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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第三十話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その14

ライムとエドウィンの試合は沈黙から始まった。

一切不動。構えたままお互いに出方を見つめていた。

その異様な緊張感の中、冷静な面持ちだったのはごく少数だった。審判であるスペンサー、修羅場を多く経験したユリコやサイトウやソニアを除いた局員があまりの緊迫感に圧倒されていた。

「負けても恨まないでよ」

「そちらこそ、勝っても僕を妬むな」

「ならお互い様だね」

「そういうことだ」

唐突に二人はそう言葉を交わす。

両者、構えを維持した状態でゆっくりと相手の距離感覚を慎重に見定めていた。その上で交わされる平然とした会話は見るものをさらに圧倒する。

どちらが先に仕掛けるか。

全員がそれに注目するばかりだった。

「いいね」

そう言ってエドウィンが強風のように詰め寄る。

先に仕掛けたのはエドウィンであった。ライムが迎撃のために拳を繰り出す。

ウーズ人の軟体から繰り出された拳は鞭のようなしなやかで素早い一撃であった。だがエドウィンが華麗に避ける。

「んんぅ、センスぅぅ!!」

そう叫びながら彼は上体を逸らすように攻撃から逃れる。その一瞬を突くようにエドウィンの最初の攻撃が始まる。エドウィンはインセク人の軽快な身体を十二分に活かしてあらゆる攻撃から回避する。これが対人戦闘なら相手を消耗させることができるがウーズ人であるライムの身体の特性から考えるとそれは意味をなさなかった。

「ボクの攻撃をこうも!」

「これがセンスぅ!」

はじめに優勢を迎えたのはエドウィンだった。

強烈な蹴りがライムの腹部を直撃する。

「ごぉ!?」

ライムの肉体が軽々と吹き飛ぶ。だが、彼女も強者で転がるようにして体の衝撃を最小限に抑える。

「んんー、やっぱり天才とよばれるだけあるね」

ライムが満面の笑みで立ち上がる。

「なるほどな。やはり一筋縄ではいかんな」

「そりゃこんな体だし!」

ライムがそう発言すると攻守の様相が逆転する。ライムが腕を鞭のような状態に変化させると予測不能の軌道を描くようにしてエドウィンに猛攻を仕掛ける。

「ほらほらほら、避けないと!」

ライムがそう言って笑みと共に攻撃を加える。

「舐めるな僕を」

そう言ってエドウィンが体を回転させるようにして全ての攻撃を自在に回避する。

「うぇ!?」

「これがセンスよ。ヤマカンも読みも一流よ」

そう言ってエドウィンが笑みを浮かべる。昆虫顔だとしても感情が読み取れるくらい余裕の表情をエドウィンは浮かべていたのだった。

「ふはははははは!」

彼はライムの熾烈な攻撃を華麗に回避しながら高笑いする。

戦いの途中経過を見てモートンは頷く。

「卓越した身体性、三手先を読む戦術眼、生来の器用さと磨かれたセンスの融合、彼に勝てる戦士は銀河でもそうはいまいな。なにせ彼は五大国家のあらゆる格闘技術や戦闘術を知り尽くしたエキスパートだ。ライムがどれだけの戦士か知らない。だが、彼女には悪いが相手が悪すぎる。アラカワかサイトウが相手でもない限りな」

モートンはライムに対して憐憫の眼差しを向けた。達人を相手するには喧嘩慣れしただけの少女では分が悪いと言わんばかりの様子であった。

だが、その様子を看破したかのようにエリーゼが口を開く。

「……プロにしては随分と見通しが甘いな」

「ん……?」

「ライムはこの状況では有利だ。それは覆る要素は今のところ皆無だ」

「なにを馬鹿な……」

「まあ、すぐにわかる」

そう言ってエリーゼがイタズラっぽい笑みを浮かべていた。

クラーラもニヤニヤとその後の展開を予期して楽しげであった。

「……」

エドウィンはライムと激しい殴り合いに流れ込みながら釈然としない表情を浮かべていた。

「あれれ、さっきまで楽しそうだったのに?」

ライムの方は朗らかな笑みを全く崩さない。エドウィンの方はどんどんと慎重な戦い方へとシフトしていた。

「……じゃあ、こっちからいくね?」

微笑を浮かべたままライムが突進する。エドウィンは動揺しながらもライムの攻撃を往なすべく両腕であらゆる攻撃を迎撃する。その動きは武術の師範級の技量と言っても過言ではなかった。とにかく早く、そして精密かつ正確な腕の動きがライムの変幻自在な攻撃を最小限の動きで逸らす。

エドウィンは回避不能とも称されるその攻撃を初見で全て叩き、逸らす。

ライムは達人技に等しいその手腕に驚きつつも嬉々とした表情を見せる。

「あははは、すっごい! 今、ボクは猛烈に楽しいよ!」

このやりとりでエドウィンは全てを悟る。

優勢に見えたこの勝負、圧倒的に自らが不利であると彼は知った。

「…………これは」

エドウィンが状況を悟った段階でライムが攻勢を強めた。

というより、本領を発揮したと表現するのが適切であった。試合開始からここまでのライムは小手調べ程度の戦い方しかしてなかったのであった。

その証拠にライムは三段構えの三段目でエドウィンに最初の直撃を与えた。

エドウィンは体を転がすようにして衝撃を逃す。威力は最小限程度だったがそれでも重たい一撃をうけていた。

うぉぉ、と騒めきの声がSIAの面々の中から湧く。

特に目を見張ったのはアポロとロビーの二人だ。荒事に熟知した二人だからこそライムとエドウィンの一連の駆け引きの練度の高さに目を見開いていた。

天才と呼ばれるタイプの人間にはいくつか種類があるが、エドウィンは最短距離で目的に辿り着くことに長けたタイプだった。そしてエドウィンという男はあらゆる手段を熟知している。習熟と状況の認識が早く、判断が精密という部分において彼は恐るべき才覚が存在していた。だが、その恐るべき才覚の差を埋めるだけの何かをライムは有していた。

ライムは年少の少女のようにゲラゲラと笑いながら突撃してくる。

その瞬間だった。

エドウィンの背筋に冷たいものが走ったのは、まさにその時だった。

ライムは液体と肉質の中間の存在となった。

パチンと弾けたようにライムは青い粘液の不定形生物となって、エドウィンに突っ込む。ライムは全力を発揮し始めていた。

エドウィンは頭脳を回転させる。普通の兵士や戦闘者ならここで降伏するしかない。だがエドウィンはいくつか勝算を見出す。だがその大半はメタアクトやガジェットの使用が前提であった。今現在は一対一、素手での戦闘で相手を無力化するだけに留めるという条件でできることは二つであった。

一つは『核』をとらえた攻撃。

もう一つは発勁を用いた攻撃。

だが一つ目には致命的な欠陥があった。軌道が見切られること。その一点においてその手段はリスクがあまりに大きすぎた。

賢明な戦闘者も含め、大半の者が降伏を選択するが、相手がウーズ人であることに思い至り愚かにも一つ目の選択をするものは多い。それが普通の発想で、他のウーズ人の戦士なら有効打になるがライム相手だとそれは下策に成り下がる。

ライムの身体能力はウーズ人の中でも卓越した達人である。人間で言うなら若くして武術の開祖となったとか天才的なアスリートであるとかそういう水準で語るべきことであった。

そうなると必然的に発勁の技術を使った戦闘が最善手となる。エドウィンはその答えに行き着いていた。

発勁とは竜山連合で培われた力学の技術である。身体の全体重と反作用を利用した圧力を頸と称される。これを利用することで粘液状の知的生物相手でも打ちどころ次第で通常の直接的な打撃よりも高い威力の攻撃を可能とする。

エドウィンに残された活路は必然的にそれに集約される。

エドウィンは直ちにゼロ距離でライムと打ち合う。

「オラオラオラオラ! ここからどうするのぉ!?」

粘液状のライムはケラケラと笑い声を響かせながらエドウィンの攻撃を軽々と避ける。

「……ここだ」

そう言ってエドウィンが距離を詰める。

エドウィンは全体重を乗せた一撃をライムに叩き込んだ。並の兵士なら5メートルは吹っ飛ばされて気絶するのが既定路線である。

だがライムの防御能力は格が違った。

「……あれれ、いつの間に竜山武術なんて習ったの?」

「少し練習しただけだ」

エドウィンの発勁は少し練習したという言葉と違って非常に練度の高いものだった。

「やるねぇ……でも惜しかったね?」

ライムは粘液の中から元の頭部を生やす。その顔には少女のような朗らかな笑みがにっと広がっていた。

そこでエドウィンは全てを察した。己の敗北を彼は即座に悟った。

そこからエドウィンはライムの粘液の体に抑え込まれる結末になった。

「ごぼぼぼぼぼぼ……」

エドウィンは粘液の体の中で溺れる結末を迎えることになった。

無論、これは公正で平和的な勝負なので彼は多少の苦痛を味わい無力化されるだけで済んだ。勝負はここで終わった。

平和的だったが苛烈な勝負の行く末に見る者すべてが拍手を送っていた。

「やるね。あの男」

「ええ、私が見た中でも上位の実力者よ」

「ソニアがそこまで言うなら……そうでしょうね」

ソニアとペトラはエドウィンの敢闘を称えた。二人にとってライムが相応の強者であることは揺るがない認識であった。

「ただいま!」

ライムも朗らかな笑みで二人の元へと戻る。見知った友達を遊びに誘うのようにライムは粘液から人の姿に戻りながら二人の元へと駆け寄ってきた。

「勝った勝った。面白かった!」

「ライムもそこまで言うなんて……サイトウとアラカワ以来ね」

「そうよ。エドウィンは間違いなく天才だわ。しかも規格外の」

「……みんな奇人変人だけど天才でもあるってことかしら?」

「そうかもね……?」

そうして、SIA陣営の手合わせが終わる。

「興味深かったわ」

ダイアナ・ルーナが満足げに頷いてそう発言する。

「お気に召してもらえてなによりです」

スペンサーが仰々しくお辞儀をしながらそう言った。この試合だけでSIAの人材の層の厚さをダイアナに印象付けることに成功していた。

気絶していたエドウィンを抱えてSIAは駐在基地へと帰還する。

その道中でエドウィンは目を覚ます。

「……負けたか」

それに対してサイトウが答える。

「ライムは強えからな……」

「サイトウ、戦績は?」

「え」

「戦績を聞きたい」

「うーん。ライムとは五回くらいやって四回は勝った」

「アラカワは?」

「あいつ?」

「どれだけ勝った?」

「……」

一拍だけ間を置いてからサイトウが口を開く。

「……一度本気でやり合ってどうにか俺が辛勝。訓練だと……」

「だと?」

「一〇回やってあいつが全勝。全く歯が立たねぇわ」

エドウィンは口をあんぐり開けたまま呆然としていた。

そんなやりとりの後、SIA一同は基地で夜を迎えることになった。

決着。しかし、上には上がいる……!?


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