第二章 第二十七話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その11
SIAの面々がフランクに来てからはそれなりに静かな休暇であった。
しかし、奇人変人の彼らがただおとなしく過ごすというのは甘い幻想であった。その証拠に彼らの静寂は一日も経たずに賑やかな珍事へと変貌し始めていた。
「ブティック、いかない?」
ペトラの提案にライムが食いつく。
「いいねぇ!」
目を星のように輝かせながらライムが猫のようにペトラに抱きついてくる。そんな様子を見てソニアが呆れたようにフッと息を吐いた。
「ペトラ、ライム。あまり羽目を外すのはお勧めしませんわ」
「えーソニアだってオシャレしたら可愛いし」
「私たちはこれから大掛かりな作戦に関わるんですよ。英気を養うよりこれまでの訓練を見直すのが先ではありませんこと?」
それに対してレイチェル、アンジェラ、キャリーが反論した。
「わかるけどさー。それで疲れて作戦ダメになったらダメじゃね?」
「それ。ここはレオハルト中佐の言葉にしたがって過ごす方がいいと思うわ」
「……うん。アンの言う通りだと思う。それに大事な人と連絡する時間が欲しいし」
示し合わせたように反論しているのを見てソニアが何かを察する。
「……そう言って休日を満喫したい気持ちもなくないでしょう?」
「うぐ……だってSIAはともかく軍隊って男社会だしぃ」
「え、えっと、私もかく言う甘美なる男同士の園……もとい創作が待ってまして」
「……だ、だってルーナとお話ししたくて」
ソニアに図星を突かれて三人は本音を漏らしていた。
「…………フッ」
ソニアはどこか皮肉っぽい笑みを浮かべてため息をつく。
「あーここで笑うんだー!」
「あなただって私以上の剛の者でしょうが!」
「うう……ソニアさん理解のある友達だと思ったのに!」
ソニアの様子に対し、三者三様の怒りの声が飛んだ。
六人のそんな緩んだ様子に対してスペンサーとユリコが殺気のこもった笑みを浮かべて近寄る。
「…………これはずいぶん楽しそうねぇ。お話」
「…………賑やかで結構だ」
二人のまとめ役が放つ殺気と皮肉によって六人の女たちは借りてきた猫のようにおとなしくなる。そんな様子を見かねてサイトウとジョルジョが横から割って入る。
「まぁまぁまぁまぁ、お二人様方。休息も戦士には必要だぜ。ここで殺気を放ったら仲間は萎縮するし、街の人は怖がるしでいいことはねえさ」
「ジョルジョの言う通りだな。それに今俺たちがやるべきは備えることだ」
サイトウとジョルジョにしては珍しい正論にユリコとスペンサーが顔を見合わせる。
「……お前にしてはまともだな」
「本当ならここで一回ふざけたいが。そうもいかんだろう。特に忙しそうにしているのがいるならな」
「……レオハルト中佐か」
「ルードヴィヒの坊ちゃんは久々の休日だと浮かれているが、レオハルト中佐は人と会ったり仕事に注力したりしている。本来の彼を考えると不安だ」
「ルードヴィヒ少佐殿はともかくレオハルト中佐が調査のために誰かと会っているのは確かだがそれ以上は伏せてきた」
「いいのか。そこまでの情報だって……」
「……だからこそだ。お前たちはこれから大きな任務が降ることを想定して休みを過ごせ。俺から伝えることは以上だ」
「……そうか」
サイトウは真面目な表情を浮かべ頷いてから次のように呟いた。
「ならば……フランク連合で俺たちのやることは一つだ」
「なんだいサイトウ?」
神妙な面持ちでいるサイトウにジョルジョは固唾を飲んで見守る
「早めようか。ファッションとエロティシズムの融合研究を」
「おめーいい加減にしろよ変態マッチョ!」
スチェイが横からツッコミと張り手を入れる。
「いでで、適度な加減だな」
「俺の暴力まで評論すんな! スケベソムリエ野郎!」
「サドマゾは究極のエロスだからな」
「せめて会話しろ! 耳ついてんのか」
とうとう、スチェイは猥談を好む筋骨隆々な変態の首に組みつく。かと思うと彼は筋肉質なその肉体を怒りに任せるように持ち上げ倒れるように床へと叩きつける。
紛れも無いブレーンバスターであった。
その見事な技の腕前に通りかかりの観光客から歓声と拍手が起こる。演武の実演と勘違いされていると一同はすぐに察した様子になった。
「俺じゃなきゃやべえよこれ!」
「普通に起きて会話するお前もなんなんだ。というかお前がふざけるから悪いだろうが」
そんな二人に対しスペンサーはゲンコツを与えていた。
「暴れんな」
スチェイとサイトウを鉄拳制裁で沈黙させた後、一同は二人を引きずる形でブティックが多く存在する地区まで引きずっていった。
「……」
「……」
三馬鹿トリオはスペンサーを前に無力同然であった。というのも、スペンサーは組織の規律と秩序に厳しいためスチェイはともかくジョルジョとサイトウにとっては天敵と表現しても過言ではなかった。今回の制裁は多少を痛みを与えられた程度でこれでもまだ穏便と言えるような結果と言えた。
「やれやれね」
ユリコは目の前の光景に呆れた様子でため息をついた。
そこにジョルジョが寄ってくる。
「ですねぇ。なんで少し離れたところでお茶でも……」
「……」
ユリコは耳元まで近寄って囁く。
「そうね。私相手で素手で勝てたら考えてもいいわ」
それを聞いたジョルジョが青ざめた顔で尻込みする。
「せめてジェットパックを……俺はサイトウと違って……」
「だめ」
「御慈悲をぉぉ……」
セントセーヌの街に女好きの悲鳴がその場に木霊した。かくして、SIAの主要メンバーたちのお洒落探求と休息が始まる。
「任務になったらお洒落できないし、楽しむよ!」
「おー、インスピレーションの予感」
「わー、これってダイアナが着てた新作の!」
レイチェルが先頭となって女性陣がフランク連合王国流の洋服を巡る。男性陣は荷物持ちがもっぱらだがその反応は意外に様々だった。
「……どうしてこうなった」
スペンサーとルードヴィヒは不満げであった。他の男性陣は意外にも楽しんでいる様子を見せる。
「アポロ、これは鍛錬になるな!」
「兄貴ぃぃ、妻の分の服、買ってもいいですかい!?」
「無論だ。もっと持つぞ!」
「ありがてぇ!」
「…………」
アポロ・ローレンスは妻ジェニーへのお土産のため、ロバート・アーサー・チェンは鍛錬のために乗り気であった。そこにアルバート・ネイサン・イノウエも無言で参加する。
「うふふ、どうかしら」
「情熱の赤……素晴らしい」
アオイとサブロウタは試着を繰り返しながら仲睦まじい様子を見せる。
「えっと、エドウィンさん? 僕は女の子が専門で……」
「ハーハハハ! この僕エドウィン・フィッツジェラルド・ラヒミの美貌は性別すら超越するのだよ!」
「……サイトウらと一緒になるべきだったぁ!」
そう言ってエドウィンは手慣れた様子で試着と買い物にランドルフを付き合わせる。ランドルフはエドウィンに振り回されて悲鳴を上げていた。
「綺麗だよグレイス少尉! とっても似合ってるよ」
「えっ、えっと」
普段ツッコミ役となるグレイス・デイヴィス少尉は着せ替え人形のように着慣れない服に着せ替えられる。フリル付きのドレスや淡い色彩のスカートなど、フェミニンな洋服ばかりで顔を真っ赤にする。その様子を見てミリアが少女のような無邪気な笑みを浮かべる。
「私はもっとズボンとかの方が……」
するとミリア・メイスンが抱きついて耳元で囁く。
「グレイス少尉。今すっごく、可愛い」
「……!!」
「うふふ」
ミリアにすっかり翻弄されているグレイスはさらに顔を赤らめていた。
「えっと、こっちはまたの機会に!」
二人のやりとりの間にユリコがサディステックな笑みを浮かべる。
「おやおや、イメチェンも人生には必要ですよ」
「ユリコさんの言う通りよ。うふふ……」
ユリコの言葉にミリアも小悪魔な笑みを浮かべた。
「あば、あばばば、ひゃ、ひ……」
とうとう羞恥心のあまり、グレイスは手で顔を覆って素っ頓狂な声を上げた。その声色は普段の凛々しい軍人らしいものとは対照的な可愛らしい悲鳴であった。
そんな様子を見てルードヴィヒは場違いなお説教を始める。
「えー、貴様ら。わかっていると思うが、我々は誇り高い共和国軍人だ。此度の旅行も節度を守って軍人らしく品行方正な振る舞いが求められる。いいか、我々に必要なのはは休息もだが鍛錬も肝要で……」
だがそんなルードヴィヒは汗だくで荷物を抱える。
「よし君もこれを持とう。ともに体を鍛えよう」
「わ、私は貴様らの管理者として」
「ならば鍛えよう! わしも手を貸すぞ」
ロビーの善意でルードヴィヒの荷物が増える。
「腕がぁ!」
ルードヴィヒの悲鳴をよそに他の面々は買い物を楽しんだ。
荷物を車に詰め込んだ後のルードヴィヒは疲労困憊となっていた。彼はとうとう四つん這いの姿勢で息を切らしていた。
「あー……大丈夫?」
そこにライムが心配げに彼の顔を覗き見る。
「……私はぁ、誇り高き、リッテンハイム家のぉ、……ゼー……」
「無理しないの。せっかくの休みを寝て過ごす気?」
「ゼー……ゼー……も、も……」
「も?」
「も、もう寝たいぃ」
「しっかりしなよ。せっかくみんなでステーキ食べれられるのに」
「ゼー……す、ステーキはぁ……実家で……飽きるほど……」
「えー、働いた後の肉だよ。贅沢の極みじゃん」
そう言ってライムは目を輝かせる。ライムもソニアとペトラに混ざってお洒落探求を楽しんでいたが、ライムはお洒落以上にこれからの食事を楽しみにしていた。
「ライム、ほっといたら?」
「ライム、彼は優しさにつけあがる悪癖があるのでおすすめしませんわ」
ソニアとペトラはライムに忠告する。だがライムはどこか気になった様子で次のように言った。
「まー、そうだけど荷物持ちさせたの私たちだし。それになんか他人の気がしないんだよね」
「その根拠は?」
「んー……女の勘?」
「……」
それを聞いて二人が考え込む様子を見せる。
「勘かぁ。ライムのは当たるからなぁ」
「ええ、ライムは昔から鋭いところがあります」
「でしょ。それに……」
そう言ってライムが満面の笑みでルードヴィヒの肩を揉んだ。
「リッテンハイム家に恩売っておけば役立ちそうだし? ニシシ……」
「こ、この、小狡い軟体動物系小娘めぇ!」
「あっはは、こっちこっち!」
「待てぇ……この!」
そう言ってルードヴィヒはライムを追い回す。ゲラゲラと底抜けに明るく笑いながらライムはルードヴィヒとの追いかけっこを楽しんでいた。
その後、SIAの面々は近くのレストランで食事を堪能してから一度ベースキャンプへと帰還する。そして彼らは休暇最初の夜を迎える。
奇人変人たちの休暇は賑やかに進む……サイトウとイェーガーはここでどう関わる?
次回、思わぬ珍事




