馬鹿はいつも通り軽妙な口調でじゃれ合いをしていた。
「よし、これなら大丈夫だな」
「エドウィン、君は大丈夫なのか?」
「アーハハハ! 逆です。この任務にこそ僕エドウィン・フィッツジェラルド・ラヒミが必要と言えます!」
インセク人である彼が甲高く響く高笑いをあげる。彼の笑い方は彼自身の人柄の誇り高さが表れていた。
「自信満々だね。でも、どうか無理をしないでくれ」
「無論です。僕の神話に打ち切りは早すぎるのでね」
「そうか。なら良かった。期待しているよ」
「感謝感激です。華やかな凱旋に期待ください!」
レオハルトの心配にエドウィンも普段通りに答える。
「賑やかだな。帰ってきた甲斐がある」
「皆を頼む。無理しないようスチュワートの補佐を」
「無論だ。それとドロシーにもこの任務のことを伝えてくれると助かる」
「なぜドロシー教官に?」
「他の面々まで無理する可能性がある。参加締切だ」
「わかった。なら援軍は出せない」
「それでいい」
ロジャー・J・ダルトンはレオハルトの言葉を聞いて満足げに頷いた。
そこからダルトンは黙々と何かを準備すべく通信をしていた。レオハルトはその連絡相手は格納庫にいる整備班であろうとはっきり察していた。
「ああ……そうだ。装備はB型で頼む。だが弾薬はそれほど多くなくていい。む……すまないが一度切る。詳しくは後でな……」
そう言って通話を切るとダルトンは物陰のほうに声をかける。
「ギリギリセーフといったところだな。やれやれだ、こっちに来い」
ダルトンの発言に観念したその男はコンテナの山から器用にこちらへと駆け降りてきた。
「うぉ!」
驚いた一同が拳銃を抜こうとする。
「待て」
だが、レオハルトが一言で制止する。
「……」
全員が緊張した面持ちになる。が、その顔を見て全員がひとまず警戒心を解いた。
「盗み聞きとは感心しないぞ。シガレット・ウルフ」
「タバコの件、感謝してます。SIAは喫煙者が貴方と私ぐらいですからね」
中性的で落ち着いたハイトーンの声をした美男がするりと華麗に着地する。その身のこなしはパルクールの技術のある軽業師やアズマ国の忍者衆などを思わせるような見事なものであった。
「身軽だな。やはり鍛え抜かれている」
アラカワもマーク・ウルフ・モートンの動きには素直な賞賛を口にしていた。
「アラカワ……だったか。いつ気づいていた?」
「つけられていると気づいたのは十分ぐらい前だな。だが敵意は感じなかったから泳がせたが……お前とはな」
「ほう……『カール・フォン・シュタウフェンベルグの最高傑作』は流石だな。そこの老兵でも気づいたのは直前だと言うのに」
「何度も言うが俺の取り柄は少ない。あまり褒めるな」
アラカワは控えめな態度を崩さない。ただ沈着な面持ちでマークの様子を見ていた。彼の双眸は夜闇のように真っ暗でありながら業物の刃物や妖刀のような異様な鋭さが宿っていた。なによりその足捌きと身のこなしには一切の無駄がなく、いきなり狙撃されても即座に反応できるような異質な雰囲気を彼は全身に纏っていた。しかも彼の体格は小柄であるにも関わらず、徹底して鍛え抜かれ調和の取れた肉体をしていた。これは注意してみないとわかりづらい特徴であるがマークの優れた観察眼はその事実を正確に見抜いてみせた。
戦闘力と隠密性。その両面においてアラカワの肉体は非常に最適なものへと形作られていたのであった。
「……悪かった。非礼はここで詫びさせてくれ」
「構わない。……それより参加するのだろう?」
「そうだ」
「感謝する。緊迫した状況だがお手並み拝見だ」
「楽しみにしてほしい。荒事も慣れている」
「……『慣れている』の次元でないだろう?」
「理解が早くて助かる」
マークはニヤリと笑みを浮かべるの見てアラカワも静かに頷く。
こうして七人は格納庫へと急行し、レオハルトら四人の士官たちはヴィクトリア級戦艦『シンシア』にある戦闘指揮所へと足を向けた。
レオハルトら含め大半の面々は『シンシア』にて各々の任務を遂行すべく躍起になって行動していた。使える船はシンシアと民間の輸送船を除くと全長三五〇メートルの『アイゼン級駆逐艦』と十隻と『ハリソン級巡洋艦』が三隻、空母はスペンサー級一隻しか存在しなかった。
連合王国側の戦力は『本命』の護衛に回るため加われる軍艦は巡洋艦四隻と駆逐艦二〇〇隻に過ぎなかった
対して敵艦隊は数千単位の駆逐艦と数百の巡洋艦、空母数隻に加えて旗艦であろう弩級戦艦『スラヴァ級』が威風堂々と敵を待ち構えていた。全長二四〇〇メートルの巨体に三連装砲や三十二門もの単装砲が備わっており破壊力と装甲の両面に優れた軍艦であった。
単艦で小規模な艦隊を安易と粉砕できるこの軍艦相手に正面から挑むのはヴィクトリア級戦艦ですら不利と言えた。
ましてシンシアはハリソン級の一隻と共に民間船側の『本命』に回している以上はそこに戦力を割くことはできず戦力差は絶望的であった。
AFの数に関しては敵軍のシモノフ級二〇〇機とジャール・プチーツァ級三〇機に対して共和国軍はホーネット級七〇機とハイパーイーグル十機に加え、SIA側にもホーネット三機、アラカワ機である『レイヴン・アポロン』とサイトウ機である『マンティス』、そしてジョルジョとスチェイの乗機である最新機である『ハイパーホーネット』が戦力として数えることができた。
フランク連合王国側からも機動性に優れた『グリムG』五十機と軽量な『ベルディエ級』三〇機に加え、騎士階級者の搭乗する指揮官機である『シュバリエ級』は五機も戦力に加わっていた。
AFに関しては一見互角以上であったが船舶の数的劣勢に加え、空母が控えていることを考えると敵の現状の数は先遣隊に過ぎず状況は不利であることは明らかであった。
セントセーヌ本星近海領域には敵が今か今かと待ち構えていた。
「えっぐいなあ……」
「現実は非情である。そうでしょう?」
エドウィンの言葉にジョルジョが付け加える。
「なら、センスと個々の力でやるしかないでしょうね!」
そう言ってエドウィンが気迫を見せる。それに呼応するように共和国軍と連合王国軍の艦船から砲火の光が煌めく。
それに合わせるようにしてAFが機動力を武器に敵の群れを次々と撃ち落としていった。
「弱え! 楽勝じゃねえか!」
ジョルジョ、エドウィン、アラカワの三機の活躍は特に目を見張るもので、単機で一個飛行AF大隊と渡り合うほどの勇猛さを発揮していた。特にジョルジョの動きについていける敵機は皆無で、高機動性を活かした大胆な戦法・飛行法により次々と敵機を己が戦果へと変えていった。たまらず逃げ惑う敵機をスチェイとサイトウが撃ち落とす。スチェイは堅実にサイトウは狡猾に敵を仕留めていった。無論サイトウら四人も共和国軍からすれば一騎当千レベルの活躍だが、ジョルジョ、エドウィン、アラカワの三人の技量はもはや次元が違っていた。
AFだけの戦いに限れば勝敗の天秤は共和国・連合王国側に傾きつつあった。いけると共和国軍の誰もが思っていた。
その時だった。
スラヴァ級から放たれた強烈な三連砲の一撃がハリソン級に直撃する。ジョルジョが先ほど言った言葉通り、現実は非情であった。
ハリソン級巡洋艦一隻が轟沈した。音はなく光だけがその事実を冷酷に自軍に告げる。
「そうか……」
レオハルトはその様子を指揮所の画面でじっと見つめていた。ルードヴィヒに至っては悲鳴に近い怒鳴り声を上げるしかなかった。
ついに味方が轟沈? 徐々に悪化する状況。レオハルトの作戦は果たして成功するか……?
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