第二章 第二十四話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その8
フランク連合王国は領有惑星の大部分を農耕地とした立憲君主制の国家である。
温暖で時差の少ない居住可能惑星を保有しているが、これらはもっぱら農耕地や採掘の拠点、交易の拠点として用いられる。そのため、文化や政治の中心地は首都のセントセーヌに集約されていた。この地は再興歴一二〇年代の黎明期より聖女教の重要拠点であり、フランク連合王国の政治の重要拠点としてあらゆる歴史的事件や政治的論争の起点となっていた。無論、政治に限らず文化、芸術、学問においてもセントセーヌは重要な舞台となることがしばしば存在した。特に芸術や学問は歴代の国王が奨励の政策を敷いたこともあり多くの仙才鬼才が集う時代も少なからず存在していた。
そんな歴史を有した連合王国の首都で最大都市『セントセーヌ』は共和国とは違った肥沃な自然を下地とした洗練された文化と絢爛な建築に彩られたこの街には多くの人が行き交っていた。共和国最大の大都市であるヴィクトリア・シティも銀河屈指の経済都市であり人の往来では負けていないが、大きく違う点が存在していた。
伝統と文化のある建造物で街が統一されている点である。往来する人には観光客の姿もあり、伝統的な地元の服装と他国の服装が入り乱れていたが、建造物に関しては古風さと優美な装飾性のある建築様式で統一されていた。
そんな街の雰囲気にSIAの騒々しい面々も圧倒されていた。
休暇中は自由な気風を崩すことない彼らも基地から出て味わう街の上品な雰囲気に早くも気圧される様子を見せていた。
「久しぶりに来たが……昼は昼で本当に気取った街だ」
豪胆さに定評のあるサイトウですらそう言って苦笑いを見せる。
「何日振りでしたっけ、アズマ国と違って慣れませんね。この面々だと特に」
スチェイも上品な異国の街に思わずそう呟く。
「むぅ……流石に慣れん、何度か来たが」
ロビーは比較的落ち着いた雰囲気ではあるが、それでも上品な雰囲気に対して心底苦手そうな様子を見せていた。アポロに至ってはそわそわと落ち着かない様子を隠さずにいた。
だが女性陣の多くはどこかワクワクと喜びで心を弾ませる反応が多数派であった。特にリーゼ、キャリー、エリーゼ、クラーラ、セリアの五人は街の上品な雰囲気に非常に慣れた様子だった。
「おほほほ、この空気が懐かしいですわ!」
「父上に連れられてAFの組み立てに触れた時以来だな。クラーラ」
「そうだね。あの時は感動したなぁ。エリーゼ」
「……ふふ、ダイアナは元気かな?」
「セントセーヌかぁ。まさかここに戻るとはね」
多種多様な背景を持つSIAの強みの一つは順応性と多様性であった。誰かが苦手でも他の誰かが適応する、そこに彼らの真価があった。
「うう、意外にエリザや慣れてるよね」
アンジェラの問いかけにエリザはリラックスした様子に答える。
「うん。私も何度か友人を訪ねに行ったことあったっけ」
「へぇ……さすが名家の伝手……」
「そんなんじゃないって、友達と駄弁ったり筋トレしたりするぐらいよ。でもみんなみたいな猛者はいないけどさ」
リーゼの言葉にセリアが頷く。
「猛者といえばさ……みんな強すぎない」
「セリアもなかなかね。能力あってだとしてもセンスがあるわ」
「私はまだまだだよ。特にサイトウとライムとソニア、あの三人は伝説でしょ。何食べたらあんな動き方できるの」
二人が返したのは謙遜の言葉だった。
「最強は別よ」
「ねー、レオハルトとシンとダルトンがえぐい。応用性鬼ぱないから。あ、銃の扱いはイェーガー一択ね」
「へ?」
アンジェラとレイチェルの返答はセリアの顔から血の気を引かせる。
「……この組織層厚くない? 猛者がゴロゴロいるんだけどぉ!?」
「レオハルトのおかげでな」
サイトウはレオハルトを引き合いに自分の組織の強みに言及した。当の本人であるレオハルトはまだ基地で調査を続けていた。
「ものすごく仕事しているよね」
「いろいろと気になることがあるらしい」
「気になること?」
「シンとダルトンの調べていることに加えて、やばい秘密組織や『魔装使い』の地下組織も暗躍しているらしい。警察や別の部署にいる友人やら知人やらと掛け合って情報を集めているらしい」
ライムのその場に加わって言葉を付け加える。
「しかも民間の目撃者やらにも聞き込みをしているみたいね。まあ、レオハルトもセントセーヌにいるからやることは限られてるんじゃない」
「いや、セントセーヌでのそれっぽい事件や変異した未成年に関する情報を集めているようだ。なにか写真や身辺調査書をいっぱい集めていた」
「よく知っているね?」
「執務室に来た時にな。書類を読み続けていたんだ」
「それが調査書?」
「そういうことだな」
そう言ってサイトウは肩を鳴らす。そのタイミングで声をかける者がいた。
「興味深いな。俺にも聞かせてもらいたい」
マーク・ウルフ・モートンが煙草に火をつけながら歩み寄ってきた。
「……いや大した話じゃない」
サイトウはそう言ってその場をはぐらかそうとした。
「あいにくだが耳がよくってな。書類の中身についてなんか言っていたか?」
「だとしても、話すことはねえ」
「何?」
「おまえさんは外部の人間だ。漏らす可能性はなくはないだろう」
「俺は共和国軍の人間だ。国益のために行動している」
「その都合によっては俺ら切り捨てかねないからな」
「……」
「……」
両者に険悪な空気が起こる。だがその流れをライムが壊した。
「ストップ、ストップ。今は外の敵が多いでしょ。だったら休まないと」
ライムの言葉にセリアも賛同する。
「まさしく。今すぐ寝首を搔くわけじゃないだろうし、警戒しすぎも危険じゃない?」
二人の言葉にサイトウとウルフは互いを見合わせる。
「……」
「……」
沈黙の後、先にサイトウが握手を求めた。
「……悪かったな。あとで分かる範囲で教えてやる」
「こちらこそ」
どうにか矛を納めた二人を見てライムとセリアはほっとした表情を浮かべていた。
そして、こっそりそれを見ていたフリーデ・フォーゲルも同様であった。彼女は平然を装いつつゆっくりと息を吐く。無表情であることの多い彼女は人形を思わせる美しい顔をわずかに微動させた。
「フ……」
フリーデの口から短く吐息が漏れ出る。
そんな彼女に話しかける人物がいた。SIAのナンパ男、ジョルジョである。
「なんでかね。サイトウも気が立ってる」
「…………」
「あ、俺ジョルジョつってな。一応、SIAの飛行型AF部隊の隊長やらして貰ってる。何かあれば助けに来れるんだけどさ」
「…………」
「あ、そうだ。俺さ、コーヒーも料理もうまい店知ってるんだ。食べに行かない?」
「いい、私は私のランチを食べる」
「……う。そうか。よかった。あははは……」
とりつく島もないフリーデにジョルジョはがっくりと項垂れる。明らかに無関心である彼女にジョルジョは完全に気落ちした表情を浮かべていた。
そこに話しかけたのはスチェイである。スチェイはよりにもよってな毒舌を早速ジョルジョに吐いた。
「そこの軟派野郎の不審者。自重しろ」
「仮にも戦友にひどい!?」
「戦友だが、事実だろうが」
「殺生なぁ……」
漫才のような二人のやりとりにフリーデは首を傾げる。
「……あの」
「なんだいかわい子ちゃん?」
ジョルジョが爆速で反応する。ずっと寡黙だったフリーデが口を開いたことにジョルジョはより一層の興味と興奮を覚えていた。
「……私」
「お、なにか悩み事?」
「…………ええ」
「いいぜ。話してみな」
「……私は国と軍のために尽くしてきました。でもなにか恐ろしいことに繋がりそうで……」
「何が不安?」
「……確証があるわけではありませんが。……私たちは直近である組織を」
そのタイミングでモートンが横槍を入れる。
「待て。……それは誰にも言うな」
「ですが……」
「今は何も言うな。分かるな?」
「……はい」
フリーデは無表情で頷く。だが、その顔にどこか陰りや不安のような者があることをジョルジョは見過ごさなかった。それはサイトウも同じだったらしくひそひそと二人が小声で囁き合う。
「……なあ」
「おまえも気づいたかい」
ジョルジョの言葉にサイトウが頷く。
「そうだ。なんかきな臭い予感がする」
「だろうな。分かりづらいがそういう感じだった」
「そうか……上層部の一部が噛んでそうだ」
「まあ、どこの軍隊も一枚岩なんてありえないからな。派閥とか出世競争とかそういう話は無縁じゃない。そして、それは弱点たりうる」
「……それだけじゃないだろう」
「なんで言い切れる?」
「最近は第三次銀河大戦で色々ときな臭い。今でこそ前線以外は平和だが、前線は小競り合いばかりがずっと続いている」
「それはツァーリン側の指揮官が無能だからじゃねえの?」
「それも考えられるが、念には念だ。内側に入り込まれる可能性は想定すべきじゃねえか?」
「なんだよ。あのかわい子ちゃんがスパイだって言うのか?」
「可能性はある。だが、国防軍情報部や宇宙軍犯罪調査局だって身辺調査はやるからそう簡単じゃない」
「ならなんだよ」
「……将校に過激な手合いが紛れている可能性だ。部下は潔白でも……というやつで」
「……あるな」
「だろう?」
そんなヒソヒソ話をしていたタイミングであった。ジョルジョの耳をスチェイが引っ張る。
「いでででで」
痛がるジョルジョと怯えるサイトウのそばに般若の如きスチュワート・メイスンの顔が近づく。恐ろしいほどに威圧的な眼光を宿してスチェイが口をひらく。
「おまえらナンパの算段か?」
「ちぃげえよぉぉ」
「ちょっと来い。あとサイトウおまえもだ」
「なんでさ」
スチェイはサイトウとジョルジョに向けて恐ろしく冷たい笑みを浮かべる。
「とにかくお仕置きだ。拷問にかける」
「なんでさ」
「なんでだよ」
そのタイミングでスチェイが二人に顔を近づける。そして彼が二人に囁く。
「話すなら別の場所にしろ。ここは街中だ」
「気づいたか」
「さすがスチェイ」
その瞬間、サイトウとジョルジョにスチェイが組み付く。
「いででで」
「助平と変態のバカコンビめ。普段の二割増しでお仕置きしてやる」
ジョルジョとサイトウは気の置けない戦友そう言われながらヘッドロックの要領で抱き抱えられていた。
「あーれー!」
「ぎゃばぁぁ、せめて……せめて女の子の手で!」
サイトウが期待の眼差しをスチェイに向ける。
「うるさい」
スチェイはさらに強い力でサイトウを締め付ける。
「おぉぉ、のぉぉぉ……!」
ずるずると引きづられるようにしてサイトウとジョルジョの二人はSIAで数少ないツッコミ担当に連れ去られていった。それを遠目でみていた残りの面々はその光景を見て大爆笑していたのだった。
まさに喜劇。だが一時の平穏の裏で戦乱の影が……?
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