第二章 第三十二話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その16
次の日の休暇は流石に穏やかなものであった。ただしレオハルトと彼の恋人のマリアを含めた賑やかさも存在していた。
「面白い人たちね。経験も考え方も全然違うから話してみて驚いたわね」
「そう、そこが僕らの強みだ」
「確かにね。発想が柔軟な人が多いと感じたわ」
「それにしてもマリアが仲良くなるの早くてびっくりだ」
「ふふ……いい人たちだったし!」
その横でサイトウとアラカワが会話を交わす。マリアは太陽のように温かく朗らかに微笑んでいた。
「……」
サイトウは誰かを見惚れた様子で惚けていた。それに気がついたレオハルトが声をかける。
「サイトウ、どうした?」
「中佐……マリア・キャロルだっけか、美人だな」
「急にどうした」
「なんだってこんな芸能人も真っ青な銀河級美人がここに? しかも……民間人だろう?」
サイトウとアラカワの疑問に答えたのはレオハルトであった。
「マリアには協力をしてもらっている」
「協力……どのような?」
「プロジェニアン関連の研究、および彼らと人類の協力の架け橋となることを目指したことでいくつかだ。人道に反した軍事利用されることを防ぐ狙いもある」
「先日の残業はその関連で?」
「そう考えてもらっていい」
それを聞いてサイトウが首を傾げる。
「だとしたらますます気になるんだが。マリアさんは大学関係者とか?」
「いいや。だが特殊なメタアクターなんだ」
「特殊なメタアクト?」
「エントロピー操作能力者。相当に珍しい能力だ」
「エントロ……なんだって?」
サイトウはますます首を傾げた様子を見せる。それを見かねたアラカワが彼に解説した。
「……エントロピーとは。乱雑さを表す度合いのことだが、この場合は熱量の総量と称したほうがわかりやすいな」
「……そりゃあまた大雑把な言い方だな。なんでまたそれがすごいんだ。熱やエネルギーを生んだり操るの能力者なら珍しくもないはずだが」
「問題はその系統の能力者の中でも最高峰の能力者ということだ。グリーフ使いの最高峰が俺の兄貴のタカオなら、マリアは熱量や力場を宇宙規模で操れるまさに能力者の頂点にあたる存在だ」
「へぇ……ってなんだってぇぇ……!?」
学にやや疎いサイトウもマリアの能力者としてのポテンシャルの底知れなさにひどく驚いていた。
マリアのメタアクトは簡単に言えば『エネルギー生成系能力者の頂点』であったが、もっと簡単に称するならそれは『奇跡や魔法』と称すべきおそるべき力であった。マリア自身が善良で平穏を望む人格であるためにその力は自身の平穏と正しいと信じ誰かを守ることのみに今まで使われてきた。だが、悪人である同種の能力者が歴史に登場した時には恐るべき宇宙的大事件を引き起こす能力なのは間違いなかった。
「僕も正直驚いた。マリアは政府に監視されていたとは軍に入る前から気がついたが、まさかそんな理由だったとは僕も意外だったよ」
「そ、それでそんな銀河的スーパーパワーと有機巨人とどんな因果関係が?」
ますます混乱した様子のサイトウにレオハルトが説明を続ける。
「プロジェニアンは自らを『星の子孫』と称し、古来より宇宙の守護者として銀河的な災厄からこの宇宙を守ってきた。だがそんな彼らの聖地たる惑星は原因不明の災厄によて消滅しプロジェニアンは銀河各地で離散して暮らすようになった。彼らはいくつか災厄を生み出した種族を追っていたがその一つが俺たちが追っている種族と同一だとマリアに語ったと聞いた」
「その種族……まさか」
「……そうだ。エクストラクターだ。彼らは時代や場所で偽名を使ってくるから特定が困難だったが先日ようやく決定的な情報を確保した」
「……随分と大きな話になったな。マリアさんは重要な証人となるわけか」
「ああ、だから今後は僕のそばで保護する。場合によっては彼女にも任務を手伝ってもらうことになるだろう。少尉相当官として扱われる可能性もある。要請が飛んだら現場経験の多い君がフォローしてもらうかもしれないからそのつもりでいてほしい」
「了解だ。最善を尽くそう」
「ありがとう。迷惑をかける」
「まあ、そこまで複雑な状況だったらだれもノーとはいわんさ。それよりルードの坊ちゃんのほうが心配だ」
「ルードヴィヒ少佐殿か……」
レオハルトも渋い顔を浮かべる。
「致命的に判断が遅い上に感情に左右されすぎる。現場が混乱するリスクがあって正直俺にも心配だ」
「確かにな……現場の経験はあるが良い報告は聞いてない」
「……詳細は言わないでくれよ?」
「そうだな。聞かないほうがいい」
「助かる」
レオハルトとサイトウは目下の問題であるルードヴィヒの指揮能力の低さに頭を抱えていた。だが、フランク連合で休暇を過ごせと指示されている以上、現状でSIA側ができることはまだ存在しない。なのでレオハルトとサイトウは仲間の士気に支障を出さないために最大限休暇を活用することに専念する決心を固めた。
そこからレオハルトらは仲間と食事や会話などで親交を深める形で穏やかな休暇を過ごしていた。
階級や出身などの垣根を超えてSIAの面々は思い思いの四日間を過ごす。その平穏を破る連絡がレオハルトに告げられた。
それは四日目の朝に唐突に告げられた。
「シュタウフェンベルグです」
マリアお手製の朝食に舌鼓を打っている時にレオハルトの携帯端末が呼び出し音を鳴らした。通知の名前を見て彼は不吉なものを感じながら電話に出る。
「中佐、至急全員を集めてほしい」
声の主はフランク連合国内の共和国軍駐留基地司令官クラウス・カリウス少将からの通信であった。彼は士官学校の友人ラルフ・カリウスの何人もいる叔父の一人であった。
「……司令、緊急の案件ですね?」
レオハルトは冷静に返答を返した。
「そうだ。まずいことが起きた。休暇中のところ悪いが」
「いえ、今はツァーリンとの戦争中、皆覚悟しています」
「すまない」
「それで案件の内容は……?」
「セントセーヌ市街にツァーリン人スパイが紛れ込んだという匿名の通報を受けた。その通報をした人物が場所を指定しているので一人だけ使者がほしいと言ってきている」
「……リスクがありますね」
「狙撃、複数人での襲撃、副毒、あらゆる可能性がある。あらゆる状況に単身で対応できる腕利きを向かわせる必要があると考えてほしい」
「……なるほど、でしたら候補はいくつかいます」
「ほう……」
「今現在で派遣できる人員としてはアラカワ、イェーガー、サイトウ、エドウィン、スチュワート、ソニア、グレイス……思いつく範囲でこれだけいます」
「ダルトンは?」
「別任務で動いてますので現状ではこれが手一杯です。アラカワがいたのは大きいかったです」
「交渉を前提とするならそちらにレイチェルやミリアもいるだろう」
「はい。ただし、今回の案件は相手の素性と目的が分からないという点を踏まえ、市街での対多人数戦闘をこなせる人員が的確だと思います」
「不適格か? ミリアは警察出身でレイチェルは軽度の軍規違反はあれど戦闘能力は優れていると聞く」
「ええ、二人とも現役よりも強くなりましたね。ですが相手がメタアクターでないことを想定したデータかと思います。そうでなくても相手が違法な機械化改造や何らかの搦手を使ってくる場合は不利と判断します」
「そうか……なら貴官の判断に従うとする」
「ありがとうございます。では当日はアラカワを向かわせます。何人か支援要員も」
「わかった。十分気をつけたまえ」
「ええ、では……」
レオハルトはこのリスキーな状況に対し相応しい人材を呼んだ。ただし三人。
イェーガーとアラカワ。接触役はアラカワ、イェーガーとミリアは狙撃手として遠距離からアラカワの周囲を監視することを命じた。
「了解。すぐに準備に移ります」
「それにしてもスポッターが俺でミリアは射手というのが気になる」
「同感ね。貴方とバディになるのは少し珍しいわ」
イェーガーとミリアの疑問に対してレオハルトが答える。
「ミリアは都市での戦闘に慣れている。それに狙撃手としての経験もある。今回は接触役にはリスクがあるがイェーガーと組んで遠くから支援するには打ってつけと判断した。疑問はあるかな?」
「いえ。警察時代に狙撃任務に従事しました」
「君は立てこもる犯人の小銃を正確に狙撃した記録が幾度もある。今回も期待しているよ」
「ご期待に添えるよう、全力を尽くします」
「頼む、イェーガーもフォローを」
「承知しました。マイマスター」
その言葉を皮切りに三人は装備を揃える。
シンは民間の護身用途で入手できる範囲の拳銃を用意する。旧式の『ハイパワー』と呼ばれる火薬式拳銃であった。火薬式において最後の最高傑作と称すべきタイプをどこからか取り出した。アラカワの準備の良さにはレオハルトも驚きを隠せない場合が少なくなかった。
だが準備の良さはイェーガーも同じである。
彼も普段通りM740の電磁加速式対人狙撃銃をいくつかに分解してケースに隠し入れる。その手際の良さは誰もが感嘆するほどの鮮やかな手つきをしていた。
そして彼も古式銃の扱いをされてるような回転式拳銃といくつかの投擲用の小刀を懐にしまった。
「……せいぜいお守り程度でしょうが、持ちます」
イェーガーはレオハルトに聞かせるようにして呟く。
ミリアの方も二人を見て手際良く銃の選定とプロテクターやボディスーツの着用を済ませる。光学迷彩に対応した最新式で二人と同様に市街での潜伏に適した色合いと各種装備を身に纏っていた。
「ナイトヴィジョン」
「よし」
「抜かるなよ。何が起こるか分からない」
「ありがとう。気を付ける」
「普段からな」
そんな短いやりとりをして二人は互いの装備を確認し合う。
アラカワの方も一見すると普段着と見まごう服装となっていたがその下には軽量ながら頑丈な防弾プレートが仕込まれていた。
「皆、今日はすまない」
「お互いの利益のためだ。任せてくれ」
そう言って三人が指定された配置に着く。レオハルトは基地の通信室で三人の作戦の推移を見守っていた。
セントセーヌ市街の中心にアラカワ。
そして、そこから二キロ離れた高層ビルの最上階にミリアとイェーガーが待機した。
「風速は二。方角は北北西」
「了解。調整するわ」
イェーガーの指示に合わせて微調整したミリアはスコープ越しに万が一に備えていた。そのレンズの先にはアラカワともう一人の人物の顔が存在した。
緊迫の接触、そして迫る戦争の影……
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