第二章 第二十話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その4
渡航を前に発覚したマリアの情報による『マリンスタァ捜索作戦』は正規軍や政府を巻き込んだ大規模なものに膨れ上がった。
当然、機動兵器アサルトフレームの操縦に慣れた人員は捜索のために空へと上がることになる。SIA側の現場指揮官はジョルジョとスチェイであった。SIAのAFで最も迅速に動けるのはジョルジョの機体だったことや飛行隊の指揮経験者であったことが主だった理由である。
「……よもやだな。戦争始まってからもらった最新鋭機乗るのが捜索任務だとは」
滑走路にて所定位置についたジョルジョら二名の『ハイパーイーグル級AF』が各部動作チェックを行う。メイン・ノズルや制動用ノズルの動作点検、マニピュレーターのチェック、各種火器、武装の最終チェックを済ませて彼の白い機体が飛び上がる。それに続いて他の機体も同じように飛び上がった。
スチェイ、クラーラ、エリーゼ、エドウィン、ランドルフ、ドロシー、キャリーそして改造イルカのシーシャがその作戦に加わっていた。AFの操縦技能と資格を有していたことに加え彼らは操縦そのものが熟達していたという点が大きかった。AFの操縦資格を有している面々が大半だったが、飛行形態を持つ機体に熟達しているという点に絞ると九人に絞られた。
よって、熟達した面々九名が九機のAFに乗り込んで捜索に加わる算段である。もっともハイパーイーグルのような最新鋭機を与えられたのはジョルジョとランドルフとスチェイのみで他は旧式の『ホーネット級』に搭乗する形となっていた。もっとも、ホーネット級は宇宙軍で今なお第一線で運用される機体であり、現場から傑作機として高く評価されているため不測の事態においても全く問題なく対応できる機種として申し分なかった。
「……ここまでやるのはいくらなんでも過剰でないか。レオハルト大尉」
そう言ってルードヴィヒ少佐は司令室で大型モニターを注視する。その表情は苦々しく口調や言葉にも刺々しい非難の色が見えていた。だが、レオハルトは臆することなく次のように発言する。
「今回の捜索は共和国史の観点で見ても非常に重要な意味を持つものだと思います。マリンスタァさえ発見できれば三百年経っても立証できなかった存在にようやく近づけるのです。それは我が国においては悲願といえるのはご存知なのでは?」
「だが、今は戦時中だ。ツァーリン軍がまたも侵略を行っている状況下で戦力を割くことの方がはるかに問題ではないのかね」
「お言葉ですが、今現在のツァーリン連邦では国内での派閥闘争に加え、反政府ゲリラや軍閥との闘争、市民の暴動に通商連合との小競り合い我が国に戦争を挑む方がどうかしているくらいの状態です」
レオハルトの発言はもっともであった。事実、ツァーリン連邦では国内の派閥争いに加えて分離主義勢力が不満を持つ市民などの支持を得て各地で反乱を行っている状態にあった。それに対して本来は憲兵や警察が鎮圧にあたるが、現場での彼らの士気は低く、むしろマフィアなどと結託して離反する側の勢力も存在していたそれが地方軍閥である。
「わかった。すぐに攻めてこないなら殊更に事態の収拾を急がんとな。……それで、例の巨人は何処に?」
「ジョルジョの報告待ちです」
レオハルトはしばし待ってからジョルジョに無線報告を促す。
「ダガー・チーム、状況を報告せよ」
「こちらダガー・リーダー……今、目標を視認した」
「場所は?」
「海上を浮くように飛んでいる。十二時方向1キロ先」
「正面か。周囲に敵影は……?」
「いる。だがマリンスタァはやたら強いな」
「ダガーリーダー、マリンスタァは敵を撃墜しているのか?」
「はい……常識はずれの軌道だ。瞬間移動のように消えては現れる」
「無理はするな。ダガー2、マリンスタァを守るように動け」
「了解。通信終わり」
レオハルトはジョルジョにそう指示を飛ばした。
通信後、ジョルジョとスチェイなどが乗る白銀の『ハイパーイーグル』はマリンスタァの周りの敵に強襲を仕掛けていた。
敵は空陸両面での運用に適した人型機動強襲兵器で、通称マンティスと呼ばれる独特な外観を持つ細身のアサルトフレームであった。多国籍企業オミーインダストリーで製造されるこのAFはミサイルランチャーと粒子機銃、そしてその名の通り蟷螂を思わせる腕部可変型機であった。
数は自軍の倍以上である十九機である。
「……」
レオハルトは敵の数に警戒感を示す。
「この程度は攻め落とすべきだろうな」
無線越しにルードヴィヒは攻めの姿勢を見せる。だがレオハルトの見解は慎重であった。
「……ダガー・リーダー、やばかったら逃げろ」
「はぁ!?」
レオハルトの意見にルードヴィヒが驚きの反応を示す。
「了解。ですが対処は可能です」
ジョルジョもレオハルトの意見に反論したが、理解のある姿勢も見せていた。
「その根拠は?」
「飛び方がなってません。ここからでもわかる動きです。俺が敵の立場ならここからでもコンバットマニューバを描きながら制圧射撃しますよ」
「……わかった。すこしでも変なら退却だ。いいね?」
「勿論です」
「よし。無事を祈る」
ジョルジョは無線越しにレオハルトの指揮能力と判断力の高さに感心していた。自軍の練度が高くとも数的劣勢であるためすこしでもリスクを減らす判断を怠らなかった点を特に非常に感心していた。熟達とはいえ味方を過信するルードヴィヒとは対照的な判断である。
「ダガー・リーダーより全機、相手は雑魚だろうが油断は禁物だ。突発的な敵の乱入も考えられる。相手を侮らず散開し先手で落とすぞ」
スチェイの指示が僚機へと飛ぶ。
「ダガー2、了解」
「ダガー3、了解」
「ダガー4、了解」
「ダガー5、了解」
「ダガー7、了解」
「ダガー9、了解」
「ダガー11、了解」
「ダガー12、了解」」
ジョルジョ、エドウィン、ランドルフ、ドロシー、キャリー、シーシャ、クラーラ、エリーゼの順に返答が飛ぶ。
その後は全機が散開して敵部隊を叩き始める。先手必勝で早くも敵は何機かを潰される。自軍と敵の能力の差が大きかったことも多かったが、判断の的確さとマリンスタァの援護が大きかった。
マリンスタァは賢い個体でこちら側を敵とは認識しなかった様子を見せる。その証拠にマリンスタァはジョルジョやシーシャの動きに合わせるように敵を落としていた。
「賢いな!?」
「キュイ、すごいですぅ!」
ジョルジョとシーシャですら感嘆を見せる。他も非常に驚いた様子でマリンスタァを見ていた。
マリンスタァの動きは異様であった。
敵機は碌な抵抗を出来ずに撃墜される。マリンスタァは特定の周期で瞬間移動を繰り返す。姿が途切れるように位置を転移させては敵の背後を取る。
それに合わせるようにSIA側のAF部隊がマリンスタァを援護する。
ハイパーイーグルのミサイルが瞬時に敵を仕留めた後、後続のミサイルも敵を追尾する。爆炎と弾雨が瞬時に敵飛行隊をズタボロに追い詰めていた。SIA側の苛烈な攻勢は飛行軍や宇宙軍の熟練AF部隊に匹敵するほどの素晴らしいものであった。
この時点では撃墜された数はさほど多くないが敵を混乱させるには十分な効果を発揮した。
スチェイとジョルジョの操縦は特に素晴らしく、次々と撃墜数を稼いでゆく。
敵は怯えた様子を見せながらスチェイ機とジョルジョ機から逃れようと必死で飛び方を変えてくる。だがその努力は全く無駄であった。
特にジョルジョ機に追われた敵は悲惨極まりなかった。
ジョルジョの機動性は他の追随を決して許さない神懸かりなものでそこから逃れることは万に一つ叶わない。彼の照準に捉えられた敵は機銃の雨か誘導弾の炸裂を受けてぐるぐると回るように落ちてゆく、煙をあげながら落とされた敵機は海上で大きな爆炎と水飛沫をあげて砕け散った。
二人の次にシーシャ、ドロシー、エドウィン、クラーラ、エリーゼの奮戦も素晴らしく敵との力量差に大きな開きがあることを見せつけるような奮迅を見せる。特にクラーラとエリーゼの二人とドロシーはミサイルが尽きた後も苛烈に敵を攻め立てる。
機銃と接近戦を交えた苛烈な戦法は次々と敵の数を減らしてゆく。
「ほぉ、センスが違うね。本物のベテランも天才もいる」
味方の奮戦に感心しながらエドウィンが二機の敵を撃ち落とす。敵は数的に優勢だったが全く相手になってなかった。敵はとうとう撤退を始めたが、まともに逃げられたのは三機だけだった。その五機もエンジンに煙を吐いていたり、機体がボロボロの惨憺たる有様である。残りは完全に撃墜されていた。
スチェイの戦果は二、ジョルジョは三、クラーラは二、エリーゼも二、エドウィンは三、ドロシーは一、シーシャは一であった。
そしてマリンスタァは二機も撃墜していた。
「おーい。マリンスタァ、怖くないぞぉ」
ジョルジョが機体のスピーカー機能でそう呼びかける。
マリンスタァは戸惑った様子を見せるが器用に宥めるジョルジョ機に安心して随伴する様子を見せる。
「こちらマリンスタァ連れて帰ります」
「了解。任務完了を確認した。全機帰投せよ」
「こちらダガーチーム、了解!」
そう言ってレオハルトとジョルジョらの通信が切断された。
「よし」
「慎重にしなくてもいいのでは?」
「どういう意味だ?」
「敵は追尾できたし、攻め滅ぼした方が都合がつくはずであろう?」
「ルードヴィヒ少佐殿、お言葉ですが目標を達成した以上はリスクを背負う理由がありません。それに敵に打撃を与えた以上ここが潮時だと判断いたします」
「……」
レオハルトの提言にやや不満を見せるがルードヴィヒが渋々引き下がる。
「……わかった。君は成果を出したのだ。好きにするがいい」
「ありがとうございます」
「いいか。軍隊には秩序が大事なのだ。本来なら上官の指示に従えと言いたいところだが、君はこれから僕と同じ階級になるのだろうな。……せいぜい頑張るがいい」
そう言ってルードヴィヒがこの場から不満げに去っていった。その表情に苦々しい悔しさと嫉妬の感情が露わになっていたのをレオハルトは見過ごさなかった。
「……」
ルードヴィヒの硬直した自尊心にレオハルトはこの先の展望に不安を膨らませていた。
だが、レオハルトはひとまず今回の成果を喜ぶことに気持ちを傾ける努力をすることを決意していた。
そして、レオハルトはこの時の成果をきっかけに中佐へと昇格することとなる。マリンスタァのもたらした情報はレオハルトが予期した以上のものが眠っていたのだった。
マリンスタァの情報が何をもたらすのか……!?
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