第二章 第二十五話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その9
レオハルトは薄いコートと帽子を身に纏いながら路地裏である人物と出会っていた。
「……つけられてないな?」
「ああ、イェーガーが見てくれている」
そう言ってレオハルトが空を見上げるふりをしてある方角に視線を向ける。シン・アラカワとロジャー・J・ダルトンの二人はそれぞれ違うタイミングでその合図を確認する。
「最適解だな」
シンはそう言って読んでいた小説から顔を上げるようにして屋上の光の反射を見た。
「……良くも悪くも他の面々は騒がしい。単独行動を好むアイツなら打ってつけだ」
そう言ってダルトンもタバコに火をつけた後、空を見上げるようにその位置を確認する。
「ありがとう。あと……君らはどうだ?」
「……こっちはかなり混沌としている」
「こっちに関してもだ」
二人は口を揃えてこう言っていた。共和国などの銀河の裏社会とツァーリンの政界はかなり揉めていることをレオハルトは即座に悟った。
「まず……ダルトンから聞こう」
「あの国はどうしようもないほど病んでいる」
開口一番にダルトンがこう言った。
「察してはいた。改めて詳細を聞こう」
「……書記長プチルノフ、過去の栄光と陰謀論に苛まれてどうしようもなく病んでいる。第二次銀河大戦が継続しているつもりでいるようだ。超大国であろうとする歪んだ自尊心と懐古趣味に任せて粛清を続けている。わずかな失敗をした者を切り捨てる上に有能な人物も疑わしきを左遷、または粛清している。私の『友人』はどうにか生きてるがげっそりしていた」
「完璧主義もここまでくると病気だ」
「そういうことだ。老人の時代錯誤も甚だしい限りだ」
ダルトンはひどく呆れ果てた様子を隠さずにいた。
「国家管理党員以外の命を道具のように使い倒していた。正直クソ真面目にしたがっていたら命がいくらあっても足りないレベルだ」
「それほどの……」
「孤児や若者ですら最前線に出そうとしている。もはや外道の集まりだといってもいい」
「孤児……そうか……」
その瞬間、シン・アラカワの全身から異様といえる質量の殺気が放たれる。彼の大きめの目に氷河のクレバスのような深い闇と殺気が宿り、周囲の空気を冷たく一変させた。ただ本を読んでいるだけであるにもかかわらずわずかな表情と挙動の変化だけでその場にいた人物に恐怖心を与えるほどの圧を与えていた。
それはいくつもの死線を経験した老兵ダルトンにすら寒気を感じさせるものであった。
「シン。ダメだ抑えろ」
レオハルトの呼びかけでシンは普段通りになった。
「……失敬、自制します」
殺気だった武人から穏やかな童顔の青年へとシンは変化する。
「……君の心情は察して余りある。だがこれは任務だ。集中してほしい」
「善処します。もっとも……孤独な善人を見殺しにしない範囲でですが」
シンの後半の言葉には有無を言わさない圧力が明瞭にこもっていた。それに対してダルトンはなにかを言いかけたがレオハルトが穏やかに説得する。
「もちろんだ。だが君の任務の遂行が善良な人を苦しめないことを含めていることもわかってほしい」
しばしの沈黙の後、シンは納得した様子で短く答える。
「承知しました。ならば全力を尽くします」
「ありがとう。本当に感謝している」
「そのお礼ではないですが、重要な情報が」
「それは……?」
「アズマ国の裏社会で調査していた時に判明したことですが、ブラットクロス党はどうもホワイトフェザー残党であった数名の戦闘員を警戒しているようです」
「……警戒?」
「ブラットクロスの野心的悪党どもですらホワイトフェザー残党が刹那的・享楽的な破壊活動に手を焼いていると。現に現地の敵対的な暴力団組織である金剛会とブラットクロスの戦闘員が一時的に手を組むこともしばしばありました。茶会連合の尖兵として動いているというのもありますが……」
「……ホワイトフェザー、茶会連合」
その二つの組織はレオハルトにとって因縁の深い名前であった。
『魔装使いとしての契約を結び特殊能力を得た一〇代の少女』だけで構成されたテロ組織・犯罪結社であり、父カール・フォン・シュタウフェンベルグとビジネスパートナーで実質的な養女であったヴァネッサの死の遠因となった存在でもある。そして彼女たちに非人道的な人体改造を施したのはエクストラクターであった。組織自体はテロ事件の際に大規模な反撃で組織を壊滅させたが少人数ながら残党は存在していた。
そして茶会連合も父カールが残した記述にある犯罪組織である。
「……本当に茶会連合か?」
「というと?」
「共和国警察と共和国軍情報部、それと他国から得た情報だと彼らは六名の幹部とその実働部隊で構成されたシンプルな組織でそれ以外の存在を信頼しないとされている」
「……確かに不自然だ。捨て駒という線もあるが」
「だとしても大人を信頼しない少女がそれだけを後ろ盾にするというのも考えづらい」
レオハルトとダルトンが両組織の不自然な動きに首を傾げているとシンが補足の説明を加えた。
「その件ですが、どうも茶会連合の組織に欠員がありました。幹部と実働部隊がけずられたことで人員の補強を急いだ結果です」
「それなら納得だがどうして分かった?」
「金剛会と一時共闘して茶会連合幹部三人を俺が抹殺しました」
シンの平然とした発言の中身にレオハルトが仰天する。
「……な、なんと……」
横で聞いていたダルトンも思わず二度見した。
「……しれっと凄いこと言ったな……めちゃくちゃなやり方だが大手柄だ」
「ええ、金剛会の勢力圏内で国際的な孤児の人身売買をしていたので潰しておきました」
「……小男の姿をした重戦車だよ、お前は」
それは良くも悪くも戦時におけるシン・アラカワでの人物像を的確に表した言葉であった。
「アラカワ。それだけではないだろう?」
レオハルトはそう問いかける。
「ええ、半グレ組織を三つ、過激派組織を一つ破壊してきました」
「……道理でアズマ国で不自然な爆発と戦闘の痕跡があると思ったら」
目を白黒させたダルトンが口を開く。彼が片手で操作していた携帯端末には『不自然な爆発事故の記事』が映されていた。
「待て、過激派組織ってどこだ?」
「東方管理主義革命前線オオタ派」
「……なんだと?」
「子供を庇った母親を殺害し、その子供を天涯孤独にしたので一人で潰しました。彼との約束でしたので」
「お前は、本当にただの人間か……?」
想像を超える報告にダルトンが耳を疑う様子となった。オオタ派は左派過激派として地元の暴力団も警察の機動隊も手を焼く相手である。しかも、リーダーのオオタは帝都ヘイキョウ大学出身の知能犯で警察の捜査網を潜り抜ける能力が突出していた裏社会でも指折りに狡猾な男である。
「あいにくその通りです。しかもメタアクトなしの」
シンはその言葉に思うところがあるためか、軽妙な返答を返した。
「暴れるのはほどほどにな。警察のお世話になったら活動に支障が出る。そうなると次の『孤独なる善人』を救うのにも支障が出るはずだ」
「承知しました」
「だが、これで大きな情報が入った。世界中でブラットクロスと別の組織が魔装使いと取引をしている」
「なにが目的だ……?」
「金か?」
「だとしても割が合わないだろう」
「……」
「レオハルト?」
しばしして、レオハルトはゆっくりと口を開いた。
「暴れさせること自体が目的だとしたら?」
その組織の目的をレオハルトは明瞭な口調で結論づけた。
「……敵対組織の弱体化でしょうか」
「その通り、茶会連合は君の報告書によればツァーリンマフィアと友好関係にあると」
そう言って一枚のメモ用紙をレオハルトは取り出す。そしてその紙を彼は燃やした。
「そうだシン。裏社会は常在戦場。マフィアやギャングたちが力だけでバランスをとるのはどこの国も一緒だ。アズマにも暴力団が、我が共和国はギャングや窃盗団が」
「……AGUにはマフィア、フランクにはカルト組織、オズはテロ組織が」
「そういうことだ。表はツァーリン、裏社会は茶会連合が仕切る。それが奴らの狙いだ」
「一気に支配者になる算段ですか」
「だが管理主義を舐めている。何一つが一元化され不正を許さない。人は機械として一人一人扱い、人権はない」
「あるのは管理者と管理されるものだけ」
「ひどい話だ」
「同感です」
レオハルトの評価にシンも賛同する。その言葉にダルトンはこう補足した。
「もっと酷いかもしれないな」
そう言ってダルトンは一枚の紙をさりげなく二人に手渡した。手品のように器用に渡された紙には数字と文字の羅列が存在した。
「なるほど」
「……」
「ダルトン?」
レオハルトの怪訝な問いにダルトンは短く答えた。
「いる」
ダルトンの返答にシンも警戒感を強くした。
全員が周囲に気を配る。レオハルトも杖に偽装した仕込み刀に手をかけていた。
ダルトンの視線の先には明らかに敵意を剥き出しにした黒服の男たち五人が肩で風を切るようにして歩み寄ってきていた。
そして背後にも同じ人数の黒服が迫ってきていた。
「失礼。これから仕事が」
ダルトンが会社員を装いながら男たちの間を抜けようとする。シンもベンチから立ち上がるようにして反対側に回って黒服集団の前に立っていた。
「……待て」
「すみませんが仕事で……」
「……ちょっと、面貸せ」
そう言って手を伸ばそうとしたタイミングだった。
背後のシンがいきなり敵集団の戦闘に不意打ちを仕掛けた。彼が顔面をいきなり殴りつけた。タイミングでダルトンも見事な早撃ちで敵四人を仕留めていた。そして敵のリーダーらしき男の眼前に拳銃を突きつける。
「動くな」
ダルトンがそう言ったタイミングでシンが五人の黒服たちをナイフ一本で皆殺しにしていた。
「……これは僕の出番はないようだ」
「ええ、離脱を」
「分かった。後は頼む」
そう言ってレオハルトはメタアクトで加速した身体能力によって落雷のような速度でその場を後にした。
「ダルトン、尋問は任せろ」
「……やれやれ。お前ほどおっかない若造はいないな」
「ご謙遜を伝説の諜報員は早撃ちも見事とは」
「昔取った杵柄というやつだ」
シンはダルトンと共に男に掴み掛かる。
「誰の差金だ?」
男は自害すべく毒物の瓶に手をかけたがシンによって指をへし折られた。悲鳴をあげそうなタイミングでダルトンが口をハンカチのようなもので覆った。その瞬間にシンは男の両手に手錠を掛けてから拳銃の銃口を突きつけた。
「続きは軍の駐留基地で聞こうか」
シンは無表情だったが、その目の奥にはクレパスのような闇が渦巻いていた。
数的劣勢、されど戦況転覆!
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