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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第三十一話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その15

その日の夜、夕食後のSIA一同はぐっすりと寝るか、何人かで集まって昔話をするかで分かれていた。その集まりは緩いもので大半は自室でぐっすり眠ることを選択したが残りはお互いの昔話や雑談に時間を費やすために集まっていた。

「……こうして話をするなんてそうなかったな」

サイトウがしみじみとした表情でそう発言する。

「ええ、任務外でこうして話をするのはあまりありませんでした」

「俺らはともかくこうして女子交えるのはレアだよな」

ランドルフとジョルジュがそれぞれそう発言していた。現にこの場には女性陣も何人か集まっていた。

賑やかを好むレイチェルにアンジェラ、ソニア・ペトラ・ライムの三人に加えアオイとサブロウタのコンビ、アンジェリカとユリコも起きていた。

「うえい、ユリ様も朝まで駄弁る派?」

「軍規は遵守ですよ?」

「う、うえい……」

釘を刺すとはまさにこのことで短く忠告を受けたレイチェルががくんと落ち込んだ様子を見せる。

「まあまあ……話自体は遅くならない範囲なら許すってさ」

「うえー、じゃあじゃあ遅くならない範囲でもりあがってこー!」

アンジェラのフォローでレイチェルが元気を取り戻す。やや脱線をみせつつその場にいた何人かが過去を語り始めた。

最初はサイトウであった。

「何を話せばいいんだ。俺の話なんて女体美の神秘とフェチシズムに限定されるぜ? あ、そっちが好みとか?」

「違う」

ユリコの直球の否定にサイトウのテンションがダダ下がりとなる。

「じゃあ……なんなんだ?」

「そうね。身の上話でもするがいい」

「鬱展開マシマシだぞ?」

「かまわぬ。そういう集いだ。かく言う私のも覚悟するがいい」

「ユリ様がそう言うなら……」

そう言ってサイトウが真剣な面持ちになる。その表情はどこか怜悧さすら感じさせる冷たさを見るものに与えていた。

「俺の生まれたところはな。『カノエウマ』ってとこなんだがな。そこは乾燥惑星で陸地の大半が砂漠なんだよ。んでさ、水の湧くオアシスとか熱帯に当たる場所はあるけどごく少数でな。だから流刑地としては打ってつけだったわけだ。そんな惑星で生まれたら治安なんて言葉が生ぬるく感じるような環境でさ。星出るまでずっと苦労したわけさ。ただ生きるだけで大変でよ。だから俺は『弱肉強食』って言葉マジで嫌いなんだよ。強いから特権なんじゃなくて強いのは前提って状況がわからねえやつの言葉だからさ。そんな天候と土地柄の星で育てば誰も彼もが荒事に慣れてるわけよ。ギャングも極道組織も珍しくなくてよ。……警察? ああ、現地のあいつら金でいくらでもなびくからな、話の合う汚職警官もいたけどよ。基本真面目なやつが好きだったぜ。すぐ死ぬけどよそんな育ちだから中学生ぐらいの年齢になったらびっくりしたぜ。だって他所の星の戦争が俺たちだったら喧嘩程度の規模だったからな。おかげで他所行ったら傭兵として食わせてもらったぜ。でもな……」

そう言ってサイトウは一度黙った。しばしの沈黙の後、彼は再び口をひらく。

「……ひどい時代だったさ。少年兵やる前は街郊外のゴミ捨て場漁って食えるもの探したり、少年兵やってる時はひたすら訓練漬けだったからな。まあ、拾ってもらった組織は大きな組織だったからラッキーだったよ。まあ、他所行っても戦争は戦争だったからそう言う時はまたひどい目にあったからな。……そんな俺がよ。カールのところで仕事してよ。カールは厳しい人だったがいい人だった。そんなカールが死んでよ。俺は悲しかったよ。でも……」

サイトウは言葉を迷うような素振りを見せる。

「でもよ。レオハルトはカール以上にいい奴だ。カリスマっていうのかね。あいつには人を惹きつける何かがある。何度も仕事を共にして中佐はカールと違う部分もあるとおもったけどさ。それはそれで心地いいものだったよ……あ、オチはねえぞ?」

サイトウはそこまで行った後、ギョっとした顔をした。

サブロウタ、レイチェル、ペトラ、ライムの四人がさめざめと涙を流していた。

「……俺の話ってそんなに泣ける?」

「だって……うへぇ、ぐず……」

ライムは幼子のように泣きじゃくっていた。彼の境遇への同情のあまり彼女は手でなん度も顔を拭きながら悲しみで肩を揺らしていた。レイチェルも同様に子供じみた泣き方を見せていた。

「……貧乏ネタは卑怯よ。私だって苦労したんだから……」

ペトラもライムほど露骨な泣き方ではないが彼女の目にも涙が浮かんでいた。ペトラは自分の涙を持っていた白いハンカチで拭く様子を見せる。

そしてサブロウタはサイトウに抱きつくようにして彼の髪を撫でる。

「サイトウよぉぉ、お前って苦労したなぁぁ!」

「抱きつくな抱きつくな、妻帯者の男に抱きつかれてもなぁんも嬉しくねぇ!」

男泣きするサブロウタが暑苦しい様子を見せるあまりサイトウは両手をバタバタと振るようにして彼の抱擁から全力で逃れようと抵抗を続けていた。

サイトウの半生の話からしばらく間を置いてから今度はユリコが語り始める。

「私が自分の過去のことを話しても馬鹿みたいに泣いてましたね。ああ、過去といえば言い忘れていましたが、あんな馬鹿みたいな復讐と憎悪に狂った過去でも嬉しいことはあったものですよ。おにぎり……恵んでもらったことがありまして。山の中で一人で暮らしているマタギのお爺様は料理が趣味でしたわ。かなりの変人でしたけども善良ではありましたわね。その人は眠るように穏やかに亡くなりましたが、そのお爺様といるときだけは……まだ泣いてるんですか?」

ユリコの話を聞いて四人がまたさめざめと涙もろくなる。

ソニアとサイトウがカオスな状況にたまらず路線変更を申し出る。

「……話題変えませんこと? この混沌が収拾できる自信がありませんわ」

「ソニアに賛成だ。こりゃ……もっと楽しい話題に変えようぜ」

「……具体的には?」

サブロウタがサイトウに問いかける。

「近所にいるロリータについて!」

「いや、ここは裸ワイシャツの神秘を!」

恍惚の笑みと共に二人は卑猥な路線を提示する。

「アホかぁぁ!」

サブロウタがソニアとサイトウを頭を張り倒す。

「そうよそうよ。もっと相応しい話題があるでしょ?」

状況を見かねたアンジェラが提案するそぶりを見せる。だがサブロウタは怪訝な顔をしながらその具体的な中身を確認する。

「ほお、言ってみろ」

「アラカワは攻めだよねぇぇ!!」

「お前もじゃい!」

そしてサブロウタはアンジェラも張り倒した。

「アオイ、こう言う時なんか別の話題ってなんかないか?」

「うーん。流石に思いつかないわ」

「そ、そうか」

「あなたこそ思いつかないの? 前に水商売してたでしょ?」

「メンツが特殊すぎて俺ぁフリーズしてる!」

 アオイとサブロウタは頭を抱えている時にレイチェルがアオイの肩を叩いた。

「あー……お困り?」

「レイチェル?」

「レイチェル、こう言う時なんかないか!?」

たまらずサブロウタとアオイはレイチェルに助けを求める。

「あー……怖い話とかいけんじゃね?」

「それだ。ナイス!」

サブロウタはレイチェルのチョイスに感嘆の声をあげる。多人数での会話を盛り上げることにかんしてレイチェルには定評があった。

「うえー、あ、ちょうどいいネタあるんだけど聞いてかね?」

「もちろん!」

「助かるわ」

レイチェルは満面の笑みで答える。

「うえー、まかせた!」

すっと改まった顔をした後、顔を下から電灯で照らした。

本格的な雰囲気を演出した後、レイチェルは怪談を語り始めた。

「…………あれは……数日前のこと。この基地でだるい残業していたから冷蔵庫に飲み物とりにいこうとした時。……その日の基地はただでさえ暗くて不気味だった。軍の歩哨がいてくれるはずだけど冷蔵庫の置いてあるダイニングルームは節電のせいか暗くて不気味だったのよ……その日は……ギィ……ギィ……って金属音、かしらね。していた」

「き、金属音?」

「そ、ぎぃ……ぎぃ……ってそこでヒィってわけよ。びっくりして周りを見たんだけど何の音かは見当もつかないわけよ」

「怖……」

「もう怖い? でもまだ怖いことがあったけど?」

「……ど、どんな?」

アオイが恐る恐る質問を投げかけた。サブロウタもその内容を息を呑むようにして傾聴する。

「……暗闇から……声がしたの」

「こ、声……」

「……五二三……五二四……五二五……って。しかも地獄の底から響くような怒気を感じさせるような唸るような低い声……やばいっしょ。その場から逃げ出そうとしたんだけどそこで椅子にぶつかってさ。倒しちゃったの……そしたら暗闇から『誰だ』って声がして慌てて逃げ出してさ。もうちびりそうだったわ……しかも足音しないのにすうっと黒い影が……しかも影は目が虚ろなのに鋭利で……まじやばかったわ……」

「ヒェ……」

「お化け……?」

「私は部屋に逃げ込んでガタガタと震えてたわけよ。そしたらアンジェラとキャリーが起きて慰めてくれてさ……おっかなかったわ。なんだったんあの影?」

「その後お化けは?」

「いや、あれから見てないし夜にダイニング行きたくないから飲み物は自室におくようにしたし」

「……」

「……」

予想より本格的な怪談でその場にいる大半が息を呑んだ。

「そ、そろそろ寝ましょうか」

「あ、あははは……そうだねー」

「……聞くんじゃなかった。寒気が」

ソニア、ライム、ペトラの三人が青ざめた顔で自室へ戻る。

その三人を皮切りに大半が足早に自室へと戻っていったがサイトウとユリコがその場に残る。

「……」

「……」

二人が黙っていると暗闇の中から誰かが数を数える声がする。


六〇一……六〇二……と低く唸るような不気味な声がひたすら何かを数えていた。


二人は顔を見合わせひそひそと会話を交わす。

「気がついているか」

「ええ」

「多分……あいつだろう?」

「そうね」

二人は気がついていた。金属音と数える男の声とその正体に。

「……アラカワ」

不意に声が途切れる。闇の中から黒いトレーニングウェアを着たアラカワが現れる。彼のそばには懸垂に使う鎖が垂れ下がっていた。

「……誰だ」

「ユリコよ。サイトウもいる」

「残業か?」

「いえ。それよりあなたの訓練。怪談になってるわよ」

「……は?」

ユリコの指摘にサイトウも続く。

「訓練時のお前、やたらおっかねえからな。なんで暗闇の中で?」

「愚問だな……孤独と絶望への感度を高めながら鍛錬をした。効率がいい」

「……そ、そうか」

筋トレや組み手をしている時のアラカワは周囲に恐怖心を与えるほどの殺気をばら撒くことは少なからず知られていた。特に彼の目つきは地獄の深淵を見つめるように暗く冷たい眼差しをしていたので、猛者ぞろいのSIAの面々でも彼と組み手の快く相手をしてくれるのはごく少数であった。そのためにアラカワは専ら空いた時間に筋トレをするか鍛錬の合間にゲームや読書をすることが多かった。

怪談の正体はよりにもよって組織一の実力者が行う普段の鍛錬の様子であった。

基地に取り憑く謎の亡霊、その正体を理解したユリコとサイトウは呆れ、ため息をついていた。

怪談の正体見たりアラカワよ


次回、休暇中のSIAに不穏が迫る

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