第二章 第二十三話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その7
軍の与えた四日間もの休暇にはいくつかの意味があった。
改造女神事件に関わる兵員のケア。
レオハルト中佐に対する褒賞。
軍功者に対する信賞必罰のアピールや政治的目的。
いずれも正解であった。だが、SIAにとってそんな思惑はどうでもいいことに過ぎなかった。彼らは『混沌とした』休暇を過ごしていた。
「どうして! こうなった!」
スペンサーが開口一番にそう叫んだ。
なぜならSIAの休日には酒と猥談のどれかがどれかが付き纏うからである。
サイトウ、ソニア、ペトラの三人が全ての根源であった。サイトウはマゾヒズムと性癖の方角から猥談を発生させ、ペトラとソニアはそれに同調しつつ生臭い体験談を投下してくる。そこに他が各々横槍を入れて三人が反応する。
それが繰り返された結果、地獄のようなどんちゃん騒ぎが共和国軍駐留基地の一角を支配することとなった。
「メイド服と筋肉とアルルン人の変態がふざけたコンビネーション組んでボケるんだよぉ、誰か助けてくれ!!」
スペンサーが悲痛な叫びと共に両手で天を仰いでいた。その挙動はさながら映画のワンシーンのように完成された絵面だったが問題は背後だった。
「そんなこと言われてもねぇ! どうしてこうなるのかね!」
不遜な態度の目立つルードヴィヒもこの時ばかりはスペンサーと同じ気持ちを共有していた。二人の困惑にスチェイも平謝りで加わる。
「申し訳ありません、この三変態はこっちで始末しますので!」
そう言ってスチェイはおもむろにショットガンを取り出す。
「私は悪くないわ」
ペトラが弁明の機会を求める。
「どこがだ……」
「だって、話したことと言えば……男の子の胸板の筋肉と女の子の乳房には無限のロマンチズムが……」
「それが問題だ、たわけ!!」
スチェイはペトラを張り倒した。
そのタイミングでソニアが弁明の機会を求める。
「私にだって弁明の機会が欲しいわね」
「なんだ変態メイド服女」
「随分ね、私の話題はもっと健全よ」
「言ってみろ」
「私はスポーツや体育に励んでいる友人の家族について話してたわね。学校教師の知人や友人がいるからその手の話題に事欠かないし」
「ほぉ……子供の健全な成長は人類の願いだからな」
「でしょ、スポーツに励む少年の両手足には無限のロマンチズムが」
「それが問題だ、怪人メイド服!!」
スチェイはソニアも張り倒した。
サイトウもとうとう口をひらく。
「俺にも弁明の……」
「脳みそ腐ってんのか!」
スチェイはサイトウを張り倒した。
「てぇ!?」
「大体、お前は自分のことをどう思っている」
「筋肉モリモリマッチョメンの紳士だ。女の子の足には従属の喜びが……」
スチェイの問いにサイトウが得意げに答える。その顔は暑苦しい情熱すら宿っていた。
「この腐れ脳みそがぁ!!」
スチェイはしたり顔のサイトウの額をもう一度張り倒した。
こんなやりとりの背後でミリアがサイトウの背後に回り込んでいた。
「サイトウぉ?」
「お呼びでしょうか、ミリア様」
次の瞬間、ミリアがサイトウの顔面にラリアットをきめた。かと思うとミリアはうつ伏せに倒れた彼の顎に組み付いて海老反りになるように一気に引き上げる。
いわゆる、キャメルクラッチである。
「Oh……」
淫靡な声を上げながらサイトウが恍惚の表情で自身の全身を走る痛みの感覚を楽しんでいた。ミリアも興奮した様子で頬を紅潮させながら引き上げる力を強める。
「アッハハハ! サイトウ、サイトウ、もっと悦びなさいなぁ!」
「Oh……良い……」
サイトウは恍惚の表情で背中の痛みを味わう。
「なんだこれは、どうすればいいのだ」
その様子を見ていたスペンサーが口をあんぐりと開けながら目の前の状況に目を白黒させていた。サイトウとミリアの二人はそんなスペンサーの惨状を気にすることなくサドマゾの世界へと耽溺を始める。
「おい、お前の妹だぞ。さっさと止めろ!」
「止めるな」
「何故だ!」
「妹の笑顔だ。銀河一かわいい」
そう言ってスチェイがサムズアップを見せる。
「ダメだ、毒舌男がシスコンに落ちた!」
スチェイの身内への甘さにスペンサーが頭を抱えていた。
二人がその惨状に注意をあたまを抱える、それを尻目にジョルジョが女性陣を口説き始めていた。
「可愛いお嬢さん方……騒がしいからどっか遠くでお茶しない?」
「あ、あうう……」
ジョルジョはよりにもよってキャリーに声をかけていた。
「あれ……僕じゃ不満?」
「……お」
「お?」
「男の人ぉぉ、嫌ぁぁ!!」
キャリーは自身の右手を熊のそれに変えてジョルジョを殴ろうとした。
「うぉぉ、落ち着いて!?」
上体を逸らすようにしてジョルジョはその一撃を回避する。動体視力に優れたジョルジョは非常に速くキャリーの拒絶から逃れる。ジョルジョは屈せずどうにか誘おうとするがそこに二人阻む人物が現れる。アンジェラとレイチェルである。
「ちょー。キャリー、マジで男苦手なの。無理強い駄目っしょ?」
「貴方って命知らずね……キャリーは熊のメタアクトあるのに……」
ジョルジョは少しの間思案するような様子をみせる。
「うーん……」
「とりま、あたしのズッ友が嫌がるのは無しっしょ。それより……」
「それより?」
「ちょっと私とカラオケとかゲーセンとかで遊ばね!? あ、ブティックもいいねぇ、おしゃれハングリーなノリてか!?」
「いいねぇ、女の子のおしゃれ興味あります!」
ジョルジョがノリノリで近づこうとした時だった。彼の背後に二人分の影が現れる。同時に殺気の籠もった声が響く。
「ジョルジョ……?」
「ジョルジョ……?」
思わず振り返ったジョルジョが短い悲鳴を上げる。アンジェリカは真顔でジョルジョを見つめる。その瞳の奥にはジョルジョに対する嫉妬と憤怒が宿っていた。
「…………げ、げぇ。アンジェリカぁ!」
「あらあら、私は無視かしら?」
ユリコも殺気を滲ませた笑顔をジョルジョに近づける。本音を表に出さない人物とはいえ軟派な振る舞いを繰り返すジョルジョには彼女にも込み上げる感情が存在していた。
「ユリコ様ぁ、いえ滅相にも……!」
「ふふふふ……」
「ふふふふ……」
二人がジョルジョに迫った。
「ぎゃー、私に慈悲をぉぉぉぉ……!」
人外の姿に変貌した二人に組み付かれたジョルジョは二人によってズルズルとどこかへ引き摺られていった。彼に対するお仕置きの様子をアンジェラとキャリーはポカンと眺めるばかりであった。
「うわぁマジやべー……、雰囲気やばくない……?」
「うん、自業自得な気もするけど……」
さらにその横では何故かライムとグレイス、アルバート、エリザベス、ロビーがなぜか競い合うように筋トレを続けていた。五人の筋トレ対決はやはりロビーが勝利していた。
「ロバート・アーサー・チェンの兄貴が勝っただぁぁ!」
「おっしゃあああ!」
勝者の名前を興奮気味にローレンスが叫ぶ。アポロ・ローレンスはレフリー役として勝負を見届けていた。
「く……ここは猛者に事欠かんな」
「ええ。でも、いい勝負だったわ」
グレイスはアルバートに握手を求める。
「……握手は慣れん」
「あら、戦士の礼節よ」
「……そうだな」
アルバートはグレイスと握手して健闘を讃えあった。
「うっへー……格闘勝負ならまだ見込みあったのに」
「ほんと……体力お化けしかいないのかしらね」
ライムとエリザベスがカラカラと笑いながら拍手を送る。二人は自身以上の筋力自慢に敬意を示していた。それを聞いてロビーが勝ち鬨の声を上げる。
「うぉおおおおおお、勝利だ!」
その叫びにランドルフが無心に撮影を行っていた。
「おめでとうございます。鋼鉄ロビーことロバート・アーサー・チェンのバルクは本物だったと立証しましたね」
「おう。ありがとう撮影の小僧。見よ我が筋肉を、我が髭の美麗さを!」
「……えっと、髭はともかく筋肉の勝利です!」
「待ちたまえ。わしと筋肉の明日を語ろう!」
そう言ってランドルフがそそくさと逃げ出す。そのランドルフを追ってロビーとアポロが全力疾走で彼を追い回していた。対するランドルフもカメラを抱えながら奇怪な動きでそこら一帯を逃げ回っていた。ランドルフは両手足を駆使しながらダクトを経由するようにして三次元的に逃げ回っていた。
「どういう動きだ!?」
「お前はどこの化け物だ!?」
ブリッジの体勢のまま俊敏に逃げるランドルフが次のように叫んだ。
「誰が化け物だ!!」
「お前じゃい!」
その発言にスチェイが横からツッコミを入れる。
「ちょっと待ってこちらどういう会合ですの?」
「……私には不明であります」
あまりにも奇怪な絵面にリーゼとフリーデが互いに顔を見合わせる。
「……ここはあれか。お笑い芸人の溜まり場か」
「そんなわけないでしょ!!」
マークのあんまりな言い方にリーゼが怒鳴り声を上げる。
「失礼、あまりにも面白……個性的な面々だとは常々伺っていたが……しかし有能な人材の宝庫とも聞くが今日の様子を見るとあまりイメージ湧かんな」
それを聞いたリーゼがすっと真面目な顔に変化する。
「……訓練してみる?」
「是非」
「即答ね、厳しい訓練よ特殊部隊員でも根を上げるんじゃない?」
「あいにくだが銀河各国の訓練に参加した経験がある」
「そう……まあ、あなた優秀そうだしレオハルト中佐いるなら大丈夫だろうけど音を上げるんじゃないよ?」
「心配は無用だ。友好団体に戦闘の教練を行ったことがある」
「工作員さんならではね」
「国益になることは一通りな。お前もそうだろう?」
「そうね……ただ」
「ただ……なんだ?」
「……この混沌の収拾が先でなくて?」
リーゼが指差した方角にはさらなる混沌が渦巻いていた。その光景を見たモートンも全てを察する。
「……そうだったな」
得心を得た様子の彼はやれやれと肩をすくめながら、ルードヴィヒ、スチェイ、スペンサーに加勢する。最初こそモートンは華麗なる援軍であった。なにせ百戦錬磨の諜報員で国内外の事案の解決に貢献したことで知られていた。三人は期待の眼差しで彼を見ていた。
「こんなこともあろうかと暴徒鎮圧用装備を持ってきた、スタンガンに催涙弾を発射できるランチャーに……どうした、パラライザーもあるぞ?」
「……」
「……」
「……」
彼がその言葉を発するまで三人は期待の眼差しを向けていた。援軍だと思っていた男はさらなるボケの化身であった。モートンは落ち着いた態度のまま鎮圧用装備を三人に差し出していた。
「ダメね、これ」
絶望的な状況にリーゼは首を横に振る。三人はその場でがっくりと項垂れた。
結局、このちょっとした珍騒動はレオハルト中佐が来るまで続くことになった。かくして、SIAの奇人変人たちによる奇天烈な休暇は彼らの普段通りの喧騒から始まったのだった。
一時の休息が始まる……奇人変人たちの四日間は如何に?
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