第二章 第三十七話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その21
レオハルトら捜索隊は限界まで捜索を行う。
「……ここまでか」
何度も時計を見つめ、あるタイミングでそう呟いた。
「総員撤収。もう時間だ!」
「り、了解」
ライムがそう告げて指定のポイントまで逃げようとする。
だがそこで最悪の相手が待ち構えていた。
シモノフ級。ツァーリンの主力AFが小銃型の機関砲を持って市街地に侵入していた。
「隠れろ!」
レオハルトは五人にそう指示を飛ばす。
五人がちょうど建物に隠れたタイミングでシモノフ級が機銃掃射を仕掛けた。
けたたましく砲撃音が鳴り響いた後、車両と幾らかの銃火器が犠牲となった。
兵士はレオハルトが目にも留まらぬ速さで救助されていた。
「中佐!」
ユリコが手を伸ばすが、レオハルトが拒否する。
「何故です!?」
「無論、倒してからだ!」
そう言ってレオハルトが目にも止まらぬ速度で距離を詰める。AFとレオハルトの地点は五〇〇メートルほどの距離が存在した。だが彼はその距離をたった数秒で走破していた。AFは遅れて攻撃を仕掛けようと構えるが、狙いが定まらない。
その隙をレオハルトは最大限に利用した。
レオハルトはまず、味方兵士たちや死体が持っていた爆薬を強奪してシモノフの脚部に巻き付ける。
「ほんの気持ちだ」
レオハルトがそう叫んでスイッチを押すとシモノフ級が転倒する。そして無理やり起きあがろうとするシモノフ級の頭部をレオハルトが一閃を加えた。
光の如き斬撃がそのAFの頭部ユニットを二つに割れた鉄屑に変貌させる。
視界の聞かない鉄屑と化したAFのコックピットからパイロットが出てきて銃撃を加えるが、レオハルトの手で両断された。
「許さなくていい」
敵の命脈を瞬時に断ったレオハルトは軍刀の血を払ってから納刀する。
「さあ、行こう」
レオハルトはいつの間にかユリコらのそばに戻る。あまりに現実離れした早業に全員が目を白黒させていた。
「今の……一体?」
「メタアクト。僕の能力だ」
「それにしたって規格外なんだけど!?」
ライムが至極当然の言葉を叫ぶ。
「どうだろうね。僕は確かに速くは動けるし体は元の肉体よりすこし治りが良くなるけど、その程度で……」
「十分十分! 凄いAF相手に!」
ライムが興奮した様子できゃっきゃっと笑う。だが、すぐにアオイとユリコに頭を小突かれた。
「あいた!」
見た目こそボーイッシュな若い女であるが、ライムのウーズ人としての肉体は弾力性ゆえの衝撃を逃す特性が存在する。そのために物理的な打撃はあまり意味をなさないが、そうはいっても触覚はあるのでライムはノリの良さも込みで短い叫び声を上げた。
「死ぬわよ?」
「気を抜かないで。ここは戦場よ」
ソニアとペトラがお叱りモードとなる。それを見てライムが縮こまった様子となる。
「はい……」
ライムは心身共に柔軟なだけあって臨機応変な対応力と近距離戦の実力に優れていた。その反面、彼女は大胆ゆえにリスキーな行動をしがちな欠点があった。
レオハルトは彼女の無事に安堵しつつ指示を飛ばす。
「全員、わかっていると思うが救助活動はここまで。ここからは生き残ることを最優先だ。全員で!」
「了解!」
「了解」
「了解です!」
「了解ね!」
「了解だよ!」
そう叫んだ後、レオハルトがライムの方に向き直って真っ正面で言葉を追加する。
「特にライム、リスキーな戦法が多いからヒット&アウェイ重点で。戦う必要があるならなるべく撃たれない動きでいてくれ!」
「り、了解!」
「以上。ここから僕の指示通りに動いて!」
レオハルトは物陰に避難させるような形で全員に撤退の指示を出す。
AFをやられて及び腰になったタイミングでの素早い指示と撤退はレオハルトの統率力や判断力の高さと救助チームの連携のレベルが高いことを証明していた。
現に、共和国軍兵たちはやや手間取った動きで撤退していたが、五人に関しては十二分に逃げる時間を稼いでいた。だが、レオハルトはそれだけに満足はしない。
「みんなは先に。ここからはソニアが他に指示を!」
「レオハルト中佐は!?」
「撤退中の兵士を誘導する。まだ逃げられてない!」
「了解。やばかったら自分優先で!」
「ありがとう。そうする!」
レオハルトはソニアたちの後ろ姿を見送った後、もたついている兵士たちを守るべくメタアクトを発動させる。
レオハルトは世界が遅くなる感覚を感じていた。
弾丸の軌道どころか弾丸そのものすらを目視できる状態となり、レオハルトは音すらも置き去りにすることを可能とした。
まずレオハルトは距離を縮めるべく壁を走って兵士に近づく。彼は足を引きずった状態だったのでそれを抱き抱えて走る。そして十分な距離と物陰の場所に彼を置いたら、次の兵士を救い出す。
「次は……彼か。その次は……?」
盤面を見下ろすように戦場を見渡し、敵兵や兵器と近い兵士を瞬時に算出する。優先順位を決め、それに従って走り救い出す。彼は刹那に等しいほど短い時間でその場にいた危険な状況の兵士を一人、また一人と救い出す。
そして気がつけば敵の眼前にいたはずの共和国軍兵はすべていつの間にか消失していた。
敵が動揺している間にレオハルトが彼らを誘導する。
「こっちだ!」
そして時に敵の囮となって彼らが逃げる時間を稼ぐ。
ヒット&アウェイを交えた鮮やかな誘導で敵の目を釘付けにし、そして彼も消えた。
このようにしてレオハルトはその場にいた全ての共和国軍兵と仲間を救助してみせた。
そしてレオハルトは味方の軍用車両の群れに走って追いついてみせた。レオハルトにとっては小走り程度の速度であったが、全速力で進む車両に並走する若い軍人という絵面はその場にいた仲間や味方の目を否応なしに白黒させた。
「もう……なにがなにやら」
ライムが口をあんぐり開けた表情でレオハルトの方を見る。
「……神話の存在ですか、貴方?」
「その言葉は……親友のタカオに言ってくれ」
「あれは神話の擬人化ですよ。中佐」
冷静沈着を地で行く人格のユリコですらレオハルトが持つ神速の走力に目を見開くばかりであった。
これで順調に逃走かと誰もが思っていた。ところが。ツァーリン軍はなんと逃走する敵を想定した切り札を用意していた。
「随分と暴れているようだが、ここまでだ」
「……残念だが、君らはただの肉になる」
アンドレイ・クリコフの声が突如響く。鋼鉄アンドレイの異名を持つ強靭なサイボーグ兵士である。そのそばにはウラジミール・F・フォーキンこと『凍土の狂犬』と呼ばれる不気味な殺戮者がジープ型の軍用車両に乗って追跡してきた。彼らは車載の拡声器で一方的な殲滅を告げる。
「正直、気の進まない任務だが出番のようだ」
「そうかな? 狂った戦場に思わぬサプライズがあって嬉しいねぇ」
「……そういうところが気に食わんな」
「狂ったもの勝ちだが? 私は加減を知らないので」
そう言ってアンドレイは自分の大柄な体格より大きなミサイルランチャーを構える。フォーキンも装甲車の運転をしながら機銃の操作を器用に行なった。
機動性のある護衛の車両が民間人の乗る軍用トラックや装甲輸送車を庇う形でミサイルや機銃に被弾し次々と大破していく。
だがある段階でミサイルや機銃の弾雨が軌道を変えられたり、叩き落とされるようにして防がれていた。レオハルトの早業である。
銃弾や爆発の行き交う地上を青く光る一陣の疾風が全てを捻じ曲げていた。
「……何者だ?」
「レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ。お前を倒す者だ」
蒼き疾風から声が反響する。
風の先端から人の形をした高速の存在がアンドレイに斬りかかる。
アンドレイはミサイルランチャーを手前に投げ飛ばすとレオハルトはそれを綺麗に真っ二つにした。アンドレイはそのわずかな隙の間にコンバットナイフを取り出した。
そしてアンドレイはレオハルトと斬り合いになった。
アンドレイの技量は見事なものであるがレオハルトが圧倒的に有利であった。速度の桁がまるで違っていた。
「チッ……」
アンドレイはそこから見事な早撃ちへと繋げる。
アンドレイの戦法は卓越したものだった。しかしレオハルトはその弾丸すら回避する。
回避、移動能力、メタアクトで強化された身体能力はあらゆる致命の攻撃をレオハルト自身から遠ざけた。
レオハルトはその圧倒的な優位性を持って車両に斬撃を加えた。
タイヤを破損した車両は速度を落とし、共和国軍の車列を追跡する能力を失った。
「ごきげんよう」
レオハルトはそう言って落雷のような速度でその場から走り去った。
「……やられた」
「……だろうねぇ。相手が悪すぎた」
アンドレイとフォーキンは苦々しくそう言った。レオハルトの能力の高さは執拗なはずの二人に追跡を諦めさせたのであった。
そしてレオハルトが仲間の乗る軍用トラックに無理やり乗り込み、セントセーヌの撤退戦は一応の終息を迎えた。
「……みんな無事?」
「それより貴方でしょう!?」
レオハルトの問いかけにアオイが叫ぶ。
「やれやれね……無理をする」
その横でユリコがため息をついていた。
レオハルトが全員の顔を確認するとホッとした様子で荷台でぐったりと横になった。
「……あれ、『凍土の狂犬』と『鋼鉄アンドレイ』だよね?」
「だったわね」
「私、一度やり合った記憶がございますわ。お強い人でしたわ」
「え?」
「え?」
ソニアの発言にペトラとライムがギョッと二度見する。レオハルトが相手した存在はそれほどの相手であった。だが、レオハルトはその強敵二人を相手に作戦を完遂させた。
その噂は共和国軍とフランク連合軍の双方で既に語られることとなった。
かくして市民の救助に貢献したレオハルトらは一度基地に戻って今後取るべき行動についてしばし話し合った。
「脱出。ですね」
「そうだ。だが敵は艦船のある場所を血眼で探している」
「迂闊には動けんな」
「救援は?」
「だいぶかかるようだ」
共和国軍の全員が最適なアイディアを出すべく話し合ったが、市民と脱出する目的のためにどう動くか。その一点がどうしてもまとまらずにいた。ルードヴィヒにいたってはオロオロするばかりで建設的な意見は何一つ発することはなかった。
「……すみません」
レオハルトがそのタイミングで手を上げる。
「……なにか策が?」
基地司令がレオハルトの方をじっと見る。レオハルトは一拍だけ呼吸を置いてから答えた。
「大型民間船のデータはどちらに?」
レオハルトの提言にその場にいた者たちは皆目を丸くしていた。
危機の中、レオハルトの策とは……?
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