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蒼の疾風  作者: 吉田独歩
第二章 第三次銀河大戦編
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第二章 第二十二話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その6

ヒカル・アケミは再興歴以前の歴史において重要人物である。

シュタウフェンベルグの血族であり。歴史学に精通したレオハルトにとってその名前は非常に重い意味を持つ人名と言えた。

その少女は若くしてこの世を去った人物であり、この再興歴に至る世界の未来を決定づけた人物の一人でもあった。

「よりにもよって……この名前か」

レオハルトは頭を片手で押さえた仕草を見せる。

「……だれだそれは」

途中から実験に参加したルードヴィヒが非常識な疑問を投げかける。

「ルードヴィヒ少佐殿、いつから?」

「先ほど仕事を切り上げてここに来た。それよりそこの有機巨人の証言に変な名前が聞こえたが誰かね?」

「……僭越ながらルードヴィヒ少佐殿は歴史学についてはあまり存じないものと伺います」

「う、なぜそれを……」

「なにせ重要な人名ですので」

「……高校時代、学業がな。国語と歴史はともかく数学と化学がどうにも……」

そう語るルードヴィヒの基本的な歴史知識にも穴があるためかレオハルトは彼の基礎教養の低さを内心憂慮していた。仕方なくレオハルトが簡潔な説明を行う。

「原初母星において『血の一週間事件』を起こした張本人です」

「ふむふむ、なるほど…………な、なにィィィィイイッ!?」

無教養なルードヴィヒでもその名前の意味は強烈なインパクトがあった。人類がやむなく宇宙に進出しあらゆる出血と開拓を強いられた張本人の存在は非常に重い意味が存在する証拠であった。

宇宙進出といえば漠然と希望を感じさせる字面であるが、再興歴初期の人類が行った宇宙進出は過酷で五里霧中の探索であった。発狂と餓死と窒息死のリスクが常に伴う冒険である。よって、宇宙開拓時代はアテナ銀河に到達するまでの間、人類にあらゆる苦痛を強いた暗黒期の異名でもあった。

「その大悪人がなんで映像に……?」

「少佐殿、まだ続きがあります」

レオハルトがそう静聴を呼びかける。映像にはマリンスタァとヒカルの当時のやりとりが記録されていた。

「……言ったでしょ。私は『別次元の私』の提案に乗った。私はマナカを救うために『悪魔』になる」

「ダメ、マリンスタァ、反対、ヒカル、人間トシテ、生キル、推奨、強ク」

「……ごめん……これしかないの。『エクビー』の契約で魔装使いになったものは因果律をエントロピーに変換され続け苦しんだのち、怪物に変貌する。それは分かるでしょ。別の私がそう告げて息絶えたのは間違いではない。少なくとも今、この身になった時点で治療法はない。あなたのおかげで生き長らえたわ、でも限界は来る。だからこれしかないの。私は悪魔になるほかの道はないわ」

そう言ってヒカルは人の姿から堕天使のような姿へと変じる。それは眩い輝きを放った魔装使いともメタビーングとも異なる姿となった。

「私はもはや人ではない。メタビーングであり魔装使いでもある私は神を冒涜する存在と称するしかない。……それはもう……『悪魔』と呼ぶしかないじゃない」

そう言ってヒカルはどこかへと姿を消す。

「ヒカル……ヒカル!?」

「お別れね。マリンスタァ、私はマナカのために『悪魔』になるわ」

そう言ってマリンスタァから瞬時にヒカルの姿が消える。書き換えられたかのようにヒカルの姿が完全に消滅していた。

その後、マリンスタァはヒカルの姿を探す。しかし彼女の姿はどこにも無かった。

やむなくマリンスタァは建物の外へと脱出した。空は色彩が反転したかのように真っ赤で地上には無数の怪物たちが街を破壊して回っていた。その光景の片隅に白い小動物の姿が存在した。エクストラクターであった。

「……決定的だ」

レオハルトが呟いた通り決定的な記録であった。マリンスタァの記録はエクストラクターの存在を克明に記していた。

「……辛かったね。マリンスタァ」

「ウン……」

マリンスタァの返事は悲しみの音色であった。

「……だが、無駄ではない。私が保証する。君とヒカルを分断したエクストラクターには報いを受けさせる」

レオハルトは怒気のある口調を含みつつもマリンスタァの悲しみに寄り添う。

「こりゃ……こりゃあ……」

勘の鈍いルードヴィヒでもその映像の意味を理解するほど重大であった。

「これより現記録は各大学の研究チーム、共和国軍、連合王国軍で保存。以降、外部への流出や改ざんを防ぐためこのデータの管理は大統領および我が軍の幕僚への指示を原則仰ぐこととする。以上」

そして、歴史的実験は完遂された。マリア女史を連れレオハルトらはその場を立ち去った。






レオハルトが中佐への昇格が決定したのは連合王国のアスガルド共和国軍ベースキャンプに到着してすぐのことであった。

「君をSIA長官に任命し、本日付で中佐へと昇格するものとする」

共和国軍第六方面軍第二二遠征打撃群にいるカリウス大将は厳かな口調でレオハルトにそのことを告げた。厳つい顔をした老齢の軍人が値踏みするように彼を見る。

「拝命します」

レオハルトは敬礼を返していた。

「世話になったな」

「カリウスというと……はい」

「そうだ」

厳格な男がレオハルトに対し感慨深い様子を見せる。彼はレオハルトの素質や内面を見るという目的もあったが、それ以上にカリウスの友人が如何なる人間かを本質的に見定める目的もあった。

「閣下の親族とは仲良くさせてもらってます」

「うむ、君ほどの人物が将来を担うと思うと楽しみだ。息子にも君にも期待している」

「ありがとうございます」

「我々もこれから一波乱あるが、君はもうその比ではないな」

「はい、人員確保でいろいろありました」

「うむ。ミカミ家の案件といい、改造女神事件の時といい、随分だな」

「しかし、努力に見合う人員が揃ったので結果は満足できるものと言えます」

「だろう。だが曲者が随分と揃ったな。一人を除いて才知のある人材が」

「……彼に関してもフォローを惜しまない所存です」

「私がなんとかしてもいいが?」

「ご配慮に感謝します。しかし、我々の組織は軍との協力は不可欠ですので」

「……そうか。だが無理ならいつでも頼れ」

「覚えておきます」

「それと……訓練計画は我々のものと随分違うようだ。軍人から見てもかなりハードメニューだが?」

「はい。それでも彼らだからこその調整でもあります」

「なるほど……得意分野を考慮した訓練計画か」

「来るべき第三次銀河大戦、エクストラクターの存在が立証できる証拠を確保した以上、その関連組織や過去の類似例に対して対処が可能です。それに備えての訓練計画です」

「確かに。ブラッドクロス党も厄介だがそれ以外にもな。備えはあるに越したことはない」

「はい、彼らには想定した準備を急がせます」

「そうしてくれ。君らはだいぶ忙しくなるだろう」

「はい、覚悟の上です」

「ならいい。リッテンハイムには非常に難儀するだろう。が、やってみるといい」

「はい」

「ともあれ、昇格おめでとう。君の出世は歴代レベルで早いと軍でも評判だ」

「ありがとうございます。浅学非才ながら共和国のために尽くそうと思います」

「いいや。歴史をみても類のない成果を上げたのだ。エクストラクター実在の確固たる記録。プロジェニアンの発見がよもやそのような成果につながるとは驚きだ」

「いえ、マリンスタァのおかげです。自分は運が良いだけであります」

「はっはは、そう謙遜するな。運も実力のうちだ。それにマリンスタァの確保は他ならぬ君の指揮能力と統率力の賜物だからな」

「はい」

「ともあれ明日から四日間は君も部隊も休んでおくといい。これから忙しいだろう。なにせ件のプロジェニアンの件は君の恋人も関わると聞く。未来の奥さんは大事にするのだぞ」

「はい……え、はい」

カリウス大将の物言いにレオハルトは少し戸惑った。はにかんだ笑顔で敬礼を返し彼はブリーフィング用の指揮車両を後にした。

大将への挨拶と今後の話し合いを済ませたレオハルトはSIAの面々が訓練している場所へ向かう。レオハルトが来るまでのSIAの訓練は非常に高度な水準で側から見ていた他部隊の指揮官は皆感心した様子であった。

「……練度はバラバラだがはまれば強い部隊だな」

「リッテンハイム少佐の動きは鈍い。だがそれ以外は本当に見事だ」

「特に……イェーガー、アラカワ、サイトウ、ミカミ、ブロウブの四人は見事だ。近接戦では目を見張る」

「戦力は、ラヒミ、モートン、フォーゲルも無視できん。他も荒削りだがいい人材だ。まったく末恐ろしい部隊だ」

「そこも素晴らしいですな……前線指揮官はスパダ少佐を筆頭にメイスン、スペンサー、アラカワが傑出していると考えます」

他部隊の指揮官たちが感想を述べつつ立ち去ってゆく。彼らは訓練結果に概ね満足げであった。

「リッテンハイム、報告を」

「はぁ……はぁ……」

「リッテンハイム少佐」

「なんだ……む、レオハルト大尉か」

「今から中佐だ。訓練の内容を」

リッテンハイムは息を切らしながら訓練結果を報告する。途中でスペンサーが横から指摘し直すほど不正確ではあったがレオハルトはどうにか現状を理解した。

「……リッテンハイム少佐殿、僭越ながらもう少し慎重な指揮の方をよろしくお願いします。ところどころで想定に抜けが散見されますので」

「……い、いや。この場合は」

「リッテンハイム殿、お願いですから……」

スペンサーとリッテンハイムが険悪になりかけたタイミングでレオハルトが割ってはいる。

「そこまで、リッテンハイムに関しては後で。他の人員については?」

「はい。こちらの通りで」

レオハルトはスペンサーからの記録は速読する。彼は満足げな様子を見せつつ返答する。

「素晴らしいが、二、三例のケースに関しては次の訓練でパターンを変えよう。私もその場で確認を」

「中佐殿。ありがたいのですが貴方の業務が増えます。負担が」

「スペンサー、私はリーダーとして状態や能力を把握しておく必要がある。ぜひ参加させてくれ。必要事項だ」

「そういうことでしたら……」

スペンサーが一礼するとレオハルトが全員に向き直る。

「僕の昇格についてはわかっているとは思うが、普段通りでいい。僕は君らが生き残れるよう最善を尽くす所存だ。どうかこれからもよろしく頼む」

レオハルトの言葉に全員から暖かな歓迎と拍手が起こる。

「ありがとう。それと……軍より明日から四日間はこのセント・セーヌで休暇を過ごすことを指定されている。これからの激戦に備えて英気を養ってほしい」

それをきっかけにレオハルトの部下全員が非常に歓喜した。リッテンハイムが何かを言いかけたがレオハルトはそこで待ったをかけた。

「ここは弛んでいる。引き締めも大事では……?」

「今は違う。休みリラックスするのも仕事のうちだ」

「……」

ルードヴィヒは得心のいかない様子だった。レオハルトは非常に心配になるがそれを表に出すことはなかった。

「スペンサー君も来てほしい。休暇後の方針を……」

「了解です」

レオハルトは二人を連れてその場を後にする。後に残ったのは歓喜の声であった。

休息の時、仲間たちの絆が深まる予感……?


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