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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第三十六話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その20

セントセーヌに住む市民たちは大掛かりな避難を強いられていた。

町中の人間を非難させる大規模な集団行動という事象の性質上、その行動時間は非常にもたついたものになるのは避けて通れぬことであった。しかもフランク連合船籍の船や軍艦、共和国の軍艦の数は多いが市民を乗せられる規模となると大型の軍艦や輸送船に限定された。そのせいもあって基地や宇宙港周辺では多くの避難民で混雑する様相となった。

「アメリ地区の避難が済んでない、サイトウとロビー、ペトラはそっちに向かってくれ。エトワール通りもだ。ソニア、ミリア、セリア、急いで向かってくれ!」

レオハルトが在らん限りの声を出して指示を飛ばす。

「じ、セント・セーヌの市民だけでも億単位だ……全員の避難って……」

「出来るのか……」

その場にいた兵士の何人かが弱音を吐きそうになる。

「そ、そうだ……いくらなんでも無理だ……ここは我々だけでも……」

ルードヴィヒが恐怖のあまり卑劣な退却を申し出そうになる。だがそのタイミングでスチェイが叫んだ。

「手を動かせ。やることをやればその分助かる!」

「わかった。……おい、レンヌ地区の報告は!?」

市民の避難誘導の指示でSIAもフランク連合側もてんてこ舞いの状態になっていた。だが、敵が目の前に迫っているような状況ではそうした避難にも物理的な限界が迫っている。

「……ジョルジョ、すまないが」

「了解だ。こっからは『ノヴァーラの赤き鷹』が相手するぜ」

そう自身に満ちた宣言を言ってジョルジョが無線で誰かを呼ぶ。それでいくらかのやり取りを済ませた後ジョルジョがパイロットスーツに急いで着替え始めた。

そこからジョルジョは大隊規模のAF部隊を引き連れて上空から街の警備へと向かう。ジョルジョ自身もホーネット級に登場し最前線へと立っていた。

「全員、周囲を警戒しろよ」

「了解です」

ジョルジョはレオハルトが飛ばしている指示を聞いて避難が予定を大幅に遅れていることを理解していた。

故に自分がどれだけ戦えるかが地上の味方戦力の安全に繋がる、ジョルジョはそのことを強く意識していた。

「来やがれ……片っ端から撃ち落としてやるぜ……」

そして空からツァーリンの軍艦とAFが無数に展開する。

安価で整備性に優れたシモノフ級のAFと揚陸艇、そして大型の軍艦がいつの間にか空を埋め尽くすほど襲来し始めていた。

「オーバーロード! 敵襲だ!」

無線越しにジョルジョが叫んだ。

「イーグル隊、可能な限り多く撃ち落とせ」

「しゃあ!」

そう叫びジョルジョ率いるAF部隊が突貫する。

この時点でジョルジョの動きは群を抜いていた。飛ぶということに関してジョルジョは誰よりもそれを熟知していた。

ジョルジョは急加速で敵の真横をすり抜ける。その時点で一機落とす。その後、敵の回るようにして今度は落ちるように強襲を加えてきた。

その時点で敵が数機落ちる。誘導弾の直撃である。

あまりにも速い攻撃に敵も警戒心むき出しの機動パターンを描き出す。

次にシモノフ級の一段が機銃掃射を加えながら地表に向かって進もうとする。だが、自由自在に飛び回るジョルジョ機の攻撃に敵AF部隊は大混乱を強いられる。

その状況を作り出したジョルジョは変幻自在のヒット&アウェイ戦法を弾丸とミサイル繰り出してゆく。

「す、凄え……」

「少し任せる」

「え、あ、……イェッサー!」

華麗に敵部隊の一部を叩きのめしたジョルジョは僚機に足止めを任せ、補給のために地表に戻る。大急ぎで基地の滑走路に戻ったジョルジョはコックピットから顔をだす形でレオハルトに叫んだ。

「中佐、なる早で補給頼む!」

「よくやってくれた。やらせる!」

レオハルトは周辺の整備兵や作業員たちに急いで補給の指示を飛ばす。

「急いで燃料と弾薬を! すぐに敵が来るぞ!」

「もう用意してます。こちらへ!」

「わかった誘導させる!」

レオハルトがジョルジョに手振りで誘導するとジョルジョ機に集まった兵員たちが一斉に弾薬と燃料の補給作業を行う。

「今、状況はどうだ!?」

「地上の対空ミサイルと上空の自軍機でどうにか!」

「それでいい。少しでも敵を動きづらくする!」

「ですが」

「それ以上に方法はない!」

「ですが、市街地にも一部の敵歩兵部隊が到達したと!」

「な……くそ、急がせろ!」

ジョルジョは補給を済ませた後、再び大空へと機体を飛翔させる。

それを見届けたのち、レオハルトが集められる人員を集めた。

「全員聞いてくれ。逃げ遅れた市民がまだ市街地にいる。我々はその救助と避難誘導のために地上の侵略部隊を一掃する。AFに乗れるものは対空防衛を引き続き頼む。だが今から名前で読んだものは僕の指揮で地上の敵部隊一掃に向かってくれ」

そう言ってレオハルトが全員を一瞬一瞥してから名前を読み上げた。

「ペトラ、ソニア、ライム、ユリコ、アオイ。以上は僕と共に。スペンサーは残りの人員と共に基地防衛やAFを使った防空任務に向かってくれ」

「了解。しかし上空からの攻撃も予想されます。くれぐれも」

「承知している」

大急ぎで動きやすく戦いやすい服装に着替え、各々愛用の武器を五人は携えた。そんな五人を連れてレオハルトが市街地へと向かう。残りの人員の指揮はスペンサーに一任する形でレオハルトは市街へと急行した。

「ペトラ、ソニア、二人は先行して偵察を……むっ!?」

レオハルトが何かに気がつく。そして、血相を変えて叫んだ。

「伏せろ!」

全員が何かを察知し、即座に散らばる。すると地面のある一点に砲撃が炸裂した。

「ウラァァァァー!」

ツァーリン軍の兵士が破れかぶれのような突撃を敢行した。

銃剣の付いた小銃を持って十人規模の敵が来る。そこからの迎撃は非常に迅速であった。

「全員、迎え撃て」

レオハルトがたたそう短く指示する。

「初陣ね……」

ユリコがそう言って薙刀袋の紐を解いた。

それをきっかけに他の四人も臨戦体制を整えた。

まずアオイとライムが先陣を切って突撃する。

ツァーリン軍兵が何かを呟いたタイミングで二人が敵の体を軽々と殴り飛ばした。

指揮官らしき男が何かを叫ぶと兵士たちが一斉に銃口をレオハルトらに向ける。

「やぁッ!」

ユリコが短く叫んで薙刀を横に振るった。閃光のように速い薙ぎの一撃は兵士たちの首と腕を瞬時に両断する。

ライムは体を粘液に変えて進む。液体状のライムの体が兵士の一人の体に潜り込むと狂った動きをしながら兵士の肉体が別の兵士を撃ち始めた。

「おおっと!」

ライムの声と共に粘液が兵士の肉体から脱出するとその兵士の肉体が四方から銃撃を加えられていた。

敵の一団がライムの動きに注意が逸れている隙にソニアとペトラの猛攻が左右から加えられた。ソニアは卓越した銃火器の技術によって、ペトラは髪の毛から発射された毒棘や吐息の毒によって一団は追い込まれていた。

「ガ、がぁ……」

「ヒュー……ヒュー……」

毒と銃撃によってツァーリン兵が一人、また一人と仕留められる。

見事な連携に脅威を感じた生き残りたちは制圧射撃を行いながら石橋の下まで後退する。が、それは悪手だった。すでに回り込んでいたユリコとアオイの二人は半分虫の姿の戦闘形態に変わって待ち構えていた。

「ああああああああああッ!」

絶叫した兵士三人が糸によって上へと引き摺り込まれそのまま仕留められる。

終始、圧倒されたまま敵は指揮官だけが残される。

ツァーリン語で怯えた言葉を吐きながら指揮官らしき男は震える手で拳銃を持つ。

「なんて言ってる?」

ペトラがレオハルトの方を見る。

「そこまで詳しいわけではないが……『野蛮人ども、皆殺しにしてやるぞ。化け物なんぞ呼びやがって』とか言ってる」

「あーあ、じゃ、しょうがないか」

「ゴボボ……」

そう言って指揮官にいる液体状のライムが巻き付くようにしてその敵を窒息死させた。

「慈悲よ」

「慈悲ね」

ペトラとソニアは異口同音にそう告げた。

「あーあ。戦時だし正当防衛で是非もないよね」

「……」

「……」

「ソニア、ペトラ……どうし……え……」

三人は恐ろしいものに気がついた。石橋の下には逃げ遅れた市民の遺体が多く転がっていた。その中には子供の遺体も存在していた。

「……殺してよかった。なんてことを……」

三人の様子に気がついたレオハルトらもそこに駆け寄る。

「ひ、ひどい……」

アオイが口を両手で覆う。

「…………」

ユリコは黙って両手を合わせる。アズマ式の祈りであった。

「……」

「レオハルト」

「助けてあげられなくて……すまない。せめて、安らかに……」

レオハルトは泣きそうな目で神樹教式の祈りを捧げる。

そのタイミングで全員が気がついた。背後にツァーリン兵らしき気配を殺した抜き足が複数あることを。

「……そこの」

「…………」

「市民を殺したのは命令か。それともお前の意思か」

その場にいた全員がギョッとレオハルトの方を見る。レオハルトの顔には仲のいいマリアですら見たことないような怒りの形相が宿っていた。

そして、ツァーリン兵が何かを喚く。それに合わせるように他の兵士たちの下卑た笑い声が響く。悪意ある言葉と嘲笑であったことをレオハルト以外も確信した。

「……やむなしか」

その瞬間、レオハルトは鈴に似た音を響かせて抜刀していた。

「……ア?」

ツァーリン兵の一人の首がずるりと地面に落下する。

それと同時に何人もの敵兵が反撃する機会すら与えられずにバラバラに切断されていた。兵がいた場所には血溜まりと肉片と軍服だった繊維の欠片だけが残される。

「……お命、頂戴した」

レオハルトが軍刀に付いた血を振るようにして払うと綺麗な所作で納刀を済ませていた。レオハルトの攻撃は刹那すら置き去りにしていた。

「まぁ……?」

「は、はや……!?」

「……い、いつ抜いた……?」

「嘘でしょ……」

「ほぅ……」

ユリコを除く仲間は目を白黒させる。ユリコはその早業にただ感嘆の息を漏らしていた。

レオハルトは呆然としている仲間たちに向かって呼びかける。

「急ごう。まだ助けられる人はいる」

「は、はい」

レオハルトの呼びかけにライムが答える。

ユリコとアオイは姿を人の形態へ戻し、日陰から出る。ペトラやソニアもそれに続いて石橋から出た。

戦闘後は家屋を捜索し、生き残りの市民を誘導させる。感謝するもの、遺体に涙するものとまちまちであったが、救えた人物は確かに存在していた。

「あの……」

生き残りの中から小学生ほどの少女がゆっくりと歩み出る。

「え?」

「ありがとう」

少女が飴玉をレオハルトに差し出す。

「バイバイ」

少女たちを基地まで送る軍用車両に乗せた後、レオハルトらは避難民を乗せた車両の一団を見送る。

「……ああ、頑張る」

レオハルトはその飴玉を見つめた後、再び避難民捜索隊の指揮へと戻った。

悲惨な状況ではあった。だが。市民の被害を食い止めるためにレオハルトらはセントセーヌを奔走し続けていた。

ついに犠牲者が……それでもSIAと共和国軍、フランク連合軍は奔走する……


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