第二章 第十八話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その2
副官ルードヴィヒからフランク連合王国首都セントセーヌへ向かうことを通達された後のSIAは慌ただしかった。
セーフハウスや拠点から装備を集め不測の事態に備えつつ、表向きは調査のために最低限の準備をしているように各人が振る舞っていた。足りないものはサブロウタの知人や同業者、あるいはヘックラーが調達・補充を担当していた。これは正規以外の複数の調達ルートを確保し、軍内部に潜むであろうスパイに消耗されることを防ぐ狙いがあった。
レオハルトはその準備を行いつつ、船舶の手配をと動き始めた時声をかけるものがいた。
ジョージ・ランドルフ・ブラウンである。彼は現地の情報と大統領の指示の意図の両方を調査し戻ってきたところである。
「進捗はどうだ?」
「ほぼ完了です」
「それは凄いな。どうやったんだ」
「政府系と警察系にコネがあるのでそこからですね。後、知り合いに腕のいい情報屋がいるのでそこからも裏付けを」
「君の能力には驚かされる。……それでこの調査は何が目的だ?」
「どうもツァーリン連邦がなにか仕掛ける可能性が高いようです」
「なんだと?」
「詳しいことは不明ですがセントセーヌに何人か工作員が紛れ込んでいる可能性がと」
「どれくらいの可能性だ?」
「そうですね。……外れる方が宝くじより至難のようで」
「なら確証は高いようだ」
「そしてここから重要ですが……やはりこの任務は危険性が高いようです」
「根拠は?」
「……工作員の一人がある遊撃部隊と戦友の関係にあるようです」
「どこの所属?」
「おそらくは……連邦宇宙軍第三特別揚陸遊撃隊、会話の中にガリーナの名前があったことが根拠です」
「……傷のガリーナ。連邦軍でも随一の武闘派で叩き上げの女傑と聞く。厄介だ」
傷のガリーナ。本名はガリーナ・アリョーシャ。階級は大尉である。
ツァーリン連邦でも屈指の強者であり、連邦に関わる戦争は合法非合法問わず関わった猛者であった。当然、生存能力も高いが彼女の真価は卓越した指揮能力と本人も勇猛な戦闘能力である。冷徹さすら感じさせる拳銃と刀剣、格闘を交えた冷徹な戦闘スタイルは銀河でも屈指の実力者として裏社会の人間にすら警戒と敬意を払われていた。
その一方で「情報機関KGR関連の人間と冷めたパンケーキにはヘドが出る」と公言するほどKGRに関わる人物を毛嫌いしているため政治的には冷遇されているのはほぼ間違いなかった。なにせ、同国のトップである書記長プチルノフはKGR出身者であり、彼とはあらゆる場面で仲が悪かったことからその対立は致命的であると言えた。
「よりにもよってなぜ彼女の同志がセントセーヌへ?」
レオハルトの疑問にランドルフが順を追って説明を始める。
「政治的に冷遇はされておりますが、人望と戦闘力において比類のない女傑であるガリーナは現場で重宝されているのも事実。そこで敵後方に潜り込んで破壊工作を行いつつ、可能な限り使い潰そうという意図があるようです。……大暴れさせるだけさせて手柄は後から来た部隊にやる算段かと」
「……世知辛いのは向こうもか」
「もっとも、我々はまだマシです。管理主義国家は常に誰かが粛清されているのが恒常化しているので中枢は常に疑心暗鬼のようです。ガリーナはそんな政治的都合に振り回されながらの軍務ですからね。味方は自分の部下だけという」
「……その管理主義国家は『戦争の勝利』に取り憑かれているようだね。自国の政治の失敗は常に他国の陰謀のせいだと」
「いやはや、病んだ国ですよ」
「まったくだ」
結束とは程遠い内部のゴタゴタで侵略に踏み出される理不尽に辟易しつつ、レオハルトらはガリーナの狙いを大いに理解していた。
現場で成果を出し、解体・粛清されないことを保証すること。そのためにガリーナはセントセーヌで何らかのゲリラ作戦を行う可能性をSIAの全員が強く確信していた。
「そうなると次の一手は決まったな」
「探し出し、捕えるか倒すか」
「そういうことだな。だがその前にやることがある」
「なんでしょう?」
「マリアのことだ」
「マリア?」
「私の身内だ。身の安全を確保する必要がある」
「なるほど。確か最近確認されたプロジェニアンの適合者に」
「そういうことだ。放っては置けないだろう。無論スパイも」
「わかりました。早速保護を」
「頼む」
ランドルフは敬礼の後、直ちにマリアの保護へと向かった。
彼はマリアが今いる実験場を軍のデータベースから検索し、直ちに迎えに行った。本来、機密情報の検索には相応の権限がいるが、レオハルトからその権限を譲り受ける形で検索を可能としていた。そして場所を調べた後のランドルフは何人かの仲間と共にマリアの元へと向かう。
「美しいお方だと聞いている。丁重に扱わないとな」
まず、サイトウ・コウジ。爆発物と銃火器を持たせつつAFに関しても支援要請できるよう念入りに準備を進める。
右目と右頬に古傷を持つこのアズマ人は『砂塵の阿修羅』の異名を持つ戦場の申し子で爆発物や旧式銃器の知識に長け、ゲリラ戦、罠、近接戦を交えた攻撃的な戦い方を好む猛者として知られていた。
「……サイトウ、流石に人の恋人のはさぁ」
「俺は変態だが。NTR属性はねえよ」
「……変態の自覚はあるんだね」
次にライム・ブロウブ。変装と格闘戦の名手で近接戦闘に関して組織でも上位の実力者である。ウーズ人の彼女は卓越した戦闘センスと危機回避能力の高さは銀河でも有数の才覚であった。組織では朗らかなムードメーカーであった。
「女体美に対するセンスはなかなかだが、気遣いに関しては僕の方が上だからね。やはり僕の登場は必要不可避ということだよ!」
「……単に戦闘能力と任務遂行力の高さと隠密任務への練度じゃなくて?」
「ハーハハハ! ならば尚更僕らにピッタリだ!」
エドウィン・フィッツジェラルド・ラヒミとアンジェリカ・デ・スパダの二人が装備を整え防弾プレート入りの黒服の状態で二人を待った。この二人は正規軍でもコンビで行動することが多く、複数人で連携する必要性がある作戦には最適な人材と言えた。
アンジェリカは一流の諜報員であり、戦闘面でも申し分ない実力を有していた。AFの操縦経験も多くあらゆる戦場を経験している実力者である。
その実力者にナルシシズム全開の態度を崩さず相棒として多くの戦場を共にしているがエドウィンというインセク人の恐ろしさである。頭脳面でも狡猾、戦時では即座に最適解を選択できる手腕に優れ交渉面においても硬軟を織り交ぜた巧みなやり方で相手の上をいくことに定評があった。本来ならエドウィンも非常に上層部にも重宝される人材であるが上官と揉めた経験から現場の閑職に飛ばされたところをレオハルトに誘われた経緯があった。
そんな五人が向かったのはマリアのいる研究所であった。
「……おい」
「わかっている」
サイトウの言葉にエドウィンが当然のように答える。
五人は即座に戦闘体勢になった。入り口の詰め所には首を切られた警備員の死体が転がっていた。二人いた警備員の首のそばに致死量の血溜まりができていた。
「見ろ。拳銃を抜こうとしたようだな」
「ああ……気をつけろ。敵はプロだ」
サイトウとエドウィンは拳銃を抜く。アンジェリカとライムも拳銃を抜きながら呼吸を整える。彼女らは体をいつでも変身できるように準備していた。
五人が一斉に踏み込むとあたりに死体と血溜まりが無数に存在していた。
「……どっちから行く?」
普段朗らかな笑顔をするライムも緊迫した面持ちになる。
「……その心配はなさそうね」
「!」
足音がどこからか響く。その音は誰かを追っているらしく複数響いていた。
「急ぐぞ!」
サイトウの声に合わせて他の三人も階段を駆け上がる。
屋上にも死体や無惨な血溜まり、壁の血痕、そして無数の弾痕によって凄惨な様相になっていた。だが一階のエントランスと違うのは生存者の存在である。
まず、目を引いたのはマリア・キャロルとシュタウフェンベルグ家執事マイク・ペニーワースが居たことである。ペニーワースはレオハルトの要望に従って前々からマリアと行動を共にしていたのだった。
「執事……あとマリア女史か!」
「こっちだ! 早く!」
その掛け声に合わせマリアがメタアクトで加速する。
だがそのマリアの動きに合わせ銃口が向く。
「マリア様!」
ペニーワースが身を挺して彼女の盾となる。
銃声と共に彼の脇腹に弾丸が掠る。だが無情にも弾丸がマリアの足に被弾する。
「つッ!?」
マリアは転倒し体が幾度も回転する。
「がぁ……ペニーワース!」
マリアの怪我は軽くないが執事の心配をする力はあった。だが執事の方は出血が酷く自力では動けなくなっていた。マリアが涙目で叫ぶ。
「い、嫌、ペニーワースさん!」
敵が横たわる執事に銃口を向けた。
「てこずらせやがって……ぐ!」
その敵に向かって四人は銃撃を加える。
「撃て、撃て!」
サイトウの叫びと同時に無数の弾幕が男を襲う。
敵を退かせた後、マリアとペニーワースを五人は物陰に引き込む。
「ランドルフ、エドウィン。二人を連れて一度下がる。サイトウとライムは敵を潰せ」
「了解」
「了解」
サイトウとライムを前進させた後、アンジェリカはマリアらに声をかける。
「もう大丈夫よ。逃げるわよ」
負傷したペニーワースとマリアをエドウィンらに任せ、サイトウとライムが前進する。
「女の子を、しかも長官のマリアさんを傷つける輩は許せねえなぁ……?」
サイトウは憤怒の形相を隠さない。彼の声色が低く唸る。
「そうだね。ボクもハラワタ煮えくりかえってる」
ライムの凶悪な笑顔を見せる。目の奥に殺意と憤怒の光が宿っていた。
「……SIAか。まさかサイトウのワンコロがいるとはなぁ」
「あァ……?」
現れたのはサイトウの知人だった。
「そこのガキは知らねえがテメエの顔は忘れねえよ。ここで」
「……こいつ、『血抜きのサムイル』か。軍を追い出されたら秘密結社の手先とはな」
「ほざけ。テメェは前から殺してやりたかったんだヨォ……?」
『血抜きのサムイル』。ツァーリン連邦出身の極悪人で傭兵になってからその凶暴さと戦闘力が研ぎ澄まされた戦闘狂である。彼に殺害された人間は三桁以上で、標的は血を抜いて殺害することに喜びを感じるサイコキラーとして知られていた。
凄まじい殺気とともに互いを睨みつける。
だが、サイトウとライムを挟撃にするべく大勢の戦闘員が群がって来る。二対四十二。数的には明らかに劣勢であった。
「……あいつ以外は雑魚だね」
「ああ、殲滅だ」
だが、二人は猛然と突進した。直後、二人は敵六名を瞬時に仕留めていた。
凄惨な現場にて……死闘開始!
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