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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第三十三話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その17

アラカワはその人物を前に平然とした態度でいた。

真っ直ぐ目を見据えてくる彼にその人物は声をかける。

「そうか……お前もSIA側だったか」

「ああ」

ツァーリン人らしき老紳士がタバコに火をつけながら言葉を紡ぎ始める。

「グリフィンやダルトンは生きているようだな。今はグリフィンは少佐だったか?」

「そうだ」

「……つまらない人選だな。いま生き残っているのは強くて運がいいだけの男だけになったか」

皮肉っぽく彼はタバコの煙をじっくりと味わう。

「そうだな。お前の国のスパイ上がりよりかはマシだ」

「辛辣だな」

「卑怯で狡猾で幸運な奴以外は平等に死ぬよりかは遥かにマシだ」

「お前さんのところにスチュワートがいるだろう。あいつから毒舌の言い方を習ったのか?」

「教わりはしない。ただ俺は下劣な奴の言葉を受け流す術に慣れているだけだ」

「言うね。……まあ俺に関しては運がいいだけの老兵でしかないがな」

「謙遜が過ぎるぞ……『人喰いゾルゲ』め」

ヨシフ・セルゲーエヴィチ・ゾルゲ。

その名前はツァーリンの伝説である。

生き延びるために仲間の肝臓を食ったとも噂されたこの紳士然とした男はツァーリン連邦の歴史上でも屈指の策士である。彼は優秀な戦士として名前が通っており、本来なら人前に顔を出すこと自体が非常に珍しいことであった。

「……お前の執念深さに敬意を示したまでさ」

「からかうな」

「そう殺気立つな。今日は情報提供に来たんだ」

「なんの風の吹き回しだ?」

「慎重なのはいいことだ。そうでなければここに来た意味がない」

「……」

「さて、落ち着いてくれたので一つ話をしよう。我が祖国の話だ。正直に言うと……あー、腐り切っている」

「具体的に言え」

「そう急かすな。……我が祖国の書記長は怪しい組織と癒着している」

「……ほう?」

「元々、書記長は猜疑心と被害妄想の強い人物だったが怪しい組織の者と交際するようになってからさらに酷くなったのでな……こないだある人物を処刑した。その人物は非常に卓越した指揮能力と人望があってな。将来を担うとされた有能な人物だったがその最後はあっけないものだったよ。三日三晩食事を与えられず公衆の面前でギロチンにかけられた。首は一日中、首都の革命広場で晒されていたよ」

「……お前と関わりのある人物のようだな?」

アラカワの指摘にゾルゲは自嘲に笑う。

「ハ、ハハハハ……鋭いなぁ。そうだ、我の恩師だ」

そう言ってゾルゲは両手を差し出した。

「……匿名の通報者というのはお前か」

ゾルゲはアラカワの指摘に頷いてこう答えた。

「我は祖国とその理想のために美学ある殺人に従事した。人が人を殺し殺される。獣が獣を食うために争うのとはわけが違う。人間には人間の美学が必要だ。そのために秩序を作り理想郷を建造した。だが国の代表を補佐する立場である書記長プチルノフは過去に囚われ、覇権国家を夢見るあまり無謀な行動と反対勢力の粛清に躍起になっている……やつは祖国の害虫だ。始末するためなら手段は選ばぬ……む?」

ゾルゲが怪訝な顔をしたのを見てシンは振り返ることなくゾルゲを庇った。

辺りに銃声が鳴り響く。

だがそれはゾルゲを始末するための弾丸が来る音ではなくアラカワとゾルゲを救うための銃声であった。

「問題ない。俺には『狩人』がついている」

「……なるほど、イェーガーねぇ。……ククク」

ゾルゲは普段通りの含み笑いを浮かべながら周囲を見渡す。

シンも周囲の安全を確認後、レオハルトと無線で連絡を取った。

「ラプターより、オーバーロード。重要参考人を確保」

「……オーバーロード。了解した。直ちに帰還せよ。アウト」

「了解」

そう言って無線を切った後、アラカワは拳銃を引き抜いて周囲を見渡す。そうしながらゾルゲの手に手錠をかけることに抜かりはなかった。

「逃げはせん。日頃の行いだな」

「わかっているなら静かにしろ」

「ククク……」

そのやりとりの後アラカワとゾルゲはその場から退避すべく脱出ルートを目指して左右に揺れるように動いてその場から逃げた。

だが、あるタイミングでシンが立ち止まる。いつの間にか拳銃を引き抜いていた彼はある場所に狙いを定めていた。

「ククク……良い判断だ」

そこはちょうど死角となる物陰である。

景観保全のためのプランターと小さな裏通りの入り口の付近から何人かの男たちがぬっと姿を現す。背広の男たちは能面を思わせるような無表情でシンとゾルゲの方を見ていた。

「……」

「……」

「……」

不気味な男どもは三人いた。そして、殺気を感じさせる隙すら与えないほどわずかな時間でシンに肉薄していた。

そこでシンは見事な早撃ちで一人の脳天を正確に撃ち抜いた。

そしてもう一人の脇腹に弾丸を喰らわせた。だが銃でできることはそこまでであった。腹部に弾丸を受けた男は何故かペンをシンへと向けた。

シンは相手の意図を見抜いて即座に身体を大きく逸らす。彼のいた場所になんと銃弾が掠めていた。敵はペンに偽装した銃を隠し持っていた。その腕にシンは強烈な膝蹴りを喰らわせる。

「がぁ……」

男は腕を折られ短く悲鳴を上げる。そこにシンが組みついてその首を一瞬でへし折る。残りは一人であった。

「ヨシフを引き渡せ」

男はそう言ってナイフを構える。

「断る」

シンはそう言って徐々に距離を迫る。

暗殺者の男はそれを聞きナイフを構え、柄のスイッチを押す。すると切先がシンの頬の近くを掠めたが、シンにかすり傷ひとつ負わせることすらできなかった。そして男の体は糸が切れたようにどうと倒れ伏した。

飛んでくる刃とすれ違うようにしてシンはその敵の額に投擲用のナイフを命中させていた。

音も予備動作もない神業の投擲である。彼はいつのまにか片手を差し出すように投擲を済ませていたのだった。

「……ククク、惚れ惚れする技術だ」

そう言ってゾルゲは含み笑いを浮かべた。陰険な笑い方が不穏な印象を周囲に振り撒くがその賞賛は嘘のない率直なものであった。

シンはゾルゲの賞賛に関心を寄せることなく彼を安全な場所へと連行していった。

車両はイェーガーとミリアの二人が用意してくれたのでシンはゾルゲと共に後部座席に乗り込むだけで済んだ。

「アスガルドの車はやや気障だな」

「デザインはご不満かな?」

「いいや。ただ故郷の車とはデザインが違うなとな」

「どう言う意味だ?」

「無駄のないデザインでな。それが好きだ」

「……やれやれだ」

「そういうなAGUのよりかは遥かに好きだ。まあアズマの方が好きだが」

現場の後処理を現地警察と軍隊に任せ、シンたちは基地へと帰還していった。






駐在基地に着いてからルードヴィヒを除くSIAの面々はゾルゲの取り調べを行った。

それは最初難航するだろうと誰もが思っていたが、重要な情報をあまりにもあっさりとゾルゲは白状した。

「……大艦隊!?」

レオハルトはその言葉を聞いて目を白黒させていた。

「そうだ。といっても信じられないだろうがな」

「馬鹿な……フランク連合の艦隊だって停泊しているはずだ」

「どう考えるかは自由だが軍事同盟というのは不和を起こして崩すのがセオリーだろう?」

「何を考えている?」

「さあな……我に話せるのはここまでだ。それ以上は上層部も話すわけないからな」

そう言ってゾルゲは黙り込んでしまった。

ゾルゲがもたらした情報とは裏ルートによって潜伏した大艦隊が所定の日にセントセーヌに侵攻するという情報である。

「レオハルト様」

イェーガーが苦々しい表情で取り調べの現場に入り込む。

「イェーガー?」

レオハルトが疑問を投げかけるとイェーガーが重々しく口をひらく。

「厄介なことになっております。こちらへ」

嫌な予感を抱えながらSIAの面々はイェーガーに連れられて会議室に集められる。

「全員いるかね?」

基地司令のエリアス・フォン・カリウス大将からそう確認をされる。

「はい。特別任務に出ているダルトン以外は全員」

「うむ……今回君らを呼んだのには理由がある」

「は、それはどのような?」

「君らには幾らかの正規軍駐留部隊と共にセントセーヌに留まってほしい」

「……それはどういうことですか?」

レオハルトの背筋に冷たいものが走った。レオハルトが全員に目配りする。部下や仲間の顔色が青くなっているのを彼の目でもはっきりと確認できた。

「我々、共和国軍第六方面軍第二二遠征打撃群は救援に向かう必要が出た」

「大将、救援の件は他の部隊に任せることは可能でしょうか」

「それはどう言うことだ?」

「我々の情報によると大艦隊がここを攻撃する可能性があるという調査結果が出ました」

「それはゾルゲのことかね」

「ええ」

「残念だが、奴の情報は曖昧で危険すぎると統合参謀本部は判断している。その可能性は我々も疑ったがその可能性は低いと向こうは判断した」

「何故です。上層部とは?」

「……リッテンハイム大将他数人だな」

「…………」

「君の憂慮ももっともだが、上層部の決定だ。それに少数の部隊なら鎮圧できるようにフランク連合の軍からも警護の部隊が駐在している。あまり心配するな。君らは役目を果たしていれば問題ない」

大将の言葉にSIA側から抗議の声が上がる。

「しかし……周辺宙域の小惑星帯などに潜伏も可能ですが!?」

「リスクを減らすべきでは?」

「それに援軍とは……艦隊の戦力を割いてまで動くべきでしょうか?」

だが、その度に大将は決定したことで自分の一存ではもう変えられないとだけ言葉を繰り返すばかりであった。

「……なんなんだ、この状況は!?」

司令他、打撃群の指揮官が軒並み去った後にサイトウら数人の面々が苛立ちの声を上げた。そこにはロビーやジョルジョ、イェーガーなども苛烈な現場を経験したメンバーが含まれていた。

反対に冷静だったのは比較的ルードヴィヒ寄りの立場であるフリーデとマークである。彼らはそこに割って入った。

「……情報にまだ確証があるとは限らない。冷静に振る舞うことを推奨するわ」

「フリーデの言うとおりだ。それにもし敵部隊がいたとしても少数の工作部隊で我々だけで対処できる可能性の方が高い。ここはゾルゲの言葉に翻弄されずに任務にあたるのが最適だろう」

「…………だといいがな」

アラカワが冷淡な口ぶりを残してどこかへ消えていった。

彼らだけでなく軍からも楽観的な意見が存在していたが、SIAの大多数の面々は不穏な予感と不安を感じずにはいられなかった。

「上が動かぬなら我々でできることをすべきでしょうね」

「ユリコに賛成ね。ライム、ソニア、ペトラ。今から伝えることを手伝ってちょうだいな」

「……了解」

「……了解しました」

「……はい」

ユリコやドロシーの二人が冷静にできる限り準備だけは一先ず進めておこうとその場で提案を行ったことで一時白熱した議論は一応の収束を見せることになった。それでもレオハルトは不安を抑え切れない漠然とした不安を感じつつあった。

不穏な情報に、不在となる主力部隊


次回、首都に敵影迫る

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