第二章 第十九話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その3
ライムとサイトウの二人が同時に敵を六人仕留める。
まず、ライムは自分の右腕を液体の刃に変え、それを鞭のようにしならせて敵を切断する。
同時に、サイトウが小銃による素晴らしい早撃ちでライムと同数の敵の急所を撃ち抜く。ヘルメットの間を縫うようにして敵の心臓と脳を彼は正確に撃ち抜いていた。
そして敵が倒れるまでの間、サイトウとライムが背中を合わせるようにして敵の群れに恐ろしい攻撃を振り撒いた。
ライムが敵の懐に踏み込んだ後、絶叫とともに相手の腹部を殴り抜く。一撃で内臓を破壊された敵戦闘員はヘルメットの間から血飛沫を撒き散らしながら別の戦闘員に体を叩きつけられる。それに巻き込まれた敵兵はよろめくように後方へと下がった。その隙にライムが別の敵兵の延髄を蹴り砕く。見た目こそ若い女に過ぎないが、ライムの殴打やキックは強烈で並の格闘家の殴打すらも大いに上回る破壊力を有していた。
途中で敵が銃撃やナイフでライムに攻撃を加えるが人間の姿のまま柔軟な動きでそれを全て回避してゆく。
サイトウの方も敵の死体を盾に小銃の精密な銃撃を浴びせてゆく。その掃射は見事な精度で敵の数を着実に減らしていた。
数的には圧倒的劣勢だったのにも関わらず戦闘開始からわずか三分足らずで『血抜きのサムイル』以外の敵を壊滅させていた。戦闘員はかなり高度の訓練を経験している動き方であったがサイトウとライム相手ではあまりに差がありすぎたのだった。
「……使えないな」
サムイルは敵兵がやられていくのをみてなお、他人事のようにそう呟くだけだった。そして彼は二人に突進する。
「お近づきの印に!」
そう言ってサムイルが速射を見せる。
サイトウとライムの回避は見事であったが、ライムは徐々に追い詰められていた。
「さあ……貴様の血を見せてみろぉ……」
獲物を嬲る癖があるのかサムイルは下卑た笑顔でライムに攻勢を強める。
「ライム!」
「お前は後だ。まずこいつを潰す」
「チンピラが!」
拳銃の速射と共にサイトウの叫びを他所にしてサムイルがライムへと迫る。
「まず一人」
そう言って彼はライムの腹部にナイフを突き立てた。
「がぁぁ!」
「……ヒヒ、もう終わりだ」
勝ち誇った様子のサムイルは高らかに勝利宣言する。
「なんだ?」
「メタアクト。俺の能力は、至近距離で出血させた生物の血液を磁力で操ることだ。当然それには出血を加速させることも含まれる。これでこの女は終わりだ」
「なんだと?」
「くくくく……次はテメエだ。テメエの相棒の血を武器にお前をズタズタに切り裂いてやるよ」
「一階の連中みたいにか?」
「くくくく、そうだなぁ。あいつらは実に心地いい悲鳴を上げて死んでくれたぜ。お前は死ぬ前にどんな悲鳴を上げるか楽しみだなぁ……ヒヒヒヒ……」
それを聞いてサイトウは脱力した様子を見せる。
「……そういうカラクリか。お前……」
そして彼は心底呆れ返った様子でこう続けた。
「三流だ。獲物を仕留める前に舌なめずりとは、つくづくガッカリさせられる」
「……何?」
次の瞬間、彼は粘液質の何かに全身を絡め取られていた。
「な……がぁ!?」
不意を突かれたサムイルは数秒の隙に全身の骨を砕かれる。サムイルは訳もわからず悲鳴を上げることしかできない。
「なんだ……こりゃあ……」
「……血液がきちんと流れた生き物なら確かにやばいがな。お前の相手していたのは変わり種でな」
「なに……ま、まさか……」
ライムを含めウーズ人は体は体液質と核、歯などの僅かな骨組織で構成されており、生命維持や頭脳に当たる部分は核の部分に集約した構造をしていた。その柔軟性に富んだ体組織は血液を必要としていなかった。
つまり、ライムはサムイルの天敵足りうる存在であった。
「ウーズ人を相手にしている想定はしなかったのか。お前?」
「あんなネバネバの…………」
何かを言おうとしたサムイルにライムの顔が迫る。張り付いた笑顔のまま彼女は殺気だった眼光を覗かせる。彼女の顔の面影はそのままだったが胴体部や四肢が不定形となり肌も海のような青色に変わっていた。なんと、ライムはサムイルの首元に巻きついていたのだった。
「まあボク、ドロシー先生に鍛えられたからね。それより君……弱くない?」
「な……」
「まー仕事柄さ、腐った奴と殺し合いしたけどさ。もう少し強い想定たったんだよねぇ……ボクをあまり舐めんな?」
「ごぼべごがあ!」
次の瞬間、ライムの手でサムイルの首が五四〇度回転した。頸椎を完全に破壊された彼の命運は完全に決した。絶命した亡骸が白目を剥いたまま床を転がる。
「捕虜は必要だったかな?」
「いや、ブラッドクロス関係なら危険だからこれでいい。戻るぞ」
「はぁい!」
人間形態に戻ったライムはサイトウとともにその場を離脱する。
その道中でサイトウらは何人かの戦闘員と会敵したが全て易々と撃破してみせた。
サイトウとライムが戻った時にはマリアは怪我の処置を終えていた。
「ペニーワース氏は?」
サイトウの声がけにランドルフが答える。
「無事だ。止血して安静にしている」
「そうか」
「それにしてもマリア氏が襲撃されるとは」
「人質目的だろうか」
「いいや。そうとは限らない」
「何?」
「確かに長官の関係者を誘拐すれば我々の活動に支障をきたすことは可能だろうな。だが、現場は研究所なのだろう?」
「あ……」
「目的は研究データや資料、あるいは成果、あるいは……」
ランドルフの目が包帯を巻かれたマリアへと向く。
「お怪我は?」
「ありがとう。私は大丈夫です……ペニーワース氏は?」
「命に別状はないです」
「そう……よかった」
「マリアさん。突然のことで酷く動揺していると思いますがお話を……」
「ええ。大丈夫ですわ」
「ありがとうございます。襲撃の時にはどんな実験を?」
「マリンスタァの運動能力ね」
「マリンスタァ?」
「あ、えっと、マリンスタァはね。AFみたいに大きな子なの。最近発見された有機巨人? そんな話だったわね。可愛い子よ」
「その子は今?」
「……あの子はなにか怯えた声を発しだしたから、一度降りたの。そうしたら研究員さんたちが殺されてて、ペニーワースが慌て来て……」
「それで逃げなかったの?」
「繊細な子だったし、上にはホバー装備の敵もいたから逃したの」
「よく無事で」
「あの子が助けてくれた。無事だといいんだけど」
「そうでしたか……」
「今あの子は……?」
「まだ見つけていません。捜索はこちらで」
「ええ、お願いね」
「それとマリアさんにはこっちで同行していただきます。特殊なメタアクト持ちな上にプロジェニアンと交流できる貴重な人材のようですので」
「わかったわ……後でレオハルトと会わせてちょうだい」
「そのつもりです。長官も心配だと思いますので」
そう話している時、早速レオハルトが現れる。噂をすれば影とはこのことである。
「マリア!」
「ああ、レオ!」
そう言って二人は抱き合う。
「無事でよかった」
「レオ、研究員さんたちがたくさん殺されて……怖かった」
そう言ってマリアはレオハルトの腕で震えて泣いた。
それを見てレオハルトが思い詰めた表情を浮かべていたのでサイトウが声をかける。
「副長官殿には俺が声をかけておきます。しばしお休みください」
サイトウらしからぬ丁寧な言葉遣いにレオハルトは微笑みを返していた。
「ありがとう」
「いえ……」
レオハルトとマリアはその場を後にする。その後ろ姿を見ながらサイトウは優しい微笑みを浮かべていた。
「全員を呼んだほうがいいな。これは思ったより根深そうだ」
「ああ。副長官とスペンサー大尉にも」
サイトウの提案にランドルフが頷く。
そして、程なくしてレオハルトとマリア以外の面々が宇宙港の休憩室にて集まる。
「ここをよく貸してくれたな」
「理解のある知り合いがいると色々便利だろう」
「そういえばレオハルトに負けず劣らずの名家だったな。人脈のそのツテか?」
「そういうことだ。人脈と信頼の勝利だ」
サイトウの疑問にスペンサー大尉が答える。
全員が集まると最初に口を開いたのはスパダ少佐である。
「さて、今回の集まりの目的は情報の交換である。先ほどマリア女史のいる研究所が何者かに襲撃され、多くの研究員が死傷した。敵の目的も正体も不明だが現場に到着した護衛部隊の証言からブラッドクロス党の犯行だと発覚している。他に追加の情報を得ているものは?」
スパダ少佐が凛とした口調で全員に呼びかける。
するとスパダ少佐の呼びかけに答える者がいた。
マリア・キャロル。意外な人物が何かを見せながら答えた。
「たぶん……これだと思う」
「これ?」
「襲ってきた悪党の狙い。きっとこれ」
マリアが見せたのは小さなメモリーデバイスであった。
それを受け取ったスパダ少佐がパーソナル端末に接続し中のデータを黙読する。するとスパダ少佐の表情は驚愕一色となっていた。
「みんな見てみろ」
スパダ少佐が端末を操作し該当の画面をホログラムに投影する。
それを見ていた全員が衝撃的な様子へと変貌していた。
「……は?」
「……これって、歴史的発見じゃん、え、マジ?」
「嘘でしょ……」
全員が食い入るように見つめた先にあったのは、『エクストラクターの存在を立証する確固たる証拠』であった。プロジェニアンとエクストラクター、方や近年発見された巨大有機巨人型生物、方や歴史の裏側に暗躍してた四つ足の小型知的種族、その両者の間にはシュタウフェンベルグ家の因縁よりも長い因縁が横たわっていた。
データの中身はプロジェニアン側が視認したエクストラクターの詳細な記録である。
各国の研究員がプロジェニアン側と交信をした実験はこれまでに数度あったが、成功したのはアズマ国ヘイキョウ大学のチームとアスガルド共和国軍の研究チームの二例だけである。今回襲撃された研究所はそのチームが在籍する軍の研究施設であった。
だが、エクストラクターに関する詳細な情報の入手はマリア女史との交信が史上初であり、関連施設に他の個体への裏付け調査を行わせればエクストラクターの存在を観測した決定的な記録になりうる重大なものと言えた。
「……マリンスタァの位置だ。だれか発見の報告は?」
「いえ、確認中です」
「急げ!」
スパダが指示を飛ばす。
「は!」
ランドルフが答え、各所に指示を飛ばす。
その場にいたSIA関係者全員が捜索のために慌ただしく作業を始めていた。
渡航を前に驚くべき繋がりが浮き彫りとなる……。
次回、共和国の空が戦場と化す!?




