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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第三十五話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その19

ダルトンは血に塗れていた。

腹部には銃槍、切り傷や打撲が多くあり、足取りも骨が折れているのか引きずった様子をしていた。

「ドクターを呼んで。ギュンターを!」

グレイスがそう叫んで可能な限りの応急措置を施し始めた。

レオハルトは冷静な様子でダルトンから可能な限り情報の聞き取りに専念する。

「セントセーヌに敵の大部隊が迫っていることなら伺っています。ですがそれだけではなさそうですね?」

「そうだ。フランク連合の軍内部に内通者がいる。街に工作を施してから攻め入ると判明した」

「誰だ?」

「……ジャン・ポール・ミュレー大尉」

「大尉とはかなり地位が高いな」

「モンベリアル家が以前からマークしていた……本当に残念だよ」

スペンサーの発言にジルが苦々しく返答する。

「彼のことはご存知で?」

「……旧友だったが、疎遠になった。過激な思想にのめり込むようになったとはな」

そう言ってジルが遠くを見るような目をしていた。見知らぬ他人ではなく顔を知っているかつての友人が過激思想に染まっていく寂しさと悲しさがジルの表情に表れていた。

「心中お察しします」

「……すまない。かつて仲の良かった知り合いがテロリストになるのは辛いものがある」

そう言ってジルが目を閉じた状態で湧き上がる感情を堪える様子を見せていた。

「……サイトウ、スチェイ、グレイス」

「……はっ」

「ここに」

「はい」

「ミュレー大尉を捜索し捕縛せよ。不可能なら射殺も許可する」

「了解」

「了解です」

「了解」

レオハルトの指示に対し二人が準備に取り掛かった。その動きは早くとても手慣れたものであった。スチェイとグレイスは『ウィリー・エンハンスト』と『ベレトM93』の調子を見る。その後。予備の弾丸、閃光弾、ナイトヴィジョン、防弾アーマーを彼は装着する。

サイトウも『ウィリー・エンハンスト』、ナイトヴィジョン、防弾アーマーは同じだったが、手榴弾を三つとナイフを用意していた。

サイドアームは『WR-MP4』であった。装弾数三十五発の粒子短機関銃で銀河の銃器史でも有数の傑作銃の一つである。通称『MP4』と呼ばれるこの銃は対テロ部隊や特殊部隊の標準装備として知られ多くの任務、数多くの猛者に愛用された傑作短機関銃として知られていた。

特筆すべきはその信頼性と精度である。市街戦や閉所戦闘においてその真価が発揮される優秀な装備として有名で、頑丈さと信頼性を重んじるサイトウはこの銃も状況によっては選択肢の一つとして常に用意を怠ることはない。

「失礼」

落ち着いた声でサイトウがレオハルトに告げる。

サイトウら三名は随伴する国防軍歩兵部隊と共に装甲車に乗って指定されたポイントへと向かった。

レオハルトらがいる基地から市街へと向かうとその道中は非常に穏やかな日常が広がっていた。新聞を読む会社員らしき男に弾き語りが公園で聴衆に演奏を披露する。おしゃれな市街と路地には市民が各々のお洒落をしてゆったりと出歩いていた。

「全員、相手はフランクの軍人だ。過激思想に染まり訓練の成果を悪用する。容赦するな。こちらが殺されるぞ」

そう言ってサイトウが冷徹な目で歩兵たちと仲間二名に目を向ける。

グレイスとスチェイは目つきからして覚悟は決まっていた。だが、残りはあまり警戒しているそぶりがなかった。

「左右、周囲に警戒しろ。ドアの前に立つな」

そう言ってから数分後に装甲車は路地の三階建ての構造をした家の前で止まった。

「現着しました」

「やってくれ」

「了解」

歩兵たちが一階から、スチェイとサイトウ、グレイスの三人が二階から梯子で侵入する。無音で侵入したのにも関わらず明らかに不穏な風体の男たちが小銃を持っていた。

だがサイトウはとグレイスが冷徹な目線で小銃の引き金を引く。首と頭から血を吹き出した不審者たちは引き金を引くことなく絶命した。

「ツーダウン、グッキル」

グレイスが無線で淡白に告げる。

「了解。そのまま続行せよ」

その無線は司令室にモニタリングされていた。サイトウらの装備に付けられたボディカメラが戦闘の冷酷な様子を刻々と記録していた。それを残りの面々が見つめる。

途中、部屋に伏兵が五人も潜伏していたが全て三人の手で淡々と始末されていた。一階は若干手間取っていたが、サイトウらに遅れる形でクリアリングを済ませていた。

「状況、報告せよ。どうぞ」

「……こちらアルファ班、二名負傷。残りは健在。どうぞ」

「了解。一階で待機し、逃走防止に努めよ」

「了解。通信終わり」

そうグレイスが告げた後、スチェイらが三階へゆっくりと上がる。扉の前まで何もないが明らかに人の気配が扉の奥にあった。

「……」

スチェイがサイトウとグレイスの肩を叩く。両側の配置につく形で三人は扉を蹴り破る。そして、その扉の奥にミュレー大尉が座って珈琲を飲んでいた。

「……来たか」

「手を上げて、両膝をつけ!」

三人が周囲とミュレー大尉に警戒する。サイトウが銃口を向け他もそれに合わせる形でいた。

「抵抗はしない……無駄だからだ」

髭を生やした屈強な男がゆっくりと降伏に応じた。

テーブルには拳銃があったがそれは使われることはなかった。サイトウがそれを確保し、ミュレー大尉を拘束する。

「手を後ろに!」

サイトウの指示にミュレー大尉は淡々と従う。

そこからはただ静かに連行されるばかりだった。

驚くほどに順調。そして静かに任務が達成された。

「……」

だが、その不気味なほどの静けさにサイトウはどこか不吉なものを抑えきれずにはいられなかった。

「……」

「どうした?」

グレイスがそう疑問を投げかける。サイトウは慎重に答える。

「……嫌な予感がする。ミュレーの野郎はなぜああまで静かなんだ?」

「それはいいことよ」

「だといいが。なにか気になる」

サイトウはその不気味さにひどく警戒心をむき出しにしていた。

それとは対照的にミュレー大尉はひどくやり切ったような清々しい表情で車窓の景色を見つめていた。

イェーガーとランドルフの状況が伝えられたのはミュレー大尉を基地まで連行して十数分経った時のことであった。

「……なぜだ」

「ジル。この国は血に塗れることを求めている」

「……ミュレー……お前は……」

そうやりとりしたまさにその瞬間に通信兵がレオハルトに急報を告げる。

「偵察に出ていた部隊より連絡!首都星近海領域にて多数の敵艦隊が潜伏中とのこと!」

「……イェーガーか」

「はい。すでに偵察部隊が敵機と交戦し、ランドルフ機とイェーガー機を除くAF部隊が全滅とのことです!」

「二人は?」

「無事です。現在大気圏降下中とのこと。ですが敵機と未だに交戦中と通信もあります」

「最悪だ。もう敵が……」

レオハルトが大急ぎで全員に指示を飛ばす。

「スペンサー、リッテンハイム少佐は?」

「呼び出してます。まだ時間がかかりそうです」

「なら仕方ない。スペンサー、ダルトン、スチェイ、君らはここに残って共和国軍の動かせる部隊を集めてくれ。他は市民の誘導のため市街の防衛の事前に伝えた準備を。急いでくれ」

レオハルトのキビキビとした指示にSIAが一斉に『イェッサー』と告げると一斉にAFと銃器などの装備を整えるべく散り散りに走り去っていった。

その様子を尻目にレオハルトが通信兵にイェーガーら二人の様子を告げる。

「通信は?」

「まだ……今つながります」

モニタリングされたイェーガーとランドルフらのAFは大気圏で激しい戦闘を続けていた。敵機の数はレオハルトの想像以上に多くイェーガーが卓越した狙撃手であったとしても到底カバーし切れる数ではなかった。

「レオハルト様!?」

「イェーガー、無事か。どうぞ」

「はい。私とランドルフは。他は残念ですが……どうぞ」

「イェーガーもういい。一度基地まで引け。どうぞ」

「了解ですが……一つだけ」

「どうぞ」

「……街に守備隊と避難の準備を。敵が来ます」

「了解」

そう告げた後、イェーガーは三機もの敵を相手取った。敵機は誘導弾と機銃でイェーガーに攻撃を加えたもののその全てをイェーガーは回避した。

「……フー」

短く呼吸を整えたイェーガーは単射で敵機のコックピットを射抜く。その精密さはSIAでも群を抜いたもので敵機の回避機動の速度にも関わらず先読みの能力に秀でた素晴らしい射撃を加えていた。

寸分違わずコックピットを射抜かれた敵機は火を吹くようにしてバラバラに空中分解を始めた。

「ランドルフ。退け」

「……」

「ランドルフ。勝手に死ぬな」

「……生きてます。どうぞ」

そう言ってランドルフ機が敵に機銃掃射を加えてから大気圏突入の態勢を整える。それを見届けてからイェーガーも機体の制御と防御機構の調整を始める。

敵機らしき他の機体は脱出することも突入に備えることもできず燃えるようにして散っていった。安価で最低限の装備しかついてないAFに乗った悲劇であった。

「イェーガーさん」

「なんだ?コードで呼べ」

「失礼。街が燃えます。この後に」

「今は突入の熱で手一杯だ」

「……我々は」

「弱気になるのはやめろ。伝えるべきを伝えてからにしろ」

「…………了解」

消沈した様子でランドルフが弱音を吐きそうになる。だがイェーガーの説得と切羽詰まった状況がランドルフの口から弱音を奪い去った。そしてその後にあるのは誠実な任務への対応だけである。

それを強いられた二人は幸運にも地獄の戦場から一時的に逃れることが出来た。

「……生きてるな?」

「…………はい」

「今はそれで十分だ。死ぬのはあとでも出来る」

「……はい」

「生きろ。愚痴ったり現実逃避をしたりは生きてこそだ。生きて生きてやれることを見つけるんだ。話はそれからだ」

「了解」

イェーガーはそう言って熱の引いていく機体の計器系を見て安堵する。

「……スコーピオン1−1よりセントセーヌ駐在基地へ」

「……無事か。報告求む。どうぞ」

「はい。私とスコーピオン1−2は健在です。どうぞ」

「了解。君の幸運に深く安堵している。通信おわり」

「了解。通信おわり」

これからが地獄だとイェーガーは率直に思いつつ、心配の気持ちを隠さずむけてくれるレオハルトにイェーガーは深い恩義と感謝の気持ちを感じていた。ランドルフを庇いながらの戦いは熾烈で、機体の損傷や弾痕は少なからず存在した。状況はイェーガーの知り限り絶望的だがそれでもイェーガーはレオハルトに一抹の希望を感じずにはいられなかった。

そしてこの時から周辺に潜んでいたツァーリン連邦第六艦隊が首都星セントセーヌに対して大規模な包囲を行い始めていた。

迫る敵艦隊、市民たちへの防衛、課題山積の状況にレオハルトはどう挑む?


次回、ミュレーの思惑とは?

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